政府の「新しい労働時間制度」に反対する声明

2014/6/18

政府の「新しい労働時間制度」に反対する声明

2014年6月18日

日本労働弁護団会長 鵜飼良昭

 

 政府の産業競争力会議雇用・人材分科会(主査長谷川閑史)は、本年4月22日と5月28日に、それぞれ「個人と企業の成長のための新たな働き方」と「個人と企業の持続的成長のための働き方改革」を発表し、「新しい労働時間制度」の導入を提案した(以下「長谷川提案」)。これを受けて、政府は6月11日労働時間法制の見直しに関する関係閣僚会議を開き、労働時間に関係なく成果に応じて賃金を支払う新制度の導入を決めた。適用対象者は、「職務が明確で高い能力を有する労働者で、少なくとも年収1000万円以上の労働者」を対象とするとしている。

 政府の「新しい労働時間制度」(以下「新制度」)は、「労働時間と報酬のリンクを切り離し、」実際に働いた時間と関係なく成果に応じた賃金のみを支払うことを基本とすると説明しており、新制度の対象労働者には法定労働時間を超える労働(残業)と賃金との関係を切断し、現行の労働基準法が定める法定労働時間の規制の適用を全面的に排除する内容になっている。

現行法上、使用者は労働者に対し原則として法定労働時間(週40時間、1日8時間、週休1日)を超えて労働させてはならず、例外的に法定労働時間を超える労働をさせた場合にはその補償として残業時間に応じた割増賃金を支払う義務を使用者に課している。これらの規制により、無制約な長時間過重労働を抑止し労働者の命と健康を守るとともに、家庭生活や社会生活の時間を確保すること(ワーク・ライフ・バランス)を目的としている。

ところが、政府が導入しようとする新制度は、時間外労働(残業)という概念自体を無くし、労働者が目標を達成し成果を出すためにいくら長時間労働をしようと、割増賃金を支払わなくてすむ(残業代はゼロ円)というものであり、これは労働基準法の労働時間規制を適用しない制度(いわゆるホワイトカラー・エグゼンプション)を導入することに他ならない。

 もしこのような「新しい労働時間制度」が立法化されれば、長時間労働を抑制する法律上の歯止めがなくなり、使用者は労働者に対して、1日8時間を超えて、また週40時間を超えて際限のない長時間の労働を命じることが合法になり、休日を取らずに働くことを命じることも許されるということになりかねない。

 現在、わが国の過労死・過労自殺の労災件数は2年連続で増加し戦後最悪の水準を維持したままであり、長時間労働や職場のストレスなどによる精神疾患の労災件数も戦後最高を記録している。このように、長時間過重労働による過労死・過労自殺、精神疾患などの健康障害が広く日本の職場に蔓延している状況の中で、政府が提案するような法定労働時間を撤廃する「新しい労働時間制度」を導入すれば、ますます長時間労働が広がり、過労死・過労自殺が増加することは火を見るより明らかである。まさに、政府の新制度は、わが国で働く労働者の命と健康を脅かす極めて危険な内容であり、過労死を容認し助長する「過労死促進法」の制定を求めるに等しい。

また、新制度は法定労働時間の規制をなくするものであるから、どんなに長時間労働しても労基法違反ではなくなり、労働基準監督官が長時間の残業を取り締まるための法的な根拠がなくなってしまう。労働基準監督官が長時間の過重労働や過労死・過労自殺を取り締まることができなくなれば、ますます過労死・過労自殺が増えることは必定である。

 さらに、新制度のいう適用対象労働者の範囲についても、「職務が明確で高い能力を有する労働者」という要件はあまりに抽象的であり、およそ対象が限定されていない。これでは使用者の一方的解釈によってあらゆる種類の労働者が対象となるおそれが高く、まったく歯止めにならない。5月27日の長谷川提案では、このような能力のある労働者の例として、「各部門・業務における中核・専門的人材」とか「将来の幹部候補生」、「一定の責任ある業務・職責を有するリーダー、プロジェクト責任者等」が挙げられており、極めて広範囲な労働者が対象とされていて、正規・非正規雇用を問わず、中小企業を含む全ての労働者が新制度の対象者となるおそれがあり、これも全く歯止めとならない。

若者を過酷な労働で使い潰す「ブラック企業」の中には、新入社員を将来の管理職だといって残業代を支払わない企業や有期雇用社員を店長にして残業代を支払わない企業もある。政府の新制度は、ブラック企業をますます助長させる危険性のあるものともなっている。

 また、年収1000万円以上という年収要件にしても、ひとたび新制度が立法化されて新しい適用除外制度が導入されれば、あとはなし崩し的に年収要件が引き下げられ、適用対象労働者が拡大していくのは必至である。現に、日本経団連は、2005年6月21日の「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」で対象労働者の年収を400万円と想定している。

 そもそも年収1000万円以上の労働者であれば、どんなに長く働らかせようとも、長時間過重労働による過労死や過労自殺、健康被害を防止しなくてもよいということにはならない。どんなに高額な賃金を払ったとしても、労働者の命と健康を犠牲にすることなど許されることではない。

今国会において、わが国に蔓延する過労死・過労自殺等を撲滅するために、過労死等の予防義務を国に課す「過労死等防止基本法」が与党を含む超党派の議員立法により成立する見込みである。政府の新制度は、過労死等防止基本法に全く逆行する矛盾した立法である。

 日本労働弁護団は、日本で働く多くの労働者の命と健康を重大な危険にさらし、残業の対価としての割増賃金を0にする政府の「新しい労働時間制度」に断固として反対し、全国の労働者とその家族、あらゆる労働組合及び国民各層と共闘して、不退転の決意でこの新制度の導入を阻止するために奮闘することを宣言する。