社会保険労務士法の一部を改正する法律案に対する意見書

2014/5/27

社会保険労務士法の一部を改正する法律案に対する意見書

2014年5月27日

日本労働弁護団   

幹事長 高木太郎

 社会保険労務士法の一部を改正する法律案(議員立法)が作成され、今国会への上程に向けて準備が行われている。

 同法律案では、社会保険労務士が関与できる個別労働関係紛争に関する民間紛争解決手続(ADR)における紛争の目的の価額の上限を現行の60万円から120万円に引き上げること、社会保険労務士が裁判所において補佐人として弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述することができることとすることが提案されているが、日本労働弁護団はいずれの提案についても反対である。

 日本労働弁護団の団員は、多くの労働事件について、労働者側の代理人として紛争解決に当たっているが、その活動の中で、社会保険労務士が使用者側の立場で、紛争に介入し、紛争の解決に障害となる場面にたびたび遭遇するところである。

 社会保険労務士は、行政書士等と同様、行政補助職を沿革とする資格であり、弁護士のように厳格な資格要件もなく(弁護士が、原則として大学4年に加え、法科大学院2年ないし3年を修了し、基本6法及び行政法の択一式、さらにそれらに選択科目を加えた論文式の試験を経た上に、1年間の司法修習を必要とするのに対して、社会保険労務士は、憲法、民法、会社法、訴訟法の試験科目はなく、労働法・社会保険法に関する択一式、選択式の試験しか経ずして得られる資格である。)、当事者対立構造を前提とするプロフェッションとしての関与方法についての職業倫理も含めた教育訓練を受けていない。また、弁護士は、日々紛争解決に携わるため、紛争解決の経験を積み重ね、自らの能力を向上させることができるが、社会保険労務士の通常の職務は行政補助的なものが中心であり、紛争解決に関する日常的な経験の積み重ねも期待できない。そのため、社会保険労務士が紛争に関与したならば、裁判・判決を見越した終局解決の道筋を正確に把握することができず、利益相反行為などの職業倫理違反を犯す危険が格段に大きく、紛争解決の過程で自らの依頼者を適切に説得すべき場面でこれをできないことから紛争を混乱させ解決を長引かせるなどの弊害がある。

 ADRにおける紛争の目的の価額の上限の引き上げは、ADRで終局解決を迎えずさらに訴訟手続き等に移行しやすい紛争の目的額の高い事案につき、裁判・判決を見越した終局解決の道筋を正確に把握することが困難な社会保険労務士に、紛争当初のADR段階の手続きを委ねる機会を増すことになり、不適切である。

 裁判所において弁護士の補佐人として出廷陳述をすることについては、そもそも労働・社会保険法令に関して、社会保険労務士を必要とする場面が存在するとの立法事実は存在しない。社会保険労務士が関与する可能性のある事案はほとんどが労働事件であり、この分野は伝統的に弁護士が代理人として活動し、数多くの判例法理を積み重ねてきた分野であって、弁護士が相当数増員された現在では、従前にもまして、社会保険労務士の関与を認める必要性がない。紛争解決のプロフェッションでない社会保険労務士の法廷への関与は、紛争解決を阻害する弊害の方が大きいと言わざるを得ず、認められない。

 以上の通りであるから、日本労働弁護団は、社会保険労務士が関与できる個別労働関係紛争に関する民間紛争解決手続(ADR)における紛争の目的の価額の上限の引き上げにも、社会保険労務士が裁判所において補佐人として弁護士である訴訟代理人とともに出頭し、陳述することができることとすることにも反対をする。