労働者保護の有期労働契約法制の見直しを求める意見書

2011/3/16

労働者保護の有期労働契約法制の見直しを求める意見書

- 有期労働契約研究会「報告書」に対して -

2011年3月16日

日本労働弁護団

幹事長 水 口 洋 介

1 はじめに

 経過

有期労働契約については、2003年の改正労働基準法附則第3条に基づき、契約期間について検討することとし、また、労働政策審議会答申「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について(報告)」において、「就業構造全体に及ぼす影響も考慮し、有期労働契約が良好な雇用形態として活用されるようにするという観点も踏まえつつ、引き続き検討することが適当」とされていることを踏まえ、2009年2月、有期労働契約研究会(座長:鎌田耕一東洋大学教授)が厚生労働省労働基準局長の委嘱の下に設置され、同月以降、同研究会は18回にわたる検討を行なった。

日本労働弁護団は、ドイツ・フランス等の諸外国の法制度やこれまでの各党・諸団体が提案した有期労働法案等を検討し、労働現場の実情を踏まえて、2009年10月28日、有期労働契約法制立法提言を公表した。同提言では、有期労働契約がわが国において濫用的に利用されている実態から、契約締結事由を厳格に規制するいわゆる「入口規制」を骨格に据え、無期雇用原則の確立の必要性を強調した。

有期労働契約研究会は、検討の途中である2010年3月17日、「中間取りまとめ」を公表した。これに対し、日本労働弁護団は、同年4月30日、「有期労働契約研究会中間とりまとめに対する意見」を発表した。日本労働弁護団は、「中間取りまとめ」は、6つの検討課題を設定して、それぞれに論点、留意点、外国法制の紹介を行なってはいるものの、かかる記述が多くを占め、肝心のあるべき法制度の具体的提言に乏しく、これでは有期契約労働者の不安定・低賃金という労働条件を抜本的に変えるには不十分であるとの指摘をし、最終報告においては労働契約法の大幅な改正を具体的に示したより抜本的な提言をするよう意見を述べた。

そして、今般、2010年9月10日、有期労働契約研究会の最終報告である「報告書」が公表された(以下、この最終報告書を「報告書」と言う)。本意見書は、報告書に対する意見を述べるとともに、労働政策審議会に対して、労働者保護の有期労働契約法制を見直しを求めるものである。

 

 総括的意見

報告書は、有期契約労働者の現状を「雇用の不安定さ、待遇の低さ等に不安、不満を有し、これらの点について正社員との格差が顕著な有期労働者らの課題に対して政策的に対応することが、今、求められている」との問題意識の下、「いかにして有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止するかとの視点が重要」と強調している。この「有期労働契約の不合理・不適正な利用の防止」の観点に、報告書が立っていることは高く評価できる。従来は、専ら「雇用形態の多様化が労働者のニーズ」などとして有期契約労働者の現状を放置してきたことから見れば、大きな前進である。

  しかし、問題は「有期労働契約の不合理・不適正な利用の防止」を実現するために、報告書が提言する具体的方策が適切であるかどうかである。詳細は、本意見書の2以降に詳述するが、報告書に対する総括的意見として主要な4点について述べる。

 

  第1に、報告書が有期労働契約の締結事由の規制(「入り口規制」)を導入する考えに対して極めて消極的な立場を表明していることを批判しなければならない。有期契約労働者が不安定な雇用上の立場におかれ、また低い労働条件で処遇されている最大の原因の一つは、有期労働契約が当事者の合意により自由に締結できるとされているわが国の法制である。労働契約は期間を定めない無期を原則とし、有期労働契約を締結するには期間を定める合理的な理由がある場合に限定すべきである。

  第2に、報告書が締結事由規制には消極的でありながら、有期労働契約の更新回数及び利用最長期間について上限を設けるとの規制(「上限規制」)については積極的である点が問題となる。契約締結事由規制(入り口規制)と上限規制はセットで導入するのが最も適切であるが、契約締結事由規制(入り口規制)がないまま、上限規制が導入されれば、一定の区切り(上限)の前に有期契約労働者が雇い止めされることになろう。その結果、従来であれば更新され継続雇用された有期契約労働者の多くが、一定期間ごとに雇い止めをされる。上限規制によって、転々と企業を移らざるをえない大量の有期契約労働者が生み出されかねない。このような危険(「副作用」)を回避する方策もないまま、契約締結事由規制(入り口規制)なき上限規制を導入することについては強く反対するものである。

  第3に、報告書は従来の正社員とは別に、職種や勤務地を限定した「多様な正社員」という雇用形態を活用することを積極的に提案している。その狙いは、有期契約労働者を、従来の正社員に転換できなくとも、職種や勤務地限定の無期契約労働者に転換していこうというものであろう。しかし、「多様な正社員」という新しい類型を作りだすことは、従来の正社員を「エリート正社員」と、それに比較して待遇の低い「普通の正社員」に選別する危険がある。また、「多様な正社員」については解雇規制が緩和されるおそれもある。安易に「多様な正社員」形態を推奨することは慎重に検討すべきである。

  第4に、報告書は均衡待遇や正社員への転換を打ち出しているが、提案された方策は実効性がないものである。正社員との均等待遇を実現するには、正社員との不合理な差別を禁止する原則(規範)を確立すべきであり、その上で、これを実現する具体的な制度を提言すべきである。

 

  以下、報告書の記述に即して、日本労働弁護団の意見を述べるものとする。

 

2 総論的事項について

(1) 有期労働契約の不合理・不適正な利用を規制しようとする姿勢は評価できる

報告書は、総論的事項(第1)において、有期労働契約についての現状と課題について分析を加え、改正課題を指摘しているが、中間取りまとめにはなかった「いかにして有期労働契約の不合理・不適正な利用がなされないようにするかとの視点が重要」という指摘をする。

すなわち、報告書は、有期労働契約は我が国における長期雇用システムの中で労使の多様なニーズにより用いられてきたと述べ、企業側のニーズとしては、①需要変動等の雇用調整、②人件費の削減が挙げられるとし、労働側のニーズとしては、勤務地限定や責任の度合い等の点で自らの都合に合った働き方が選択できる点を挙げる。そして、その上で、企業側のニーズとして、「近年の企業の生産技術等の変化、国際競争の激化、受給の変化の加速化等の中で、雇用調整等に備え活用する企業ニーズが高まっている」とし、他方、労働者側にとっては、新卒就職が厳しく、正社員としての雇用を望みながらも有期労働契約しかなったという不満が高まっていると分析し、非自発的非正規労働者の存在を正面から認めて、彼らが労働条件への不満や労働者としての権利の主張を十分にできない現状を指摘した。さらに、報告書は、有期労働契約の企業の利用実態として、約7割の事業所が雇止めを行なったことがなく、平均の契約更新回数が11回以上とする事業所や10年を超える平均勤続年数の事業所が1割程度存在することから、一時的・臨時的でない仕事についても有期労働契約の反復更新で対応している現状を指摘する。そして、報告書は、このような現状から、「雇用の不安定さ、待遇の低さ等に不安、不満を有し、これらの点について正社員との格差が顕著な有期契約労働者の課題に対して政策的に対応することが求められている。」「有期契約労働者の雇用の安定、公正な待遇等を確保するため、有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止する視点を持ちつつ、有期労働契約法制の整備を含め、有期契約労働をめぐるルールや雇用・労働条件管理の在り方を検討し、方向性を示すことが必要」と述べる。

このように、厚生労働省委嘱の研究会が、有期労働契約の不合理・不適正な利用について実態として捉え、その弊害防止・除去の必要性を指摘したことの意義は非常に大きい。

また、報告書は、「かつては企業が負担していた経営リスクを、有期労働契約を利用することで回避する傾向が顕著になっているとの指摘もあり、こうしたリスクについて、いかにして公正な配分を企業と労働者の間で実現するのか十分に検討されるべきである。」として、経営リスクを有期契約労働者によって回避しようとした企業行動について、公正さの観点から検討すべきとの指摘もする。

この指摘は、本来企業が負担すべきリスクまでも「公正な分配」という名目で労働者に負わせてしまうおそれがあるため直ちに首肯できるものではないが、有期労働契約を悪用してこのリスクを堂々と有期契約労働者に転嫁してきた企業行動に対する批判的視点としては、評価に値する。

以上の通り、報告書には、中間取りまとめにはなかった「有期労働契約の不合理・不適正な利用を規制する」という視点が盛り込まれていることは、有期契約労働者保護にとって重要な前進である。

しかしながら、問題は、その上記の視点が具体的な有期労働法制の見直しに、どう具体化されているかということである。この点は、次の3項以降で論じる。また、報告書の総論的事項の中には、以下に指摘する通り、是認できない部分も多く含んでいる。

 

(2) 有期契約労働者数について

報告書は、対象となる有期労働者数を総務省「労働力調査(基本集計)」によるとして751万人(13.8%、09年)としている。この人数は、1年以内の契約期間で働く有期契約労働者の人数である。報告書の注記で記載されているとおり、1年以上の有期契約労働者も含めた人数の推計は1212万人とされている。また、厚労省『平成21年版労働経済の分析』では、総務省「労働力調査(詳細集計)」に基づき、09年第1四半期における「パート・派遣・契約社員等」は1699万人(33.4%)、内訳は「パート・アルバイト」1132万人(22.3%)、「派遣・契約・嘱託、その他」567万人(11.1%)としている(1699万人の「パート・派遣・契約社員等」のほとんどは有期労働契約者であると推認される)。

これらの数字からわかるとおり、有期契約労働者の人数は少なく見ても1212万人はおり(実態はこの数値よりはるかに多いものと思われる)、濫用的な有期労働契約も相当数あるものと考えられ、野放しにはできない状況である。

 

(3) トライアル雇用(ステップアップ機能)について

報告書は、「現下の厳しい雇用失業情勢の下、労働者全員が正社員の職を得ることが困難な状況にある中で、仕事への適性を高め正社員登用に備えるトライアル雇用としての活用例があるように、有期労働契約は求人、雇用の場の確保、特に、無業・失業状態から安定雇用に至るまでの間のステップという役割を果たし得ることは注目すべきであろう」と述べ、有期労働契約を正規雇用への段階的な雇用形態として活用することを提言している。

この点については、日本労働弁護団が「有期労働契約研究会の中間取りまとめに対する意見」(10430)において、「契約締結事由の規制をしないままで有期労働契約を一種のトライアル雇用として積極的に活用する方向性を打ち出すことには、反対である。かかる制度は、(中略)特に若年層や長期失業者等労働市場における弱者を、有期契約労働者として、安価に使う企業サイドの脱法的扱いへの道を開く危険性がある。そもそも、有期契約労働が中間取りまとめが指摘するような『ステップ機能』を社会的に果たしているという事実も、実証されているとは言い難い。」と指摘したところである。報告書自体も、「頑張ってもステップアップが見込めないことへの不満は高い水準(42.0%)を示している」(22頁)としており、自ら認めているところである。

日本労働弁護団は、有期労働契約を一種のトライアル雇用として積極的に活用する方向性を打ち出すことについては反対である。

 

(4)「多様な正社員」について

報告書は、「正社員との格差等に対処するに当たっては、雇用の安定が重要である一方、働き方等については様々なニーズがあることなどから、従来のようないわゆる正社員のみではなく、「多様な正社員」(従来の正社員でも非正規労働者でもない、職種や勤務地等が限定された無期労働契約で雇用される者なども含めた多様な類型の労働者を総称する)の環境整備も視野に入れることが有用である。」と述べ、さらには、政府の役割として、有期契約労働の均衡待遇・正社員化の推進、マッチング機能も重視した就労支援、雇用保険等のセーフティネットや職業能力開発といった政策も重要であると指摘している。

報告書の示す「多様な正社員」は「従来の正社員」と有期契約労働者との中間に位置づけられているものと考えられる。報告書は「従来の正社員」を「使用者から直接雇用され、労働契約期間の定めがなく、フルタイムで長期雇用を前提とした待遇を受ける者など」と定義している。この定義では、労働契約期間の定めのないことやフルタイムであること自体は明確であるが、「長期雇用を前提とした処遇」が具体的に何を意味するかは不明確である。また、大企業の「正社員」と中小零細企業の「正社員」は、その就労実態や待遇も大きく異なる。これを従来の正社員として一括りにまとめることはできない。ちなみに、報告書は「多様な正社員」として「職種限定型正社員」や「勤務地限定型正社員」という例をあげている。しかし、中小零細企業のなかには、事業者が一つしかない企業もあり、また、企業の事業が小規模なため、事実上職種を限定して正社員として雇用しているケースも珍しくないのが実態である。これを報告書が言うところの、「多様な正社員」として位置づけることはできないであろう。このように「多様な正社員」を論じるのであれば、「従来の正社員」の定義も含めて、正確な定義づけをしなければならない。「多様な正社員」を推奨することで、「従来の正社員」を典型的には大企業の幹部候補生のような「エリート正社員」と、中小企業を含めて勤務地限定や職種限定の「普通の正社員」の二層に分けることになりかねない。

非正規と正規とが二極化している現状の打開策として、「多様な正社員」を位置づけ、有期契約労働者を無期労働契約に変更するという方向を促進する意味では、一定評価し得るところではある。しかし、「従来の正社員」でありたい労働者をその意思に反して「多様な正社員」に落としこむようなことは許されない。この点、報告書が指摘しているように、「労働者の意思に反して一方的に実現されてはならない」という点は重要である。

また、「多様な正社員」という概念を用いて、解雇規制の緩和をして、雇用の安定性を欠いた正社員が生み出されることもあってはならない。

したがって、「職種限定」や「勤務地限定」の無期労働契約を締結した「正社員」形態については、以上の点に十分留意しないと、有期契約労働者の保護はもとより、現在正社員として就労している労働者にも悪影響が及ぶことがあることを認識すべきである。

 

(5) 集団的な労使間の合意の活用について

報告書は、中間取りまとめでは言及していなかった集団的な労使間の合意の活用について言及する。つまり、報告書は、「集団的な労使間の合意によって、法律の規制を当該労使にとってより妥当性を持つルールに修正することを可能とする諸外国の例も参考に、当事者による自主的な創意工夫を取り込める余地を残したルールの在り方も視野に入れることが必要」と述べる。具体的には、各論において、上限規制につき、個別事情(労使の意向、職場の事情など)を反映させるべく「集団的な労使の合意によ(る)」修正を検討すべきとしている。つまり、仮に更新回数制限や利用可能期間などを導入した場合であっても、これを任意規定化し、集団的な合意によって、この規制を回避できる制度を検討すべきとしている。

この点、現行法を前提とすると、事業場における過半数代表(過半数組合。これがない場合には過半数代表者)が該当することになるが、この枠組みで有期労働契約者の意思が正確に反映された集団的な合意が形成されることはおよそ期待できない。なぜなら、事業場における労働者の中に有期労働契約者が占める割合が低ければ無期契約労働者の意向が優先するし、仮に有期労働契約者のみの過半数代表制度であったとしても、有期労働契約者は有期契約であるがゆえに使用者に対し極めて弱い立場にあることに鑑みると、彼らが使用者と対等の立場で論議することは、困難といえるからである。

この現状を考慮しないままに、集団的労使合意による規制緩和を論ずるのは、結果として有期契約労働者の権利の前進、確保とはなりえない。

 

(6)「無期労働契約みなし」に対する姿勢について

報告書は、有期労働契約に一定の規制を設けた場合に、これに違反した場合の法的効果についても検討し、「一定のルールを設けて私法的効果を生じさせることを検討するに当たっては、例えば、有期労働契約について一定の状態となったときに、契約当事者の意思を超越して『無期労働契約とみなす』ことなどについては、労働契約の合意原則との関係に十分な留意が必要である」(8頁)として、慎重な姿勢を示す。

しかし、労働契約法3条1項は、「労働契約は、労働者及び使用者が対等の立場における合意に基づいて締結し、又は変更すべきものとする。」と規定し、「対等の立場における合意」という点を強調する。この趣旨は、労働契約においては、使用者が力を持ち、ともすれば、形式的な合意を取り付け、労働者に不利益な契約の締結や変更を押し付けることが想定されるところ、そのようなことがないようにあえて「対等な立場」を強調しているものである。そうであれば、対等な立場が期待できない場合もしくは対等性が認められない場合に、労働者を保護する方向で、法によって、労働契約の合意原則を「あるべき合意」に補正することは何らの問題もないはずである。

したがって、有期労働契約に関して一定のルールを設けたにもかかわらず、当該ルールに反する行為を使用者がした場合、かかる使用者と労働者との間に対等な合意は期待できないから(もしくは、ルールを犯した点で使用者には対等性をみとめられないから)、当事者間の有期労働契約を無期労働契約とみなすことは、全く問題はない。

 

3 締結事由の規制(入口規制)について

(1) 無期労働契約が原則ではないとしている点について

報告書は、現行実定法には無期労働契約を原則とする規定がないから、無期原則は採らないと結論付けている。

しかし、労働者が、健全に働き、賃金を得て、人間らしい生活をおくることは全ての国民が求める当たり前の要求であり、社会的合意と言える(ILOのディーセントワーク)。また、これは、憲法13条(個人の尊重)、同25条(生存権)、同27条(勤労の権利)に基づく権利ともいえる。そうである以上労働政策において、無期労働契約こそ労働契約の原則とすることは当然である。 現行実定法に無期労働契約を原則とする規定がないからこそ、有期労働契約法制の見直しにあたって、無期労働契約原則を明確化する法制度の見直しに踏み出すべきである。

日本労働弁護団は、立法提言等において明らかにしたように、無期労働契約こそが労働契約の原則であるとの立場に立つものであり、報告書の上記見解には同意できない。

 

(2) 入り口規制に対する消極的姿勢

報告書は、締結事由の規制について、有期労働契約には、「無業・失業状態から安定雇用へのステップとしての機能、企業にとって様々なニーズに応え得る雇用形態としての機能等、雇用システム全体にとって有用な機能を果たし得ることについても十分に留意すべきであろう。」として、有期労働契約の「有用性」について強調する。そして、入口規制をすれば、①中小企業における人材確保が困難となる、②企業の海外移転が加速する等の影響が生じる、③個々の労働者の希望が無視される、④請負・派遣といった他の雇用形態への需要を誘発する、といった予想される弊害を指摘している。

しかし、①は、安定した雇用を求める労働者が多い状況にあっては優秀な人材を確保するには不安定な有期労働契約より、安定した無期労働契約の方がその目的を達するのであるから、懸念としては的外れである。②は、企業の海外移転の要因には人件費だけではない様々な理由があるのであって、有期労働契約を規制するから海外移転が加速するというのは実証のない憶測に過ぎず、かえって雇用安定を通じて高度な労働技術の育成・承継を図ることこそ産業の空洞化をくいとめる方策として適切である。③は、無期労働契約であれば労働者からの辞職は自由であるから、労働者の働く期間を限定するという希望と矛盾するものでなく、そもそも弊害にならない。④は偽装請負や名ばかり事業主を適正に規制し、派遣に関しても有期労働契約と同様に規制を施せばいいだけであるから、弊害の問題とならない。

また、報告書では、諸外国の法制度についても、ドイツが客観的な理由が存在しない場合にも有期労働契約の締結を認めた上で、濫用を規制するため、更新回数や利用可能期間に関するルールを設けることでその弊害に対処する手法を取り入れていること、スウェーデンにおいても「入口規制」から「出口規制」へと転換したことが紹介されている。

このように報告書は、「入口規制」の採用に極めて消極的な姿勢を示す。しかし、正社員と同じように働きながらも有期労働契約とされ、不安定かつ低賃金で働かされている実態や、解雇規制を潜脱できるがゆえにその使い勝手の良さを満喫し濫用的に締結されている現状を変えるためには、契約締結事由を制限することが不可欠である。

日本労働弁護団は、無期労働契約が原則であるという立場を前提に、契約締結事由を規制することで、前記の濫用的有期労働契約を阻止する立法提言を行った。すなわち、有期労働契約が締結できる場合を、①休業又は欠勤する労働者に代替する労働者を雇い入れる場合、②業務の性質上、臨時的又は一時的な業務に対応するために、労働者を雇い入れる場合、③一定の期間内に完了することが予定されている事業に使用するために労働者を雇い入れる場合に限定した。このような締結事由の限定によれば、有期労働契約の濫用的利用を一掃できる。これは、出口規制だけではこれはなし得ないのであるから、抜本的な解決策として入口規制が有用であることを、改めてここに示すものである。

 

4 更新回数や利用可能期間のルール(上限規制)について

報告書は、更新回数、利用可能期間規制は、規制基準として「一義的に明確」であり、労使双方にとって予測可能性が非常に高いものになるため、紛争の未然防止につながるほか、組み合わせる法的効果によってステップアップの道筋が見え、労働者の意欲の向上にもつながり得ると考えられ、その「区切り」(上限)を、労働者の雇用の安定や、職業能力形成の促進、正社員への転換等と関連付けて制度を構築するなどにより広がりを持ち得ることも評価に値するとして、積極的に評価している。

もっとも、報告書は、「区切り」の手前での雇止めの誘発という「副作用」の懸念があることについて指摘し、077月に2年間の利用可能期間の上限規制を導入した韓国では、上限到達時において、雇止め、無期化双方の例が見られたと報告し、施行状況を参考とすべきことを提言している。

これらの記載から分かる報告書の姿勢は、更新回数や利用可能期間についての上限を設定する方向での規制(上限規制)に重点を置く。

しかしながら、入口規制と出口規制(上限規制と雇止め法理)の強弱は相関関係にあるが、入口規制なき上限規制を導入することは極めて危険である。報告書自身が指摘するように、「区切り」(上限)の手前で、有期契約労働者が一斉に雇い止めがなされることになる。そうなれば、従来であれば更新がなされて、場合によっては「雇い止めの法理」により救済された労働者が、もはや救済が受けられなくなってしまう。この「副作用」は重大であり、いわば「致死性」の副作用と言うべきである。このことは、中間取りまとめに対する日本労働弁護団の意見書において、「契約締結事由についての制限を何ら設けないままに、更新回数・利用可能期間にのみ制限を設けることとした場合、わが国の有期労働契約が、恒常的な業務に広範囲に用いられている実態から、非正規労働者の拡大に歯止めがかかる効果は乏しく、更新回数や利用可能期間の上限がくれば、そこで労働者の『入れ替え』が行われるだけに終わり、かえって雇用の安定を欠き、労働者の地位を弱めてしまう危険性が高い。」と指摘したところである。

我が国の有期労働契約に関する現状においては、更新回数や利用可能期間の制限をするだけでは不十分であり、契約締結事由に対しても規制をかけることが必要である。入口規制(契約締結事由の規制)なしに、更新回数や利用可能期間の制限(上限規制)だけを導入することは反対である。

 

5 雇止め法理(解雇権濫用法理の類推適用の法理)の明確化について

報告書は、雇止め法理の明確化については、「事案に応じた妥当な処理が可能となり、一律の更新回数や使用可能期間に係るルールについて指摘したような、一定の『区切り』の手前でのモラルハザード的な雇止めを誘発する可能性は低いものと考えられる」とし、一方で、「判例法理の具体的な適用に際しては、事案ごとに業務の内容や更新回数などの客観的要素のみならず、言動、期待・認識など主観的なものも含め当事者の態様が勘案され、最終的な判断は個々の事案ごとに裁判所に委ねることとなるため、労使にとって当該最終判断に対する予測可能性に欠ける」と指摘している。

雇止め法理の明確化についての報告書の立場は、「締結事由の規制や更新回数や利用可能期間に係るルールが導入されない場合に機能することはもちろんのこと、「区切り」に至るまでの期間についても機能し得るものである」などとして、過渡的・補完的なものと位置付けている。

日本労働弁護団は、雇止法理を当面の雇用安定策として立法化することは急務であると考える。この点、報告書が判例法理の最終判断は裁判所に委ねることになるため予測可能性に欠けるなどと指摘するが、解雇権濫用法理の立法化例を参考とすれば、この指摘は的外れであろう。雇止めに対し、一定の要件を充たした場合、労働契約法16条の準用を謳うべきである。

 

6 契約期間について書面明示がなされなかった場合の効果について

報告書は、契約期間についての書面明示がなされなかった場合の効果として、契約期間が「労働者の雇用、生活の安定にとって非常に重要な要素であり、」「労働基準法においても書面明示が義務付けられていることから、契約締結時に契約期間の書面明示がなかった場合に無期労働契約として扱われるような効果を付与することが考えられる」として、この点については、踏み込んだ提言をしており、高く評価できる。

労働契約の締結にあたり、条件を明示することは当然の義務であるから、それに反した場合にかかる法的効果を付与することは当然のことである。

ただし、現状において、「不更新条項」などは、立場の弱い有期契約労働者にとっては、当該条項の削除を求めることは力関係上困難である上、一部裁判例ではこの文言を理由に、本来雇止め法理の適用場面であるにもかかわらず、単なる雇止めとして是認している現状もある。

このような現状下では、根本的な有期労働契約に対する規制をしないままでは、書面の明示義務を逆手にとり、「書いてさえいればいい」ということにもなりかねず、かえって有期契約労働者の保護を欠く結果となりかねない。

このことは、契約更新時に労働条件を引き下げるという手法においても該当する。書面に引き下げの条件が書いてあれば全てそれで是認されるとするのは危険であり、留保付き承諾を認めるなど、柔軟な制度を構築すべきである。

原則として、書面明示による規制は、入口規制・出口規制を前提として、補完的になされるべきである。

 

7 有期労働契約の終了(雇止め等)に関する課題について

(1) 契約期間の細切れ化について

報告書は、期間の細切れ化についていくつかの指摘をするが、この問題は、入口規制を設ければ解消されるのであるから、まずもって入口規制を導入すべきである。

もっとも、当面の対策として、労働契約法17条2項に私法的効力を付与することは有用である。このことは、「中間取りまとめ」に対する日本労働弁護団の意見書において、「当面の雇用安定策として、労働契約法17条2項を単なる配慮義務ではなく、民事的効力のある規定に改正し、契約期間の設定が『必要以上に短い』場合に、『期間の定めのない契約が締結されたものとみなす』など無期雇用への転換等の効果を付与し、使用者が漫然と将来の雇用調整目的で必要以上に短い期間設定をさせないようにすべきである」と述べたとおりである。

 

(2) 雇止めの予告等について

報告書は、ヒアリングにおいて、雇止めの理由の明示が徹底されていないとの意見があったことを紹介し、有期労働契約の実態に即し、大臣告示に定める雇止め予告の対象の拡大と法律へのレベルアップを指摘する。

有期契約労働者の立場に鑑みれば、雇止予告は必要である。この点については、中間取りまとめに対する日本労働弁護団の意見書において、「有期労働契約が更新されている場合に、契約期間満了での契約終了という法的な効果を労働者は解雇と同様のものと受け止める。そこで、抜本的な入口規制が実現するまでの間、更新があり得る有期労働契約に対しては、雇止めの場合に、予告義務を課すべきである。」と述べたとおりである。

 

(3) 雇止め後の生活安定等

報告書は、有期労働契約終了時の代償としての費用の支払(契約終了時の手当)について、不安定雇用への補償、無期化促進の観点、あるいは、雇止め時の無期労働契約との公平の観点を含め、様々な趣旨、目的実現のためにこうした金銭の支払義務が有効なのかどうかを検討することが必要であるとする。

しかしながら、入口規制をしないままに、契約終了手当のような金銭補償を導入することの危険性は、中間取りまとめに対する日本労働弁護団の意見書で「入口規制がないままに雇止めに対する経済的補償を法制化してしまうと、本来、解雇権濫用法理の類推適用を受ける有期労働契約の雇止めについても、経済的補償によって有効とされるといった『解雇の金銭解決制度』と同様の機能を営みかねない事実上の効果が懸念される」と指摘したとおりである。また、入口規制を導入したとしても、その規制の程度によっては、同様の問題は生じ得る。

 

 

8 均衡待遇、正社員への転換等

(1) 均衡待遇など公正な待遇

  報告書は、正社員との格差を是正するための規制方法として、EUの差別禁止についての一般規定と同様の規定を置き、具体的な適用については、個々の裁判所等が判断するという枠組みが一例となるとしつつ、わが国が職務給体系となっていないことから、正社員との比較が難しいと述べ、パートタイム労働法の枠組みを参考に引き続き十分に検討していく必要があるとしている。

しかし、パートタイム労働法は、同法8条にて、「通常労働者と同視すべき短時間労働者への差別取扱い禁止」を定めるが、「通常労働者と同視すべき短時間労働者」は極めて限られた範囲の極わずかな者にしか適用がない。また、均衡待遇の努力義務規定を導入したものの、その効力の弱さ及び行為規範としての抽象性から実効性はまったく期待できない。現実にこのパートタイム労働法の規定によって均衡待遇が実現したという例もまだ示されていないことからすれば、パートタイム労働法の枠組みでは、均衡待遇でさえ実現できないという事態を直視するべきである。報告書が示す公正な待遇実現の方策は実効性が欠如しているというしかない。

この点については、日本労働弁護団は、中間取りまとめに対する意見書において、「有期労働契約については、入口規制がなされるまでの間、有期労働契約を濫用する動機を企業からはく奪する方策が検討されるべきであり、この点で均衡ではなく均等待遇の実現は喫緊の課題である。」として、均衡ではなく均等待遇とすべきと述べた。また、日本労働弁護団の立法提言において、有期契約労働者について「使用者は比較可能な条件にある期間の定めのない契約の労働者と均等な労働条件をもって処遇しなければならない。」との原則を確立し、例外として「異なる労働条件が客観的合理的理由による場合は、この限りではない。」とすることを提言した。

たしかに、わが国の賃金体系が職務給ではないが、だからといって均等待遇の実現は原理的に不可能だとの「原理的不能論」を蒸し返すことはもはや許されない。賃金体系が職務給体系であろうと、職能給体系であろうと、日本的な賃金処遇の中で、同一価値労働同一賃金の原則が適用されうることからも明らかである。

中間取りまとめに対する日本労働弁護団の意見書で、一例として正規労働者の換算時給を基準として、8割未満の時給しか支払われていない場合等に、差別推定効のある民事規定を労働契約法にもうけ、合理的な格差の立証責任を使用者に課すなどして労働者に是正申立権を付与して、均等待遇を強力に推進する法制度が構想されるべきであろう。この意味では、労働契約法3条3項に一定の効力を認めるのも有益である。

また、韓国では、正当な事由がない場合の不利益取扱いを禁止し、有期労働契約であることを理由に、当該事業又は当該事業場で同種又は類似業務に従事している無期契約労働者との賃金その他の労働条件の差別を禁じるなどの措置を取っていることからしても、我が国において「原理的不能論」によって、均等待遇への取り組みから目を逸らすことは許されない。

均等待遇の問題は、同一労働同一賃金の原則からしても緊急の課題であり、早期の法規制が求められる。

 

(2) 正社員への転換等

  報告書は、正社員としての就職を希望しながらそれが叶わず、やむを得ず有期労働契約者として働いている者が一定程度存在していることや意欲と能力がある有期契約労働者については、「雇用の安定のみならず職業能力向上、ひいては企業の生産性向上を図るといった観点から、労働契約の無期化、更には正社員への登用制度を設ける等により正社員になる機会を提供する等々の正社員への転換等を促進する方策を講じることが効果的と考えられる」とし、この場合に、パートタイム労働法の枠組みも参考にしつつ、「事業主に対して正社員への転換を推進するための措置を義務付ける」ほか、正社員への転換を有効に進めるため、労使の自主性も活かしつつ、制度導入への何らかのインセンティブを与えるなど様々な選択肢を検討していく必要があるとしている。具体的には、労働者の多様な希望を反映して、「勤務地限定」「職種限定」の無期労働契約など、多様な雇用モデルを労使が選択し得るようにすることも視野に入れた環境整備を検討することが求められるとしている。

  正社員への転換を推進する措置の義務付けは、正社員化を促す点でも有効であると考えられるので、抜本的な有期契約利用規制がなされるまでの間、追求されるべき課題である。また、正社員への転換制度については、「事業主が制度等を導入し、希望する労働者がこれに対応するという形で実施されるものと考えられる」として、使用者の自主的な制度導入に期待をかけるものとなっているが、それでは不十分であり、少なくとも入口規制が法制化されるまでの間は、実態調査結果を踏まえつつ、正社員転換制度の導入を法的に義務付けていく方向性が打ち出されるべきである。

いずれにせよ、現状の正規雇用と有期労働契約との二極化による硬直した在り方を改めていく上で、正社員への転換制度を普及させることは、緊急性を要する課題である。

 

9 終わりに

現在、労働政策審議会労働条件分会会において、同年10月より順次総論・各論の各課題について検討がなされ、2011年夏ごろには議論の中間的な整理をし、同年12月頃には議論を取りまとめるというスケジュール案が公表されている。

日本労働弁護団は、有期労働契約研究会が公表した「報告書」に対し、当弁護団の意見を述べるとともに、労働政策審議会に対して「有期労働契約の不合理・不適正な利用を防止する」との立場にたち、真に有期契約労働者の労働条件の向上を図る方向での建議をなすように強く求めるものである。

以上