「国家公務員制度改革基本法等に基づく改革の『全体像』」についての意見

2011/4/28

                 「国家公務員制度改革基本法等に基づく改革の『全体像』」についての意見
                                                            2011年4月28日
国家公務員制度改革推進本部
 本部長 菅  直 人 殿 

                           
                     日本労働弁護団
                       会  長   宮 里 邦 雄

 国家公務員制度改革推進本部は4月5日,「国家公務員制度改革基本法に基づく公務員制度改革の『全体像』について」(以下,「改革の全体像」と言う。)を決定した。この「改革の全体像」は,国家公務員制度改革基本法(2008年制定)が定める公務員制度改革についての基本理念,基本方針に基づく改革を具体化する上で必要となる法制上の措置をまとめたものであり,そこには政府が今通常国会における上程を予定している公務員制度改革関連法案の全体像が示されている。
 「改革の全体像」の内容は,幹部職員人事の一元管理,国家公務員の退職管理の適正化,官民人材交流の推進など多岐にわたるが,特に注目されるのは,いわゆる自律的労使関係制度の措置に関連して,国家公務員に対する労働基本権の付与(回復)が取り上げられている点である。
 日本労働弁護団は,2004年2月2日,「公務員制度の改革に関する意見書」を公表し,真に国民本位の行政の実現を図る公務員制度の改革を行うには,憲法と国際労働基準であるILO条約が保障する公務員労働者の労働基本権を回復し,近代的労使関係を確立する必要があることを指摘した。
 しかし,「改革の全体像」は,自律的労使関係制度の措置に関連して非現業国家公務員に協約締結権を付与することとする一方,警察職員等に対する団結権の制約は引き続き維持するものとし,争議権の保障についても「新たに措置する自律的労使関係制度の下での団体交渉の実情や,制度の運用に関する国民の理解の状況を勘案して検討を行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずる」として事実上先送りにしようとしている。団結権の制約や争議権の保障を欠いたままでは,憲法の保障する労働基本権の真の回復とは言えない。
 今回,「改革の全体像」が示され,これに基づく法案作成が行われる状況において,改めて,公務員労働者の労働基本権を争議権も含めて完全回復することを前提とした真の改革が実現されるよう,本意見書を提出する。

第1,原則として全ての公務員労働者に団結権を保障すべきである
1,「改革の全体像」は,警察職員,海上保安庁職員及び刑事施設職員(以下「警察職員ら」を協約締結権を付与する職員の範囲から除外している(別紙2(制度の概要)第1項)。これは,国家公務員労働者である警察職員及び海上保安庁職員,刑事施設職員の団結権行使を禁止する国家公務員法第108条の2第5項を維持するものである。
  しかし,憲法28条は,基本的人権としての団結権を全く留保なく全ての「勤労者」に保障しており,上記職員の団結権を保障することは,一般公務員労働者と同様憲法上の要請であり,これを禁止するのは憲法上重大な疑義がある。国際労働基準であるILO87号条約は,消防職員や監獄職員の団結権を保障しており,警察及び警察と同視すべき若干の職務については国内法で定めると規定している。そして,同条約を批准しているアメリカ,ドイツ,フランスなどの諸国では軍人等以外の上記職員には団結権を認めている。
2,この点,地公法52条5項が団結権の行使を禁止する消防職員について,総務省は,2010年1月に設置した「消防職員の団結権のあり方に関する検討会」で取りまとめられた報告書を,同年12月14日に公表した。同報告書では,消防職員に団結権を認めることで懸念されるとされてきた事情を具体的に検討し,消防職員に団結権を認めることも今後の選択肢として示されている。
  警察職員,海上保安庁職員及び刑事施設職員について,団結権を認めることで生ずる客観的具体的懸念があるとは言い難い。速やかに警察職員らにも団結権を認めるべきである。

第2 団体交渉権及び協約締結権に対する制限を撤廃すること
1,基本的人権としての労働基本権の保障の視点
   「改革の全体像」は,従来,国家公務員法第108条の5が,職員団体と当局との交渉制度には,「団体協約を締結する権利を含まないものとする」としていた点を改め,非現業国家公務員に労働協約締結権を認める点で,遅ればせながら,国家公務員労働者に大きな権利面での前進をもたらすものである。
  しかし,「改革の全体像」は,労使が自律的に勤務条件を決定することができる仕組みを作ることを目的として掲げている。それは,「労使が職員の勤務条件について真摯に向き合い,当事者意識を高め,自律的に勤務条件を決定しうる仕組みに変革」することで,「時代の変化や新たな政策課題に対応し,主体的に人事・給与制度の改革に取り組むことにより,職員の意欲と能力を高め,有為な人材を確保・活用すること」を目的するとしていることからも分かるように,国家公務員労働者に対する団体交渉権の付与について,政策的な見地から,これを認めるとの位置づけに留まっている(Ⅱ 改革の具体的措置(各論),第1項)。
  しかし,そもそも,労働基本権は,使用者との関係で経済的劣位に立つ労働者が,団結し,団体交渉を通じて,自らの労働条件の維持・向上を図り,もって人間的な生活を確保することを目的として,憲法と国際労働基準であるILO条約が保障する基本的人権であることが第一に確認されなければならない。2001年12月に労働基本権制約を維持することを明記した「公務員制度改革大綱」が発表されて以降,2010年まで,6度にわたるILO勧告が出されている。それらはいずれも,労働基本権は国の政策的判断により与えられる権利ではないとの前提に立つものである。
  「改革の全体像」は,労働基本権の人権としての性格を正しく把握しているとは言い難く,労働基本権保障の視点から団体交渉権のあり方が検討されなければならない。
2,全ての公務員労働組合に対し,団体交渉権を明文で保障すること  
(1) 協約締結権の対象となる国家公務員労働者
     「改革の全体像」は,協約締結権を付与する職員の範囲から,警察職員,海上保安庁職員及び刑事施設職員を除外している(別紙2(制度の概要)第1項⑵)。これは,上記の通り,現行国家公務員法第108条の2第5項が,国家公務員労働者である警察職員及び海上保安庁職員,刑事施設職員の団結権の行使を禁止していること(当然,団体交渉を行い,労働協約を締結する権利の行使を禁止していること)を,今回の公務員制度改革にあたっても維持しようとするものである。しかし,憲法第28条が全くの留保なく消防職員を含む全ての「勤労者」に団結権・団体交渉権を保障していることに照らせば,団体交渉権と協約締結権は,全ての公務員労働組合に保障すべきである。
(2) 労働組合の構成員の過半数が職員であることを要件とすべきではない
      「改革の全体像」は,中央労働委員会の認証を得て協約締結権が認められる労働組合について,「団結権を有する職員が全ての構成員の過半数であること」を要件としている(別紙2(制度の概要)第1項⑵①)。
      しかし,憲法第28条は,全ての「勤労者」が自らの意思で自らの選択する労働組合を結成し,使用者と団体交渉を行う権利を保障しているのであり,労働組合がどのようにその組合員を構成するかは,当該組合の自主性に委ねられている。ILO第87号条約第2条は,労働者が,事前の許可を受けることなしに,自ら選択する団体を設立する権利を保障している。また,ILO第98号条約第4条は,締約国の責務として,労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う団体交渉のための手続きの十分な発達及び利用を奨励し,かつ,促進するため,必要がある場合には,国内事情に適する措置を執らなければならないとしている。
      過半数に足りない少数組合について協約締結権は保障されるべきであり,構成員の過半数が職員であることを労働協約締結権付与の要件とすることは,以上のとおり,憲法第28条,ILO条約第87,98号条約に違反するものであり,許されない。
(3)中央労働委員会による適格性審査を認めるべきではない
   「改革の全体像」は,前述のとおり,中央労働委員会が適格性を予め客観的に証明した団体に協約締結権を認めることとしている(別紙2(制度の概要)第1項⑵①)。
   しかし,これは,現行国家公務員法第108条の5第1項が,法の定める事項に適合する規約を有する職員団体として人事院に登録された労働組合(登録組合)にだけ団体交渉権を認めている職員団体登録制度を実質的に温存するものである。職員団体登録制度は憲法第28条に違反するだけではなく,労働者は自ら選択する団体を設立し,及び加入する権利をいかなる差別もなしに有することを規定するILO第87号条約に違反しているだけでなく,この間,ILOも職員団体登録制度の改変を一貫して勧告してきた。「改革の全体像」が敢えて上述の制度を設けたことは,強く批判されなければならない。
3, 団体交渉事項の範囲を制限すべきではない~「管理運営事項」について
    「改革の全体像」は,現行国家公務員法第108条の5第3項を温存し,団体交渉ができない事項として,「国の事務の管理及び運営に関する事項」を挙げている(別紙2(制度の概要)第2項⑴②)。
    しかし,右のいわゆる「管理運営事項」の概念は抽象的であり,どの範囲の事項が団体交渉事項の範囲内あるいは範囲外となるのか一義的に確定できない。また,「管理運営事項」は,従来,労働組合が当局に対して交渉を要求した際に,当局が「管理運営事項」を恣意的に拡大し,団交拒否の口実として利用してきた。しかし,労働組合法には,このような団体交渉事項を限定するような規定はない。
    当弁護団の2004年2月2日付意見書にも触れたとおり,ILOもこの問題に関し,1965年のドライヤー報告において,管理運営と勤務条件の双方に影響を及ぼすべき多くの問題があることを認めなければならないと指摘し,1994年条約勧告適用専門家委員会報告も,雇用条件に関するものなど一定の問題を団体交渉から除外することは98号条約の諸原則に反すると指摘し,管理運営事項に係るものであっても,雇用条件・勤務条件に関する事項は交渉事項に含めるべきであるとしているところである。
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sp; 以上から,「管理運営事項」に関する規定は設けるべきではない。仮に,「管理運営事項」についての規定を設ける場合には,国家公務員労働者の経済的地位の維持・向上に関連する事項である限り,広く団体交渉の対象となることを明記すべきである。
     
4,団体交渉システムについて
   団体交渉の議事の概要及び労働協約の公表について
  「改革の全体像」は,国家公務員労働組合の当局との団体交渉について,その議事の概要や締結した労働協約を公表するとしている(別紙2(制度の概要)第2項⑷)。
   しかし,これを敢えて法律に定める必要性に疑問があるだけでなく,その公表の時期や公表の仕方によっては,労働組合の団体交渉権に対する事実上の制約として機能するおそれがある。
   それ故,団体交渉の議事の概要や労働協約の公表について,法律に定めることには反対する。

5,勤務条件の決定原則等
(1) 勤務条件決定の際に民間事業の従業者の給与等を考慮する点について
      「改革の全体像」は,職員の給与について,「職務給の原則を維持するとともに,生計費,民間における賃金等を考慮して定められるものとする」「内閣総理大臣は,職員の給与制度に関し,随時,調査研究を行い,その結果を公表するものとする」としている(別紙1 「国家公務員法等の一部を改正する法律案(仮称)に定める主な事項」第3項⑵③ⅱ,ⅲ)。
      国家公務員労働者に団体交渉権・労働協約締結権を認めるということは,国家公務員の給与を含む労働条件について労使の自治に委ねることを基本とするのであり,民間事業の従業者の給与水準は,交渉の際の一つの指標となることはあっても,労使がそれに拘束されるものではない。団体交渉の結果締結された労働協約に定める給与が仮に民間事業従事者の給与水準を超えることがあっても,それは労使の自主的な決定として尊重されるべきであり,それに対する国民的な批判は,国会における予算の否決,あるいは交渉の一方当事者である大臣を統括する内閣の政治的責任として解決されるべきである。
      また,交渉の一方当事者である使用者機関が民間の給与等の実態の調査・把握をする場合,その公正さが担保される保障はない。それ故,調査・把握は公正な第三者機関に委ねることを検討すべきであるが,少なくとも調査の方法については労使の交渉事項となることを明記すべきである。
(2)政府全体で統一的に定めるべき勤務条件の法定について
  「改革の全体像」は,政府全体で統一的に定めるべき勤務条件については,法律をもって定めるとする(別紙1 第3項⑵③ⅳ)。
   しかし,労働組合の団体交渉権を保障する以上,法律の定める事項は大綱的なものに限定し,それを具体化する事項については,当該労働条件を所管する大臣を当事者とする団体交渉に委ねるべきである。

6, 勤務条件や労使関係の運営に関する事項も労働協約締結事項とすべきである
   「改革の全体像」は,公務員制度の根幹たる任用・分限・懲戒の仕組み,情勢適応の原則や職務給の原則等の勤務条件決定の基本的枠組み,団体交渉に当たり,労使が則るべき最低限のルールについて,行政権の帰属する内閣及び国権の最高機関たる国会が主体的に法改正の是非を判断すべきものであることを理由に,勤務条件あるいは労使関係の運営に関する事項に該当する限り団体交渉の対象とはするものの,労働協約締結の対象とはしないこととしている。
      しかし,国家公務員労働者の勤務条件や労使関係の運営に関する事項に該当することを認めながら,労働協約締結権を当然のように否定するならば,国家公務員労働者に団体交渉権・労働協約締結権を保障した意義が没却される。特に,「改革素案」は,現行国家公務員法において規定されている「予備交渉の実施」,「団体交渉の打ち切り」,「勤務時間中の適法な団体交渉の実施」等について,労使が則る最低限のルールとして,引き続き法定するとしている。しかし,団体交渉権の保障は,労使対等決定の原則を要請し,交渉ルール等の設定についても,本来労使自治に委ねられるべきものである。
      公務員制度の根幹たる任用・分限・懲戒の仕組み,情勢適応の原則や職務給の原則等の勤務条件決定の基本的枠組み,団体交渉に当たり,労使が則るべき最低限のルールであっても,それが勤務条件あるいは労使関係の運営に関する事項に該当する限り,原則として,労働協約締結の対象としつつ,憲法に定められた内閣あるいは国会の権限との矛盾衝突については,個別事項ごとに必要な調整が図られるべきである。

7,労働協約の実施義務について
  「改革の全体像」は,勤務条件の基準を定める法律または政令の制定改廃を要する内容の労働協約を締結する場合には,内閣の事前承認を前提とし,内閣に法律案の国会への提出義務または政令の制定改廃の義務を課すこととするとしている(別紙2(制度の概要)第3項⑶)。
  しかし,本来,団体交渉権が,労働条件あるいは交渉ルールの定立について労使自治に委ねることを基本としていることからすれば,団体交渉権を不当に制約するものというべきである。2004年2月2日の意見書にも既に指摘しているとおり,1994年のILO条約勧告適用専門家委員会報告は,「労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う使用者または使用者団体との間の自主的交渉のための手続の十分な発達及び利用を奨励し,かつ,促進するため,必要がある場合には,国内事情に適する措置を執らなければならない。」とするILO第87号条約第4条について,労働協約をその効力発行前に事前承認の対象とすることは上記原則に違反するとしていることを踏まえるべきである。
  協約締結権の保障は,勤務条件法定主義・財政民主主義により規定された勤務条件の枠組みの中で,その細目の具体的決定を団体交渉に委ねることは十分に可能である。要は,それら憲法上の原則と団体交渉権をいかに調整するかということである。この点については,特定独立行政法人等の国家公務員の協約締結権の保障などが参考となる。すなわり,国営企業等の予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする協約は直ちに政府を拘束せず,そのような協約が締結されたときは,政府は,その締結後10日以内に事由を付してこれを国会に付議して承認を求めなければならず,国会の承認によって遡って効力を生じるとする調整規定が置かれている(特定独立行政法人等の労働関係に関する法律16条)。同様の規定は地方公営企業等の労働関係に関する法律8条1項,10条1項にも規定されているところである。

8,交渉不調の場合の調整システム
    「改革の全体像」は,労使間の団体交渉が不調の場合の調整システムとして,中央労働委員会によるあっせん,調停及び仲裁の制度を設けることとしている(別紙2第5項)。
    争議権の付与が見送られたことにより,争議行為を背景とした団体交渉を行うことができない状況にあっては,こうした調整システムの導入は不可欠と言える。しかし,交渉の行き詰まりは,原則としては労使間の自主的な努力によって解決されるべきものであり,労使自治の理念に反するような調整システムであってはならない。
    この点,「改革の全体像」においては,各省大臣,内閣総理大臣等の請求が仲裁開始要件の1つとして挙げられているが(別紙2第5項⑴),交渉の行き詰まり等を要件とすることなく仲裁開始を求めることができるとすることは,使用者機関に誠実交渉義務を課すことと矛盾すると言うべきである。各省大臣,内閣総理大臣等の請求は,仲裁の開始要件から削除すべきである。

9,労働協約締結権付与に伴う組織の整備について
(1)使用者機関について
   「改革の全体像」は,人事行政に責任を持つ使用者機関として国家公務員の制度に関する事務その他の人事行政に関する事務等を担う公務員庁(仮称)を設置するとしている(Ⅱ,第1項②,別紙3「公務員庁設置法案(仮称)に定める主な事項」)。
   従来,国家公務員の人事行政に関する事務を所掌してきたのは人事院である。人事院は,人事行政が政治や労使によって左右されることを防ぐために,内閣,国家公務員労働者からの一定の独立性が付与されてきた。
   しかるに,「改革の全体像」が設置を予定している公務員庁は,使用者機関として位置づけられており,人事行政に関する事務の遂行に当たって,従来の人事院と同程度に労使間あるいは内閣からの中立性が保障されるのかが定かではない。
   人事院の存続も含めて,人事行政に関する事務を取り扱う機関は,内閣,国家公務員労働者から独立した中立的な機関に委ねるべきである。
(2)第三者機関の設置について
   「改革の全体像」は,協約締結権の付与及び使用者機関の設置に伴い,人事院勧告制度および人事院を廃止する一方,第三者機関として人事公正委員会(仮称)を設置し,職員の勤務条件に関する行政措置要求,不利益処分に関する不服申し立てその他の職員の苦情の処理,職員の職務に係る倫理の保持,官民交流の基準の設定,政治的行為の制限等に関する事務を所掌させるとしている(Ⅱ,第1項③,別紙1第3項⑴)。
   しかし,従前,これらの事務を所掌していた人事院については,労使間あるいは内閣からの中立性,独立性が保障されていたが,人事公正委員会について,人事院と同程度の中立性,独立性が保障されることになるのかは必ずしも定かではない。
   国家公務員に対する争議権の回復が先送りにされ,警察職員らに対する団結権,協約締結権の制約も維持されることから,基本権制約の代償措置としての第三者機関の必要性は依然として失われていない。上記の事務については,人事院の存続も含めて,労使間あるいは内閣からの中立性,独立性が十分に保障される機関に委ねるべきである。
      なお,人事公正委員会(仮称)の所掌事務のひとつとして「職員の政治的行為の制限」が挙げられているが(別紙1第3項⑴③ⅱ),公務員の政治的行為は,表現の自由を認めた憲法第21条第1項により,本来公務員の自由に委ねられている。その誓約は,合理的範囲について,必要最小限のものでなければならない。したがって,新たに設立される第三者機関について,その権限の中に政治的行為の制限に関する事務を含ませることには反対である。また,その反面で,成績主義に基づく任用や研修等に関する事務は第三者機関の権限に含ませるべきである。

第3 不当労働行為の禁止について
  「改革の全体像」は,不利益取扱い禁止に加え,支配介入の禁止,団体交渉拒否等の禁止についても規定を設けるとともに,中央労働委員会が不当労働行為事件の審査を行うものとしている(別紙2(制度の概要)第4項)。
  現行国公法は,不利益取扱いの禁止の規定を置くものの(国公法108条の7)支配介入の禁止,団体交渉拒否等の禁止を明記していないし,不当労働行為からの救済を制度的に保障していない。
  この点,主な不当労働行為を法律上明記することは評価すべきであり,不当労働行為が行われた場合の救済規定が設けられることも一定の前進である。
  ただし,不当労働行為の救済機関が中央労働委員会が相応しいかは,議論の余地がある。公務労働の特殊性を十分に踏まえた委員による審査がなされなければ,不当労働行為からの実質的な救済は図れない。
  また,中央労働委員会がおこなう仲裁裁定の効力については,法律又は政令の制定改廃を要する内容については,内閣に対して法律案の国会提出又は政令の制定改廃の「努力義務」が課されるにとどまっており,不十分である。裁定内容については,内容に実施義務を認めるべきであり,内閣を実質的に拘束しないのであれば,仲裁裁定は国家公務員に争議権を付与しない代償措置と評価することはできない。

第4 在籍専従制度について
1,「改革の全体像」では,「労働組合のための職員の行為の制限」として,「在籍専従の許可」および「短期従事の許可」を制度化するとしている(別紙2(制度の概要)第1項⑶)。
2,上記の「在籍専従の許可」は,職員が労働組合の業務に専従できないことを原則としつつ,認証された労働組合の構成員である職員は,所轄庁の庁の許可を受けて,労働組合の役員として,職員としての在職期間を通じて5年(当分の間,7年以下の範囲内で政令で定める期間)専従できるとする。この点は,現行国公法108条の6の第3項及び現行地公法55条の2第3項と同様である。
  また,「短期従事の許可」も,所轄庁の長の許可を受け,年間30日までと規定するとするもので,現行人事院規則17―2(職員団体のための職員の行為)と同様の制度である。
3,しかし,役員選任の自由は,団結権の重要な内容の一つである。これを実質的に保障するためには,在籍専従制度及び短期従事制度について,期間を設けるか否か,設けるとしてその期間をどの程度に設定するか,更新についてどうするかなどについては,法律で一律に定めるのではなく,労使交渉の上合意によって取り決めるべきである。

第5 争議権について
  冒頭で述べたように,「改革の全体像」においては,国家公務員の争議権は,「新たに措置する自律的労使関係制度の下での団体交渉の実情や,制度の運用に関する国民の理解の状況を勘案して検討を行い,その結果に基づいて必要な措置を講ずるものとする」とされ,事実上先送りとされている。かかる判断は,2010年12月に公表された「国家公務員の労働基本権(争議権)に関する懇談会報告」(座長 今野浩一郎)において,争議権付与の是非を判断する前提として国民の意見を適切に踏まえる必要性が強調されていることを踏まえたものと思われる。
 しかし,憲法が保障する労働条件決定過程への労働者の参加(自律的決定)の権利および憲法第28条が保障する団体交渉権と協約締結権を基礎とする労使自治は,争議権の保障があって初めて実現するものである。争議権の保障を欠いたままでありながら,協約締結権を付与(回復)したという限度の労使自治の名のもとに,安易な国家公務員の労働条件の切り下げが横行する事態の出現に対する危惧は決して根拠のないものではない。現在でも一部地方公務員に協約締結権が認められているものの,必ずしも労働条件向上に結びついていないのは,争議権が保障されていないこととは無縁ではないと思われる。繰り返しになるが,争議権の保障を欠いたままでは,憲法が保障する労働基本権の真の意味での回復とは言えないのである。
 ILOも,2002年11月20日及び2003年6月20日,現行国家公務員法による公務員に対する全面的・一律の争議行為の制限・禁止がIL087号条約,98号条約に違反しているとして,公務員制度改革において,違反している法制度を改めるよう繰り返し勧告しており,またその後も,国家の名において職権を行使しない公務労働者に対しては争議権を保障すべきだというILO結社の自由委員会の勧告が2006年3月及び2008年6月にILO理事会で採択されている。
 今回の公務員制度改革関連法案の制定に際しても,国家公務員の争議行為を全面的・一律に制限・禁止する現行国家公務員法の見直しが併せて行われることが必要不可欠と言うべきである。
                                                                                          以上