(意見書)労働訴訟手続の特則の試案

2003/2/10

労働訴訟手続の特則の試案

                           2003年2月6日

                    日本労働弁護団       

労働裁判改革検討委員会

第1 民事訴訟法における労働訴訟手続の特則
1 労働訴訟手続における審理の原則
(1) 労働関係紛争の訴訟手続における審理は、適正な労働関係の実現が個人と社会の健全な発展の基礎となることに鑑み、日本国憲法13条(個人の尊重)、14条(法の下の平等)、22条(職業選択の自由)、25条(生存権)、27条(勤労の権利及び義務)、28条(勤労者の団結権)の理念を前提とし、労働関係に関する諸法令及び労働関係紛争に関する判例法理に基づき、労使関係や労使慣行の実情をふまえて、適正かつ迅速に行われなければならない。
(2) 裁判所は、労働関係紛争の訴訟手続においては、当事者双方と協議のうえ、争点・証拠整理の期間、尋問期間、弁論終結・判決言渡しの予定時期等についての審理の計画を定めるよう努めなければならない。

2 労働契約の存否に関する訴訟手続の優先処理等の原則
(1) 裁判所は、労働契約の存否に関する労働関係紛争の訴訟手続(解雇・雇止め事件の訴訟手続)については特に優先して審理を進行させなければならない。
(2) 裁判所は、労働契約の存否・終了に関する労働関係紛争の訴訟手続(解雇・雇止め事件の訴訟手続)においては、使用者に対して、第1回口頭弁論期日までに解雇・雇止めの理由とその具体的な事実を記載した書面及び解雇理由等を裏付ける書証を提出するよう求めるものとし、それ以降に使用者が解雇・雇止めの理由及びその具体的な事実を追加して主張することを認めないことができる(特段の事情がある場合を除く)。
(3) 裁判所は、使用者が労働者に告知(労働基準法22条による証明書の交付を含む)した解雇理由以外の解雇理由を使用者が訴訟手続で主張することを認めないことができる(特段の事情がある場合を除く)。

3 労働訴訟手続における裁判所の求釈明
(1) 裁判所は、労働訴訟手続の適正かつ迅速な審理の実現のために、当該事件の内容に応じ、次の事項について、期間を定めて当事者に釈明を求めなければならない。
① 解雇・雇止め理由及びその理由に対する反論
② 懲戒理由及びその理由に対する反論

賃金・労働条件の不利益変更理由及びその理由に対する反論

使用者が行った人事異動等の行為の理由及びその理由に対する反論
⑤ その他裁判所が必要と判断する事項
(2)
裁判所は、解雇など使用者が行った行為の理由について期間を定めて使用者に釈明を求めた場合において、使用者がその期間内に書面又は口頭で主張した理由についてのみ審理を行うものとする。ただし、特段の事情があると裁判所が認めるときはその限りではない。
(3) 裁判所は、労働者の攻撃又は防御の方法の提出が使用者より一般に困難である労働関係の実情に鑑み、労働訴訟手続について「審理の計画」等により特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間を定めた場合に、労働者が当該期間を経過した後に攻撃又は防御の方法を提出したときは、相当な理由がないことが明らかに認められるときに限り、その攻撃又は防御の方法を却下することができる。

4 労働訴訟手続における文書の提出
(1) 裁判所は、労働訴訟手続の適正かつ迅速な審理の実現のために、当該事件の内容に応じ、(文書提出命令とは別に)当事者の申立又は職権により、次の文書の提出をその所持者に対して書面又は口頭で求めることができる。

就業規則、給与規定、退職金規定など労働契約に関する文書
② 賃金台帳、給与明細票など労働者の賃金に関する文書
③ 出勤簿、タイムカードなど労働者の労働日・労働時間に関する文書
④ 社員履歴台帳、人員組織構成表、配置表など労働者の職務経歴・業務上の地位に関する文書
⑤ 業務指示書、業務報告書、業務日報、打合せ記録など労働者の業務内容に関する文書
⑥ 人事考課表など労働者の人事考課に関する文書
⑦ 健康診断結果表など労働者の健康状態に関する文書
⑧ 決算書、明細書など使用者の経営状況に関する文書
⑨ その他当該事件の適正かつ迅速な審理のために必要と認められる文書
(2) (1)により裁判所から文書の提出を求められた者は、適正かつ迅速な審理のためにその文書を提出するようにしなければならない。裁判所は、提出を求めた文書が提出されなかった場合は、弁論の全趣旨としてしん酌し(民事訴訟法247条)、判断を行うものとする。
(3) (1)の文書は、民事訴訟法220条4号ニ(文書提出命令における提出義務除外の自己使用文書)には該当しないものとみなす。

5 簡易な労働訴訟事案の審理の原則
(1) 裁判所は、争点が複雑でない簡易な事案と認められる労働訴訟事案については、当事者に異議がある場合を除き、次のように審理を進行して訴えの提起から3ヶ月以内に審理を終え判決言渡しを行うように努める。
(2) 原則として、争点整理は1期日、証拠調べは1期日で、それぞれ行う。
(3) 裁判所は、相当と認めるときは争点整理の期日及び証拠調べの期日において和解を試みる。
(4) 裁判所は、証拠調べが終了した期日において、当事者の申出があれば意見陳述を行ったうえ、和解を試みる場合を除いて、原則としてその期日に直ちに口頭で判決主文及び理由の要旨を告知して判決を言渡すよう努める。その期日に判決の言渡しができない場合は、速やかに判決言渡し期日を指定する。

6 賃金支払の仮執行宣言を付した判決に対する控訴と執行停止の特則
  裁判所は、賃金支払について仮執行の宣言を付した判決に対する控訴の提起があった場合における強制執行停止の裁判については、民事訴訟法398条1項3号の規定にかかわらず、仮執行により著しい損害を生ずるるおそれがあることにつき疎明があるときに限り、仮執行による強制執行の全部又は一部の停止を命じることができる。

7 労働訴訟手続における訴えの提起の特則
(1) 労働訴訟手続の訴状は、請求の原因に代えて、紛争の要点を記載しても足りるものとする。 (cf.
民訴法133条訴え提起の方式についての簡易裁判所の特則272条)
(2)(訴訟物の価額)労働関係紛争の請求に係る訴えについては、訴訟の目的の価額は、95万円を超える場合は95万円とみなす。(.民事訴訟費用等に関する法律4条の特則)
(3)(労働訴訟手続の簡易訴状様式)裁判所は、労働訴訟手続の簡易訴状様式(解雇事案、賃金未払い事案等の様式)を作成するものとする。

第2 民事保全法における労働保全手続の特則
1 労働仮処分の保全の必要性の特則
(1) 労働契約上の権利を有する仮の地位を定める仮処分命令の必要性については、債権者の職業生活上の利益が害される場合又は社会保険の被保険者資格を喪失する場合には、民事保全法23条2項の「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険」が認められるものと推定する。
(2) 賃金仮払いの仮処分命令の必要性については、債権者が従来の賃金収入を喪失する場合には、民事保全法23条2項の「債権者に生ずる著しい損害又は急迫の危険」が認められるものと推定する。

2 先行する労働仮処分が存在する場合の保全すべき権利についての判断
  裁判所は、同一当事者間に同一の権利関係に関して先行する労働仮処分命令が存在する場合には、保全すべき権利については先行する労働仮処分命令の理由を引用して判断することができる。

以 上

(参考資料)
民事訴訟手続改正案の概要
第1 計画審理
1 裁判所及び当事者の責務
「訴訟手続においては、適正かつ迅速な審理の実現のため、裁判所及び当事者においてその計画的な進行を図らなければならないものとする。」
2 審理の計画
(1)「裁判所は、事件が複雑である等の事情によりその適正かつ迅速な審理の実現のために審理の計画を定める必要があると認められるときは、」当事者双方と協議のうえ審理の計画を定めなければならない。
(2) 審理の計画においては、争点・証拠整理の期間、尋問期間、弁論終結・判決言渡しの予定時期を定めなければならない。
(3) 審理の計画の変更
3 審理の計画の効力
(1) 裁判長は、必要があると認めるときは、当事者の意見を聞いて、特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間を定めることができる。
(2) 審理の計画又は(1)により特定の事項についての攻撃又は防御の方法を提出すべき期間が定められたときに、当事者が当該期間を経過した後に提出した攻撃又は防御の方法については、訴訟手続の進行に著しい支障を生ずるおそれがあると認めたときは、裁判所は、申立又は職権で、却下の決定をすることができる(相当な理由があることを疎明したときはこの限りでない)。
第2 証拠収集等手続の拡充
1 訴えの提起前における照会
提訴予告通知をした者は、訴えの提起前に、相手方に対して書面で照会することができる。
2 訴えの提起前における証拠収集のための処分
裁判所は、提訴予告通知をした者の申立により、文書送付嘱託などの処分をすることができる。