重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案の拙速な審議等に反対する声明

2024/4/11

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重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案の拙速な審議等に反対する声明

2024年4月11日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 

 政府は、2024年2月27日、「重要経済安保情報の保護及び活用に関する法律案」を閣議決定し、同年4月9日、同法律案は衆議院を通過した。しかし、次のとおり、同法律案には、労働者の権利の観点から無視できない問題点があり、その拙速な審議・成立は避けるべきである。

 同法律案は、行政機関の長が指定した「重要経済安保情報の取扱いの業務」を行うことができるのは、行政機関の長による「適性評価」においてこれを漏らすおそれがないと認められた者に限定され(第3条、第11条、第12条)、重要経済安保情報を漏えいした者等に対する処罰規定も設けている(第22条第1項、第3項)。同法律案は、行政機関との契約に基づき重要経済安保情報の提供を受けたり、保有する「適合事業者」の「従業者」についても、「重要経済安保情報の取扱いの業務を新たに行うことが見込まれることとなった者」や「重要経済安保情報の取扱いの業務を現に行う者」なども「適性評価」の対象としている(第12条第1項)。そして、適性評価の調査は、行政機関の長の求めによって、内閣総理大臣が行うものとされている(第12条第第5項)。これによって、「重要経済安保情報」の取扱いを行う者については、上記適合事業者の従業者である民間労働者等においても、国家による「適性評価」の対象になる。そして、その「適性評価」の調査の対象となる事項は、①重要経済基盤毀損活動との関係に関する事項(評価対象者の家族、同居人の氏名、生年月日、国籍及び住所を含む)、②犯罪及び懲戒の経歴に関する事項、③情報の取扱いに係る非違の経歴に関する事項、④薬物の濫用及び影響に関する事項、⑤精神疾患に関する事項、⑥飲酒についての節度に関する事項、⑦信用状態その他の経済的な状況に関する事項とされており(第12条第2項)、「適性評価」の対象となる労働者(評価対象者)のプライバシー、思想信条に大きな影響を及ぼすことが分かる。

 しかし、同法律案では、その対象となる「重要経済安保情報」、さらにその「取扱い」を行う者の範囲が明確ではない。例えば、重要経済安保情報の前提となる「重要経済基盤」は、「我が国の国民生活又は経済活動の基盤となる公共的な役務であってその安定的な提供に支障が生じた場合に我が国及び国民の安全を損なう事態を生ずるおそれがあるものの提供体制」、並びに「国民の生存に必要不可欠な又は広く我が国の国民生活若しくは経済活動が依拠し、若しくは依拠することが見込まれる重要な物資(プログラムを含む。)の供給網」と定義されているところ(第2条第3項)、その「国民生活又は経済活動の基盤となる公共的な役務」や「国民の生存に必要不可欠な又は広く我が国の国民生活若しくは経済活動」などは、広範囲なものを含む解釈がなされる可能性がある。また、「重要経済基盤情報」についても、「重要経済基盤に関する情報であって」、①:外部から行われる行為から重要経済基盤を保護するための措置又はこれに関する計画若しくは研究、②:重要経済基盤の脆(ぜい)弱性、重要経済基盤に関する革新的な技術その他の重要経済基盤に関する重要な情報であって安全保障に関するもの、③:①の措置に関し収集した外国の政府又は国際機関からの情報、④:②③に掲げる情報の収集整理又はその能力とされているが(第2条第4項)、「研究」等も含む、広い範囲のものが対象となっている。この重要経済安保情報の指定は、独立の第三者機関ではなく、行政機関の長が行うものとされているが、以上のとおりその概念の外延が明確ではなく、広範囲に解釈・運用される可能性がある。

また、評価対象者についても、広範囲の民間労働者が含まれることになる可能性がある。まず、前提となる「適合事業者」は、重要経済基盤の脆弱性及び重要経済基盤に関する革新的な技術に関する調査及び研究を行う事業者、同調査及び研究に資する活動を行う事業者など研究機関も含めて幅広い事業者が対象とされている。また、評価対象者は「重要経済安保情報の取り扱いの業務」を行う者とされているところ、いかなる範囲の労働者等が「取扱いの業務」を行う者とされるのか明らかではなく、少しでも当該業務に関与すれば対象とされる恐れがある。

以上のとおり、同法律案は、国家による適性評価という民間労働者(評価対象者)のプライバシー、思想信条への影響を大きく及ぼすものであるにも拘わらず、その範囲が曖昧不明確なものとなっており、国家による労働者のプライバシー侵害や思想調査が際限なく拡大する危険性があると言わざるを得ない。

なお、法律案は、適性評価は「告知した上で、同意を得て実施する」とされているが(第12条第3項)、対象となる労働者(評価対象者)は、その担当業務(重要経済安保情報の取り扱いの業務)に従事するために、その同意を拒むことは極めて困難である。また、同意しなかったことを理由とした不利益取扱いを禁じる規定も法律案にはなく、当該担当業務に従事できないことをもって配置転換や解雇等の不利益取扱いを受けることも想定される。

 適性評価は、労働者(評価対象者)の雇用やキャリア形成にも大きな影響を与える。適性評価によって、「重要経済安保情報の取り扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められなかった」場合、当該労働者は当該業務に従事できないばかりでなく、解雇等の不利益取扱いを受ける可能性があり、さらに今後の転職等においても大きな影響を受ける可能性がある。しかし、内閣総理大臣による適性評価が公正・公平に実施されるための担保は法律案にはなく、労働者(評価対象者)の権利保護の観点から問題があると言わざるを得ない。

なお、評価対象者に対しては、「重要経済安保情報の取り扱いの業務を行った場合にこれを漏らすおそれがないと認められなかった」場合にはその結果と理由が通知され(第13条第1項、第4項)、評価対象者は行政機関の長に対して苦情の申出をすることができ、行政機関の長は「これを誠実に処理」するものとされている(第14条)。しかし、どのような手続等でこれが行われるのか不明であるし、法律案には苦情申出が公正・公平に実施されるための担保はやはり存在しない。

 以上のとおり、同法律案には、労働者の権利の観点から無視できない問題点があり、拙速な審議・成立は避けるべきである。

以上