事業性融資の推進等に関する法律案の慎重な審議を求める声明

2024/4/11

(247KB)

事業性融資の推進等に関する法律案の慎重な審議を求める声明

2024年4月11日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 政府は、2024年3月15日、「事業性融資の推進等に関する法律案」を閣議決定した。同法律案は、「企業の総財産(将来において会社の財産に属するものを含む)」を対象とする「企業価値担保権」を創設するものである。この企業価値担保権は、従前、金融審議会に設置された「事業性に着目した融資実務を支える制度のあり方等に関するワーキング・グループ」において議論されていた、「事業成長担保権」と同内容の担保権である。

企業価値担保権も事業成長担保権も、担保対象財産を企業の「総財産」とするところ(法律案第7条第1項)、そこには労働契約上の地位も含まれている。その点において、他の担保制度とは異なる性質を有している。そのため、設定時、期中、実行時のそれぞれにおいて労働者保護、労働組合等との協議ルール等の必要性が高いことは、当弁護団「『事業成長担保』の拙速な制度化に反対する声明」(2022年12月26日)で指摘したとおりである。

今般閣議決定された同法律案における企業価値担保権についても、当弁護団が上記声明において指摘した懸念点が解消されたとは言えない。また、上記ワーキング・グループの報告書で示されていた労働法に関する視点・内容の取扱いも不明である。

 まず、同法律案は、企業価値担保権の設定において、担保対象となる労働契約の他方当事者である労働者の個別同意はおろか、個別通知、さらには労働組合等からの意見聴取等も義務づけていない。なお、ワーキング・グループの報告書では、労働組合等への情報提供の促進の取組みなどが提起されているが、法律案ではその取組がどのように位置づけられるか不明であり、今後その点も明確化されなければならない。

 企業価値担保権を有する金融機関は、総財産を担保とすることで設定者である事業者に対して極めて強い力を持つことになる。だからこそ、金融庁は、従前より、期中においても、設定者である事業者に「試算表、決算書、事業計画等の進捗を報告」させ、金融機関の「フォローアップ・伴走支援」、場合によっては「経営改善のための対応協議」等がなされるものと説明してきた。そして、今般の法律案においても、「事業に対する貸し手の関心が高まり、タイムリーな経営改善支援が期待される」と説明している。

これらからすれば、担保権者である金融機関による経営関与(指導)が想定され、経営合理化等の「支援」(指導)が継続的に行われることになることが推測される。その際、設定者である事業者(使用者)が、金融機関による経営合理化の指導を拒むことは難しく、それが労働者の人員削減、労働条件の不利益変更にわたる場合には労働者の地位・労働条件にも影響を与えることも考えられる。本来であれば、企業価値担保権者である金融機関に対し、労働組合から申し入れられた協議・交渉に対する応諾義務を課すなど、労働法的規制を導入することも考えられるが、同法律案ではそのような制度は導入されておらず、金融機関による経営指導等による労働者への影響についての対処がどのようになされるか現時点では不明である。

なお、ワーキング・グループの報告書は、「事業成長担保権の目的に労働契約上の使用者の地位が含まれるとしても、事業成長担保権者は労働条件等について決定する等の権限を有するものではないこと」、「事業成長担保権設定の目的は事業成長担保権者が労働条件等に影響を及ぼすことではないこと」としたうえで、朝日放送事件・最判平成7年2月28日を参照し、「担保権者や与信者が『基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある』場合には、労働組合法上の使用者性を有する可能性がある旨を、金融機関等に対して周知することが考えられる」としているが、そのような周知がどのような方法で行われるのか不明であり、明確にされる必要がある。

 企業価値担保権が実行された場合、その「営業又は事業の譲渡」によって担保目的財産の換価がなされることになる(法律案第157条等)。事業の譲渡にあたっては特定承継が前提とされているところ、承継から一定範囲及び個別の労働者が排除される可能性がある。この問題が指摘されたことも踏まえ、ワーキング・グループの報告書では「事業を解体せず雇用を維持しつつ承継することを原則」とするとされていたが、法律案にはそのことは触れられていない。管財人、裁判所の判断に委ねるだけでなく、何らかの法的規整が必要である。

 以上のとおり、同法律案には労働者保護等の観点で検討すべき課題が多く、ワーキング・グループの報告書において示されていた点も踏まえて慎重な議論がなされる必要がある。

以上