「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議報告書」に対する幹事長声明

2017/3/1


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働き方に関する政策決定プロセス有識者会議報告書」に対する幹事長声明

2017年3月1日

日本労働弁護団 幹事長 棗 一郎

1 はじめに
 厚生労働省は、2016年7月から「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議」を開催し、計5回の検討の後、同年12月14日に報告書を公表した。
安倍政権は、これまで、内閣府のもとに置かれた諸会議において労働政策の方向性を決定することで、労働政策審議会(以下、「労政審」という。)を事実上骨抜きにしてきたが、今回の報告書は、労政審自体を変容させようとするものであり、極めて問題が大きい。日本労働弁護団は、労政審における公労使三者構成・労使同数原則の重要性を改めて主張し、上記報告書の示す方向性に強く反対する。

2 三者構成原則・労使同数原則の重要性
(1) 三者構成は国際的な常識であること
 労政審の事務は、厚生労働大臣の諮問に応じて労働政策に関する重要事項を調査審議すること等とされており(厚労省設置法9条1項)、委員は公労使三者構成・労使同数により任命することとされている(労働政策審議会令)。そして、これまで労働関連の法律の制定・改正を行う場合は、そのほとんどが「労働政策に関する重要事項」に該当するとして、労政審での議論がなされてきた。労政審自体は、2001年の厚生労働省発足に伴い設置されたものであるが、労使の代表が参加する委員会や審議会等での議論を踏まえて労働立法を行うことは、戦後直後から行われてきたことであり、これは日本における確立した慣行といってよい。
 そして、このような三者構成・労使同数制度は、日本独自のものではなく、国際常識となっている。ILO創設のもととなったヴェルサイユ条約(1919年)や、ILO憲章の付属文書とされているフィラデルフィア宣言(1944年)等において、労使を含む三者構成の重要性が示されており、ILOの機関も労使同数の政労使三者構成となっている。また、「最低賃金決定制度の創設に関する条約」(26号条約)、「職業安定組織の構成に関する条約」(88号条約)など、労使の参加が定められているILO条約も多数存在する。さらに、フランス・ドイツなどのヨーロッパ各国においても、労働立法の際には労使の協議等が行われている。
(2) 労働現場の実態を反映させるための重要な原則であること
 このような三者構成原則が確立されてきたのは、言うまでもなく、労使の代表が労働政策の決定プロセスに参加し、公労使で議論を行うことが、労働現場の実態を労働立法に反映させる上で重要だと考えられたからである。労働立法は、労働現場の実態を踏まえ、労使の納得のもとで導入されなければ、現場に定着することはあり得ない。この点については、今回の報告書でも、「現場を熟知した労使が法律の制定・改正等の議論に参画することは、現場の実態を踏まえた議論が尽くされること、当事者である労使の合意形成が図られることなどから、実効性のある法制度となり、遵守もされるという意義がある」と的確に指摘されている。
なお、労使代表の数が異なれば公平性を害することになることから、労使同数とすることもまた重要な原則とされてきた。

3 安倍政権による労政審破壊
 これに対し、安倍政権は、既に述べたとおり、これまで労政審を事実上骨抜きにする方策をとってきた。具体的には、内閣府や経済産業省が主導する経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議などにおいて、労働政策の方針を決め、それを閣議決定することにより、労政審の外堀を埋めてしまうというやり方である。閣議決定の段階で、いつまでにどのような内容の改革を実施するかが決まっているため、労政審では、これらの閣議決定の枠内で議論せざるをえない。しかも、問題なのは、上記諸会議に労働者代表が含まれていないという点である。安倍政権は、労働者不在のままで労働政策を決定し、労政審での議論を形骸化することで、矢継ぎ早に様々な労働規制改革を実施しようとしてきたのである。
 しかし、それでも労政審の三者構成原則が維持され、労政審で議論がなされてきたことは、労使の声を反映させ、あるべき労働立法の改廃を行う上で重要な意義があった。労働者代表委員は、労働組合による労働現場の実態に関する組織的な分析を踏まえた意見を表明することができたし、使用者代表委員も同様であったと思われる。現に、高度プロフェッショナル制度の創設等を含む「労働基準法等の一部を改正する法律案要綱」に関する労政審労働条件分科会の審議では、労働者委員が繰り返し意見を述べ、そのことが労政審の答申においても付記されている。
 ところが、今回の報告書は、このような重要な役割を果たしてきた労政審自体を破壊しようとするものであり、日本労働弁護団としては到底看過することができない。

4 報告書の問題点
(1) 報告書の概要
 今回の報告書は、①新たに基本部会を設置し、「有識者」によって基本的課題について議論をすること、②一部の法律については労政審の議論自体を省略することなどが示されており、労政審の公労使三者構成原則・労使同数原則を見直そうという内容になっている。
(2) 「有識者」によって審議することの問題点
 報告書は、「働き方やそれに伴う課題が多様化する中、旧来の労使の枠組に当てはまらないような課題や就業構造に関する課題などの基本的課題については、必ずしも公労使同数の三者構成にとらわれない体制で議論を行った方がよい」として、「基本的な課題については新たな部会(「労働政策基本部会(仮称)」……)を本審の下に設置し議論する」、「基本部会は、公労使同数の三者構成ではなく有識者委員により構成する」などと述べられている。
 しかし、労使の代表ではなく、「有識者」によって議論すべきとしている点には、大きな問題がある。報告書は、一応、「企業や労働者の実情を熟知した者も含める」としているものの、労働組合や使用者団体から委員を推薦するわけではなく、あくまで「有識者」を一本釣りで選ぶことが想定されている。現在の産業競争力会議や規制改革会議のメンバーを考えれば、政権にとって都合のよい者だけが選出され、労働者側の委員が選出されない可能性もある。また、仮に労働者側の「有識者」が選出されたとしても、労働組合が推薦した労働者代表とは質的に大きな違いがあり、労働組合の果たす機能を代替できるとは思われない。労働組合は、労政審の審議に当たり、非正規労働者や未組織労働者等を含む多様な労働者の意見の汲み上げを図り、十分に検討をし、労働者代表委員をバックアップしているのであり、労働者代表委員は、そのようなバックアップを受けているからこそ、労働現場の実態を踏まえた多様な意見を述べることができるのである。
 仮に報告書の指摘するような働き方の多様化等の問題があるとしても、公労使三者構成を止める理由にはならない。労働者委員・使用者委員は、特定の利益の代表者ではなく、それぞれ全労働者、全使用者の代表として発言をしているのであり、現在の労使代表委員が多様性を反映していないとは思われない。また、労政審でヒアリング等を行うことによって、さらに多様性を充実させることも可能である。
報告書が指摘する基本的課題については、あくまで労働政策の決定プロセスの大原則である三者構成・労使同数原則を維持しつつ、労政審の本審において公労使三者で議論をして決定すべきである。
(3) 労政審を省略することの問題点
 報告書は、「ほとんどすべての法律の制定・改正を労政審で議論するということは、我が国が批准しているILO条約で要請されているものを除くと法制度の実効性を確保する等の観点から慣行的に行われているものであるので、他の会議等から提言された課題については、課題の性質や議論の状況等を勘案しつつ、慣行を見直し、柔軟な対応を行う。」としている。
しかし、既に述べたとおり、労使の代表が加わって労働政策を議論することは、確立された労働立法ルールであり、国際常識にもなっている。労働政策の決定プロセスにおける公労使三者構成・労使同数原則の重要性に鑑みれば、この慣行の見直しは許されるものではない。
今後もすべての労働立法の制定・改廃について、労政審での議論を踏まえて行われるべきである。
(4) 報告書自体に労使の意見が反映されていないこと
 そもそも、報告書をまとめた「働き方に関する政策決定プロセス有識者会議」自体に労働者代表が1名(古賀伸明前連合会長)しか入っていないことも問題である。会議の場では、古賀委員や、連合の逢見事務局長などはもちろんのこと、株式会社ベネッセコーポレーション取締役の岡田氏、大崎電気工業株式会社代表取締役会長の渡辺氏など経営側からも三者構成・労使同数原則を維持すべきとの意見が多数出ていた。しかし、報告書の取りまとめでは、これらの意見はほとんど反映されていない。

5 むすび
 安倍政権がこれまで行ってきた労政審骨抜きの手法からすると、今回の報告書の狙いが、労政審における審議を排除し、労働者の意見を排して政権の企図する雇用規制改革のスピードアップを図ることにあることは間違いない。
 しかし、上述した労政審の重要性に鑑みれば、このような方向性は許されるものではない。今後さまざまな労働立法の課題が予想される中、労政審の専門性を強化することが求められているのであって、報告書の示す労政審破壊の方向性は、明らかに時代に逆行するものである。日本労働弁護団は、上述した観点から報告書の内容に強く反対するとともに、労政審における公労使三者構成・労使同数原則の維持を求めることをここに表明する。