外国人労働者の権利が制限されない受入れ制度の創設を求める声明
2024/3/28
外国人労働者の権利が制限されない受入れ制度の創設を求める声明
2024年3月28日
日本労働弁護団幹事長 佐々木亮
1 技能実習制度に対する政府方針
政府は、2024年2月9日、外国人材の受入れ・共生に関する関係閣僚会議において、「技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議最終報告書を踏まえた政府対応について」(以下、「政府方針」という。)を決定し、これを踏まえて、2024年3月15日、出入国管理及び難民認定法(入管法)の改正法案と「外国人の育成就労の適正な実施及び育成就労外国人の保護に関する法律」案(以下、「育成就労法案」という。)を閣議決定した。政府方針の総論では、技能実習制度を「実態に即して発展的に解消」し、これに替わる制度として、人手不足分野における「人材確保及び人材育成を目的とする育成就労制度を創設する」とし、現行の特定技能制度については「適正化を図った上で存続させる」としていて、同法案では、概ねこれに沿った提案理由が示されているところである。
2 技能実習制度における問題が根本的には解決しない
政府が創設を目指す「育成就労制度」は、これまで当弁護団が技能実習制度について指摘してきた諸問題を根本から解決するものとは到底言えず、法案には反対せざるを得ない。
⑴ 日本労働弁護団は、技能実習制度について、主に、①技能実習生には転籍、すなわち職場移転の自由が認められていないこととなっており、それが原因で残業代未払やハラスメントなどの違法な労働環境について声をあげることができず、また、声をあげれば本人の意思に反して強制帰国させられるなど、数々の人権侵害を引き起こしてきたこと、②技能実習生の送出しと受入れの過程に民間団体が関与しており、これらの民間団体が悪質なブローカーとして機能し、技能実習生から中間搾取し、そのために技能実習生は来日時に多額の借金を背負うこととなってしまっていることを指摘し、速やかに技能実習制度を廃止することを求めてきた。
⑵ 政府が創設を目指す「育成就労制度」は、上記①の問題について、本人意向による転籍を、新制度が人材育成を目的とすることから、「3年間を通じて一つの受入れ機関において継続的に就労を続けることが望ましい」としつつ、技能検定試験基礎級及び一定水準の日本語能力試験に合格し、受入れ分野ごとに1年から2年までの範囲内で設定された、就労開始後の期間経過後に認めるものとしている。そもそも、制度目的に「人材育成」を据えることから、育成のために必要な期間という建前から転籍を制限することを容認してしまうことになる。このような目的を据えることは不要であるし、このような目的をもってして一定期間において転籍を制限してしまうことは、労働者に保障された職場移転の自由(憲法22条1項参照)を制約するもので容認できず、技能実習制度において指摘された上記①の問題を克服するものとは到底言えない。
なお、政府方針では、「やむを得ない事情がある場合」の転籍について、「その範囲を拡大・明確化するとともに手続を柔軟化する」としているものの、「やむを得ない事情」があるかどうかの判断は、労働者ではなく、現行の技能実習制度と同様、第三者機関である外国人育成就労機構(現行では外国人技能実習機構)がすることを前提としているように思われる。そうすると、「やむを得ない事情」の有無をめぐって無用な紛争が生じかねず、円滑な転籍がなされるものとは思われない。実際に、現状の技能実習制度においても、外国人技能実習機構による「やむを得ない事情」の判断が先延ばしになり、何ヶ月も就労することができない技能実習生もいる。
以上のことから、新制度においては、転籍に関してこのような無用な要件を設けるべきではない。
⑶ また、「育成就労制度」は、民間団体が労働者の送出し及び受入れの過程に関与することを排除していない。そのため、上記②の問題は、育成就労制度においても生じる危険性がある。政府方針では、「手数料等が不当に高額とならないようにするとともに当該手数料等を受入れ機関と外国人が適切に分担するための仕組みを導入する」とされているものの、来日する労働者が手数料を負担する仕組みを前提としてしまっており、監理団体に代わる「監理支援機関」を設けつつ、現行の技能実習制度と基本的には変わらない制度設計としているため、上記②で指摘した問題点が根本から解消されるものではない。
日本が批准しているILO(国際労働機関)第181号条約(民間職業仲介事業所条約)は労働者からの手数料徴収を禁止しており、また、ILOが2019年に公表した「公正な人材募集・斡旋に関する一般原則及び実務指針ならびに募集・斡旋手数料及び関連費用の定義」においては、事業者に対して、手数料や関連費用を労働者に負担させることがないよう求めている。また、アメリカ合衆国国務省が2023年に公表した人身取引報告書においても、技能実習生が負担する手数料の問題が、強制労働との関係で指摘されているのである。
現在世界各国において関心が高まっている「ビジネスと人権」という観点からも、このような国際労働基準に反するような制度を容認すべきではなく、労働者の受入れにおいて、民間団体を関与させる仕組みを前提としない制度設計を積極的に検討すべきである。
⑷ さらに、政府方針では、「育成就労制度」においても、現行の特定技能1号においても、家族帯同を認めないこととしている。そのため、最大で、両制度の合計8年間、家族帯同を認めないこととなってしまう。8年間も家族帯同が禁じられてしまうと、母国における家族関係は事実上断絶してしまう。
また、妊娠した技能実習生が出産した乳児を遺棄するなど、悲惨な事件も発生している。このような事件が生じる背景には、技能実習生に家族帯同が認められておらず、実習先や監理団体から中絶するか帰国するかの選択を迫られることがある。
既に発効している「すべての移住労働者及びその家族の権利保護に関する条約」(日本は未批准)が、締約国に対し、移住労働者の家族の同居の保護を確実にするために適切な措置を採ることを求めていることにも照らせば、育成就労制度においても、特定技能1号においても、家族帯同が認められるべきである。
⑸ 以上のように様々な問題点を抱える育成就労法案であるが、そもそも、この法案は、現行の「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」(技能実習法)の改正によることが予定されている。問題が山積する技能実習制度を容認してきた技能実習法を根本から変える発想のない政府案は、断固として容認できない。
しかも、「育成就労制度」の施行は、公布から3年以内とされている。すでに指摘したアメリカ合衆国国務省が発表する人身取引報告書においては、技能実習制度の問題点を何年にもわたり繰り返し指摘してきており、当弁護団も、長年にわたり、技能実習制度の廃止を求めてきたところである。にもかかわらず、最長で2027年まで技能実習制度を存続させようとする政府の対応は、あまりにも不誠実なものといわざるを得ない。
3 すでに日本国内では多くの外国人労働者が就労している
人手不足はあらゆる分野において、深刻さを増している。人手不足を技能実習制度によって補ってきたことは、すでに多くの報道によって明らかになっている。
日本国内で就労する外国人労働者は、2023年10月末時点で204万人となり、初めて200万人を超え、過去最高を更新した。そして、外国人労働者する事業所の約55%が従業員数100人未満の中小企業であることからすると、外国人労働者によって中小企業の人手不足が補われている実情は明らかである。まずはこのような社会実態にあることに対して真摯に向き合うべきである。
しかも、外国人労働者の在留資格の内訳を見ると、2023年10月末時点において、技能実習生が約41.2万人、資格外活動のうち留学生が約27.3万人と、非就労系の在留資格による外国人労働者の割合は約33.6%に上る。そしてこれに、主には技能実習から移行するが在留期間の上限が5年とされている特定技能労働者約13.8万人を加えると、外国人労働者のうち約40%が、労働者として、また生活者として不安定な地位に置かれているものということができる。
他面において、このような受入れによって現在働いている労働者の賃金等労働条件が引き下げられたという客観的なデータはない。
このように、日本においては、海外から、不安定な地位にある労働者を多く受け入れ、それによって人手不足を補っている実態がある。そして、今後さらに労働力人口が減少し人手不足が深刻化することが予想されること、報道によれば、政府が特定技能の受入れ分野を追加することを検討していることを踏まえると、海外から労働者を受け入れなければ産業が成り立たなくなることは容易に想定できる。
4 来日する労働者の権利が制限されない制度設計を
しかしながら、育成就労制度のように、技能実習制度の問題点を克服できない、来日する労働者の権利を来日当初から制約するような制度設計をしてしまっては、海外から日本に働きに来ることが選択すらされなくなってしまうだろう。そうなると、日本国内の産業が人手不足によって維持できなくなることは、火を見るより明らかである。
政府は、現実の社会実態を踏まえて、単に短期の労働力として受け入れるのではなく、分野や職能レベルを問わず、労働者、また生活者としての権利が制限されず、手数料の負担が生じないような、安定した就労系の在留資格による受入れができるような制度設計を行うべきである。
そしてそのような制度設計を通じて、海外から来日する労働者も安心して働き、暮らすことができるような社会を築いていくべきである。あわせて、労働組合には、受け入れる労働者を積極的に組織化して、労働市場における労働条件を引き上げるよう、団結してともに闘うことが期待される。
日本労働弁護団は、育成就労制度の創設に断固として反対するとともに、現在日本で働き生活するすべての労働者、そして、今後来日して日本の産業をともに支える労働者の権利を擁護し、労働条件の向上に資するよう活動することを表明するとともに、政府に対して、来日する労働者の権利が制限されない制度設計をすることを求める。
以上