裁量労働制の適用拡大に反対し、規制の強化を求める声明

2023/2/8

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裁量労働制の適用拡大に反対し、規制の強化を求める声明

2022年2月8日
日本労働弁護団幹事長 佐々木亮

1 はじめに

厚生労働省の労働政策審議会労働条件分科会(分科会長:荒木尚志)は、2022年12月27日、無期転換ルールや労働時間制度等に関する報告を取りまとめた(以下「本報告」という。)。

このうち、労働時間制度に関する主要な検討課題とされていた裁量労働制の見直しについては、専門業務型(労働基準法第38条の3)の適用の際に本人同意を必要とする等、適正な運用を確保するための措置が明記された一方で、専門業務型の一類型として、銀行と証券会社の合併・買収等(M&A)に関する考案・助言業務を追加することとされ、裁量労働制の適用対象業務を拡大する方針が示された。

2 裁量労働制の問題点を克服するため、より実効的な規制強化が求められる

当弁護団が繰り返し指摘してきたように(2022年7月21日付労働時間規制の緩和・裁量労働制の適用拡大に反対する声明、同年10月19日付「これからの労働時間制度に関する検討会報告書に対する意見書」)、裁量労働制は、残業代算定のための実労働時間管理が行われなくなる結果、長時間労働を助長する傾向があり、要件を満たさない業務に適用される、裁量が与えられていないにもかかわらず適用される等、制度が濫用される事例も多数発生しているのが現状である。

本報告において、専門業務型の適用の際にこれまで不要であった本人同意が義務化され、企画型・専門型ともに同意の撤回の手続きの創設、不同意の場合の不利益取扱いの禁止を定める等して同意の実効性を確保すること、健康・福祉確保措置を強化すること、対象労働者の裁量の確保が制度適用の条件である旨を明確化すべきこと、対象労働者に適用される賃金・評価制度において相応の処遇を確保する必要があるとされた点など、労働者の健康や適切な裁量・処遇の確保に向けた方策等の改善策が明記された点は、上記の問題点を改善していく上で重要であろう。

とりわけ、裁量労働制が始業・就業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であることを明確にして労働者から時間配分の決定権等に関する裁量が失われた場合に労働時間のみなしの効果が生じないとする点は、裁量労働制の違法不当な運用が蔓延する状況において、大いに活用されるべきであり、実効的な政省令等の整備が期待される。

ただし、専門業務型における本人同意要件については、省令の改正により対応するのではなく、企画業務型と同様、法律で明確に規定すべきである。また、使用者との力関係の差から、不本意でも同意を余儀なくされる労働者がいる実情からすれば、かかる要件は形骸化するおそれがあるうえ、同意があれば許されるという誤解が生じないような運用が求められる。たとえ本人同意がある真に自発的な労働であっても、長時間労働により労働者の健康・福祉が害され得ること、長時間労働による弊害は当該労働者の利益を超えた家庭・地域社会に関わる市民社会における責任を果たす余力を奪うという社会全体の課題であることからすれば、本人同意要件の導入によって裁量労働制により生じる長時間労働の課題が解決したとの誤解が広がらぬような施策が求められる。

労働者の健康・福祉を確保するためには、さらに勤務間インターバル規制の義務化や一定の労働時間を超えた場合の適用解除といったより実効性のある健康確保措置の導入義務化や、適用対象労働者の要件厳格化、そして対象業務の限定が必要である。

しかし、本報告では、これらの改正については、導入は見送られている。裁量労働制の問題点を真に克服するため、より実効的な規制強化が必要である。

3 裁量労働制の適用を拡大すべきではない

本報告では、裁量労働制の対象業務に関し、使用者側から要望のあった業務のうち、企画業務型(労働基準法第38条の4)の追加や、専門業務型のうち金融機関における資金調達方法の考案・助言業務の追加については明記されなかったものの、「銀行と証券会社の合併・買収等(M&A)に関する考案・助言業務」の追加が明記された。

しかし、上記で述べたような裁量労働制の問題点が解決されない中で、対象業務を拡大すれば、さらなる長時間労働が助長され、濫用事例も増加することが想定される。

実際、今回、追加が提案された「銀行と証券会社の合併・買収等(M&A)に関する考案・助言業務」が、果たして裁量労働制の対象業務としてふさわしい、すなわち業務の遂行手段等を労働者の裁量に任せる必要性が高いといえるのかについて、その根拠が十分に示されているとは言い難い上、対象となる業務の外延も不明確である。そのため、関連する業務に従事しているという理由で、実際には裁量など持たない、主として事務的な業務に従事する労働者にまで、濫用的に裁量労働制が適用されるおそれがある。

このように、裁量労働制の問題点を十分に認識・克服しないまま、対象業務を拡大することは、労働者の健康・福祉を脅かし、さらなる被害を拡大しかねないものであって、到底容認しがたい。

加えて、専門業務型の対象業務の追加は、省令改正によって対応することが可能であるところ、制度が適用される労働者に重大な影響を及ぼしかねない対象業務の拡大を、国会での審議すら経ないで行うことなど、あってはならない。とりわけ、専門型裁量労働制は本来の趣旨を逸脱した運用実態が指摘されているところであるから、本来は対象業務も法律に記載すべきであり、その追加についても国会審議を経た法改正によるべきである。

さらに、日本経済団体連合会(経団連)は、「2023年版 経営労働政策特別委員会報告」の中で、分科会における公益委員(学者)の言動を根拠として、現行法の解釈によって、「PDCA型業務」や「課題解決型開発提案業務」について、裁量労働制の対象業務に含めることができることが明らかになったなどと記載している。しかし、そもそもこれら2つの業務の拡大は、過去に法改正で行おうとしたものの、それが頓挫し廃案となったものである。

まず、前提として、指摘の学者の発言が存在するのかも定かではなく、仮にあったとしても、それが労政審の一致した見解を述べたものではないことは明らかである。経団連の当該文書は、これまでの労政審での議論を軽視・無視した上で、公益委員がしたとされる発言を牽強付会に解釈し、独自の見解を開陳したものに過ぎず、論ずるに値しない代物である。

当弁護団としては、裁量労働制のもとで働く労働者を守るため、裁量労働制の適用拡大には断固反対し、労働者の健康確保や労働時間削減を実現するためのより実効的な立法措置を講じることを求める。

以上