これからの労働時間制度に関する検討会報告書に対する意見書

2022/10/19

これからの労働時間制度に関する検討会報告書に対する意見書

2022年10月19日
日本労働弁護団会長 井上幸夫

第1 はじめに

厚生労働省は、2021年6月25日に公表された裁量労働制に関する実態調査(以下「裁量労働制実態調査」という。)の結果を踏まえ、同年7月26日、「これからの労働時間制度に関する検討会」を設置し、裁量労働制の制度改革案、裁量労働制以外の労働時間制度の在り方について検討を進めてきた。

そして、同検討会は、2022年7月15日、検討会における議論をとりまとめた報告書(以下「報告書」という。)を公表した。

これを受けて、当弁護団は、2022年7月21日付で「労働時間規制の緩和・裁量労働制の適用拡大に反対する声明」を発出し、労働時間規制の緩和につながる議論を進めることに対して警鐘を鳴らす意見を述べた。

今後、報告書を踏まえて、労働政策審議会等で具体的な法案作成等の施策に向けた議論が行われると思われる。そこで、本意見書では、その際に検討されるべき報告書の問題点をより具体的に指摘し、本来行われるべき必要な措置について当弁護団としての意見を述べる。

 

第2 「第1 労働時間制度に関するこれまでの経緯と経済社会の変化」(報告書1~4頁、以下同)

1 報告書の内容

報告書は、2018年に成立した働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律(平成30年法律第71号。以下「働き方改革関連法」という。)により、「労働者がその健康を確保しつつ、ワーク・ライフ・バランスを図り、能力を有効に発揮することができる労働環境の整備が進められている」(1頁)とした上で、近年の経済社会の変化に対応した労働時間法制の見直しが必要であると述べる。

具体的には、①少子高齢化や産業構造の変化によって企業間の人材の獲得競争の激化が予想されること、②様々な事情を抱えている労働者が労働市場に参加し、働き続けられるよう、多様なニーズに対応できる環境整備が求められていること、③デジタル化やコロナ禍の影響等により、労働者の意識や働き方も多様化し、テレワークや副業・兼業を含め、時間や場所にとらわれない柔軟な働き方を求める労働者側のニーズが強まっていくと考えられること、④経済のグローバル化やデジタル化が進む中で、企業においても創造的思考等の能力を有する人材が求められていること等を挙げ、これらを踏まえて労働時間制度の在り方を検討するとしている(2~4頁)。

2 これ以上の労働時間規制の緩和は不必要

このように、報告書では、働き方に対する労使双方のニーズが多様化し、従来型の実労働時間規制にはなじまない労働者も増加していることから、柔軟な働き方へのニーズに対応できる労働時間制度を検討する必要性が強調されている。これは、現行の労働時間規制の緩和につながる議論である。

しかも、その前提として、報告書は、前述したように、働き方改革関連法による時間外労働の上限規制及び高度プロフェッショナル制度の創設について、労働者がその健康を確保しつつ、ワーク・ライフ・バランスを図り、能力を有効に発揮することができる労働環境の整備が進められたと評価している。

しかし、高度プロフェッショナル制度は労働時間制度の適用を除外するものであるところ、2022年3月末の時点で同制度の導入社数は22事業所に過ぎない。そのため、同制度の創設によって、労働者がその健康を確保しつつ、ワーク・ライフ・バランスを図り、能力を有効に発揮することができる労働環境の整備が進められたと評価できるに足る立法事実は存在しない。そもそも、労働基準法が実労働時間管理を前提とした労働時間規制を大原則としているのは、それが労働者の健康・生活時間を確保するために実効的であるからであり、これに対する例外の拡大には慎重でなければならない。

本意見書の第4で詳述するように、働き方改革関連法で導入された上限規制は極めて不十分なものであるし、高度プロフェッショナル制度は長時間労働を助長するおそれのある制度であって、これらの施策により労働者の健康を確保しつつワーク・ライフ・バランスが図られたとは言い難い。このような現状で、労働時間規制を緩和することへの危機感を欠いたまま議論を進めれば、さらなる長時間労働を助長し、健康被害の増大をもたらすような制度設計となりかねない。

まずは、労働時間規制を緩和することの危険性を十分に認識した上で、現行制度の問題点を是正する施策を検討することが必要である。

 

第3 「第2 これからの労働時間制度に関する基本的な考え方」(5~7頁)

1 報告書の内容

報告書は、「労働者の多様化、企業を取り巻く情勢変化に伴って、働き方に対するニーズも多様化し、労働時間規制に対する社会的要請や担うべき政策目的も多様化してきた」ことを受けて、「現在の労働時間法制が、新たに生じている労使のニーズや社会的要請に適切に対応し得ているのかは、労働者の健康確保という原初的使命を念頭に置きながら、常に検証を行っていく必要がある」と述べる(5頁)。そして、経済社会の変化に応じた労働時間制度を検討する際の基本的な視点として、次の3点を挙げる(6~7頁)。

①労働者の健康確保が確実に行われることを土台としていく必要があること。

②労使双方の多様なニーズに応じた働き方の実現が求められること。

(特に、時代の変化の中で、自律的・主体的に働く労働者や、創造性を発揮して働く労働者の存在が今後より一層重要になると見込まれることから、そのような労働者が望む働き方を実現することや、そのことを通じて労働者が自らのキャリアを形成していくことを、労働時間制度の面からも支えていく必要があること)。

③どのような労働時間制度を採用するかについては、労使当事者が、現場のニーズを踏まえ十分に協議した上で、その企業や職場、職務内容にふさわしいものを選択、運用できるようにする必要があること。

2 労働者側からの適用拡大のニーズは存在しない

労働時間制度は労働者の確実な健康確保が土台であるという基本的な考え方は、労働者保護につながるものであり、重要である。

他方で、ここでも報告書は、働き方に対する労使の多様なニーズに対応する必要性を強調している。今後、このようなニーズに対応する必要性を理由として、裁量労働制の適用拡大をはじめとする、労働時間規制の緩和に向けた議論が進められていく可能性は高いであろう。

しかし、前述したように、労働基準法は実労働時間管理を前提とした労働時間規制を大原則としており、これに対する例外は限定的でなければならない。

また、働き方が多様化したとしても、労働者の健康・生活時間を確保する必要性は変わらない。むしろ、テレワークのような働き方は、私生活との境界が曖昧となり長時間労働となりやすいこと等を考えれば、労働者の健康・生活時間を確保するためには、実労働時間を適切に把握・管理することがより重要である。

報告書は、自律的・主体的に働く労働者や、創造性を発揮して働く労働者の存在が今後より一層重要になると見込まれることから、そのような労働者が望む働き方を実現することが重要であるなどと述べるが、2021年6月に発表された裁量労働制実態調査(以下「実態調査」という。)の中でも、現状以上に労働時間規制をなくすよう求める適用労働者が多かったという調査結果は出ていない。

したがって、柔軟な働き方に対するニーズが労使双方にあるとは言えない上、使用者側の要求に対応する必要性を理由として、労働時間規制の例外を安易に拡大するべきではない。

3 公益的な観点から労働時間規制を行うべき

以上に加え、労働時間規制は労働者の生命・健康の確保という公益的な観点から行われるものであるため、いかに適用除外に向けたニーズがあろうとも、安易に緩和してはならない性質の規制である。

実態調査においても、裁量労働制適用対象者の方が非適用者よりも労働時間が長いという傾向が見られた。万が一労働時間規制の適用拡大が行われるようなことになれば、この傾向はますます強くなってくるものと思われる。

かかる観点からすれば、ニーズがあるから労働時間規制を緩和するという議論を行うべきではない。

4 裁量労働制の拡大は不要

仮に裁量の広い柔軟な働き方に関するニーズがあるとしても、これを実現するには、裁量労働制の適用などしなくても使用者が労働者に裁量を与え、フレックスタイム制度の活用を図るなどすればよいだけの話である。現に、報告書でも、フレックスタイム制度について「今後も制度の普及が期待される。」(9頁)と述べられているところである。

そのため、裁量の広い柔軟な働き方に関するニーズを満たすために裁量労働制の拡大が必要であるということにはならない。

 

第4 「第3 各労働時間制度の現状と課題」(812頁)

1 「1 法定労働時間、時間外・休日労働等」

報告書は、働き方改革関連法により設けられた時間外労働の上限規制について、「政府は、上限規制の施行後5年を経過した際に検討を加え、必要があると認めるときは、その結果に基づいて所要の措置を講じることとされていることから、施行の状況や労働時間の動向等を十分に把握し、上限規制の効果を見極めた上で検討を進めていくとともに、適用猶予事業・業務については着実な施行を図っていくことが求められる。」と指摘するにとどまっている(8頁)。

しかし、上限規制においては、①時間外労働の時間数は年720時間以下にする、②時間外・休日労働の合計時間数は単月100時間未満、2~6か月の平均80時間以下にする、③時間外労働数が月45時間を超えることができるのは年6回まで、という特別条項が認められており、これは過労死労災認定基準(過労死ライン)に相当する、休日労働との組み合わせによってはそれを上回る長時間労働を容認する基準である。労働者の命と健康を守り、家庭生活と仕事の調和を図るという観点からは不十分な規制であり、施行後5年の経過を待たずして、直ちに見直しの議論を進めるべきである。

また、建設事業、自動車運転事業、医師等、上限規制の適用が猶予・除外されている事業・業務においては、未だに過労死ラインを優に超える長時間労働が容認されているのが現状である。これらの適用猶予事業・業務については、一般労働者と同水準の上限規制が一刻も早く適用されるよう、検討を進めるべきである。

2 「2 変形労働時間制」

報告書は、変形労働時間制について、「実態把握を行い、必要に応じ検討を進めていくことが求められる」と指摘するにとどまっている(9頁)。

もっとも、変形労働時間制は、繁忙期の所定労働時間が長くなったり、所定労働日が増えたりするため、労働者の健康や生活設計に悪影響が及ぶリスクを有している。現行の制度が労働者の健康や生活を損なうものになっていないか、運用の実態を適切に把握した上で、制度見直しの検討を進めるべきである。

3 「3 フレックスタイム制」

フレックスタイム制は、働き方改革関連法により、清算期間の上限を1か月から3か月とする改正が行われた。報告書は、この改正は、労使双方の多様なニーズに応える働き方の実現に資すると評価した上で、「施行の状況を十分に把握した上で検討を進めていくことが求められる」と述べる(9頁)。

もっとも、清算期間が長くなれば、1日あたりの労働時間に偏りが生じ、長時間働く日が増加しやすく、長時間労働が助長される結果となりかねない。現行の制度が労働者の健康や生活を損なうものになっていないか、運用の実態を適切に把握した上で、制度見直しの検討を進めるべきである。

4 「4 事業場外みなし労働時間制」

報告書は、テレワークの際に事業場外みなし労働時間制が適用される場合があることを前提に、「この制度の対象とすべき状況等について改めて検討が求められる」と述べる(9頁)。

もっとも、ICT技術が発展している現代において、いつでも会社と連絡がとれる態勢において就労するテレワークが、同制度の適用要件である「労働時間を算定し難いとき」に当たることは、基本的にあり得ない。同制度の適用により、適正な労働時間の把握・管理が困難となり、長時間労働助長の結果をもたらすおそれがあることからすれば、むしろ、同制度は基本的にテレワークにはなじまないことを、明確に提示すべきである。

5 「6 高度プロフェッショナル制度」

報告書は、高度プロフェッショナル制度について、「対象労働者の健康確保を図りながら、自律的に働くことを可能にしている」と評価し、「働き方改革関連法において、施行後5年を目途とした検討が求められていることから、施行の状況等を十分に把握した上で検討を進めていくことが求められる」と述べる(10頁)。

しかし、同制度は、労働時間規制の適用を除外することにより、際限のない長時間労働を助長しかねないものである。健康確保措置も、長時間労働の歯止めにはならない実効性に欠けるものであって、「健康確保を図りながら、自律的に働くことを可能」にする制度とはいえない。

実際、厚生労働省が公表した「高度プロフェッショナル制度に関する報告の状況」によれば、対象労働者の1か月の健康管理時間の最長は、2022年3月末時点で同制度を導入している22事業場のうち、15事業場で200時間以上300時間未満、7事業場で300時間以上400時間未満に達していた。このように、同制度の対象労働者の中には、過労死ラインを優に上回るような長時間労働に従事する労働者も一定数いることが明らかになっている。

したがって、同制度については、施行後5年の経過を待たずして、直ちに制度見直し(廃止)の検討を進めるべきである。

6 「7 適用除外(管理監督者等)」

報告書は、管理監督者等の適用除外について、「参考となる裁判例が集積していることや、裁量労働制や高度プロフェッショナル制度といった各種法規制が整備されてきたこと、産業実態の変化等を踏まえ、適用除外の在り方については改めて検討が求められる」と指摘するにとどまっている(11頁)。

もっとも、本来であれば管理監督者に該当しない労働者が、管理監督者として扱われた結果、無定量な長時間労働や残業代不払いが横行する事案は後を絶たない。法の趣旨に沿った厳格な運用がなされるよう、適用除外が認められる要件の明確化や周知等の施策について検討を進めるべきである。

7 「8 年次有給休暇」

直近の年次有給休暇の取得率は、56.6%(2021年1月1日現在)と、1984年以降過去最高の数字とはいえ、まだまだ低い水準にとどまっている。

取得率のさらなる向上のため、報告書(11頁)で言及されているように、病気などの場合には年次有給休暇とは別に休暇を取れるようにする等の施策について検討を進めるべきである。

8 「9 その他」

報告書は、勤務間インターバル制度について、「十分なインターバルの確保は労働者の健康確保等に資すると考えられ、時間外・休日労働の上限規制と併せ、その施行の状況等を十分に把握した上で検討を進めていくことが求められる」としながらも、「当面は、引き続き、企業の実情に応じて導入を促進していくことが必要である」と指摘するにとどまっている(12頁)。

もっとも、労働者の疲労回復・健康確保という観点からも、ワーク・ライフ・バランスの確保という観点からも、労働者がまとまった休息・睡眠時間を確保することを可能とする勤務間インターバル制度は極めて重要である。同制度を原則として全ての労働者に適用することについて、直ちに検討を進めるべきである。

また、報告書では、いわゆる「つながらない権利」(勤務時間外や休日に仕事上のメールなどの対応を拒否できる権利)についての検討を深めていくことに言及されている(12頁)。テレワークの普及やICTの発達に伴い、終業後も心身の休息・仕事と私生活の区分が確保できないケースが増えていること等からすれば、かかる権利の法制化についても検討を進めるべきである。

 

第5 「第4 裁量労働制について」(1222頁)

1 「1 現状認識」

⑴ 制度濫用を防止するべきであることが強調されている

裁量労働制の適用対象業務が安易に拡大されるようなことがあれば、たとえ適法に要件を満たしていたとしても、実労働時間管理が行われなくなり、「みなし時間」の名の下で長時間労働を強いられるという事態が想定される。

既に現行の裁量労働制のもと、みなし時間と乖離した長時間労働を行っている例は少なくなく、このような危険性は現に存在している。さらに、裁量労働制は現状でも、要件を満たさない業務に適用されるなどの濫用事例は多数発生しており、対象業務が拡大されるようなことがあれば、このような濫用事例がさらに増えると考えられる。

実態調査においても、裁量労働制の適用労働者の方が非適用労働者よりも1日の平均実労働時間数が長い、適用労働者の1割弱は1週間の労働時間の平均が60時間を超えている、といった結果が出ている。さらに、自己のみなし労働時間が分からないと回答した適用労働者は約4割もおり、業務の遂行方法や時間配分、出退勤時間について、労働者自身ではなく上司が決定しているという回答も少なからず見受けられた。このように、裁量労働制は、長時間労働・健康被害の危険をもたらす制度であり、本来の趣旨とは異なる濫用的な使われ方をされている実態があることは、実態調査の結果を見ても明らかである。

この点について、報告書では、「業務の遂行手段や時間配分等についての裁 量が労働者に委ねられていないことが疑われる結果も一部みられるなど、前述のような制度の趣旨に沿ったものとは必ずしもいえない制度の運用実態がみられた。」「労働者側との十分な協議がないまま使用者によって残業代を削減する目的で制度が導入され、裁量がない状態で長時間労働を強いられ、かつ低処遇といった運用がなされれば、労働者の健康確保や処遇確保の観点からも問題がある。そのような裁量労働制の趣旨に沿っていない運用は、制度の濫用・悪用といえる不適切なものであり、これを防止する必要がある。」などと指摘されている(14~15頁)。

このように、濫用事例が多いという認識のもと、「使用者による制度の濫用を防止する観点からは、労使双方が十分に協議しながら、適正な制度運用の確保を継続的に図っていくことが必要である。このため、労使コミュニケーションを通じた制度の運用状況の把握・改善を強化する等、適切な措置を講じていく必要がある。」として防止策の導入を図っている点は評価できる。

⑵ 安易な拡大を行うべきではない

他方で報告書は、実態調査の結果について、「裁量労働制の適用によって、労働時間が著しく長くなる、睡眠時間が短くなる、処遇が低くなる、健康状態が悪化するといった影響があるとはいえないという結果となった」「裁量労働制適用労働者は概ね、業務の遂行方法、時間配分等について裁量をもって働いており」「裁量労働制が適用されていることにも不満は少ない」と総括する(13~14頁)。

そして、「裁量労働制が、裁量をもって自律的・主体的に働くにふさわしい業務に従事する労働者に適切に適用され、制度の趣旨に沿った適正な運用が行われれば、労使双方にとってメリットのある働き方が実現できる」「こうした労使双方にとってメリットのある働き方が、より多くの企業・労働者で実現できるようにしていくことが求められる」と述べて、裁量労働制の積極的な活用を肯定している(14~15頁)。

しかし、裁量労働制は、実労働時間にかかわらず労働時間を一定の時間とみなす制度であり、実労働時間を規制して労働者の健康・生活時間の確保を図る労働基準法の大原則に対する、あくまで例外の制度である。

また、上述のとおり、裁量労働制が本来適用できない事例でも適用されてしまっているなどの濫用事例も多く見られている。

このような実態からすれば、裁量労働制の適用対象は、実労働時間規制を外すことの必要性・許容性が明確に認められる場合に限定される必要があり、かつ、適用の要件は厳格にチェックされる必要がある。

また、実労働時間規制を前提としても、フレックスタイム制の活用等により、報告書が指摘するような柔軟な働き方に対するニーズを満たしつつ、労働者が自律的・主体的に働くことは十分に可能である。濫用による弊害のおそれが大きい裁量労働制をあえて活用しなければならない必要性は認められない。

したがって、裁量労働制の制度見直しの必要性があるとすれば、それは要件を満たさない労働者への違法な適用をはじめとする同制度の濫用による弊害を防止するための規制の強化や、対象業務の範囲の明確化・限定化にある。あくまでも、現行の裁量労働制の問題点を是正する方向での議論を行うべきであって、制度の適用を拡大する方向での議論を行うべきではない。

2 「2 具体的な対応の方向性」

⑴ 対象業務

報告書は、裁量労働制の対象業務の範囲について、「事業活動の中枢で働いているホワイトカラー労働者の業務の複合化等に対応するとともに、対象労働者の健康と能力や成果に応じた処遇の確保を図り、業務の遂行手段や時間配分等を労働者の裁量に委ねて労働者が自律的・主体的に働くことができるようにするという裁量労働制の趣旨に沿った制度の活用が進むようにすべきであり、こうした観点から、対象業務についても検討することが求められる」「対象業務の範囲については、前述したような経済社会の変化や、それに伴う働き方に対する労使のニーズの変化等も踏まえて、その必要に応じて検討することが適当である」と述べる(15~16頁)。

しかし、前述したように、裁量労働制は、濫用による弊害のおそれが大きく、対象業務の範囲を拡大すれば、濫用のおそれはさらに大きくなると考えられる。他方で、裁量労働制をあえて活用しなければならない必要性は認められない。

上記のように、濫用事例が多いという現状の中でむしろ本来優先されるべきなのは、濫用事例の一掃であるはずである。濫用事例がないかどうかを監視して炙り出したうえで、一刻も早く是正させることこそが求められるのであって、濫用事例の増加につながりかねない対象業務の拡大を先に議論するべきではない。

したがって、労使のニーズに応えて裁量労働制をより利用しやすい制度にするという観点から、対象業務の範囲を拡大すべきではない。

加えて、現在対象業務として列挙されているものが、裁量労働制の適用対象としてふさわしいのかについて、検討を行うことが必要である。特に、「情報処理システムの分析又は設計の業務」(いわゆるシステムエンジニア)は、1987年の制度創設当初と異なり、現在では多重請負・分業化が進み、業務遂行・時間配分の裁量がない者が相当数存在しており、裁量労働にふさわしくない実態となっていることが指摘されている。このように、時代の変化により裁量労働にふさわしくなくなった業務については、適用対象から除外すべきである。

⑵ 労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保

ア 本人同意・同意の撤回・適用解除

報告書は、「裁量労働制の下で労働者が自らの知識・技術を活かし、創造的な能力を発揮するためには、労働者が制度等について十分理解し、納得した上で制度が適用されるようにしていくことが重要である」と指摘した上で、①労働者に対し、制度概要等について確実に説明した上で、制度適用に当たっての本人同意を得るようにしていくこと、②本人同意が撤回されれば制度の適用から外れることを明確化すること、③同意をしなかった場合に加え、同意の撤回を理由とする不利益取扱いの禁止や、同意撤回後の処遇等について、労使で取り決めをしておくこと、④労働者の申出による同意の撤回とは別に、一定の基準に該当した場合には裁量労働制の適用を解除する措置等を講ずること等が求められると述べる(16~17頁)。

裁量労働制では、本人同意の手続が形骸化している事例や、制度の適用を外れたくても事実上外れることができない事例が多くみられることからすれば、本人同意や同意撤回の手続を実効的なものにすることや、長時間労働等が生じている場合に自動的に適用から外れる仕組みを設けることは、労働者の健康確保、制度の濫用防止という観点からも重要である。

もっとも、上記の対応策をより実効的なものにするためには、労使の取り決めに委ねるというだけではなく、本人同意について自由意思を確保する手続きを定める、同意の撤回について容易な手続きを定める、同意の撤回を理由とする不利益取扱いは無効とし、不利益取扱いがなければ確保されていたと合理的に考えられる労働条件を契約上の労働条件とみなすとの規定を設ける等の立法措置を講ずるべきである。

イ 対象労働者の要件

報告書は、対象労働者の要件について、企画型では職務経験等の具体的な導入要件をより明確に定めること、専門型では必要に応じ労使で十分協議・決定することが求められるとし、また、裁量労働制にふさわしい処遇の確保のため、労使協議を促していくことが必要であると述べる(17~18頁)。

このように、対象労働者の要件を明確化することは、裁量労働制の対象にふさわしくない労働者への濫用的な適用を防止するために重要である。

もっとも、上記の対応策をより実効的なものにするためには、専門型・企画型を問わず、対象労働者の要件として対象業務経験年数を入れる等の法規制を導入すべきである。

ウ 業務量のコントロール等を通じた裁量の確保

報告書は、①裁量労働制は、始業・終業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であることを明確化すること、②業務量が過大、期限の設定が不適切等により裁量が事実上失われたと判断される場合には、裁量労働制を適用することはできないことを明確化するとともに、そのような働かせ方とならないよう、労使が裁量労働制の導入時点のみならず、制度の導入後もその運用実態を適切にチェックしていくことを求めていくべきであると述べる(18頁)。

このように、労働者に裁量がないケースでは裁量労働制を適用できないことを明確化することは重要である。

もっとも、報告書が指摘するように、業務の遂行手段や時間配分等の決定に関する裁量を確保するためには、業務量がコントロールされていることが重要であることからすれば、業務量の設定について裁量を有することを適用要件に加えることを検討すべきである。

⑶ 労働者の健康と処遇の確保

ア 健康・福祉確保措置

報告書は、対象労働者の健康確保を徹底するため、健康・福祉確保措置を見直していくことが必要であり、「労働時間の状況の把握については、現行の指針で定めている内容や、労働安全衛生法に基づく義務の内容を踏まえ、これらの取扱いを明らかにすることが適当である」「健康・福祉確保措置については、一般労働者には時間外・休日労働の上限規制が設けられ、また、当該規制が適用されない高度プロフェッショナル制度適用労働者には複数の措置の実施が制度の要件とされていることと比較すると、裁量労働制の対象労働者の健康確保を徹底するためには、措置の内容を充実させ、より強力にその履行確保を図っていく必要がある」と述べる(19頁)。

労働時間の状況の把握については、報告書で指摘されているように、使用者には、裁量労働制の適用労働者の労働時間を客観的な方法により適正に把握する義務が課されているのであり、この労働時間把握義務を使用者により徹底させるための施策を検討すべきである。

健康・福祉確保措置については、報告書は、「他制度との整合性を考慮してメニューを追加することや、複数の措置の適用を求めていくことが適当である」と指摘するにとどまっている。しかし、高度プロフェッショナル制度適用労働者について導入されている措置等では、労働者の健康・福祉確保措置としては不十分であることが明らかであるから、勤務間インターバル規制の導入を義務化する等、より実効的な手段を導入すべきである。

イ みなし労働時間の設定と処遇の確保

報告書は、「みなし労働時間は、対象業務の内容と、対象労働者に適用される評価制度及びこれに対応する賃金制度を考慮して適切な水準となるよう設定する必要があること等を明確にすることが適当である」と述べつつも、「制度上はみなし労働時間と実労働時間を一致させることは求められておらず、実労働時間とは切り離したみなし労働時間の設定も可能である」と指摘する(20頁)。

しかし、みなし労働時間と実労働時間が著しく乖離している状況は、裁量労働制の趣旨には反していることが明らかである。したがって、みなし労働時間と実労働時間が著しく乖離している状況が常態化しているような場合には、裁量労働制の適用が否定される等の法規制を導入すべきである。

⑷ 労使コミュニケーションの促進等を通じた適正な制度運用の確保

ア 労使委員会の導入促進と労使協議の実効性向上

報告書は、「裁量労働制の導入時のみならず導入後においても、当該制度 が労使で合意した形で運用されているかどうかを労使で確認・検証(モニタリング)し、必要に応じて制度の見直しをすることを通じて、適正な制度運用の確保を継続的に図ることが期待される」と述べる。また、企画型について、行政官庁が労使委員会委員に対し適切に働きかけを行うこと、専門型では、労使委員会の活用を促していくこと、苦情処理を含めた労使委員会の実効性向上を図ることの必要性等を指摘する(21~22頁)。

注目するべきなのは、労使委員会決議が導入要件となっていない専門業務型においても、労使委員会のモニタリングを促進していくことが重要であると述べられている点である。

このように、適正な制度運用を確保するための仕組みとして、労使のコミュニケーションを促進し、労使委員会の活用や労使協議の実効性向上によって、制度の運用実態等を適切にチェックしていくこと自体は重要であるし、評価すべきである。

ただし、社内に労働組合が存在しない等、労使間の集団的コミュニケーションが十分に機能していない職場が多いのが本国の実状である。したがって、制度の運用を労使自治に委ねるというだけでは、裁量労働制の濫用を防止する実効性には乏しい。労使コミュニケーションの促進はもちろん重要であるが、それにとどまらず、濫用を防止するための規制を強化して、その実効性を確保することが必要不可欠である。

また、労使委員会によるモニタリングの実効性を向上させるという観点からは、現行制度では労使協定の締結が要件となっている専門型においても、労使委員会の活用の促進というだけにとどまらず、労使同数からなる常設機関である労使委員会による決議を要件とすることを検討すべきである。

イ 苦情処理措置

報告書は、苦情処理措置について、労働者に対して苦情申出の方法等を積極的に伝えることが望ましいことを示すことや、労使委員会の活用、幅広い相談体制の整備を企業に求めることを提言する(22頁)。

しかし、苦情処理措置を実効的なものとするためには、対象労働者に対する苦情処理措置の内容の周知を義務化することが必要である。

ウ 行政の関与・記録の保存等

報告書は、労使委員会による定期報告の負担軽減や、労使協定の本社一括届出を認めることを提言する(22頁)。

しかし、裁量労働制の違法適用・濫用適用の事例が後を絶たない現状においては、行政による監督指導を通じて、労使委員会の実効性を確保することは重要であり、行政の関与の度合いを弱めることについては反対である。

 

第6 「第5 今後の課題等」(2224頁)

報告書は、今後の課題として、労働時間法制をシンプルで分かりやすい制度にしていくため、「当事者の合意によっては変更できない枠組みとして法が設定すべき事項と、当該制度枠組みの中で、具体的な制度設計を労使の協議に委ねてよい事項との整理が課題となる」「後者の場面では労使協議が労働者保護を確保しつつ実質的に行われるための体制整備が課題となる」と述べる(23頁)。

また、「今後の労働時間制度について、適切な労使協議の場の制度的担保を前提として、対象範囲や要件等を法令で詳細に規定するといった手法から、制度が濫用されないよう法令で一定の枠組みと手続を定めた上で、その枠内で労使の適切な労使協議により制度の具体的内容の決定を認める手法に比重を移していくという考え方もある」と指摘する(24頁)。

しかし、これまで繰り返し述べてきた通り、現行の労働基準法の労働時間規制は、労働者の健康と生活を守るために、最低基準の労働条件として設けられた、極めて重要なものである。少なくとも、労使間の集団的コミュニケーションが必ずしも十分に機能しているとはいえない現状において、労使の合意形成のみを根拠として労働時間規制の緩和を可能とすることには反対である。

 

第7 おわりに

以上述べた通り、今後、裁量労働制をはじめとする労働時間制度の見直しを検討するに当たっては、まず、長時間労働の助長や違法・濫用適用など、制度がもたらしている問題点を是正し、適正に運用するための議論を進めることが求められている。

特に、裁量労働制については、濫用の弊害が現行制度のもとですら見過ごすことのできない状況にある上、報告書が強調する柔軟な働き方へのニーズに対しても、フレックスタイム制の活用等、実労働時間規制の枠組で対応することが可能であるから、適用を拡大する方向での議論を進める必要はない。濫用防止策や健康確保措置についても、裁量労働制の適用対象業務を拡大することを正当化するために議論するということがあってはならず、あくまで現行制度を前提として、裁量労働制のもとで働く労働者を守るために議論がなされるべきである。

なお、そもそも、労働時間制度のあり方など労働法制に関する重要なテーマについては、本来、労働者代表がメンバーに加わっている場において議論しなければならないテーマであり、労働者代表が検討会委員に加わっておらず公労使三者構成の取られていない検討会においてこのような議論を進めること自体、適切とはいえない。今後、労働政策審議会等で検討を進めるに当たっては、労働者代表が関与せず作成された今回の報告書の枠組みに縛られることなく、労働者側の意見も踏まえた議論を求める。

以上