「不正競争防止法の一部を改正する法律案」に対する意見

2009/3/18

「不正競争防止法の一部を改正する法律案」に対する意見

2009年3月18日
日本労働弁護団
会長 宮里 邦雄

第1 意見の趣旨

1 今回の処罰範囲の拡大の白紙撤回

 法案は、不正競争防止法を「企業情報持ち出し処罰法」に変質させ、労働者の権利に重大な侵害を招くものであり、到底容認できるものではない。法案の白紙撤回・廃案を求める。

2 濫用防止規定の創設

 むしろ、同法の刑事処罰規定の解釈適用にあたっては、労働者の権利に重大な関係を有するものであるから、同法の目的である「事業者間の公正な競争の確保」のために必要最小限度において適用すべきであり、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあってはならないことを条文上明確にすべきである。
また、規制及び規制のための調査は、同法の目的を達成するために必要な最小限度においてのみ行うべきであって、いやしくもこれを濫用し、労働者の正当な権利行使・労働組合の正当な活動を制限し、またはこれに介入するようなことがあってはならないことを、条文上明確にすべきである。

第2 意見の理由

はじめに

 経済産業省は、2009年2月27日、「不正競争防止法の一部を改正する法律案」(以下「法案」という)を今通常国会に提出した。法案は、産業構造審議会・知的財産政策部会・技術情報の保護等の在り方に関する小委員会が2009年2月にとりまとめた「営業秘密に係る刑事的措置の見直しの方向性について」を受けて法案化したものである。改正法の施行日は平成22年中が予定されている。
法案の内容は、営業秘密侵害罪(不正競争防止法21条1項1~6号)について、「使用」または「開示」行為の時点で処罰する原則を改め、その前段階の「不正取得」ないし「不法領得」の時点での処罰を可能とし、さらに、「不正競争の目的」から「図利加害目的」に目的要件を緩和するものである。
法案は、「不正競争防止法」を「企業情報持ち出し処罰法」に変質させ、労働者の権利に重大な侵害を招く危険が大であり、到底容認することができない。
営業秘密侵害罪は、平成15年の不正競争防止法の改正時に創設された。構成要件の明確性、刑罰の謙抑性の見地から、労働者の諸権利をはじめ他の人権との調整をふまえて現行の骨格ができあがった。ところが、前記小委員会においては、労働者の諸権利との調整に関する論点整理と議論は全く行われていない。今回の法改正は、平成15年当時の立法経緯や審議の経過を無視し、処罰の必要性一辺倒に走ったものと言わざるをえない。
 日本労働弁護団は、労働者の権利擁護のために活動する会員1500人の法律家団体であるが、今回の不正競争防止法改正に強く反対し、次のとおり意見を述べる。

1 平成15年・平成18年の改正時の経緯を無視

 営業秘密侵害罪は、平成15年改正で導入された。その際、「労働者の退職・転職の自由、報道機関の取材・報道の自由等の昭和40年代から50年代にかけての改正刑法草案検討時に提起された課題等にも十分に配慮し、処罰の必要性と刑事処罰の謙抑性のバランスの見地から、…明確かつ適切な構成要件を規定した」とされる(経済産業省知的財産政策室編『逐条解説・不正競争防止法』(平成18年改正版、172頁))。改正刑法草案検討時には、「消費者運動、公害反対運動、労働運動などに対する重大な抑制となり、企業の利益を一方的に擁護する結果となる」、「秘密の概念が不明確であり、かつ裁判上その認定をいかにすべきかについて問題がある」、「背任罪と重複する場合が多く、必要性に乏しい」、「特許と異なり、公開という代償を払わない企業に独占同様の過剰の利益を与えようとするに等しい」との反対意見もあって、営業秘密侵害罪の導入が見送られたという経緯があった。
こうした経緯も踏まえ、処罰範囲を明確に限定するための要件として、現行法は、目的(「不正競争の目的」)、客体(「営業秘密」)、行為態様(原則として「不正使用」「開示する行為」の時点で処罰、「媒体の領得」等の方法に限る)につき限定が加えられた。
さらに、平成17年の改正により退職した元従業員等に対する処罰規定が導入された。その際も、「元従業員等を処罰することは、労働移動に対する一種の抑止効果をもたらすおそれがあると考えられるため、元従業員等については、営業秘密記録媒体(複製を含む)を領得した上で営業秘密を不正使用・開示する行為、及び在職中に営業秘密の不正使用・開示の申込みや請託の受諾があった上で営業秘密の不正使用・開示する行為に限定して処罰の対象とした」のである(前記・『逐条解説』173頁)。
このように、提案者である当の経済産業省自身が、現行法の目的、主体、行為態様について処罰範囲を明確に限定する必要性を述べ、その旨の解説を加えていたのである。その「舌の根も乾かぬうちに」、次に述べるとおり、これまでの諸原則を根本から覆すような大幅な処罰範囲の拡大をするのが今回の法改正である。しかし、その必要性及び許容性について、必要な論点整理や実態調査はなされておらず、過去の原則を投げ捨てるだけの説得力のある議論は何一つなされていない。

2 処罰範囲の拡大 ―企業情報持ち出し処罰法に

 今回の法改正は、平成17年、18年になされた修正(国外犯の処罰、元従業員等に対する処罰、罰則の引き上げ)とは全く異質であり、不正競争防止法の性格自体を「企業情報持ち出し処罰法」に変えるほどの重大な内容を含んでいる。

(1) 営業秘密不正取得罪の新設(不正取得の処罰化)

① 現行法
現行不正競争防止法(以下「現行」)では、営業秘密の不正取得は原則として処罰の対象とはしていない(現行1号、3~6号)。
唯一の例外として、特に悪質性の高い行為態様である営業秘密不正取得後の使用・開示罪(現行1号)に関連して、その準備行為にあたる取得行為に絞って処罰することとした(現行2号は、「前号の使用又は開示の用に供する目的で、詐欺等行為又は管理侵害行為により、営業秘密を次のいずれかの方法で取得した」行為を処罰する)。
1号の営業秘密不正取得後使用・開示罪は、詐欺的行為(人を欺き、人に暴行を加え、又は人を脅迫する行為)又は管理侵害行為(営業秘密記録媒体の窃取、営業秘密が管理されている施設への侵入、不正アクセス行為、その他の保有者の管理を害する行為)により取得した営業秘密を、不正競争の目的で、使用し、又は開示した者を処罰する罪である。営業秘密を不正取得後に不正使用又は開示するという、もっとも違法性の高い行為類型が1号であり、2号はその準備行為のみを予備罪的に処罰することとしたのである。
さらに2号は、行為態様として、「イ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等を取得すること、ロ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の記載又は記録について、その複製を作成すること」の2つの方法に限定している。
前記『逐条解説』は、この点、「営業秘密の不正取得全般を刑事罰の対象とするのではなく、媒体の不正取得や複製を通じた営業秘密の不正取得に限定することにしたのは、取得段階では使用又は開示という直接的な法益侵害行為が行われていないことを踏まえ、すぐに使用又は開示が可能であり、法益侵害の危険性が高い行為のみを処罰対象とする趣旨である」と説明している(175~176頁)。

② 法案
ところが、法案は、準備段階は処罰しないとの原則を改め、処罰時期を大幅に早める。すなわち、現行1号の準備行為に限らず、図利加害目的による営業秘密の不正取得全般について、媒体の取得・複製といった方法の限定を加えることなく、処罰可能とする規定を新設することとした(法案21条1項1号)。
 営業秘密侵害罪の被害が未だ発生していない段階である準備行為全般を、法益侵害の危険性や行為態様の違法性の程度に関わらず、広く処罰対象とする点が、法案の第1の重大な問題点である。

(2) 営業秘密不法領得・不正複製作成罪の新設(不法領得行為の処罰化)

① 現行法
 現行法は、いったん営業秘密を正当に取得した者について、単に保有者の管理にかかる媒体を不法に領得ないし複製を不正に作成しただけでは処罰しない。これら「営業秘密を保有者から示された者」が、保有者の管理にかかる媒体を不法に領得ないし複製を不正に作成し、さらにこれらの営業秘密を不正に使用・開示した段階ではじめて処罰の対象としている(現行3~5号)。持ち出しや複写があっただけでは処罰されない。
まず、現行3号は、「営業秘密を保有者から示された者」(従業員を含む)が、「不正の競争の目的で、詐欺等行為もしくは管理侵害行為により、又は横領その他の営業秘密記録媒体等の管理に係る任務に背く行為により」、「営業秘密が記載され、又は記録された書面又は記録媒体を領得し、又は作成して」、さらに「その営業秘密を使用し、又は開示した」行為を処罰する。領得・作成の方法としては、「イ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等を領得すること」(媒体の持ち出し)、「ロ 保有者の管理に係る営業秘密記録媒体等の記載又は記録について、その複製を作成すること」の二つに限定されている。
次に、現行4号は、「営業秘密を保有者から示された」現役の役員・従業員が、「不正の競争の目的で」、「その営業秘密の管理に係る任務に背き、その営業秘密を使用し、又は開示した」行為を処罰する。営業媒体の持ち出しに至らない労働契約上の守秘義務違反を処罰する、いわゆる背任行為類型であるが、やはり営業秘密を使用・開示した時点ではじめて処罰する。
現行5号は、退職従業員らに対する処罰規定であるが、在職中の段階で負っている守秘義務に違反していると評価できる場合に限定して処罰対象に含めている。すなわち、「営業秘密を保有者から示された」元役員・元従業員が、「不正の競争の目的で」、「在職中に、その営業秘密の管理に係る任務に背いてその営業秘密の開示の申込みをし、もしくはその営業秘密の使用もしくは開示についての請託を受けて」、「その営業秘密をその職を退いた後に使用し、又は開示した」行為を処罰する。在職中の開示申込み・使用開示の受託行為だけでは処罰されず、退職後に使用・開示した時点で初めて処罰される。

②法案
ところが、改正案は、ここでも「使用・開示」の時点で初めて処罰するとの原則を放棄する。「営業秘密を保有者から示された者」が、図利加害目的で、「営業秘密の管理に係る任務に背き、…営業秘密を領得した」段階で、その行為を処罰可能とする(法案21条1項3号)。
さらに「領得」行為には、営業秘密記録媒体・営業秘密化体物件の横領(同号イ)、不正複製(同号ロ)に加え、新たに「営業秘密記録媒体の記載又は記録であって消去すべきものを消去せず、かつ、当該記載又は記録を消去したように仮装する行為」も含むこととされる(同号ハ)。
未だ上記イ~ハの行為にとどまっており、実害が発生していない段階でも、不法領得として処罰を拡大する点に、法案の第2の重大な問題点がある。

(3) 不正競争目的から図利加害目的への緩和

①現行法
現行の営業秘密侵害罪(1~6号)は、すべて「不正の競争の目的」を要件に求めている。
不正競争目的とは、自己を含む特定の競業者を競争上優位に立たせるような目的を意味する。労働者や労働組合が正当な権利行使を目的として営業秘密を取得・使用・開示することは、不正競争目的にはあたらないことは文言上明白である。

②法案
ところが、法案は、現行の目的要件である「不正競争の目的」を改め、「不正の利益を得る目的」又は「保有者に損害を与える目的」(いわゆる「図利加害目的」)に緩和する(法案21条1項各号)。
 労働者や労働組合の正当な権利行使目的の取得・使用・開示は、一面で保有者である使用者に損害を与える側面がないとはいえず、「保有者に損害を与える目的」(加害目的)とみられる余地を残す。また、労働者や労働組合が正当な権利行使を目的としていたとしても、使用者の側でこれらの権利行使を「不当な権利行使」と主張することも少なくなく、「不正の利益を得る目的」(図利目的)であるとの議論の余地がないとも限らない。
 このように、刑事罰導入時において、構成要件の明確性を担保する重要な要件の一つであった目的要件を、大幅に緩和することが、法案の第3の重大な問題点である。

3 労働者の正当な権利行使・労働組合の正当な活動に対する萎縮効果

(1) 労働者は使用者の指定する主観的「営業秘密」を前提にせざるを得ない

不正競争防止法上の「営業秘密」は、①秘密管理性、②有用性、③非公知性が要件とされている(同法2条6項)。他方、これらの要件を満たす限りでは、「営業秘密」は、技術情報、顧客情報、人事情報等広範なものを含みうる概念でもある。「営業秘密」という言葉には、企業の高度秘密・極秘情報のようなイメージもつきまとい、これに接する労働者は、労働者の中のごく一部に限られるかのような印象も与えるが、実際には顧客名簿でさえも「営業秘密」とされうるのであり、「営業秘密」を扱う労働者は極めて広範囲に及びうる。
「営業秘密」概念の特徴は、使用者と労働者との間では、使用者が一方的に一定の企業内情報を営業秘密として指定し、労働者に対して労働契約上の義務として、使用者が指定した管理方法を強制する関係に立つことである(労働契約法7条参照)。現にすでに多くの企業において、企業内情報に関する規定を設け、労働者に守秘義務を課し、労働者から誓約書などを集めている。
たしかに裁判例においては、とくに①秘密管理性の要件に関連して、その個別事情に応じて相当程度の厳格な秘密管理性が要求されてはいる。しかし、事後的に裁判による判断がなされる前の時点において、労働者にとって「営業秘密」概念を争うことは、懲戒処分、民事上の損害賠償、さらには刑事上の犯罪に問われる覚悟がなければできないことがほとんどである。就業規則やその他の業務命令等においてアクセス制限が外見上存在してはいても、秘密管理性の実態を伴っていないケースは少なくないし、営業秘密であるとの一応の告知はあるが実際の運用は別であるといったケースもある。そのような「営業秘密」性が疑わしい場合であっても、労働者は使用者のいうとおりに「営業秘密」として取り扱わなければならない弱い立場に通常は置かれている。
このような現場に即した観点でみたとき、労働者は、職業生活上、実に多くの「営業秘密」に触れざるをえず、その意味では、労働者のかなりの者は「営業秘密を保有者から示された者」(現行3号、法案3号)に当たりうる。
また、「営業秘密」は、労働者の職業能力の一部とも重なりあうものでもある。労働者の頭の中に記憶されている情報であっても、事業者が秘密として管理していれば「営業秘密」に該当しうるとされている(前記『逐条解説』35頁)。労働者は自分の記憶を活用する場合にも不可罰であるとは即断できず、「営業秘密侵害」とみなされる危険はないか、常にチェックをしなければならない。
このように、客体の「営業秘密」が解釈上限定されていたとしても、現場の感覚・機能としては、全く構成要件は明確なものではない。化されたことにはならない。
この意味で、労働者にとっては、目的、方法、行為態様等の要件が、犯罪行為の範囲を明確にする点で重要な機能を果たしている。

(2) 使用者の秘密管理体制の不備による「違法行為」の外観

労働者は、在職中、使用者の人的・物的体制の未整備から、必ずしも、使用者の指定した管理方法によらないで、たとえば技術・顧客情報を自宅にコピーして持ち帰って作業を行ったりせざるを得ない場合も少なくない。使用者も、口頭で了解を与えたり、不正な持ち帰りを知りつつ事実上黙認していたり、そもそもそのような「違反行為」を定期的にチェックすることすら怠って認識すらしていなかったりするケースも多い。
このような場合、労働者は、外観上、「不正取得」、秘密保持規定違反といった「任務違背」、あるいは営業秘密記録媒体・営業秘密化体物件の持ち出し(「横領」)や「複製の作成」といった行為を、日々積み重ねているかのように見えることがある。
元を正せば使用者側に秘密管理体制に不備が原因であるにもかかわらず(そのような場合は法の予定する「営業秘密」にもあたりはしないのであるが)、違法行為の外観が備わってしまっているケースも多いのである。

(3) 具体的に予想される萎縮効果

法案の内容にしたがって、目的・方法による限定が大幅に緩和され、処罰時期が前倒しにされた場合には、「営業秘密」概念の限定機能が弱いことも相まって、重大な萎縮効果を生まざるを得ない。
具体的に次のような労働者の正当な権利行使、労働組合の正当な活動に萎縮効果をもたらすことが予想される。

① 労働者の自由な職業選択に対する抑止
労働者には、退職の自由・職業選択の自由が憲法上も保障されている。この際に、労働者がその在職中に培い、自分の能力の一部となったスキルや人間関係、ノウハウに関する記録(記憶)をどこまで別企業で活用できるのか、また、いかなる場合に「営業秘密」の侵害になるのかが問題となる。
 ところが、「営業秘密」概念は、労使の現場では必ずしも明確なものではないので、結果として労働者の自由な職業選択、あるいは転職後の能力発揮が抑止されてしまう危険がある。

② 労働者の内部告発に対する抑止
企業の不正について労働者が内部告発をしようとする場合には、「営業秘密」を収集せざるを得ない。この「営業秘密」の中には、いわゆる不正行為に関係するものだけでなく、不正行為に関係しない「営業秘密」やグレーの「営業秘密」も対象とせざるを得ない。この場合に、不正行為に関係する「営業秘密」の収集のみを保護対象とするのでは、内部告発者は困難な立場に追いやられる。

③ 労働者が残業代等の請求を行う場合
労働者が、未払い残業代を請求するにあたって、就労時間を証明するために、訪問先の顧客リストや設計業務内容等の「営業秘密」に関する資料を収集して、これを使用したり、第三者に開示・公表したりしなければならないことがある。

④ 労働者が人事等について自己の業績を根拠にしようとする場合
労働者が、昇給・降格、配転・出向、あるいは成果主義による査定の当否その他の人事考課について争う場合に、自らの業績を証明するために、顧客情報・技術情報・人事情報等の「営業秘密」を収集して使用したり、第三者に開示・公表したりしなければならない場合がある。

⑤ 労働者が労災職業病の原因解明を行おうとする場合
労災職業病の疑いがある場合に、労働者はその原因を探るために、技術情報等の「営業秘密」を収集して使用したり、第三者に開示・公表したりしなければならない場合がある。たとえば化学物質による職業病の疑いがある場合、物質のサンプルを入手したり、製造工程の資料を入手する必要がある。これらのサンプルや製造工程の資料には「営業秘密」に関するものが少なくない。

⑥ 労働組合への相談や労働組合の正当な活動
上記のような諸問題を、労働者が労働組合等に対して相談する場合に、「営業秘密」を労働組合に開示する必要がある。あるいは労働組合自身が積極的に組合員を通じて積極的に情報を収集した行為が、営業秘密侵害罪の共犯として処罰される可能性も存在する。
さらに、労働組合が問題解決のために、団体交渉・団体行動等の行為に出るときには、「営業秘密」を使用・開示しなければならない場合がありうる。営業秘密侵害罪は、二次取得者の使用・開示行為に対する処罰規定もおいているから(現行6号、法案7号)、労働組合が新たに処罰される可能性がある。

(4) 使用者による威迫の手段として用いられる危険

現行法下においても、使用者が、意に沿わない労働者を解雇するための理由として、あるいは退職強要、労働条件の不利益変更への同意を求める手段として、営業秘密侵害を主張するケースがある。処罰範囲の拡大は、使用者による濫用的な刑事告訴や威迫行為を増長する危険がある。

(5) 違法性阻却と証明責任の問題

労働者の正当な権利行使、労働組合の正当な団体活動については、正当行為(刑法35条)として違法性が阻却される余地もある。しかし、この点は必ずしも明確ではない。そもそも違法性阻却に関しては、これを主張する労働者の側が証明責任を負うため、労働者側の負担が重い。
たとえば、労働者が「営業秘密」の複製をして持ち出すことについて、情報管理者から口頭の了解を得ていただけの場合、労働者が情報管理者の許可を得ていたことを後日証明することは極めて困難である。意に沿わない労働者を処罰・排除する目的で、労働者の営業秘密の持ち出し行為を主張してきた場合、労働者がこれに対抗することは難しい。
このように証明責任分配の上でも看過し得ない問題が生じる。

4 法案の白紙撤回と濫用防止規定の創設

(1) 今回の処罰範囲の拡大の白紙撤回

以上のとおり、法案の内容は、不正競争防止法を「企業情報持ち出し処罰法」に変質させ、労働者の権利に重大な侵害を招くものであり、到底容認できるものではない。法案の白紙撤回・廃案を求める。

(2) 濫用防止規定の創設

むしろ、同法の刑事処罰規定の解釈適用は、労働者の権利に重大な関係を有するものであるから、同法の目的である「事業者間の公正な競争の確保」のために必要最小限度において適用すべきであり、いやしくもこれを拡張して解釈するようなことがあってはならないことを条文上明確にすべきである。
また、規制及び規制のための調査は、同法の目的を達成するために必要な最小限度においてのみ行うべきであって、いやしくもこれを濫用し、労働者の正当な権利行使・労働組合の正当な活動を制限し、またはこれに介入するようなことがあってはならないことを、条文に明記すべきである。

以上