「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」についての意見

2008/9/29

 

「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」についての意見

2008年9月29日

日本労働弁護団
幹事長 小 島 周 一

はじめに

 厚生労働省(労働基準局長)は、2008年9月9日、都道府県労働局長に宛てて「多店舗展開する小売業、飲食業等の店舗における管理監督者の範囲の適正化について」(平20.9・9基発第0909001号)と題する通達を発出した(以下、「本通達」という)。
 本通達は、「小売業、飲食業等において、いわゆるチェーン店の形態により相当数の店舗を展開して事業活動を行なう企業における比較的小規模の店舗においては、店長等の少数の正社員と多数のアルバイト・パート等により運営されている実態がみられるが、この店舗の店長等については、十分な権限、相応の待遇等が与えられていないにもかかわらず労働基準法第41条2号に規定する『監督若しくは管理の地位にある者』(以下「管理監督者」という)として取り扱われるなど不適切な事案もみられるところである」として、店舗における管理監督者の範囲の適正化を図るとしている。
 しかし、まず本通達は、管理監督者性を否定する「管理監督者の具体的な判断要素」のみを摘示するという重大な誤りを犯している。そもそも、労働基準法(労基法)の労働時間に関する規制はすべての労働者に適用されるのが原則であり、法41条2号は使用者に対する免罰・免責規定と位置づけられる。したがって、本来通達に求められるものは、従来の裁判例や通達(昭和63年3月14日基発第150号)を実態に即して具体化し、どのような要件があれば、「経営者と一体」とされる管理監督者に該当するのかという肯定要素を示し、これに該当しないものは免罰・免責の対象とならないことを示すことである。本通達は、否定要素だけしか示しておらず、原則と例外の関係を逆転させるという重大な誤りを犯している。
 加えて、本通達は、本来、管理監督者が労働時間規制の例外であることから、その該当性判断は厳格になされなければならないにもかかわらず、一見明白に管理監督者性が否定される要素のみ限定して取り上げるという、これまた重大な誤りを犯している。
 このため、管理監督者の範囲を厳格に制限するという労基法の行政解釈として本来通達に期待される機能を全く果たしていないばかりか、これらの否定要素さえなければ、管理監督者として取り扱うことが許容されるかのような重大な誤解を生み出しかねないものとなっている。
 たしかに、本通達は、「下記に整理した内容は、いずれも管理監督者性を否定する要素に係るものであるが、これらの否定要素が認められない場合であっても、直ちに管理監督者性が肯定されることになるものではないことに留意されたい」と留保しているが、いかなる場合に管理監督者性が肯定されるのかが示されておらず、前記のような誤解を払拭するものとはなっていない。
 さらには、労基法の規定はいうまでもなく農業・水産業等を除くすべての業種、労働者に適用されるものであり、特定の業種、業界についてその判断基準を緩和することなど許されないが、本通達は、チェーン展開する飲食店、小売店の店舗責任者について、不当に管理監督者の判断基準を緩和しており、この点からも極めて問題が大きい。
 もとより、行政通達は、監督行政発動の基準を示したものであり、民事上の権利義務の存在の判断基準となるものではないが、労基法のコンプライアンスについて重大な行政責任を負う厚生労働省の消極的姿勢を示したものといわざるを得ず、厳しく批判されなければならない。
 日本労働弁護団は、本通達を速やかに撤回し、真に労働者の保護に資する厳格な判断基準を改めて示すよう求めるものである。

2 管理監督者性判断についての視点

管理監督者性の判断基準を示すにあたっては、労働者保護の観点から、労働時間についての自由裁量性がもっとも重要な要件であることを明記し、出退勤の時刻、休憩の時刻、休日の取得数と取得日、日・週・月・年単位の各総労働時間について、使用者の指揮命令を受けず、就業規則又は労働契約による拘束も受けず、労働者自らの自由な意思に基づき決定し、これを実行することができる者であってはじめて、労働基準法による労働時間規制の必要のない労働者であると言えることをまずもって確認すべきである。
 本通達は裁判例を参考にしたとしているが、極めて疑問である。これまで飲食店、小売店の店舗責任者において、管理監督者性が肯定された裁判例は、公刊されたものには見当たらない。公刊された裁判例において、管理監督者性が肯定されたものは、これまでわずかに数例しかない(否定例は30例以上に上る)。
 肯定例をみると、採用人事の計画・決定権限が与えられ、役職手当を支給されている「人事課長」(徳州会事件・大阪地裁昭62.3.31労判497号)、経理・人事・庶務全般を管掌する「総務局次長」として任用された者(日本プレジデントクラブ事件・東京地裁昭63.4.27労判517号)、経営方針を確立する機関である経営企画室に参加する部長(各営業部の最高責任者)の上位に位置づけられる管理者(パルシングオー事件・東京地裁平9.1.28労判725号)、9名の部員の管理業務を行い、代表者と部門責任者のみからなる経営会議に出席し、待遇も代表者、工場長に次ぐ地位にあった営業部長(センチュリー・オート事件東京地判平19.3.22労判938号)、経営協議会のメンバーであり、多数の乗務員を直接指導監督し、待遇も従業員で最高額を得ていたタクシー会社の営業部次長(姪浜タクシー事件・福岡地判平19.4.26労判948号)、30名以上の部下を統括する証券会社の大阪支店長で全従業員349名中上から15,6番の地位にあった者(日本ファースト証券事件・大阪地判平20.2.8労経速1998号)といった例であり、これらの中には判断基準及び結論に首肯し得ないものも含まれているが、少なくとも「経営者と一体」とされる労働者は、本通達の判断基準とは比べものにならないほど、企業内で高い地位と権限が前提とされていることは明らかである。基準を示すのであれば、少なくともどのような労働者が管理監督者として認定されているのかを併せて示すべきである。

3 労働時間規制の趣旨と適用除外についての考え方

 労基法は労働条件の最低基準を定め、原則としてすべての労働者に適用される労働者保護法である。中でも、労働時間に関する規制は、もっとも重要な規制として、近年長時間労働による健康被害が多発する状況のもとでますます重要性を高めている。近時、過労死・過労自殺の悲劇が多発しているが、多くの犠牲者が企業内で管理職とされている層と重なっていることに留意しなければならない。
 労基法が使用者に対して罰則をもって義務付けている諸規定には、法定労働時間(法32条)、休憩(法34条)、法定休日(法35条)、時間外・休日労働についての労使協定の締結・届出義務(法36条)、時間外・休日労働及び深夜労働についての割増賃金の支払(法37条)がある。これらは、いずれも、適正な労働時間を確保し、過重労働を防止するための最低限の規制である。
 労基法41条2号は上記規制が対象とする労働者について例外を定めるものであり、この例外が緩やかに解されて管理監督者に当たるとされれば、際限なき長時間労働をさせることが割増賃金を払うことなく可能となり、労働時間規制が形骸化するおそれがある。それ故に、管理監督者性の判断は厳しくなされなければならないことは、労基法が当然に要請するところであり、法の保護が及ばない労働者とされる適用除外の範囲については、労働時間規制の適用がなくとも法の保護に欠けることのない労働者であるという法の趣旨を厳格に踏まえ、その実態からみて、出退勤についての自由裁量性を有し、経営者と一体であるといえるにふさわしい地位・権限を与えられ、割増賃金の支払が受けられなくとも、これを十分カバーできるだけの待遇がなされている労働者に限定されるべきことが確認されなければならない。

4 判例及び従来の行政解釈の判断枠組み

 昭和63年3月14日基発第150号は、適用除外の範囲は「限定しなければならない」と明確に述べ、管理監督者(労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者)の要件として、
    ① 「労働時間、休憩、休日等に関する規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない、重要な職務と責任を有し」、
    ② 「現実の勤務態様も、労働時間等の規制になじまないような立場にある者」に限定した。そして、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、
      a 職務内容、責任と権限、b 勤務態様、c 賃金等の待遇面、の事情を考慮するものとしている。
 
また、多数の裁判例においても同様の判断枠組みが用いられてきた。
 例えば、ミューズ音楽院事件(東京高判平17.3.30労判905号)は、「法1条の原則にかんがみれば、法41条2号の規定に該当する者(管理監督者)が時間外手当支給の対象外とされるのは、その者が、経営者と一体的な立場において、労働時間、休憩及び休日等に関する規制の枠を超えて活動することを要請されてもやむを得ないものといえるような重要な職務と権限を付与され、また、そのゆえに賃金等の待遇及びその勤務態様において、他の一般労働者に比べて優遇措置が講じられている限り、厳格な労働時間等の規制をしなくてもその保護に欠けるところがないという趣旨に出たものと解される」と述べている。そして、「管理監督者に該当するといえるためには、その役職の名称だけでなく、」「(労働者が)実質的に以上のような法の趣旨が充足されるような立場にあると認められるものでなければならない」と判示している。
 本通達は、本文において上記150号通達を引用しているものの、具体的な判断要素の定立については、肯定要素を何ら示すことなく、極めて明白な否定要素だけに限定しており、およそ管理監督者の範囲を厳しく限定する機能を欠いている。

5 本通達の判断要素の問題点

本通達の具体的な判断要素については、別添の表が付されており、「管理監督者性を否定する重要な要素」(以下、「重要な要素」という)及び「管理監督者性を否定する補強要素」(以下、「補強要素」という)にわけて、それぞれ、「職務内容、責任と権限」「勤務態様」「賃金等の待遇」の項目ごとに判断要素を列記している。

(1) 労働時間の自由裁量性(勤務態様)について
 管理監督者性の判断要素の中では、労働時間についての自由裁量性が労働者保護の観点から最も中核をなす要件といえる。自ら労働時間をコントロールできるだけの裁量性がなければ、長時間労働を防止することなど不可能である。そのためには、業務量その他に裁量性が必要である。
 管理監督者性判断においては、労働時間についての自由裁量性がもっとも重要な要件であることを明記し、出退勤の時刻、休憩の時刻、休日の取得数と取得日、日・週・月・年単位の各総労働時間について、使用者の指揮命令を受けず、就業規則又は労働契約による拘束も受けず、労働者自らの自由な意思に基づき決定し、これを実行することができる者であってはじめて、労働基準法による労働時間規制の必要のない労働者であると言えることを確認すべきである。
 この点、本通達は「補強要素」として、①長時間労働を余儀なくされるなど、実際には労働時間に関する裁量がほとんどない、②労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務態様が労働時間の大半を占めるという基準を掲げている。
 これら補強要素については、店舗責任者の過重労働の実態にある程度目配りしたものとして評価することができるものの、これを「補強要素」にとどめていることは極めて不十分である。
 名ばかり管理職問題の本質は、店舗責任者が管理監督者として扱われることによって、実際には管理的労働に加えて非管理的労働(現場労働、アルバイト・パートと同様の仕事)をさせられ、それによって長時間労働に追いやられる危険性が常に内包している点にある。この点に着目すれば、上記①、②は単なる「補強要素」に位置づけるべきではなく、指導にあたっての重要な要素と位置づけ、あわせて前記のとおり、労働契約上も自由裁量性が確保されているか否かを重要な判断要素とするべきである。
 そもそも、店舗において部下と同様の労働に相当時間従事しているか、店舗の営業時間の関係から相当な時間外労働が必要とされる店舗責任者の場合には、これをもって、直ちに労働時間に関する裁量性が欠如していると判断されてしかるべきである(日本マクドナルド事件・東京地判平20.1.28労判953号等)。
 しかるに、本通達は、勤務態様についての「重要な要素」として「遅刻、早退等により減給の制裁、人事考課での負の評価など不利益な取扱いがされる」という事項のみ挙げているにすぎない。
 しかし、管理監督者に限らず、遅刻・早退によって減給の制裁がなされることは一般的にはないし、人事考課にどの程度反映さえるかは企業によって異なる。減給の制裁等がなされないことを重要な要素とすることは誤りである。

(2) 職務内容、責任と権限
 「職務内容、責任と権限」について本通達は、①アルバイト・パート等の採用について責任と権限がない、②アルバイト・パート等の解雇について職務内容に含まれず、実質的に関与しない、③部下の人事考課について職務内容に含まれず、実質的に関与しない、④勤務割表の作成、所定時間外労働の命令について責任と権限がないという4つの「重要な要素」を挙げているが、これらはいずれも管理監督者性を否定する明らかな事実であるが、管理監督者性の一般的判断基準となりうるものではない。
 裁判例でも、アルバイト・パート等の採用権限や部下の人事考課への関与が認められながら、管理監督者性が否定されたものが存在しており、上記「重要な要素」を、管理監督者性の判断要素とすることは、多くの裁判例が示した判断基準に反し、極めて不適切である。
 例えば、アクト事件(東京地判平18.8.7労判924号)は、飲食店のマネージャーについて、①アルバイト従業員の採用、シフトの作成について決定権を有するとされ、②主任やアルバイト従業員など下位の従業員の報奨あるいは賞与についての査定をすることができるという事案で、管理監督者性が否定されている。同事件では、シフト勤務制であるため、勤務時間に裁量がなかったとされている。
 育英舎事件(札幌地判平14.4.18労判839号)でも、人事考課等への関与がある学習塾チェーンの営業課長について管理監督者ではないとされ、レストランビュッフェ事件(大阪地判昭61.7.30労判481号)も、アルバイトの採用権のあるレストランの店長の管理監督者性を否定している。多店舗チェーンの事例ではないが、部下の一次考課のみ行い、考課の最終決定権が上位管理職にある場合は、管理監督者性が否定される(東建ジオテック事件・東京地判平14.3.28労判827号等)。
 本通達の「職務内容、責任と権限」における「重要な要素」は、管理監督者の範囲を限定する機能をまったく果たしていない。アルバイトやパートの採用等に関与するからといって、「経営者と一体的な」立場と評価されるものではないことは、法の趣旨からも明らかである。この点、細川二朗裁判官の「労働基準法41条2号の管理監督者の範囲について」(判例タイムズ1253号)では、企業全体の規模と比較して就労場所等が小規模である場合(少人数で勤務する支店等)や職務内容・権限の範囲が事業経営全体からみて限られている場合には、管理監督者性を否定する要素となると指摘しており、多店舗展開する飲食店、小売店の店長等はこの点からも経営者との一体性が否定されるべきであるが、本通達にはかかる視点が完全に欠落している。

(3) 待遇面について
 賃金等の待遇面については、昭和63年3月14日基発第150号は、「定期給与である基本給、役付手当等において、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か、ボーナス等の一時金の支給率、その算定基礎賃金等についても役付者以外の一般労働者に比し優遇措置が講じられているか否か等について留意する必要があること」とし、「一般労働者に比べ優遇措置が講じられているからといって、実態のない役付者が管理監督者に含まれるものではないこと」として、この点からも管理監督者の範囲を限定している。
 これに対して、本通達は、その地位に「ふさわしい待遇」がなされているか否かという「賃金等の待遇」について、わずかに「①時間単価換算した場合にアルバイト・パート等の賃金額に満たない」「②時間単価換算した場合に最低賃金額に満たない」を「重要な要素」とし、「③役職手当等の優遇措置が割増賃金が支払われないことを考慮すると十分でなく労働者の保護にかける」「④年間の賃金総額が一般労働者と比べ同程度以下である」を「補強要素」している。
 しかし、「重要な要素」とされた①、②はいうまでもなく、「補強要素」とされた④もおよそ「地位にふさわしい待遇」を受けているか否かを判断する基準にはなりえず、これらにあてはまれば、「ふさわしい待遇を受けていない」ことが一目瞭然だというにすぎない。
これらをわざわざ要素として掲げる必要はなく、管理監督者の範囲を限定すべきであるとした基発第150号の趣旨にも反するものである。
 裁判例においても、①、②、④のような基準で管理監督者性は判断されていない。判断要素として意味があるのは、③のみである。
役付手当11万円を支給されていた営業開発部長について、「経営参画状況は極めて限定的であること、」「勤務時間も実際上は一般の従業員に近い」ことから、管理監督者性が否定された事案もある(岡部製作所事件・東京地判平18.5.26労判918号)。
 ①、②の要件をクリアしていれば、「ふさわしい待遇」であるかの如く扱う本通達の感覚には驚きを禁じえない。役職者に昇進した前後で給与、手当等があまり変わらない場合や他の従業員より給与、手当等が高額であっても、役職に見合った程度には至っていない場合には、当然に管理監督者性が否定されるというべきである(前掲・細川二朗論文)。

6 結論
 以上のとおり、本通達の「具体的な判断要素」については、これらが一人歩きして、本通達が示した判断要素にさえ抵触しなければ管理監督者として扱って差し支えないという誤ったアナウンス効果を企業実務にもたらすことが危惧される。
 本通達からは、管理監督者にかかわる労基法違反について監督行政を後退させようとする意図さえ感ぜられる。この点についても、問題の重要性・深刻性を理解しないものとしてわれわれは強く批判する。
 本通達は、これを撤回するか、「補強要素」も含め、これらの要素に該当すれば明らかに管理監督者性が否定されるものであることを明確にするとともに、免罰・免責規定である法41条2号の趣旨に忠実に、管理監督者は、労基法の適用除外とされても保護にかけることのないごく例外的な労働者にのみ範囲が限定されること及びそれにふさわしい厳格な要件を明記することを強く求めるものである。