日本年金機構の職員採用基準に関する意見 -公務員法と労働法理に則って再検討を-

2008/7/25

 

厚生労働大臣 殿
自由民主党 殿

日本年金機構の職員採用基準に関する意見
-公務員法と労働法理に則って再検討を-

2008年7月25日

日本労働弁護団

会長 宮里邦雄

我々は、社会保険庁改革に伴い、その承継組織として設立される日本年金機構の職員採用問題に関し、採用基準設定のありようによっては、公務員の地位・勤務条件に重大な不利益をもたらしかねないとの立場から重大な関心をもって、政府・与党の検討を見守ってきた。
伝えられるところによると、政府・与党は、日本年金機構の職員採用に関し、「戒告」を含め過去に懲戒処分を受けた社会保険庁職員については全員採用しない方針を固めたとのことである。
また、与党は、「無許可」で労働組合活動に専念したいわゆる「ヤミ専従」の職員やその上司も一律不採用とする議員立法の提出を決めたとも報じられている。
しかしながら、このような理由による一律不採用が社会保険庁職員が有している国家公務員たる地位に照らして、さらには今日の労働法理のもとで、法的に許されるかについては重大な問題があると言わざるを得ない。
ここに、我々の見解を表明し、政府・与党に対し、改めてその方針の変更を含む再検討を求めるものである。

第1に、年金機構は社会保険庁の事業を承継する承継法人であり、事業承継に伴う職員の確保について、採用方式をとるとしても、これはいわゆる新規採用とはその性格を異にする。年金機構への採用を希望する者がその意に反して採用されないことは、重大な身分上の不利益であり、解雇にも相当するものであることからすれば、採用基準は公正・公平かつ客観的合理性・社会的相当性を有するものであることが求められる。
採用基準設定において重視されるべきは、職員の職務上の能力、知識、経験、適性などであって、過去に処分歴がある者については、その処分の程度、処分理由の如何を問わず、一律不採用とするような採用基準、さらには、「ヤミ専従」職員を一律不採用とする基準は、著しく合理性・相当性を欠き、公正・公平の要請にも反するものといわなければならない。
そもそも懲戒処分は、特定の非違行為について課せられる制裁であって、その行為の性格や内容を考慮して懲戒権者が裁量判断のうえなされたものであり、懲戒処分という不利益の賦課によって終了している。その過去の処分歴を改めて持ち出し、しかもその処分の程度を問わず一律に絶対的な不採用基準とすることは、同一理由で重ねて不利益を強いる実質的な二重処分を行うに等しいものであり、不合理かつ余りに過酷である。
第2に、公務員たる地位を有する社会保険庁職員には国家公務員としての強い身分保障があり、本人の意に反する降任や免職は、①「勤務成績がよくない場合」②「心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、又はこれに堪えない場合」③「その他官職に必要な適格性を欠く場合」④「官職若しくは定員の改廃又は過員を生じた場合」にのみ可能であることが国家公務員法において定められている(78条)。
年金機構の職員採用にあたって一定数の職員を不採用とすることが許されるとすれば、④に該当する場合であると考えられるが、その場合の採用基準の設定においては、どれだけの過員を生ずることになるのか、このこととの関連でどれだけの人数を採用することにするのか、その場合の採用基準としてはどのような内容のものが適切かつ妥当かが検討されなければならない。
また、年金機構は一方で多数の新規採用を予定しているといわれており、にもかかわらず、前記のような理由によって一律不採用とするのは、法律による公務員の身分保障原則に反する。
第3に、また、報じられているところによると、年金機構へ採用されない職員については、一部を除き最終的にはいわゆる分限免職が検討されているといわれる。
このような場合の分限免職は、民間企業における整理解雇に相当するものであり、整理解雇にあたっては、周知のとおり、第1に人員整理の必要性、第2に解雇回避努力、第3に人選基準の合理性、第4に解雇手続の相当性、のいわゆる整理解雇4要件を充足することが必要であるとするのが確立した判例法理である。
公務員の地位は任用に基づくものとして、民間企業における労働契約とはその法的性格が異なるとされるが、だからといって、分限免職という公務員の地位を失わしめる重大な処分が自由な裁量によってできるとする法的根拠はなく、分限免職処分にあたっても、信義則や権利濫用の禁止など一般法理が適用されるのは当然である。
人員整理の必要性を問擬せず、過去の処分歴や「ヤミ専従」を理由に分限免職するのは合理性を欠くものであることは明らかであり、権利を濫用するものである。公務員であるが故にその身分保障が、私企業労働者よりかえって弱いとされるのであれば、それは公務員法に悖ることとなる。
以上のとおり、我々は現在検討されている職員採用基準は甚だしく合理性を欠き、公務員法に反し、労働法理をも無視する違法不当なものであると考える。

社会保険庁改革に伴う職員処遇の問題は国家公務員としての地位を有する者について、その有する身分や勤務条件をどのように変更することができるかという重要な法的問題を含むものであって、単なる政策の是非・当否の次元にとどまるものではない。
伝えられる職員採用基準の決定には政治的思惑が先行していると言わざるを得ない。

職員採用基準の決定にあたっては、政治的な他事考慮によることなく、公務員の身分保障原則や雇用保障法理などの労働法理をもふまえて冷静かつ慎重に検討するよう強く要請する。

以上