(意見書)公務員制度の改革に関する意見書

2004/2/20

公 務 員 制 度 の 改 革 に 関 す る 意 見 書

                       
内閣総理大臣 小泉純一郎殿

2004年2月2日

 

〒101-0062 東京都千代田区神田駿河台3-2-11
日 本 労 働 弁 護        
                         会長 宮 里 邦 雄    
[連絡先]TEL03ー3251ー5363
FAX03ー3258ー6790

 

 政府は、2001年12月25日に閣議決定した「公務員制度改革大綱」(以下、「大綱」という)に基く、公務員制度「改革」法案の2004年度の通常国会への上程を断念したと一部報道されているが、「大綱」は、「労働基本権の制約については、これに代わる相応の措置を確保しつつ、現行の制約を維持」するものとするとした上で、人事院の機能を縮小し、内閣と各府省の人事管理権を強化する能力等級制度の導入等を柱とする新人事制度の採用等を内容とするものである。
 私たち日本労働弁護団は、真に国民本意の行政の実現を図る公務員制度の改革は、憲法と国際労働基準であるILO条約の保障している公務員労働者の労働基本権を回復して近代的労使関係を確立する改革でなければならず、公務員労働者の労働組合との交渉と協議の上で行わなければその実現はあり得ないと考える。一度閣議決定した「大綱」の見直しを余儀なくされたのも、内容、手続の両面において真の改革たりえないからに他ならない。
 ILO理事会も、2002年11月20日と2003年6月20日、二度にわたり日本政府の公務員労働者の労働基本権に対する「現行の制約を維持」することを前提とする「大綱」に基づく制度「改革」は、わが国が批准している公務員を含む労働者の労働基本権を保障しているILO87号条約及び同98号条約に違反すると指摘し、日本政府に対し、政府のこの「改革」方針を再検討し、わが国の公務員制度がこれら両条約に適合するよう改正すべく、その際、全ての関係者との率直で有意義な交渉と協議を行うことを勧告しているところである。
 日本労働弁護団は、1957年の設立以来、わが国の労働者の権利を法廷の内外で擁護することを目的に活動を行ってきた労働者の権利擁護の職能法律家団体であるが、政府がこのILOの勧告を受け入れて前記公務員労働者の労働基本権に対する「現行の制約を維持」することを前提とする「大綱」を再検討し、公務員労働者の労働組合との協議と合意の上で公務員労働者の労働基本権を保障することを前提とする真の公務員制度改革を行うよう下記の意見を申し入れる次第である。

第1 公務員制度改革は、国家公務員制度の改革だけでなく、地方公務員制度の改革を含む制度改革を行うものとし、公務員労働者にも労働基本権を全面的に保障すること

 「大綱」に基く公務員制度改革は、国家公務員制度の改革だけを行うものとしているところである。
 しかしながら、真に国民本意の行政の実現を図る公務員制度の改革は、憲法と国際労働基準であるILO条約の保障している公務員労働者の労働基本権を中心とする基本的人権を回復して近代的労使関係を確立する改革でなければならないが、わが国の公務員制度は、1948年以来今日まで、公務員制度の担い手である国家公務員及び地方公務員労働者の労働基本権を中心とする基本的人権をはく奪する体制を維持してきたところであるから、公務員制度の改革に当たっては、国家公務員制度の改革のみならず地方公務員制度の改革も同時に並行して行う必要がある。したがって、政府の「公務員制度改革大綱」に基づく公務員制度改革を再考し、国家公務員及び地方公務員労働者の労働基本権についての「現行の制約を維持」せず、労働基本権を回復してこれを保障する改革を行う必要があるというべきである。
 この意味で、国家公務員の制度改革と地方公務員の制度改革を切り離し、国家公務員の制度改革だけを行う合理的理由はない。

第2 原則として全ての公務員労働者に団結権を保障し、現行の制約法規を撤廃すること

1 消防職員の団結権を保障し、地公法52条5項を撤廃すること

 現行地方公務員法52条5項は、消防職員は、「職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、地方公共団体の当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない」と定め、地方公務員労働者である消防職員の団結権の行使を禁止している。
 しかしながら、憲法28条は、全く留保なく消防職員を含むすべての「勤労者」に団結権を保障しており、地方公務員労働者である消防職員が団結権を行使することは、一般の公務員労働者と同様憲法上の要請であり、これを禁止すべき合理的理由はないというべきである。
 しかも、国際労働基準であるILO87号条約は、消防職員労働者の団結権を保障している。ILOの1983年の調査では消防職員の団結権を禁止している国としてわが国と並んでアフリカのスーダンとガボンの2か国があげられていたが、その後このアフリカの2か国は消防職員の団結権の禁止を撤廃しており、今やわが国は世界で唯一消防職員の団結権を禁止している国となっている。
 これまでILOは、消防職員労働者の団結を禁止している地方公務員法52条5項はILO87号条約に違反するとし、法改正を日本政府に勧告してきたが、政府は「消防職員委員会」の設置によりその勧告を回避しようとした。しかし、「消防職員委員会」は労働組合ではなく、消防職員の団結権の行使ではない。
 ILOは、今回の公務員制度改革につき、前記2002年と2003年の2度にわたり、消防職員の団結権問題が全く何の進展の見られないことを深く遺憾とし、地方公務員労働者である消防職員が「自らの選択による組合を設立する権利」を承認し、団結を禁止する法律の改正を勧告しており、政府はこの勧告を受け入れ、公務員制度の改革として消防職員の団結権を保障する法改正を行うべきである。

 

2 監獄職員の団結権を保障し、国公法108条の2第5項を撤廃すること

 現行国家公務員法108条の2第5項は、監獄において勤務する職員は、「職員の勤務条件の維持改善を図ることを目的とし、かつ、当局と交渉する団体を結成し、又はこれに加入してはならない」と定め、国家公務員労働者である監獄職員の団結権の行使を禁止している。
 しかしながら、憲法28条は、全く留保なく公務員労働者を含むすべての「勤労者」に団結権を保障しており、国家公務員労働者である監獄職員が団結権を行使することは、一般の公務員労働者と同様憲法上の要請であり、これを禁止すべき合理的理由はないというべきである。
 そして、国際労働基準であるILO87号条約も、監獄職員労働者の団結権を保障している。これまでILOは、監獄職員労働者の団結を禁止している国公法108条の2第5項はILO87号条約に違反するとして法改正を勧告してきており、今回の公務員制度改革についても、2002年と2003年の二度にわたり、消防職員とともに監獄職員の団結権問題がわが国において何の進展の見られないことを深く遺憾とし、国家公務員労働者である監獄職員の「自らの選択による組合を設立する権利」を承認し団結を禁止する法律の改正を勧告しており、政府はこの勧告を受け入れ、公務員制度の改革として監獄職員の団結権を保障する法改正を行うべきである。
 近時、監獄職員の受刑者に対する暴行、脅迫、いじめ等のゆゆしき不祥事が多発し、監獄職員の勤務する刑務所は多くの問題を抱えているにもかかわらず、その自浄能力がなく、監獄制度のあり方が問われてきたが、その根源は監獄職員の労働条件が劣悪であることにあり、監獄職員に団結権を保障して自らその劣悪な労働条件を改善する道を制度的に保障することこそ、監獄制度の制度改革として最も必要であると考えられる。

 

3 警察職員及び海上保安庁職員の団結権を保障し、地公法52条5項及び国公法108条の2第5項を撤廃すること

 現行地方公務員法52条5項は、消防職員と同様、地方公務員労働者である警察職員の団結権の行使を禁止している。また、現行国家公務員法108条の2第5項は、国家公務員労働者である警察職員及び海上保安庁において勤務する職員の団結権の行使を禁止している。
 しかしながら、消防職員、監獄職員と同様にこれら職員の団結権の行使を禁止することは憲法28条に違反し、合理的理由はない。
 近時、警察における警備公安部門の偏重、刑事部門の軽視、キャリア制度・昇進制度の問題、秘密主義・隠蔽主義の体質等が指摘され、警察職員の右翼・暴力団との癒着、違法な盗聴等による国民の基本的人権の侵害等の不祥事が多発し、その自浄能力がなく、警察制度のあり方が問われてきたが、その根源は警察職員の労働条件が劣悪であることにあり、警察職員等に団結権を保障して、自らがその劣悪な労働条件を改善する道を制度的に保障することこそ、警察制度等の制度改革として最も必要であると考えられる。

 

4 公務員労働者が自らの意思で自らの選択する労働組合を設立できる制度を確立し、これを制約する職員団体登録制度を廃止すること

 国家公務員法第9節は、法の定める事項に適合する規約を有する職員団体として人事院に登録された労働組合(登録組合)にだけ団体交渉権を認め、非登録組合には団体交渉権を認めていない。地方公務員法第9節も、国公法と同様、人事委員会または公平委員会への登録制度を置いている。
 しかし、憲法28条の保障する団結権は、全ての労働者が自らの意思で自らの選択する労働組合を設立できることを保障するものであり、かくして設立された労働組合の全てに団体交渉権を保障しているのであるから、この国公法及び地公法の定める公務員労働者の労働組合の登録制度は、憲法に違反するというべきである。
 1965年のいわゆるILOドライヤー委員会は、登録制度は「労働者は『自ら選択する』団体を設立し、及び加入する権利をいかなる差別もなしに有することを規定する」ILO87号条約に違反しており、その見直しを「検討することを要する」と指摘し、1973年結社の自由委員会第139次報告も登録制度の「必要な改変」を勧告していたが、ILO理事会は、今回の公務員制度改革にあたり、日本政府に対し、「公務員が当局の事前承認に等しい処置を受けることなく、自らの選択による組合を設立できるよう登録制度を改めること」と登録制度の法改正を勧告しており、政府はこの勧告を受け入れ、公務員制度の改革として、公務員労働者が自らの意思で自らの選択する労働組合を設立できる制度を確立し、これを制約する職員団体登録制度を廃止する法改正を行うべきである。

 

5 民間労働者と同様の不当労働行為制度等を制度として創設すること

 憲法28条は、全ての労働者の団結権を保障しているが、この保障は、全ての使用者に対し、労働者の団結権の行使を承認し、労働者の団結権の行使につき支配介入したり、それを理由に不利益取り扱い等をしてはならない義務を、国家には、使用者による団結権侵害に対しその救済を行うべき制度を保障すべき義務を課しているというべきである。
 わが国では、使用者による団結権侵害に対し、その救済を行うべき制度として、民間労働者には労働組合法の定める不当労働行為制度が確立している。しかるに現行国公法及び地公法は、不当労働行為制度と同様の不当労働行為からの救済制度を公務員労働者に対し制度的に保障していない。そのため、国家公務員労働者及び地方公務員労働者は、使用者たる国家機関及び地方公共団体等による団結権侵害に対し、民間労働者と同様の救済を受けることができずにいる。
 しかし、使用者による団結権侵害に対し、公務員労働者も民間労働者と同じく救済を受けうるべきであり、民間労働者と比較して不利益を受けるべき合理的理由はなく、国家公務員労働者及び地方公務員労働者に対しても、労組法による不当労働行為制度と同様の独立行政委員会による行政救済制度を創設すべきである。
 また、民間労働者には労働争議を解決する手段として、斡旋・調停等の争議調整手続が保障されているが、この点に関しても公務員労働者が民間の労働者と比較して不利益を受けるべき合理的
理由はなく、国家公務員労働者及び地方公務員労働者に対しても、労組法・労働関係調整法が規定する争議調整手続と同様の制度の創設が検討されるべきである。

 

6 労働組合がその専従役員の任期を自由に決定できる制度を確立し、国公法108条の6の第3項及び地公法55条の2の第3項は廃止すること

 現行国家公務員法第108条の6の第3項は、職員団体の専従役員の任期は「職員としての在職期間を通じて5年を超えることができない」と定め、地方公務員法55条の2の第3項も同様に定めている。
 しかし、憲法28条が保障している団結権は、公務員組合を含む全ての労働組合がその専従役員の任期を自ら自由に決定する自由をも認めており、国家はこの自由を侵害してはならない義務を負っていると言うべきであり、上記専従役員の任期を定める国公法及び地公法の規定は、憲法28条に違反するというべきである。ILOも、前記2002年と2003年の2度にわたり、ILO87号条約が保障している団結権は、労働者が完全な自由のもとに自らの代表を選出する権利を当然ともない、またその代表の職務の期間を設定することは、組合自身に委ねられるべきであると指摘して、「完全な自由の下で自らの代表を選出する労働者の権利が、法令及びその実施において求められるために、公務員組合自らが専従組合役員の任期を定めることを認めるよう法改正の一部として適切な修正が採択されること」を勧告しており、政府はこの勧告を受け入れ、公務員の労働組合がその専従役員の任期を自由に決定できる制度を確立し、国公法108条の6の第3項及び地公法55条の2の第3項は廃止すべきである。

 

第3 すべての公務員労働組合に団体交渉権及び協約締結権を保障し、現行の制約法規を撤廃すること

1 すべての公務員労働組合に対し、団体交渉権を明文で保障し、国公法108条の5第1項(同第2項)及び地公法第55条第1項(同第2項)は撤廃すること

 
国公法第108条の5第1項および地公法第55条第1項は、「当局は、登録された職員団体から、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件に関し、及びこれに附帯して、社交的又は厚生的活動を含む適法な活動に係る事項に関し、適法な交渉の申し入れがあった場合においては、その申し入れに応ずべき地位に立つものとする」と規定し、登録組合についてのみ団体交渉権を認め、非登録組合については団体交渉権を認めない制度としている。
 
しかし、登録組合についてのみ、在籍専従(国公法108条の6第1項、地公法55条の2第1項)や法人格取得(国公法108条の4、地公法54条)の面で便益を付与する一方、登録に際し、組合規約の制定、組合内民主主義の履践等を要件とする現行の登録制度は、組合の内部運営を自主的に遂行する権利をその内実とする団結権保障の精神に抵触するものである。
 
ILOも、このような登録職員団体制度が公務員労働組合の分断を永続させるものであり、労働組合の活動を弱体化させるおそれがあることを指摘し、事前承認に等しい措置を受けることなく自ら選択する団体の設立を認める適切な法改正が行われるよう勧告しており、国公法108条の5第1項及び地公法第55条第1項は撤廃し、すべての労働組合に団体交渉権を明文で保障すべきである。

 

2 国公法108条の5第2項及び地公法第55条第2項を撤廃して、すべての公務員労働組合に対し、協約締結権を明文で保障するとともに、締結された労働協約の法的効力につき、勤務条件法定主義、財政民主主義との調整を行うこと

 
国公法第108条の5第2項および地公法第55第2項は、職員団体と当局との交渉制度には、「団体協約を締結する権利を含まないものとする」と規定し、団体交渉の効力について重大な制約を課している。また、地公法第55条第9項は、職員団体と当局との書面協定の締結を許容するものの、その法的効力を認めていない。
 
協約締結権の否定は、公務員の労働条件は勤務条件法定主義・条例制定主義(国公法第73条第4項、地公法第24条第6項)あるいは財政民主主義(憲法83条)による制約を受け、労使自治の下での労働条件決定を想定していないという理解によるものと考えられるが、協約締結権の保障は勤務条件法定主義(条例制定主義)や財政民主主義と相矛盾するものではない。勤務条件法定主義・財政民主主義により規定された勤務条件の枠組みの中で、その細目の具体化を団体交渉に委ねることは十分に可能である。例えば、特定独立行政法人等の国家公務員、地方公営企業等の地方公務員については協約締結権が保障されている(特定独立行政法人等の労使関係に関する法律8条、地公労法7条)。その上で、例えば、特定独立行政法人等の場合には、国営企業等の予算上または資金上不可能な資金の支出を内容とする協約は直ちには政府を拘束せず、そのような協約が締結された時は、政府は、その締結後10日以内に事由を付してこれを国会に付議して承認を求めなければならず、国会の承認によって遡って効力を生じるとする調整規定がおかれている(特定独立行政法人等の労使関係に関する法律16条)。ここでは協約締結権の保障と勤務条件法定主義・財政民主主義との合理的な調整が図られているのである。
 
この点、ILOも、「労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う使用者又は使用者団体と労働者団体との間の自主的交渉のための手続の十分な発達及び利用を奨励し、かつ、促進するため、必要がある場合には、国内事情に適する措置を執らなければならない」と規定する98号条約第4条について、労働協約には任意的交渉の原則と交渉パートナーの自主性とが基本的要素であるとし、労働協約をその効力発効前に事前承認の対象とすることや政府の経済政策に反するという理由でそれを破棄することなどは、98号条約の諸原則に反するとしている(94年条約勧告適用専門家委員会報告)。
 
従って、国公法108条の5第2項及び地公法第55条第2項を撤廃すると同時に、締結された労働協約の法的効力につき、特定独立行政法人等の国家公務員、地方公営企業等の地方公務員の制度等を参考にしながら、勤務条件法定主義、財政民主主義との調整規定を設けるべきである。

 

3 管理運営事項を交渉対象から除外する国公法第108条の5第3項並びに地公法第55条第3項及び交渉当事者、交渉手続に過剰な規制を設けている国公法第108条の5第3項乃至第7項並びに地公法第55条第3項乃至第7項を撤廃し、団体交渉は労使対等決定の原則で行うことを保障すること

  (1) 国公法第108条の5第3項及び地公法第55条第3項は、職員団体と当局との交渉について、事務の管理および運営に関する事項は、交渉の対象とすることができないと規定する。しかし、この「管理運営事項」の概念は極めて曖昧であり、当局はこれを恣意的に拡大解釈して団交拒否の口実として利用している。
 
従って、管理運営事項を団交対象から除外する国公法第108条の5第3項及び地公法第55条第3項は撤廃すべきである。
 
ILOも、この問題に関し、65年のドライヤー報告において、管理運営と勤務条件の双方に影響を及ぼす多くの問題があることを認めなければならないと指摘し、94年条約勧告適用専門家委員会報告においても、雇用条件に関するものなど一定の問題を団体交渉から除外することは98号条約の諸原則に反すると指摘して(265項)、管理運営事項にかかるものであっても、雇用条件・勤務条件に関する事項は交渉事項に含めるべきとしている。
  (2) 国公法第108条の5第4項ないし同第7項及び地公法第55条第4項ないし同第7項は、交渉の当事者・担当者を限定し、交渉手続についても予備交渉を制度化する等の制約を課している。しかし、団体交渉権の保障は労使対等決定の原則を要請し、交渉ルール等の設定についても、本来、労使自治に委ねるべきものである。
 
このような制約規定について、ILOは、65年のドライヤー報告において、「交渉の過程に必要な規律及び秩序の要素を導入することを意図したものであるかもしれないことは認めるが、この目的のためのこれらの規定の価値について重大な疑問を持つ」「自主的交渉の本質をなす弾力性を損ない又は破壊するおそれがある」と指摘していたところである。
 
従って、労使自治に対する過剰な介入となる右の各規定はすべて撤廃すべきである。

 

第4 原則として全ての公務員労働者に争議権を保障し、現行の制約法規を撤廃し、争議行為調整制度を導入すること

1 原則として全ての公務員労働者に争議権を明文で保障し、国公法第98条第1項、同第2項、同第3項、国営企業及び特定独立行政法人の労働関係に関する法律第17条及び地公法第37条を全面的に見直し、新たな法制をつくること

 
憲法第13条が保障する労働条件決定過程への労働者の参加(自律的決定)の権利、憲法第28条が保障する団体交渉権と協約締結権を基礎とする労使自治の原則は、争議権の保障があって初めて実現するものである。したがって、争議権は労働者及び労働者団体の基本的権利である。憲法は、財政民主主義の立場から、公務員については、団結権、団体交渉権及び争議権の制限・禁止に代わる代償措置の保障を定めるに過ぎないものと解すべきではなく、公務員の団体交渉権・争議権と財政民主主義との調整を図ることを要請しているのである。
 
ILO第87号条約第3条は、争議権を保障し、同第12条は「この条約の適用を受ける国際労働機関の各加盟国は、労働者及び使用者が団結権を自由に行使することができることを確保するために、必要にしてかつ適当な全ての措置をとることを約束」するものとしており、また、第98号条約第4条は「労働協約により雇用条件を規制する目的をもって行う使用者又は使用者団体と労働者団体との間の自主的交渉のための手続の充分な発達及び利用を奨励し、且つ、促進するため、必要がある場合には、国内事情に適する措置を執らなければならない」としている。ILOは、2002年11月20日及び2003年6月20日、現行国家公務員法による公務員に対する全面的・一律の争議行為の制限・禁止はIL087号条約、98号条約に違反しているとして、公務員制度改革において、違反している法制度を改めるよう明確に勧告したのである。
 
以上に鑑みれば、政府は、公務員に対して、争議権を禁止する国公法第98条第1項、同第2項、同第3項、特定独立行政法人等の労働関係に関する法律第17条及び地公法第37条を全面的に見直し、後記のような新たな法制を整備しなければならない。

 

2 例外的に争議権を制限すべきか否かは公務の内容、性質を基準に判断すべきであり、制限については、必要最小限度のものに留めること

 
もとより争議権といえども絶対ではなく、他の法的保護に値する利益と対立する場合には、その制限が必要な場合もある。しかし、憲法は全ての公務員労働者に争議権を保障しているのであり、ILO条約勧告適用専門家委員会1983年度報告214項、条約勧告適用専門家委員会1994年一般調査159項も示すように、争議権の制限は国民全体もしくはその一部の生命、個人的安全ないし健康に対して危険をもたらす場合に限定されるべきである。そして、その制限はこれらの危険を回避するために必要にして最小限度のものでなければならない。
 
以上に鑑みれば、争議権の制限は以下の基準に従って行うべきである。
  ① その停止が国民全体もしくはその一部の生命、個人的安全ないし健康に対して直接かつ具体的な危険を及ぼすことが客観的に明らかな公務
 
かかる公務については、争議行為の禁止はやむを得ないが、代償措置(後記4)が保障されねばならない。これに該当する公務としては、自衛隊、監獄、消防、警察の各職員が考えられる。
  ② その停止が国民全体もしくはその一部の生命、個人的安全ないし健康に対して一時的に支障を来すことが明らかな公務
 
かかる公務については、一律に争議行為を禁止すべきではなく、争議行為の予告制度(後記5①)を適用すべきである。これに該当する公務としては、保安要員としての職務を行う者、病院の職員が考えられる。
  ③ その停止が国民全体もしくはその一部の生命、個人的安全ないし健康に対して一時的に支障を来すおそれがある公務
 
かかる公務については争議行為を禁止すべきではなく、その停止が長期間続いた結果、現に国民全体もしくはその一部の生命、個人的安全ないし健康に対して重大な支障を来した場合に緊急調整制度(後記5②)を適用すべきである。

 

3 争議行為を刑事罰から解放すること

 
前記1に述べた争議権保障の意義に照らせば、争議行為については、一切の刑事罰から解放されるべきである。それゆえ、争議行為に対する刑事罰を定めた国公法第110条第17号及び地公法第61条4号を撤廃すべきである。

 

4 代償措置を保障すること

 
前記2により争議権が制限される場合は、労働者は社会経済的・職業的利益を擁護する基本的手段を奪われることになる。したがって、憲法13条、28条の趣旨からは、これらの労働者に対して代償的な保障が与えられなければならない。
 
この代償措置については、労働条件決定過程への労働者の参加(自律的決定)の権利の保障を図り、争議権の制限による不利益を可能な限り少なくするために、以下の条件を満たす新しい国家機関によるあっせん、調停あるいは仲裁の制度を保障すべきである。
  ① 当事者があらゆる段階で参加することができること。
  ② 裁定が出された場合には迅速且つ完全に実施されること。

 

5 国民生活の安全確保等の見地から、必要ある公務については、争議行為の調整制度を設けること

 
公務員の所掌する公務の中には、その停滞が国民、住民の生命、安全、衛生その他の日常生活に回復できない損害を与える性格を持つものもある。その意味で、労働関係調整法の定める公益企業(運輸事業、郵便、電信または電話の事業、水道、電気またはガス供給の事業、医療または公衆衛生の事業など業務の停廃が国民経済を著しく阻害し、または公衆の日常生活を著しく危うくする事業)と類似の性格を有する公務については、同法の定める調整制度と同様の制度を設けることが適切である。
 
同法は、公益企業の活動の公益的性格とそこに働く労働者の労働条件の向上の実現を調整する観点から、
  ① 争議行為の予告(同法第37条)
 
関係当事者は、争議行為の10日前までに、労働委員会及び厚生労働大臣または都道府県知事にその旨を通知しなければならない。
  ② 緊急調整制度(同法第35条の2)
 
争議行為により当該業務が停止されるときは国民経済の運行を著しく阻害し、または国民の日常生活を著しく危うくするおそれがあると認める事件について、そのおそれが現実に存在するときに限り、内閣総理大臣は緊急調整の決定をすることができる。
 
緊急調整の決定が行われた場合には、当事者は公表の日から50日間は争議行為をすることができず、中労委としては当該争議を解決するため最大限の努力を尽くすことになる。
  ③ 安全保持施設に関する規定(同法第36条)
 
工場事業場における安全保持施設の正常な維持または運行を停廃し、またはこれを妨げる行為は争議行為としてもこれをなすことはできない。
などの規定を設けている。この各制度の理念・運用状況に照らして、これと同様の制度を公務員にも設けるべきである。

 

第5 臨時的任用公務員(非常勤公務員等)について、その身分の安定と待遇改善を図ること
 
行政サービスの領域拡大に伴い増大した公務量に対応するため、現在、国・地方のいずれにおいても非常に多くの臨時的任用公務員が公務に従事している。ところが、現行公務員法は、期限の定めのない終身的任用を本則とし、臨時的任用は雇用期間6ヶ月以内、更新1回と限定しているため(国家公務員法60条、地方公務員法22条)、有期で任用された公務員の大半は、臨時的任用を脱法的に繰り返している。しかも、賃金等の労働条件も正規職員と比べると極めて低い水準にあるのが実情である。
 
こうした臨時的任用による有期公務員が公務職場における恒常的公務の重要な担い手となっている現実を踏まえ、その身分の安定と待遇の改善を行う必要がある。
 
に就労している臨時的任用公務員の継続雇用への期待を保護しながら法と実態との乖離を解消する最も簡明な方策としては、特別職および一般職以外の職員を任用することを禁じている国公法2条6項を改正して臨時的任用については任用制度を廃し、民間労働者と同様、雇用契約による労働契約関係を設定することが考えられる。また、任用制度を維持する場合には、恒常的公務に従事する公務員の任用期間は期限の定めのないものとし、期限付任用は臨時的・一時的公務に限定し、合理的理由を欠いた雇止めを制限する規定を新たに設けるべきである。

以 上