(意見書)「公益通報者保護法案(仮称)の骨子(案)」に対する意見

2004/2/2

「公益通報者保護法案(仮称)の骨子(案)」に対する意見

2004年1月21日

東京都千代田区神田駿河台3-2-11
総評会館内
日本労働弁護団  
幹事長 鴨田 哲郎

内閣府国民生活局消費者調整課  御中

 本法案骨子案(以下、「骨子」という)は、その作成経緯、審議の場で明らかなように「公益通報」(以下、告発という)を受けとる者(事業主や消費者等)の視点から作成されており、告発主体の視点からの検討が不十分である。当弁護団は、労働者・労働組合の権利擁護の立場で活動する法律実務家団体として以下、意見を述べる。

第1 総論
 1 告発者保護制度の目的
 今日、消費者の保護やコンプライアンスが強く意識されるようになり、本法案作成にみられるように、組織活動の不正を世間に知らしめる行動が、組織に対する裏切ではなく、告発者が不利益を甘受すべきものではないことが啓蒙・実践されるつつあることは歓迎すべきことである。新たな法制度を構想する以上、この流れを阻害しないことがまず、第一に十分に認識されねばならない。しかし、「骨子」は、この流れに棹を差すどころかブレーキをかける危険が高い。
その第一が、保護対象が犯罪行為等に限定されていることである。告発及び告発者を保護する制度は、犯罪を未前に防止するための制度ではない。企業活動や行政の行為の不正・違法を実効的に糺すための制度でなければならない。官民問わず、あらゆる組織のあらゆる行動(作為及び不作為)が対象とされるべきである。

 2 内部通報を誘導するのであれば、事業者に適切な義務を課すべきである
 「骨子」は、内部通報と外部通報(行政機関への通報を含む)を分け、保護要件を違えているが、本来、当該組織の活動に係わる者が当該組織内において意見を表明することは自由であるはずであり、当該労働者等の処分等が問題となるのは意見表明が組織の秩序を明らかに乱した場合だけである。しかるに、内部通報についてまで保護法制を定めざるをえないのは、それほど日本の組織内の風通しが悪く、意見表明者は組織に弓を引く者、裏切者として指弾される組織風土があるからに他ならない。「骨子」は、基本的枠組みとして、内部通報を第一義のものとし、内部通報を誘導する政策を採用しているが、事業主が内部通報に対し適切に対処すべき具体的な措置や義務について全く言及していない。これでは、後述の、外部通報についての過重な保護要件と相まって、告発を抑圧する効果を危惧せざるをえない。

3 外部通報の保護要件は過重である
 他方、「骨子」は、外部通報の保護要件を厳格に定めている。大多数の日本の労働者は、自己が所属する組織に極めて忠実である。外部に告発を行う者は、組織に対する組織人としての義務や責任と、いわば市民としての責任あるいは個人の人格としての正義感(さらには、組織から科されるであろう不利益への不安)との葛藤の末、告発に踏み切るのが通常であり、あえて不必要な外部告発をなすことは感情のもつれがある場合など特殊なケースに限られる。不正行為が組織ぐるみで行われているケースが多いが、かかる場合は、なおさらである。
 これまでの裁判例は、告発の内容、その真実性、告発内容の社会性、告発方法の相当性、告発の目的、是正されることによる組織の利益など諸般の事情を総合考慮し、個々のケース毎に組織のなした不利益取扱いの労働契約上の適法性を判断しており、世の流れに従い、労働者保護を強める方向にある。
 かかる状況において、外部告発についての保護要件を画一的に定めることは保護の対象者を狭めるとともに、形成されつつある判例法理を崩してしまう危険がある。
 さらに付言すれば、外部通報保護に課される厳重な要件は、告発される事業者の立場を過剰に保護するものであるが、その背景として労働者が労働契約上使用者に対する誠実義務を負うことが意識されていると思料される。しかし、通常、マスコミで報道されるような不正行為に関しては、そもそも労働契約上の誠実義務が作用する場面なのかという重大な問題がある。「企業市民」とも言われるように、組織活動は市民の生活を利するために、社会的ルールに則っていることを前提として認められるものであって、自らこの前提たるルールを破る者に保護を主張する資格はないと考えるべきであろう。

4 訴訟活動上の保護が十分に図られるべきである
 告発を契機として不利益な措置が採られた場合、法的な解決は裁判所に委ねられる。訴訟の場面において告発者が十分な訴訟活動をなしうる条件の整備もなされなければ、画龍点睛を欠く。
 まず、第1に、保護要件の充足については、これを欠くことの主張立証責任を使用者に負わせなければならない。
 第2に、不利益取扱の理由の主張立証責任を使用者に負わせなければならない。
 第3に、資料の入手に関する十全の保護が告発者に与えられなければならない。
 「骨子」は、主張立証責任について検討した様子がなく、また、上記第2、第3については全く意識されていない。

5 新制度の波及効果も見極めるべきである
 新たな法制度が作られた場合、一般国民に対しては、その制度の対象とならない事象については、全く保護されないとの誤ったアナウンス効果を呼ぶ。
 また、裁判所に対しても、法定の保護要件を欠くと認定されるケースについての保護を与えない、あるいは、労働契約上の適法性判断を避けるという影響も与えかねない。
 かかる問題点もふまえた法制度が作られねばならない。

第2 各論
 以下、「骨子」に沿って、意見を述べる。

1 保護を受ける者(「公益通報者」の範囲)
 
「骨子」は、保護を受ける者を「労働者」とするのみで、派遣労働者が派遣先に告発する場合と取引事業者に雇用される労働者が取引先に告発する場合を含むとするのみである。
 しかし、当該事業者の役員も保護の対象としなければならない。
 本制度が組織による不正行為の是正を目的とすべきである以上、労働者と役員を区別すべき合理的理由はなく、むしろ役員の方がより正確な情報を提供しうることは明らかである。また、日本企業の場合、いわゆる兼務役員として労働者性を有する役員が多数存在するが、役員を保護対象から除外した場合、事実上これらの者が保護を受けえないこととなる。なお、役員を除外する理由が委任契約上の忠実義務(商法254条の3)にあるとすれば、同条は合わせて「法令遵守義務」も定めており、労働者にも労働契約上誠実義務があると解されていることからして、理由とならないことは明らかである。
役員にも保護の必要性があることは、委任契約の解除(役員解任)、報酬の減額等の危険があることから明らかである。

2 保護される告発の内容(「公益通報」の対象となる事象)
  
「骨子」は、「犯罪行為等の事実」に限定する。

(1) しかし、これでは余りに狭きに失し、制度の意義を大幅に減殺させるだけでなく、「犯罪行為等」でなければ全く保護を受けえないとの誤ったアナウンス効果まで生む。「骨子」が参考とした英国公益開示法は、犯罪のほか、法的義務の違反、人の健康又は安全への危険、環境破壊、上記事項の故意による隠匿も対象としており、他の外国法令も同様である。対象を限定する合理的理由はなく、広く反社会的行為全般を保護の対象とすべきである。
 裁判例においても、違法行為に限らず「密かに行われた社会的に不相当な行為」も正当な内部告発行為として保護されると説いた首都高速道路公団事件(東京地判H9.5.22労判718号)、理事の不正行為の告発を正当としたいずみ生協事件(大阪地裁堺支部H15.6.18 労判855)、労働者の使用者に対する批判行為としての告発行為を正当とした三和銀行事件(大阪地判H12.4.17労判790号)など広く反社会的行為の告発を正当としている。
  「骨子」によれば、規制はあってもその違反に対する罰則の定めなき場合はもとより、規制自体が存しない場合、本制度では全く保護されない。変化や発展の激しい今日において、「国民の生命、身体、財産その他の利益の保護」を図るためには未だ法規制がなされていない新分野こそ、内部からの正確な情報が発信されねばならない。その情報を知り得るのは当該事業所における労働者等しかおらず、同人らによる通報に対する保護は不可欠である。なお、かかる通報は、法制度・規制の新設、見直しの契機となり、公益に資するというメリットを有する。

(2) また、犯罪の構成要件の該当性や違法性阻却事由の存否の理解は、一般の労働者等にとっては至難のことであり、保護対象を犯罪行為等に限定することは、この面でも告発者を萎縮させる。

3 「解雇の無効」について
  (1) 解雇等を禁止すべきである

 「骨子」は、解雇を無効とするが、解雇を禁止すべきである(労基法19条1項、均等法8条3項、育介法10条等参照)。正当な内部告発を保護、助長するために、より強い法政策を明示すべきであると考える。
 また、解雇と同様に、有期雇用労働者に対する、内部告発を理由とする雇止めも禁止しなければならない。

  (2)
外部通報者の解雇禁止の要件

 「骨子」は、外部通報の保護要件を3つ定める。
 しかし、合理性または相当性を欠く解雇は無効であり(労基法18条の2)、合理性や相当性は諸般の事情を総合考慮して法的評価としてなされるものであって、画一的な要件を設定することにはなじまず、「合理的な外部通報」との定めにとどめるべきである。
 なお、「骨子」が設定する要件について付言する。

① 「犯罪行為等の事実が生じ、又は生じるおそれがあると信ずるに足りる相当の理由」があること

 当該告発者が置かれている状況を基準にして相当性が判断されるべきで、告発者の状況を離れて客観的・全般的事実を基準に相当性が判断されてはならず、かつ、告発の根幹部分が真実であると信ずるに足りる相当の理由があれば足りるものとすべきである。

② イ~ホのいずれかに該当すること

 イ~ニについては、組織の内部において十全に機能する告発制度が整備されていることを、禁止規定の効力発生阻害事由として定めるべきである。

③ 「犯罪の発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者に対する公益通報」であること

 組織外への告発が相当であると合理的に思料したことで足りるものとすべきである。

4 不利益取扱いの禁止について
 「骨子」は、「降格、減給その他の不利益な取扱いをしてはならない」とするが、「法律上、事実上の一切の不利益な取扱いをしてはならない」とすべきである。
告発者に対しては、いじめや差別など、法的に争うことが困難な事実上の措置が様々になされるのであり、これら一切を禁止の対象として明示すべきである。また、退職者については、退職金、退職年金の不支給、減給、返還請求や再就職の妨害などが通常想定されるので、適切な例示を置くべきである。

5 民事刑事の免責規定
 「骨子」は何らの規定も置いていないが、告発者に対しては、告発自体を理由とする民事上(損害賠償請求)、刑事上(名誉毀損等)の責任追及がなされるだけでなく、情報の根拠となる資料の入手・持出しを理由としても民事上(損害賠償請求や懲戒)、刑事上(窃盗等)の責任追及もなされる可能性を視野に入れなければならない。
   これらについて免責規定を置かなければ、保護の実効は図れず、絵に画いた餅に帰す危険性が高い。

6 立証責任
 
「骨子」はこの点について触れておらず、その書きぶりからは全ての要件該当性の立証責任を労働者に課すように受取られかねない。
 禁止規定にも拘らず、解雇その他の不利益取扱がなされた場合、法的解決の場は裁判である。従って、裁判の場において、保護対象者にふさわしい、十全の活動が、使用者等との現実の関係の中で、保障されねばならない。使用者等と労働者の関係は、使用者の圧倒的優位にあり、使用者等は証拠の全てを確保(または廃棄)しており、他方、労働者が不利益取扱を受けた後に証拠となるべき資料・情報にアクセスすることはほとんど不可能である。
そこで、まず第1に、労働者が指摘をする不利益取扱いの理由について使用者等に主張立証責任が課されなければならない。通報が存し、使用者等がこれを認識した後に告発者に不利益な取扱がなされた場合、通報を理由とする不利益取扱であると合理的に推認されるべきであって、使用者がこれを争う場合はその理由についての主張立証を尽くすべきである。
 第2に、保護要件の欠如の主張立証責任を使用者に課さねばならない。
具体的には、当該労働者において通常の業務遂行過程で告発内容を否定する資料・情報に接しえたこと、内部通報制度が整備・告知され、十全の機能を発揮していたこと、不正行為防止のために、他にもっとふさわしい機関が存在していたことを通常認識しえたことなどである。

7 措置義務及び違反に対する刑事罰
 「骨子」は、結果についての通知の努力義務を定めるのみであり、制度の実効性には何ら寄与しない。
 本制度が、内部通報を誘導しようとの法政策を採るのであれば、内部通報を受領、調査、是正措置を担当する機関の設置を義務付けるとともに、同機関の適切な運用を図りうる諸規定を定めるべきである。

8 一般法理との関係
 「骨子」には一般法理との関係の定めがない。国民生活審議会消費者政策部会「21世紀型の消費者政策の在り方について」(03年5月)には、「なお、本制度の対象とはならない通報については、一般法理に基づき、個々の事案ごとに、通報の公益性等に応じて通報者の保護が図るべきであり、制度の導入により反対解釈がなされることがあってはならない。」との指摘がなされていたところであり、保護される告発の内容限定するのであれば、「本法による公益通報者保護は最低限のものであるから、本法の対象とならない公益の擁護にかかる通報についても労働法法理及び一般法理に基づき保護が図られるものとし、労働基準法第18条の2その他の通報者保護に関する法令(判例を含む)の適用は排除されない。本制度により保護される公益通報をなしたことを理由とする解雇は労働基準法18条の2における「客観的に合理的な理由」を欠くものとみなす。」との条項を加えるべきである。

以 上