(申入書)労働政策審議会労働条件分科会の公益代表委員に関する申入書

2003/9/26

労働政策審議会労働条件分科会の公益代表委員に関する申入書

2003年9月26日

厚生労働大臣 坂口 力 殿

                          日本労働弁護団   
                          会 長  宮里 邦雄

1 労働政策審議会労働条件分科会の公益代表委員に、労働訴訟事件を労働者代理人として担当して労働法や労使関係に関する豊富な実務経験を有する法律実務家の弁護士を指名されるよう申し入れます。

2 労働政策審議会は、厚生労働大臣の諮問に応じて労働政策に関する重要事項を調査審議する等を行うこととされ(厚生労働省設置法9条)、審議会に置かれる分科会のうち労働条件分科会は、労働契約、賃金の支払、労働時間等の労働条件に関する重要事項を調査審議する等を行うこととされています(労働政策審議会令6条1項)。そして、分科会の委員は厚生労働大臣が指名し、公益代表委員、労働者代表委員、使用者代表委員から構成され、労働者代表委員と使用者代表委員は各同数とするとされています(労働政策審議会令6条2項以下)。また、「審議会は、その定めるところにより、分科会の議決をもって審議会の議決とすることができる。」とされています(労働政策審議会令6条9項)。

3 労働条件分科会は、昨年12月に、労働契約の期間や労働契約終了の手続・要件の在り方、裁量労働制の在り方など、「今後の労働条件制度の在り方」について厚生労働大臣への建議をまとめ、その後、本年2月には、上記に関する労働基準法一部改正の法案要綱の諮問について答申をまとめるなど、労働者を保護する労働基準法等の立法作業に重要な役割をもっています。
  労働条件分科会がこのような役割を十分に果たすためには、公益代表委員には労働法や労使関係に関する豊富な知識と経験を有する法律専門家が指名される必要があります。とくに、労働基準法等の立法は、労使間の紛争の訴訟での判断基準となる機能があり紛争解決に大きな影響を与えるために、公益代表委員には、労働者から相談や訴訟提起を依頼されて労働訴訟事件を担当する法律実務専門家である弁護士も指名される必要があります。
しかし、現在の労働条件分科会には、労働者側の代理人として労働訴訟事件を担当する弁護士が指名されておらず、そのために、法律実務の観点からの的確な意見が審議に反映される状況にはないと言わざるをえません。

4 昨年12月の労働政策審議会の建議では、無効な解雇を行った使用者が金銭補償により雇用契約を終了させることを可能にすることが盛り込まれましたが、本年2月18日の法案要綱答申の直前に削除されました。また、建議や法案要綱では、解雇無効に関する部分の前段に、「使用者は…解雇することができる」がありましたが、その前段を削除する法案修正が国会で行われました。
 無効な解雇を行った使用者が雇用契約を終了させることができるというのは、法的背理であり、労働者の権利や訴訟手続きなどの点でも検討しなければならない重大な問題が数多くありました。しかし、労働条件分科会では、雇用契約が終了するのはいつか(解雇時か、弁論終結時か、判決言渡時か、判決確定時か)、また、雇用契約終了決定は解雇訴訟の判決でするのか、解雇無効判決の確定後に別途の訴訟手続で行うのか、などの法律上の基本的問題すら議論されませんでした。これでは、法務省や最高裁から批判が出るのも当然です。また、それによって紛争解決が長引き、適正・迅速な労働訴訟の実現に逆行する問題についても議論されませんでした。
 また、「使用者は…解雇することができる」という部分も、労働者保護法である労働基準法の基本的性格と矛盾し、訴訟実務上問題となる証明責任の点からも重大な問題がありましたが、その基本的問題について審議会で法的検討が的確にされたとは思えません。労働者代表委員は、証明責任について厚生労働省当局が審議会で行った説明と、議員からの質問書に対する政府の回答との食い違いを問題にしています。
 労働条件分科会において、法律実務の観点から的確に問題点が指摘され十分な審議が行われていれば、法案要綱の答申直前になって削除されるような内容を含む建議を出すような事態はなかったと考えられます。法務省の法制審議会の部会等では、法律専門家としては学者と法律実務家が委員となり審議を行っています。労働条件分科会でも、法律実務家として的確な意見を述べる弁護士を委員に指名しなければ、労働立法について十分な審議ができず、審議会として十分な役割が果たせません。

5 今回の労働基準法見直しについて検討を始めた労働条件分科会の公益代表委員の中に、使用者側代理人として多くの労働事件を担当してきた弁護士が1名指名されていました。このため、日本労働弁護団は、2001年11月、労働訴訟の実務経験の豊富な弁護士が公益代表委員となることを評価しつつ、使用者側代理人の弁護士だけを指名するのは審議の公平性の観点から重大な問題があるとの申入れを行いましたが、労働者側代理人の弁護士が指名されることはありませんでした。
 そのような中での今回の労働基準法見直しについての上記のような審議や建議の内容とその後の経緯を見ると、審議の公平性の観点のみならず、労働立法について法律実務の観点から的確な意見が出されて十分な審議が行われるためには、労働訴訟を利用する労働者側の代理人として多くの労働訴訟を担当している法律実務家の弁護士が公益代表委員に指名される必要性があります。
 以上により、労働者側代理人として労働訴訟事件を担当して労働法や労使関係に関する豊富な実務経験を有する法律実務家の弁護士を労働条件分科会の公益代表委員に指名されるよう申し入れる次第です。

以 上