(意見書)「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」に関する意見

2003/9/19

「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」に関する意見

2003年9月10日
日本労働弁護団
会長 宮里邦雄

司法制度改革推進本部 労働検討会  御中

 日本労働弁護団は、労働検討会の「労働関係事件への総合的な対応強化についての中間取りまとめ」について、次のとおり意見を述べる。

1 労働参審制について
  
司法制度改革審議会意見書において、導入の当否が検討されるべきとされていた「労働参審制」について、日本労働弁護団は、労働訴訟制度について、職業裁判官と雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者とが審理する労働参審制を導入すべきであると提言してきた。
  しかし、「中間取りまとめ」は、労働参審制の導入の当否は「将来の重要な問題」としてしまっており、労働訴訟制度としての労働参審制の導入を提起せず将来の問題としたことは遺憾である。

2 「労働審判制度」の導入について
(1) 「中間取りまとめ」は、専門的な知識経験を有する者の関与する新たな紛争解決制度(「労働審判制度」)を導入するとしているが、その内容は、要旨次のとおりである。

 個別労働関係事件について、調停制度を基礎としつつ、裁判官と雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者(労働者又は使用者の利益を代表するのではなく、中立かつ公正な立場で職務を行う)とが、合議により事件を審理し、調停を試み、調停による解決が困難な事件について権利義務関係を踏まえつつ事件の内容に即した解決案を決する「労働審判制度」を導入する。
 この「労働審判制度」は、地方裁判所における非訟手続として導入し、3回程度の期日で事件の処理が図られるような手続きをイメージし、当事者は労働訴訟制度と「労働審判制度」のいずれを申立てるかを選択できるものとする。
 「労働審判制度」の手続の内容、解決案の効力、当事者の意向への考慮、労働訴訟手続との関連など制度の詳細についてはなお検討する。

(2) 不当解雇や賃金・残業代不払いなどに対して多くの労働者が泣き寝入りをしているのが現状である。労働裁判が労働者にとって利用しにくい中で、簡易な手続による迅速な救済を求める労働者は多数存在する。
  申立を行う当事者の選択によって利用できる非訟手続として、職業裁判官と雇用・労使関係に関する専門的な知識経験を有する者とが合議により迅速に事件を審理するという「労働審判制度」は、その具体的な手続き等の内容次第では、簡易な手続による迅速な救済を求める労働者のニーズに応えるものとなり得る。そのような労働者のニーズに応えて個別労働関係事件を迅速に解決する実効性のある制度とするのであれば、「労働審判制度」には重要な意義があると考える。

(3) 「労働審判制度」を、簡易な手続で迅速な救済を求める労働者のニーズに応え、個別労働関係事件を迅速に解決する実効性のある制度とするためには、特に次のような点が必要である。

① 労働者が「労働審判制度」を簡易に利用できるようにするために、申立について、容易に記載できる定型申立用紙を裁判所に備え付けるとともに、申立費用(印紙代)を定額かつ低額にすべきである(ちなみに家事調停・審判の申立印紙代は甲類審判600円、乙類審判900円、調停900円)。
② 申立を行う労働者は、その労働者が加入する労働組合の役員・職員を代理人に委任することができることも考えられるべきである。
③ 「労働審判制度」は、相手方の同意がなければ手続を開始できないとか、相手方が出頭しない場合には手続を進行できないなど、相手方の対応によって手続の開始やその進行が妨げられるような障害条件を定めてはならない。また、労働審判制度には出頭義務及び正当事由のない不出頭に対する制裁(民調法34条、家事審判法27条)が課されなければならない。
④ 「労働審判制度」においては、調停による解決が困難な事件について審判の決定を行うものとし、一定の期間内に当事者からの異議申立がない場合はその決定は確定判決と同一の効力を有するものとしなければならない。審判の決定ではなく単なる調停案を提示するということでは、個別労働関係事件を迅速に解決する実効性のある制度とはならず、「労働審判制度」の名に値せず、役に立つ制度とはならない。
⑤ 審判の決定は、権利義務関係の存否及び結論とその理由を明記した書面で出されなければならない。書面に的確・簡潔な理由を明記することが、その決定内容の適正さを裏付け、当事者双方への説得力を有することになる。
⑥ 審判の決定は、権利義務関係の存否の判断を前提とし、救済を求める当事者の申立と意向を踏まえた内容でなければならない。例えば、解雇された労働者が救済を求めて「労働審判制度」を申立てた事案で、解雇が無効と判断される場合において、復職を求めていない労働者に対して退職を前提とした金銭補償を決定内容とすることは許されるが、復職を求めている労働者に対して復職を否定して金銭補償を決定内容とすることは許されない。
⑦ 「労働審判制度」は非訟手続によるとされているのであるから、審判の決定に異議のある当事者は、訴訟手続による裁判を受ける権利が保障されなければならないが、審判の決定に対する当事者の異議により訴訟手続が行われる場合には、裁判所は「労働審判制度」の審理記録を引き継いで訴訟手続の審理を行うべきである。「労働審判制度」の申立を行った者は迅速な解決を求めてその制度を利用したのであるから、最初から訴訟手続を利用した場合に比べて、訴訟の審理が長引いて紛争解決が遅れることのないようにすることが必要であるからである。また、むし返しや新たな主張を規制・制限する手段が講じられるべきである。
  なお、審判の決定に対する異議申立の方法と訴訟手続との関係については、いくつかの考え方がありうる。①異議申立は相手方を被告とする訴訟を提起することによって行うものとする、②当事者のいずれか一方から異議申立書が提出された場合には「労働審判制度」の申立を行った者が相手方を被告とする訴訟を提起することができる、③当事者のいずれか一方から異議申立書が提出された場合には「労働審判制度」の申立を行った者を原告とする訴訟手続に移行するものとする、などである。異議申立方法や訴訟手続との関係に関して当事者双方にとって最も簡易・迅速な手続は③であると考えられるが、今後、様々な観点から検討するにあたって、「労働審判制度」の申立人の負担をできるだけ軽減することが考慮されなければならない。
⑧ 「労働審判制度」は、3回程度の期日で事件の処理が図られるような手続きがイメージされているように、簡易・迅速な審理が適切であり可能である個別労働事件を想定するものであるが、迅速審理を実現するためには、裁判所が当事者に対して積極的に釈明や証拠提出指揮等を行って集中審理を行い、審理終了後直ちに決定を行うことが必要である。
なお、「労働審判制度」の申立がされたが、簡易・迅速な手続による決定を出すことが適切・可能でないことが裁判所にとって明らかな事案についての処理について、手続を明確化する必要がある。
⑨ 「労働審判制度」は、訴訟手続の利用を制限するものであってはならない。したがって、「労働審判制度」の申立を訴訟提起の前提条件にしてはならない。また、「労働審判制度」の申立後、当事者が訴訟を提起した場合の処理について手続を明確化する必要がある。
⑩ 「労働審判制度」は、非訟手続として簡易・迅速な解決を図るために審理されるものであるが、本来訴訟手続において審理される個別労働関係事件について審理するものであるから、審理は原則として公開されるべきものである。少なくとも、弁論準備手続の傍聴(民事訴訟法169条2項)のように、当事者のいずれか一方が申し出た者については傍聴が認められるべきである。

3 労働関係事件の訴訟手続のさらなる適正・迅速化について
 「中間取りまとめ」は、労働関係事件についてより適正かつ迅速な裁判の実現を図るため、実務に携わる裁判官、弁護士等の関係者が実務の運用に関する事項について協議を行うこと等により、訴訟実務における運用の改善に努めるものとすることはどうか、としている。
 日本労働弁護団は、適正かつ迅速な労働裁判の実現のためには労働事件固有の訴訟手続の整備が必要であると提言し、解雇事件の優先処理原則、裁判所の釈明、文書の提出などの内容を含む「労働訴訟手続の特則の試案」(2003年2月)も発表してきた。しかし、「中間取りまとめ」が、実務関係者の協議による訴訟実務における運用の改善に努めることだけを述べていることは、不十分極まりないものである。実質的に対等な関係にはない当事者間の訴訟であり証拠も偏在している労働訴訟においては、労働事件固有の訴訟手続が民事訴訟法の特則として定められるべきである。
 適正かつ迅速な労働裁判の実現のためには、労働訴訟手続に関わる全ての当事者、代理人、裁判官にとって透明なルールが明示される必要がある。実務関係者が運用改善のための協議を行うということだけでは、司法の「制度改革」としての意味がない。「中間取りまとめ」は、実務関係者が運用改善のために協議を行うことを提起しているのであるが、そうであるならば、その協議において示された改善すべき内容等を労働訴訟における審理の特則として法制化することを提起すべきである。

4 労働委員会の救済命令に対する司法審査の在り方について
 「中間取りまとめ」は、労働委員会における不当労働行為事件の審査の際に提出を命じられたにもかかわらず提出されなかった証拠が、救済命令の取消訴訟において提出されることに関して制限を課することについて、引き続き検討することはどうか、としている。
 日本労働弁護団は、労働委員会命令の取消訴訟のあり方に関する意見(2003年2月)において、労働委員会命令尊重の原則、不当労働行為の判断・評価の準則、実質証拠法則、審理の迅速化、緊急命令の早期発令、確定判決の間接強制制度と補償金支払命令などを法制化すべきことを提起した。
 取消訴訟における特定の証拠の提出制限は、労働委員会の審理の充実と迅速化に寄与するものであり実施されるべきであるが、「中間取りまとめ」がこれについて「提出を命じられた証拠」に限定したうえで、「引き続き検討する」というにとどまり、さらに、いわゆる審級省略や実質的証拠法則の導入の当否は「さらに検討されるべき重要な課題」と述べるにとどまっていることは極めて遺憾である。少なくとも、中労委命令の司法審査についての審級省略は速やかに実施されるべきである。

以 上