(意見書)「総合的なADRの制度基盤の整備について」の意見

2003/9/10

「総合的なADRの制度基盤の整備について」の意見

2003年9月1日
日本労働弁護団
幹事長 鴨田哲郎

司法制度改革推進本部事務局
ADR検討会 御 中

  当弁護団は、労働者・労働組合の権利を擁護することを目的とする弁護士の職能団体であり、現在約1450人の会員を擁している。
  貴検討会「総合的なADRの制度基盤の整備について」第五.7「専門家の活用」に関し、労働事件において当面検討対象とされることが予想される社会保険労務士の業務について、以下の通り意見を述べる。

1 意見の主旨
(1) 社会保険労務士をADR主宰業務を行いうる専門家と認めることはできない。
(2) 社会保険労務士をADRに関する代理業務及び相談業務を行いうる専門家と認めるには十分な基盤整備が必要不可欠であり、慎重に対処すべきである。

2 理由
(1) 社労士の現状
  社労士制度はその目的(社労士法1条)やその業務内容(同法2条)から明らかな通り、労働社会保険に関する業務を円滑に行うべく設けられたものであり、社労士の主要かつ大半の業務は労働社会保険に関する業務であり、開業社労士は事業主の依頼によりこれらの業務を遂行している。
  従って、資格試験の科目も労働社会保険関係の法令が対象であり、唯一「労働基準法及び労働安全衛生法」が含まれるものの、法文の知識が問われるにすぎない内容であって、労働法の解釈や労働判例についての試験は皆無に等しい。例えば、解雇について労働事件処理実務上最も基本となる解雇権濫用法理や近年の労使紛争の重要テーマである労働条件の不利益変更などに関する出題はなされていない。また、労働三法のうち、労組法及び労調法が科目とされていないばかりか、近年多数の単独立法がなされている労働保護法等(例えば、均等法、育介法、パート法、労働契約承継法、派遣法等々)も全く科目とされていない。
  さらに、雇用契約の基本にかかわる民法、紛争解決手続の基本である民事訴訟法については何らの法的知識も求められていない。

(2)
ADR主宰業務に求められる能力
  
ADR主宰業務は、強制力を有する司法判断ではないとはいえ、労働関係に関する法的紛争の解決を図る業務であって、主宰者はいわば審判官、裁判官の役を荷うのであるから、優れた法律的素養が求められ、何よりも、中立公正であると共に、労働法全般についての専門的知識が求められる。なかにはこれらの専門的知識を有する社労士もいるかと思われるが、一般的には、社労士の現状はそのいずれをも満たしているとは言い難い。

(3)
ADR代理業務及相談業務に求められる能力
  
代理業務は他人の権利関係の帰すうを決する業務であり、また、相談業務も他人(相談者)の判断・選択に重大な影響を与える業務であるから、労働関係におけるこれらの業務を業として行いうるには、「紛争の最終的解決方法である訴訟に移行した場合の帰趨も見据えなければならないので、専門家には、法律分野についても相当程度高度な専門能力が要求される」(「制度基盤の整備について」74頁)のは当然のこととして、事実を把握する能力と紛争解決についての知見も必要不可欠である。
  現在の社労士制度は、もともとこのような能力と知見を有する者を養成し、その使命を果たさせることを予定していない。

(4)
ADR代理業務を行いうる基盤の整備
 ① 公正中立な職務執行の担保
  社労士の営業基盤がほぼ全面的に、労働紛争の一方当事者たる事業主にあることは明らかな事実であり、社労士の行う代理業務が事業主の立場に偏する―事業主の代理人の場合はもちろんのこと労働者の代理人の場合も―ことが危惧されるのは当然である。
  これを払拭するためには、少なくとも、社労士法及社労士制度を改正し、弁護士法1条に見合う、基本的人権の擁護と社会正義の実現との使命規定が設けられねばならず、懲戒制度の整備(弁護士法58条等)や倫理規定の制定が不可欠である。
 ② 労働法に関する専門的知識の修得
  労働法全般に関する知識が求められるのは当然のこととして、労働契約法の存在しない我が国においては、判例法が重要な位置を占め、さらに、判例法の判断基準が、形式ではなく、実態に基づく諸事実の集積のうえでの合理性、相当性、総合評価など抽象的基準とならざるをえないのであって、訴訟の帰趨を見極めるのは相当に困難である。しかも、判例は変化し、新たな課題が常に浮上する。
  これに対応しうる専門的知識を修得するためには、少なくとも、資格試験科目を労働判例を含む労働法全般に拡大し、毎年十分な研修を義務付け、代理人資格の取得については後記の法律分野とともに、労働法に関する試験を実施しこれに合格することを要件とすべきである。
 ③ 法律分野に関する専門的知識の修得
  訴訟の帰趨を見極めうるには何よりもまず民事訴訟の手続とその実態を知らねばならず、その基礎となるのは主張・立証及びその責任と証拠の把握・提出についての法的・実務的専門知識である。
これを修得するためには、少なくとも、相当期間の研修が必要であり、代理人資格の取得については試験(司法書士の簡裁代理権資格試験が参考となるが、これよりも質の高いものが求められよう)に合格することを要件とすべきである。

(5) おわりに
  
厚生労働省の各機関や地方自治体が実施している相談窓口に多数の相談が寄せられながら、提起される訴訟は極くわずかという現状を改善し、泣き寝入りをせず、法的判断を基礎とした簡易迅速な解決に資する紛争解決機関とそれに必要な人材の整備・確保は喫緊の課題である。しかし、紛争の解決は、解決内容においてはもとより、その手続においても公正かつ正義に適ったものでなければならない。そのようなものでなければ、紛争解決を求める者の圧倒的多数を占める労働者にとっては、かえって「害あって益なし」ということになりかねないことを危惧するものである。

以 上