(意見書)破産法改正による刑事罰強化についての意見
2003/8/7
破産法改正による刑事罰強化についての意見
2003年7月23日
法務大臣 森山真弓 殿
法務省法制審議会倒産法部会破産法分科会 御中
日本労働弁護団
幹事長 鴨田哲郎
第1 意見の趣旨
労働者・労働組合による労働債権確保のために行なわれる行為は、正当行為であって、処罰対象とすべきではない。少なくとも、憲法上保障されている団体交渉権を実効あらしめるため、「面会の強請」「強談」は処罰対象から除外すべきである。
また、詐欺破産については、労働組合等による労働債権確保等のための行為を処罰対象から除外すべきである。
第2 意見の理由
1 はじめに
現在、法制審議会倒産法部会破産法分科会では、破産法等の見直しに関する作業が進められ、要綱案取りまとめに向けた大詰めの作業が行なわれている。その中で、刑事罰の整備が課題となり、要綱案第三次案では、処罰の拡大・強化、整備に向けた議論がなされている。
しかし、現在の要綱案のままでは、倒産状態に陥った企業等の労働者・労働組合(以下、「労働組合等」ともいう)が、未払い賃金や退職金等の労働債権の確保、あるいは事業の存続・雇用確保を求めて行なう使用者等に対する交渉申入れや要請行為までもが処罰の対象とされてしまったり、会社資産の譲渡等これまで行なわれてきた労働債権確保の手段、さらには事業の存続を図るために生産の継続等の目的で事業場を占有する行為までもが違法の評価を受ける恐れがある。そうなると、労働債権確保や事業の存続・再建がますます困難となるばかりか、労働組合活動全般にも萎縮効果をもたらし、場合によっては「倒産争議」を抑圧することを目的とした警察権力の介入の口実とされることも危惧される。
いざ会社が倒産した場合、労働債権をいかに確保するか等は、当面の生活の糧を失った労働者にとっては死活問題である。したがって、労働債権確保等に向けた労働者・労働組合の行為は、正当行為として(労組法1条2項、刑法35条)、本来、処罰対象とすべきではない。少なくとも、処罰範囲を拡大するにあたっては、正当な労働組合活動を阻害しないよう最大限の配慮がなされなければならない。かかる観点から、以下、要綱案の刑事罰に関する提起につき、問題点を指摘しつつ、当弁護団としての意見を述べる。
2 「面会の強請」「強談」「威迫」を処罰対象とすることについて
要綱案は、「不正な手段により破産手続外で破産債権の充足を図る行為の処罰」や「義務に属しない偏頗行為の処罰」の規定において、証人等威迫罪(刑法105条の2)や集団的・常習的面会強請・強談威迫(暴力行為等処罰に関する法律2条)において用いられている「面会の強請」、「強談」「威迫」を、破産法の処罰規定に取り込み、これを広く処罰の対象に含めようとしている。
しかし、破産法上の処罰規定の適用が問題となる場面においては、企業が倒産に瀕しており、労働組合等が労働債権確保等のために使用者に対して団体交渉を申し入れる等さまざまな行動が特に必要となる。労働組合による団体交渉を要求する権利は、憲法上の権利であり、不当に制約されたり、侵害されてはならないことはいうまでもない。ところが、団体交渉の申し入れに対して、正当な理由なくこれを拒否したり、不誠実な対応をとる使用者は少なくない。ことに倒産状況においてはこのような団交嫌悪の態度をとる事例が非常に多い。要綱案では、かかる場合に組合員が粘り強く団体交渉を申し入れる行為が「面会の強請」とされたり、不誠実団交を追及して使用者に誠実な回答を求める言動が「強談」と、団交時におけるやりとりが「威迫」とされてしまう恐れがある。
したがって、破産法の処罰規定の構成要件に「面会の強請」、「強談」「威迫」が盛り込まれれば、正当な団体交渉要求等が刑事罰の対象となりかねず、労働組合法1条2項の刑事免責が実質的に否定されるおそれが大きい。このことは、とりわけ前二者(「面会の強請」「強談」)については強く危惧されるところである。よって、かかる処罰規定を設けることには反対である。
3 不正な手段により破産手続外で破産債権の充足を図る行為の処罰
要綱案は、「破産者又はその親族等に破産債権を弁済させ、又は破産者の親族等に破産債権に係る保証をさせる目的で、面会を強請し又は強談若しくは威迫の行為をした者は処罰するものとする」としている。
しかし、中小企業等では実働していない親族に高額の給与や報酬を支払い、親族が蓄財あるいは不動産等を所有しているような場合が、まま見受けられる。労働組合等がかかる親族等から労働債権を確保するために不正な蓄財を吐き出させることは正当な活動である。要綱案では、労働組合等がこのような場合に破産者や親族等に面会を求めたり、交渉の際に賃金・退職金の支払いを要求する行為までもが処罰対象とされかねない。
本来は、労働組合等の行為は処罰対象とすべきではなく、とりわけ「面会の強請」や「強談」までも処罰対象とすることは、前述のとおり、労働組合の正当な活動に対する萎縮効果をもたらしかねず、また、労働組合の追及を免れての親族等による不正蓄財を容認する結果となりかねない。少なくとも「面会の強請」及び「強談」は構成要件からはずすべきである。
4 義務に属しない偏頗行為の処罰
要綱案は、「債務者が、支払不能になった後又は破産の申立てがあった後に、特定の債権者に対する債務について、他の債権者を害する目的で、担保を供与し、又は債務を消滅させる行為であって、債務者の義務に属せず、又はその方法若しくは時期において債務者の義務に属しないものをしたときは、処罰するものとし、情を知って、その相手方となった者が、面会を強請し又は強談若しくは威迫の行為をして、債務者の行為を要求したときも処罰するものとする。」としている。
確かに、労働債権確保の観点からも、破産財団を充実させることは必要である。特に、支払不能状態になった後、金融機関は、債務者に追加担保を設定させて債権保全を図る行為や貸しはがしに出ることが多く、労働債権確保にとって障害となっているから、この点で、偏頗行為を処罰する必要性は認められるであろう。
しかし、倒産状態になった企業等の労働者・労働組合が労働債権を確保するために行なう要求行為等について、「面会を強請」したとか、「強談に及んだ」「威迫を示した」などとして処罰対象とされてしまう可能性は否定できないから、労働者・労働組合の行為は処罰対象とすべきではない。「面会の強請」や「強談」までも処罰対象とすることは、労働組合活動に対する萎縮効果をもたらし、倒産時における労働債権確保の手段を著しく制約することになるから、少なくとも「面会の強請」及び「強談」は構成要件からはずすべきである。
5 詐欺破産行為の処罰
要綱案は詐欺破産行為の処罰について、以下のとおりとしている。
① 債務者が破産手続開始の決定を受けるべき状態にあること又は当該決定を受けたことを認識しながら、債権者を害する目的で、以下の行為をした者は処罰し、情を知って、(ⅳ)に規定する行為の相手方となった者も処罰するものとする。
(ⅰ)債務者の財産を隠匿し、又は損壊する行為
(ⅱ)債務者の財産の譲渡又は債務者における債務の負担を仮装する行為
(ⅲ)債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為
(ⅳ)債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為
② 債権者を害する目的で、①に規定する行為により債務者が破産手続開始の決定を受けるべき状態を生じさせた者は処罰するものとする。
③ ①に規定するもののほか、債務者が破産手続開始の決定又は保全管理命令を受けたことを認識しながら、債権者を害する目的で、破産管財人の承諾その他の正当な理由がなく、債務者の財産を取得し、又は取得させた者は処罰するものとする。
要綱案は、詐欺破産が成立する場合の時期的要件について、判例における現行法の解釈を明文化するとともに、詐欺破産行為について、「債務者の財産の現状を改変して、その価格を減損する行為」等を新たに処罰対象とするほか、「情を知って債務者の財産を債権者の不利益に処分し、又は債権者に不利益な債務を債務者が負担する行為」については、その「相手方となった場合」をも処罰対象とするものである。要綱案のままでは、労働組合等が事業継続等を図って事業場を占有する等の行為が「価格減損行為」に問擬される危険性があるし、「財産の不利益処分」や「不利益債務の負担」の「相手方」に労働組合等が含まれない保証はない。
労働組合等と使用者とが話し合って、新たに常識的な退職金を定める協定を締結したり、少額な退職金につき上積み協定を締結するなどして、倒産後の生活に備えたり、労働債権確保のために売掛金や商品在庫等の会社資産の譲渡を受けたりすることは、現実に行なわれており、また必要なことである。今日のわが国の経済情勢及び極めて不十分な労働債権の優先性に鑑みれば、かかる労働債権確保の必要性は、賃金以外に生活手段を持たない労働者の自衛手段として、今後も高まっていくはずである。しかるに、要綱案では、これらの行為が、状況によっては「財産の不利益な処分」「不利益な債務の負担」とされる恐れがある。労働組合等が、会社が経営危機に陥っていることを察知して上記のような自衛手段に出た場合に、これをも処罰対象とすることは、到底認められるべきではない。
さらに、社会的に不当と評価される行為は、これまでも破産管財人の否認権行使により処理されてきたのであり、労働債権確保のための行為を敢えて新たに刑事罰の対象とする必要性はない。
よって、詐欺破産に関する処罰については、労働組合等による労働債権確保等のための行為を除外すべきである。
以 上