(意見書)「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等のための措置に関する指針」の一部改正に関する意見

2003/7/23

2003年7月14日

「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理の改善等
   のための措置に関する指針」の一部改正に関する意見

日本労働弁護団   

幹事長 鴨田哲郎

厚生労働大臣 坂  口    力 殿

労働政策審議会雇用均等分科会 御中

 
当弁護団は、「事業主が講ずべき短時間労働者の雇用管理改善等のたもの措置に関する指針」(以下「パート指針」という)の改正に関し、既に5月19日付にて「作成に対する意見」を提出しているが、今般示された「指針の一部改正案要綱(素案)」(以下「素案」という)は、その内容が不十分であるばかりか、格差の「合理性」を安易に容認する内容であり、差別の是正どころか差別の固定・拡大につながりかねないものであると考える。以下、素案の問題点を指摘し、改正指針に盛り込むべき最低限の内容について改めて意見を述べる。分科会において、慎重かつ十分な審議が尽くされることを強く求めるものである。

はじめに
 
前出の意見書でも指摘したとおり、パート問題の本質は一言でいえば、身分格差である。「わが国のパートの特徴を『有期契約で更新打ち切りによる実質的な解雇が比較的容易で、基本的に時給制である労働契約。社会保険、雇用保険が完備されていない場合も多い。』ととらえれば、フランスには、わが国のパートに類似する雇用形態はないといえる。フランスで『パートタイム労働』といった場合、純粋に契約労働時間が他の社員より短いというだけの意味で、原則として『正社員(CDI)』または『期間限定正社員(CDD)』である。」(海外労働時報336号)と報告されているように、ヨーロッパ諸国においては、我が国のような問題は存在しない。パート問題を考えるにあたっては、この点が最も重要で、欠くべからざる点である。
 しかるに、「素案」においてはかかる視点が完全に欠落しているばかりか、かえって、現在存する身分格差を固定し逆に拡大する危険があるといわねばならない。

1 パート労働者の権利の確認・保障が大前提
(1) パート労働者の雇用改善にあたっては、まず、パート労働者も通常労働者と同様に「労働者」であり、労基法等の「最低労働条件」が保障され、職業安全衛生・母性保護等の権利について同一ないし同等の権利が保障されること(ILO175号パートタイム労働に関する条約第4条、第7条)が徹底されなければならない。この点の理解・認識が不十分な使用者がまだまだ多数を占めているからである。
 しかるに、「素案」は、「基本的考え方」(第2)において「労働保護法令の遵守」について触れるものの、次いで均衡処遇を掲げており、この「基本的考え方に立って」適正な労働条件の確保(第3.1)等の適切な措置を講ずるべきとする。
 これでは、第2.1に該らないパート労働者については基本的権利の内容についてまで均衡処遇でよいとの誤解を与える危険が極めて高い。「均衡処遇」を述べる前に、最低労働条件保障にかかる現行指針第2を置き、「パート労働者」も「労働者」であり、通常労働者と同一ないし同等に最低労働条件が保障されるものであることを明記すべきである。

(2) ことに、その中では家族的責任を有するパート労働者に対する配慮の必要が強調されねばならない。
 
パート労働者には、家族的責任と仕事との両立の必要から短時間就労を行っている者も多いのであって、処遇の均衡、差別の解消に向けて、家族的責任を行う労働者に不利益な結果をもたらすことのないよう全般的な家族的責任への配慮が不可欠であるからである。ILO156号家族的責任条約は、家族的責任にもとづく差別待遇を受けることなく就労しうることを求め、同165号勧告では、労働者を移動させるにあたっては家族的責任および配偶者の就労場所、子を教育する可能性等の事項を考慮すべきとされている(20条)。パート労働者の雇用管理の施策について、家族的責任を有する労働者の権利の保障を盛り込むことは、我が国の責務であり、また、育児介護休業法の強化、次世代育成支援対策推進法の成立という国内状況からも強く要請されているところである。 

2 「均衡処遇」(素案第2)について
(1) 「職務が通常の労働者と同じ短時間労働者」について

  ① 「職務が…『同じ』」ではなく、「職務が…『同等な』」とすべきである。
 素案が用いる「同じ」との表現では、外形的事実(職務)が「全く同じである場合のみ」と誤解されてしまいかねない。均衡処遇を図るべき対象労働者の判断は、職務の全体から総合的・合理的になされるべきであって、少々の違いを理由に「職務が異なる」ものとして均衡処遇対象から排除されてはならない。かかる合目的的評価を可能にすべく「同等な」と表現すべきである。
 
所謂ものさし研報告では、「同じ職務かどうか」の判断基準について、「厚生労働省職業分類の再分類の区分を参考としつつ
・ 通常従事する作業の幅、組合せ
・ 作業に必要な最低限の能力や作業の困難度
・ 作業遂行にあたって求められる責任や付与される権限の範囲等について考慮する」とされている点が想起されるべきである。

  ② 「人材活用の仕組み」を判断要素とするとしても、その内容が客観的で、具体的な必要性が明らかであり、合理的なものに限られるべきである。
 素案は「均衡の確保」を図るべき労働者の要件として、職務の同等性に加え、「人材活用の仕組み、運用等について、通常の労働者と実質的に異ならない状態にある」ことを第2の要件とする。しかし、これでは、格差の合理性を広範に認め、現状の差別を容認・固定化し、さらに拡大する危険が高い。「素案」は、「人材活用」の具体的指標として「人事異動の幅及び頻度、役割の変化、人材育成の在り方」を例示するが、それ自体極めて曖昧な概念であり、また、使用者の主観によって大きく左右されるものである。そこでまず、「人材活用」の内容が制度的・客観的なものであることが求められるべきであり、従って、人材活用の「運用」は判断要素とはなしえないものとすべきである。さらに、「人材活用」の内容は作為と共に不作為(例えば、研修を受けさせるべきであるのに受けさせない等)も考慮されねばならない。そして、何よりも人材活用の違いは合理的な理由と必要性を有し、かつ、違い自体も合理的でなければならない。かかる視点が欠落すれば、差別解消に資するどころか「人材活用の違い」を口実とする差別の合理化や新たな差別の拡大を生む危険が高いといわざるをえない。
よって、「人材活用の仕組み」を処遇を異にする根拠とするには、ⅰパートタイム労働者と通常労働者とで「人材活用の仕組み」を異にすることに真の必要性があること、ⅱ「人材活用の仕組み」が制度化・客観化されていること(使用者の主観にすぎないものではないこと)、ⅲ 処遇の違いが合理的範囲内であること、が要件となる旨を指針に明記すべきである。
 なお、素案は、「異動の幅、頻度」を例示しているが、異動とりわけ遠隔地配転は、家族的責任を有する労働者にとって大きな負担を伴い、安易にこれを差別の合理的理由と認めることは、家族的責任を有するゆえに不利益を被ることを容認することとなる。「異動」については、家族的責任を有する労働者の権利を侵害しないことが担保されなければならず、育介法26条の趣旨もふまえ、この点が指針において明示されねばならない。今年4月22日付「男女間の賃金格差解消のための賃金管理及び雇用管理改善方策に係るガイドライン」で、「転勤の有無によるコース設定がキャリア形成上真に必要であるかどうかの再検討」が求られていることもふまえられるべきである。

(2) 職務が異なる短時間労働者の均衡処遇について
 
素案には、職務が異なるパート労働者の処遇について、明示の条項が存在しない。第3の3「事業主は、短時間労働者の職務の内容、意欲、能力、経験、成果等に応じた処遇に係る措置を講ずるように努めるものとする」との条項があるのみである。職務が異なるパート労働者も客観的評価に基づき公正に処遇されねばならないのであって、少なくとも、「事業主は、…職務が通常の労働者と異なる労働者については、その程度を踏まえつつ、…等に応じた処遇に係る措置等を講ずることにより、通常の労働者との均衡を図るよう努めるものとする。」との規定を設けるべきである。
 職務が異なる者がパート労働者の多数を占めることは明らかであり、これらの労働者の処遇改善をきちんと位置づけ、指針に盛り込まなければ、パート労働者の処遇改善という指針の目的に資さず、逆に大多数のパート労働者に対する差別が放置され、今まで以上に差別化が進むことは明らかである。

3 「労使の話し合いの促進のための措置の実施」(素案第5)について
(1) 「短時間労働者の処遇の改善を促進するための措置について」と表題を改めるべきである。

(2) 同項中に、「事業主は、短時間労働者が従事する職務の内容、その役割等の変化や能力の向上にともなって処遇が改善される仕組みを講ずること」を追加すべきである。
 すなわち、指針として、事業主に対し、昇給・昇格等、パートの処遇を将来的に改善していくための措置を設けるよう求める内容を盛り込むことが必要である。パート研究会報告では「短時間労働者の均衡処遇に関するガイドライン案」のルール3として、上記の内容が挙げていることを想起すべきである。

(3) 処遇についての説明((一)項)について、その内容を、「
事業主は、短時間労働者を雇い入れた後、当該短時間労働者から当該短時間労働者の処遇について説明を求められたときは、その求めに応じて『通常の労働者との違いやその理由などを含め誠実に』説明するように努めるものとする。」と、『 』内の記載を追加する。
 労使が格差是正について実効ある協議を行うためには、パート労働者が、自分自身の処遇(労働条件)を知るだけでは足らず、通常労働者の処遇(労働条件)を知り、格差の存否、その合理性の有無について情報を得ることが不可欠の前提である。
 パート研究会報告のガイドライン案のルール1では、「雇用管理における透明性・納得性の向上」として、「パート社員の処遇について常用フルタイム社員との違いやその理由について十分な説明を行うこと」とされ、「パート社員と常用社員の仕事やキャリア管理の具体的な違い、それに伴う処遇の違いなどについて、採用時やパート社員から求められたときに十分な説明をすることがパート社員の納得を得、モラールを確保する上で必要」と説明されていることが想起されねばならない。

以 上