資金移動業者の口座への賃金支払いに反対する幹事長声明
2022/10/5
資金移動業者の口座への賃金支払いに反対する幹事長声明
2022年10月5日
日本労働弁護団幹事長 水野英樹
本年9月13日の労働政策審議会で、資金移動業者の口座への賃金支払い(以下、資金移動業者の口座に支払われるものを単に「デジタルマネー」と称する。)を認める方向でおおむね合意されたという報道がなされている。
しかし、労働基準法24条1項は、通貨での支払いを求めているところ、これは、労働者の生活を保障すべき賃金は、一般的な交換可能性を持つもので支払われなければならない、という趣旨によるものである。
しかし、デジタルマネーは、いまだ普及率が高くなく、2021年のコード決済の割合は決済全体の1.8%にすぎない(経済産業省によるキャッシュレス決済比率)。しかも、平均利用額は月2万6568円(2021年家計消費状況調査。ただし、前払式支払手段を含む)であって、到底生活全般に利用できるものとして普及しているわけではないし、現に使用できない店舗も多くみられる。現に、労働政策審議会に提出された資料上でも、「給与デジタル払いが可能になったら、制度を利用したい?」との問いに対し、利用したい26.9%に対し、利用したくないが40・7%と上回り、給与全てをデジタルマネーアカウントに入れたいとした回答はわずか7.7%にとどまっており、ニーズがあるとも到底いえない状況である。
さらに、現金化が1ヵ月に1回は手数料なく現金化が可能であることが必要であるとの条件も付けるようであるが、現状、そのような仕組みは整備されていない。
そして、2020年7月17日に閣議決定された「成長戦略フォローアップ」において「2025 年6月までに、キャッシュレス決済比率を倍増し、4割程度とすることを目指す」とされ、同文書内で「デジタルマネーによる賃金支払い(資金移動業者への支払い)の解禁」が謳われたことを受け、2020年8月27日より労働政策審議会労働条件分科会において議論が開始されることとなった。このように、デジタル化を推進するために未だ十分普及していないデジタルマネーを利用し、この普及を図るという逆転した論理となっていると言わざるを得ない。
また、労働者の同意を要件とするといっても、労使の力の差を考慮に入れれば、労働者の同意が形骸化するおそれは否めず、通用しない場面も多々あるデジタルマネーで、生活の資となる給与の受け取りを強いられる可能性もある。
以上の通り、資金移動業者の口座への賃金支払いは時期尚早であり、デジタルマネーが十分生活用資金として普及していない現状では労働者の利便性を損ない、ひいては労働者の生活の保全を図る労働基準法24条1項の趣旨に反するため、反対する。
以上