芸能界における性加害やハラスメントの撲滅に向けた声明

2023/9/7

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芸能界における性加害やハラスメントの撲滅に向けた声明

 2023年9月7日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木亮

2023年8月29日、ジャニーズ事務所前社長による所属タレントに対する性加害について、外部専門家による再発防止特別チームによる調査報告書が公表された(以下「調査報告書」という)。

本調査に関して、加害者がすでに死亡しているために再発防止策の必要性を疑問視する声も聞かれるが、芸能界における性被害やハラスメントの問題は単に一芸能事務所の問題ではない。立場の強い者による性搾取が広く蔓延していることは、過去繰り返された報道等をみても半ば周知の事実である。2023年7月28日に当弁護団が実施した芸能界ハラスメントホットラインでも、パワーハラスメントやセクシャルハラスメントに関する相談も多数寄せられ、その中には、性加害や性的嫌がらせに関する相談もあった。芸能界における性被害やハラスメントをなくし、そこで働く人たちの人権が尊重される業界に変えるには、加害構造の是正に向けた抜本的な改革が必要不可欠である。

第一に、調査報告書は、性加害について、加害者個人のみを原因とするのではなく、当時の取締役の放置と隠蔽が被害の拡大を招いたという点や、一方的な強者・弱者という権力構造が被害の潜在化を招いたという点にも言及している。

性加害等の放置や隠蔽を防止するためにはガバナンスの強化といった対策が考えられ、調査報告書においても詳細な提言がなされている。また、芸能界における性加害やハラスメントの撲滅のためには、一方的な強者・弱者という権力構造そのものの改善が不可欠である。かかる権力構造の改善に向けては、芸能事務所と個別のタレントとの間の契約書において、性被害を受けたタレント側(研修生を含む)からの契約解除や損害賠償に関する規定を盛り込むことが考えられる。韓国において、2011年に「芸術人福祉法」が制定され、標準契約書の開発と普及が国家の責務とされたことや、実際に被害があった場合に債務不履行解除を可能とし、別事務所に自由に移籍でき、さらに、損害賠償請求をも可能とした性被害やハラスメントに関する条項を盛り込んだ標準契約書が作成されていることが、参考になる。現状に比して芸能事務所側としては不利になる可能性がある条項であるが、このような条項を設けることこそ、上記権力構造の改善と、性被害の撲滅のためには必要であろう。

第二に、調査報告書は、被害者救済措置制度について、被害者側に厳格な証明を求めるべきではないという点や、民法上の消滅時効が成立している被害者についても救済措置の対象とすべきであるという点にも言及している。性加害の事実が概括的に認定されているような事案においては、被害者の二次被害を防ぐという意味でも、厳格な証明までは求めないというのは適切な対応といえる。あわせて、幼少期や若年期に被害を受けてきたというような事案においては、被害であると自覚しないまま年月が過ぎてしまうおそれがあるため、被害者の真の救済を図るという意味でも、消滅時効が成立している被害者を除外しないというのは適切な対応といえる。今後、調査報告書の述べる被害者救済措置制度が設けられ、二次被害を防止しながら的確な被害者救済がなされるよう運用されることが求められる。

第三に、調査報告書は、「ビジネスと人権」という観点から、人権方針の策定と実施についても言及している。国際的にも、「ビジネスと人権に関する指導原則」の定めのとおり、企業が人権を尊重することが強く求められており、日本においても、上記指導原則を踏まえ、企業が人権尊重に向けて対応する必要性が強調されてきている。

芸能界における性加害やハラスメントを撲滅するためには、芸能事務所に限らず、放送局、出版社、広告業界のキー企業(国・地方公共団体も含む)も、性被害の防止を自らの義務とするとともに(コード・オブ・コンダクト)、業界全体で性被害を見逃さないようにする取引条項及び苦情処理システムを整備する必要がある。特に、性加害やハラスメントが認められる芸能事務所とは取引や契約を行わないという姿勢を貫くことは重要である。たとえ他の会社における人権侵害であっても、人権侵害状況をなくすことに影響力を発揮する責任がある者として、その影響力を適切に行使することが今後強く求められる。この点調査報告書を受けて、タレントに非があったものではないとして取引継続を表明している放送局があることが一部で報道されているが、ビジネスと人権に基づく対応の検討が求められるところである。

最後に、調査報告書では言及がなかったものの、芸能界における性加害やハラスメントの撲滅に向けた対策としては、芸能事務所とタレントの間には雇用関係があることを前提にして、芸能事務所に対して労働者派遣法を適用し、あるいは業法上の規制を新設することも検討すべきである。芸能実演家たちによる労働組合の結成強化も重要であり、不当労働行為に対する迅速かつ実効的な保護のための積極的な介入も必要であろう。

我が国において芸能界でのできごとは、青少年に与える影響が大きく、また、多くの国民の関心事項とされることが多い。そうした芸能界において、真に性加害やハラスメントの撲滅に動き出すことになれば、社会全体にとっても性加害やハラスメントの撲滅への大きな前進となる。

当弁護団も、2017年に芸能スポーツPTを立ち上げ、芸能界で働くタレント、実演家の権利擁護のため調査研究、提言などを行ってきた。2023年7月21日には、芸能界における性被害・ハラスメントを撲滅するための法的環境整備を求める緊急声明を発表し、前記のとおり、7月28日には「芸能界ハラスメントホットライン」を実施している。

今後も、当弁護団は、全ての働く者の権利を擁護する立場から、芸能界における性加害やハラスメントの撲滅のための施策を求めていく。

以上