実効性ある労働債権保護制度の創設を求める幹事長談話

2023/9/15

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実効性ある労働債権保護制度の創設を求める幹事長談話

2023年9月15日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

 現在、法制審議会は、動産や債権等の不動産以外の財産を目的とする担保に関する法制の見直し等についての諮問を受け、担保法制部会を設置し、当該諮問について審議している。この諮問は、主として動産や債権を目的とする担保取引(譲渡担保や所有権留保等)について、その法律関係を法制化することによって、法律関係の明確化、安定性の確保を期し、それら取引を活性化することを目的としている。すでに中間試案が公表されるなどしているとおり、そこでは労働債権を含む一般先取特権と譲渡担保権等の優劣関係も議論されている。

 当弁護団では、従前より、抵当権や譲渡担保権との関係で劣後している労働債権について、その保護の必要性を指摘してきた。この点は、「担保物権及び民事執行制度の改善のための民法等の一部を改正する法律」(平成15年8月1日法律第134号)、破産法(平成16年法律第75号)成立時における附帯決議(衆議院、参議院)でも指摘されていたところである。

労働債権が、労働者の生存権保障を基礎に持つ要保護性の高い債権であることは言うまでもない。加えて、労働者は、その労務を提供することで、企業の財産形成・維持等に貢献しているのであって、その労務提供によって発生する労働債権は、一種の「共益性」を有するといえ、一定範囲でその優越性を確保することは債権者間の公平を失するものでもない。

当弁護団は、従前、労働債権のうち賃金の一部について、担保財産の一定割合を限度に、譲渡担保権等の約定担保物権に優先して配当を受けられるものとする法定担保物権制度(仮称「優越的一般先取特権」)の創設、賃金支払いの確保等に関する法律を改正して、国による労働債権補償制度の拡充などを検討することが必要であると指摘してきた。

 担保法制部会では、労働債権と譲渡担保権等との関係のみ議論されており、抵当権との関係等には踏み込んでいない。この点、本来であれば、抵当権も含めた形で労働債権の保護を議論すべきである。もっとも、譲渡担保権については、公示性が低い占有改定でも対抗要件が具備され、集合物も目的財産とできる特異性を有しており、今般ルールの明確化がなされることを踏まえれば、まずは譲渡担保権との関係で労働債権の優先権の確保をはかることが急務でもある。先に述べたとおり、労働者は、その労務の提供による企業財産の形成等に寄与しているものであるが、譲渡担保権の主たる対象となる動産や債権については、特にその寄与が直接的な場面が多く、それら財産との関係で労働債権を優先させることは合理的と考えられる。

 労働債権の保護については、その優先する範囲等については労働者保護に資するに十分なものである必要がある。この点、担保法制部会では、民法375条を参考に、「譲渡担保権者が利息その他の定期金を請求する権利を有する場合において、その満期となった最後の2年分を超える分についてその譲渡担保権を行使するときは、当該分については、一般先取特権が譲渡担保権に優先する」という案が示されている(部会資料30)。

しかし、この範囲はきわめて限定的なものであり、仮に導入されたとしても、現場での実態を踏まえれば、労働者保護の実効性確保という観点からは不十分である。そもそも、被担保債権が「利息その他の定期金を請求する権利」を含むものであったとしても、担保対象となる財産の価値が、「満期となった最後の2年分を超える分」を除いたとしても、被担保債権を下回ることが多いと思われる。その場合、労働債権は当該担保対象となる財産から一切回収できないことになる。

以上からすれば、担保対象となる財産に着目し、そのうちの一定割合については労働債権が優越するなど「優越的一般先取特権」を正面から議論すべきである。この制度によっても、譲渡担保権者等の予測可能性は保たれる(かつて労働省「労働債権の保護に関する研究会報告書」〔平成12年12月13日〕においても、「本研究会で行ったヒアリングにおいては、金融機関から、労働債権を優先することについては、範囲の限定に留意すれば検討は可能との指摘がみられた」とされている)。

 次に、譲渡担保権との関係で労働債権の優先権の確保をはかる場合の実際の手続についても検討が必要である。倒産手続の下においては、各種倒産法制の下で、労働債権の優先について制度化を図ることになろう。その際には、労働債権が優先する範囲の画定とともに、その金銭等を保全するための規律や、労働者に優先的かつ確実に配当される仕組みを設ける必要がある。当然ながら租税債権等との優劣関係も問題になるが、すでに述べたとおり、労働債権の要保護性等の観点から整理をはかるべきである。

倒産手続に至っていない平時においても、労働者への配当については、例えば、労働債権が優越する部分について、担保権者に供託を義務付け、その後に労働者が権利行使を可能とすることを制度化することも考えられる。

 なお、懸念するところは、担保法部会において、労働債権の保護が議論されているにもかかわらず、日本労働組合総連合会の委員1名を除き、労働者、労働組合の実情に関する知見を有していたり、労働法を専門とする委員が存在しないことである。労働法を専門とする山川隆一教授が参考人等として参加するなどしているが、より幅広い知見、意見を集約する必要がある。

 以上のとおり、労働債権を譲渡担保権等に優先させる制度については、その実効的なものを設ける必要性が極めて高く、その十分な議論が必要である。日本労働弁護団も、今後の議論を注視する。

以上