経団連「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」に対する幹事長談話

2024/1/19

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経団連「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」に対する幹事長談話

2024年1月19日
日本労働弁護団 幹事長 佐々木 亮

1 日本経済団体連合会は、2024年1月16日付で「労使自治を軸とした労働法制に関する提言」を公表した。同提言は、「働き方のニーズの多様化や企業を取り巻く環境変化などを踏まえ、時代にあった制度見直しの検討を不断に行うべき」などとしたうえで、「労使自治を重視/法制度はシンプルに」という基本的な視点のもと、①【過半数労働組合がある企業対象】労働時間規制のデロゲーションの範囲拡大、②【過半数労働組合がない企業対象】労使協創協議制(選択制)の創設などを求めている。

2 同提言は、使用者団体が、現在の労基法による労働者保護制度の規制緩和を正面から求めるものであって、到底容認できない。同提言は、「働き方のニーズの多様化」、「労使自治を重視」などを指摘するが、その本質は労基法による保護からの逸脱、適用の例外(同提言が言う「デロゲーション」)を大規模に拡大することである。実際、同提言は具体的な効果として、上記①については「労働時間規制のデロゲーションの範囲を拡大」として、高度プロフェッショナル制度の対象業務についても労使の話し合いにより選択肢を拡大すること等も示している。また、上記②についても、「より厳格な条件の下」という留保をつけながら、「就業規則の合理性推定や労働時間制度のデロゲーションを認めること」としている。

3 労基法は、労働者が人たるに値する生活を営むため、雇用と労働条件の最低基準を保障するものである。特に労働時間規制については、労働者の生命・健康はもとより、労働者の生活時間を保障するためのものでもあって、逸脱が安易に認められるべきものではない。

 そして、この逸脱は、たとえ労使自治という名の下においても許してはならない。労基法は罰則付きの強行法規であり、契約の自由を制限している。個別合意はもとより集団的な合意によっても、労基法の最も重要な労働時間規制が大幅に緩和(適用除外)されることは、その労基法の強行法規性の放棄につながりかねない極めて危険なものである。

 さらに、同提言は、「働き方のニーズの多様化」などとして、あたかも労働者から労働時間規制を外す「ニーズ」があるかのように指摘するが、自身の健康を犠牲にして働きたい労働者のニーズなど存在せず、また、生活時間を削ってまでも働きたいとする労働者はごく少数である。すべての労働者が、自らを犠牲にしてまでも自発的に働いている、働きたいかのような前提をとる同提言は、甚だ失当である。

 同提言は、「労働者の健康確保は最優先」であるなどとして、その労働時間規制逸脱の条件として、「十分な健康確保措置等」をあげる。しかし、労基法による労働時間規制こそ、労働者の生命・健康確保にとって最も重要な規制である。この労働時間規制の逸脱を目論む同提言が、口先で「労働者の健康確保は最優先」などと述べても、その説得力は皆無である。

 しかも、同提言があげる「労働者の健康確保に向けた企業の取組み事例」は、「働き手の意識醸成」など労働者の健康管理を労働者の責任とするものであったり、「法定基準を超えた労働時間管理」など既に長時間労働に至った場合の対処療法を示すものであり、これらを「労働者の健康確保」などということはあり得ない。

4 同提言は、現行の労基法は「画一的な規制」であるなどと断じ、そこからの逸脱を求める。しかし、そもそも、その労基法の規制、特に労働時間規制は遵守されてこなかった例が多数にのぼる。それによって過労死なども未だに頻発している。これは経団連加盟企業においても例外ではない。こうした現状下で必要なのは、労働時間規制からの逸脱を拡大するのではなく、その遵守を徹底することである。経団連に求められるのはその加盟企業、加盟団体に対し、労基法の遵守を徹底させることであって、政府に対してその逸脱を提言することなどではない。

 日本労働弁護団は、同提言によって「労使自治」という耳あたりの良い言葉を用いて宣言される、労働者保護の根幹である労基法の規制緩和に対して強く反対し、その実現を阻止するため、全力で取り組むことを、ここに表明する。

以上