仕事と育児・介護の両立支援対策についての報告書に対する意見書

2024/2/2

(442KB)

仕事と育児・介護の両立支援対策についての報告書に対する意見書

2024年2月2日
日本労働弁護団
会長 井上幸夫

第1 はじめに

これまで、厚生労働省は、2023(令和5)年1月26日、「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会」を立ち上げ、同年6月19日、同研究会での検討結果をとりまとめた「今後の仕事と育児・介護の両立支援に関する研究会報告書」(以下「研究会報告書」という。)を公表した。

こうした経緯の中で、当弁護団は、同年5月15日、同研究会による検討結果のとりまとめに先がけて、当弁護団としての意見を述べる意見書を発表し、さらに、同年7月21日、研究会報告書の公表を受けて、研究会報告書の不十分な点を指摘する声明も発表した。

そして、同年12月26日、労働政策審議会雇用環境・均等分科会(分科会長 奥宮京子弁護士)は、「仕事と育児・介護の両立支援対策の充実について」(以下「両立支援対策報告書」とする)をとりまとめ、同日、労働政策審議会(会長 清家篤 日本赤十字社社長、慶應義塾学事顧問)は、厚生労働省設置法第9条1項3号の規定に基づき、厚生労働大臣に対して同報告のとおりの建議を行った。さらに、2024(令和6)年1月30日付け「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律および次世代育成支援対策推進法の一部を改正する法律案要綱」が公表されており、法改正に向けた議論が今後なされていくことになる。

もっとも、今回、労働政策審議会雇用環境・均等分科会がとりまとめた両立支援対策報告書に関しても、評価できる点はあるものの、真の意味での仕事と育児・介護の両立を実現するためには不十分といわざるをえない点や、上述した研究会報告書から後退している点が見られる。そこで、本意見書では、今後の議論に向けて、両立支援対策報告書における実務的な問題点を具体的に指摘したうえで、当弁護団としてさらなる改善点等についての意見を述べるものである。

なお、研究会報告書、両立支援対策報告書、及び上述した当弁護団の意見書を比較したものを別紙】(372KB) 添付する。

 

第2 両立支援の前提となる長時間労働の是正及び転勤命令に関する指摘

1 長時間労働の是正について

⑴ 長時間労働の是正の重要性

これまでも当弁護団は繰り返し指摘してきたが、仕事と育児・介護の両立の最大の障壁は長時間労働である。

現在の長時間労働による働き方が変わらないままでは、仕事と育児・介護の両立をいくら掲げても、現実に家庭責任を負わされがちな女性労働者が職場から事実上排除されてしまうのが実態といえる。それでは、両立支援対策報告書が掲げる「男女とも育児・介護といった労働者の家庭責任や私生活における希望に対応しつつ、仕事やキャリア形成と両立できるようにしていくこと」など実現不可能である。

また、両立支援に向けた対策や制度を充実させても、周囲が長時間労働を行っている中では、制度等を利用しづらいという実態もある。育児・介護に直接かかわっている労働者にかかわらず、全ての労働者の労働時間が短くなれば、仕事と育児の両立への道が大きく拓かれることになる。

これらの点から、両立支援対策報告書が掲げる「男女とも育児・介護といった労働者の家庭責任や私生活における希望に対応しつつ、仕事やキャリア形成と両立できるようにしていくこと」を実現するためには、職場全体、労働者全体の長時間労働時間の是正が不可欠である。

⑵ 両立支援対策報告書における長時間労働の是正の観点の欠如

残念ながら、両立支援対策報告書においては、長時間労働の是正という観点は極めて希薄であるといわざるをえない。

両立支援対策報告書には、「仕事と育児の両立のためにフレックスタイム制やテレワークなどを活用する際に、育児負担と相まって、夜間の勤務や長時間労働等を理由に心身の健康の不調が生じることのないよう、育児期の労働者について、事業主が配慮を行うことや、労働者にセルフケアを促すことが望ましい旨、指針で示すことが適当である。この場合、例えば、テレワークでの労働時間の適正な把握(「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」等を参照とすること。)、面談による労働者の健康状況への配慮、勤務間の休息時間(いわゆる勤務間インターバル)の設定等とすることが適当である」との記載があるが(両立支援対策報告書8頁)、長時間労働の是正につなげていくためには、ここで指摘されている「勤務間の休息時間(いわゆる勤務間インターバル)の設定」については、より具体的に「勤務開始時点から24時間以内に連続11時間以上の休息時間を付与する勤務間インターバルの確保」であると明示するべきである。

2 転勤命令における育児・介護への配慮

転居を伴う配置転換命令(以下「転勤命令」)は、育児や介護に重大な影響をもたらすものであるから、仕事と育児・介護の両立を成し遂げるためには、その規制が喫緊の課題である。

それにもかかわらず、両立支援対策報告書においては、勤務地に係る配置等に関し、聴取した意向への配慮として、事業主として意向の内容を踏まえた検討を行うことは必要であるが、その結果、何らかの措置を行うか否かは事業主が自社の状況に応じて決定されるものであるところ、自社の状況に応じつつ配慮することが考えられるとすることが適当である旨の記載があるのみで(両立支援対策報告書14頁)、転勤命令に関する具体的な問題の整理や対策の検討まではなされていない。

現在、転勤命令に対する司法判断については、基本的に広く使用者の裁量を認め、労働者への配慮にあまりにも欠ける硬直的判断がなされる傾向が続いている。しかし、転勤によって生じる育児・介護への影響はとりわけ重大である。転勤命令が安易に許容されることによって、もう一方の配偶者の生計やキャリアまでもが簡単に崩され、歪められてしまう。また、転居を伴う転勤制度があることにより、当該労働者やその配偶者が結婚や出産、育児を躊躇せざるを得ない実態も明らかになっている[1]

これらの点から、両立支援対策報告書が掲げる「男女とも育児・介護といった労働者の家庭責任や私生活における希望に対応しつつ、仕事やキャリア形成と両立できるようにしていくこと」を実現するためには、平成13年の法改正で追加された育児介護休業法26条が定める育児介護に対する配慮義務の規定だけでは不十分であることが明らかになっており、さらなる転勤命令に関する法制度の見直しが不可欠である。具体的には、労働者が仕事と育児・介護との両立を困難とするような転勤命令を厳しく規制する法改正が必要といえる。

なお、当弁護団では、改めて、転勤命令に関する法改正について立法提言を行う予定である。

 

第3 個別の対応策・制度案に関する指摘

1 テレワークの活用促進について

⑴ テレワークが可能な職種等への配置転換の検討

両立支援対策報告書には、「子が3歳になるまでの両立支援の拡充」として、「テレワークの活用促進」をあげたうえで、「テレワークが困難な業種・職種があることを勘案し、努力義務とする場合には、業務の性質・内容等からテレワークが困難な労働者をテレワークが可能な職種等へ配置転換することや可能な職種等を新たに設けることまで事業主に求めるものではないこととすることが適当である」との記載がある(両立支援対策報告書3頁)。

しかしながら、少なくともテレワークが可能な職種等がすでに存在するのであれば、そうした職種等への配置転換の検討も法的義務に含むような対策が必要である。

さらに、真の意味での仕事と育児・介護の両立を実現するためには、いずれは可能な職種等の新たな設置も使用者が義務づけられる方向で検討されるべきである。

⑵ 保育行政への働きかけ

研究会報告書では、就業時間中は保育サービス等を利用して就業に集中できる環境が整備されるためには、例えば、保育所等への入所に当たり、居宅内での勤務と居宅外での勤務とで一律に取扱いに差異を設けることのないよう、保育行政において徹底していくことが必要であると指摘されていたが(研究会報告書16頁)、両立支援対策報告書では当該指摘は削除されている。

しかしながら、保育所等への入所ができなければ居宅内で就業に集中することなど不可能であり、保育所等への入所はテレワークの大前提である。そのため、テレワークの活用を促進していくのであれば、同時に、保育行政への働きかけも必要である。

2 柔軟な働き方を実施するための措置について

⑴ 措置義務に関する指針の方向性

両立支援対策報告書には、「子が3歳以降小学校就学前までの両立支援の拡充」の措置について、「個々の事情(家庭状況等)で2つの措置が利用できない労働者が存在することを考慮して、可能な限り労働者の選択肢を広げるよう工夫(3つ以上の措置を講ずることや、選択した措置のうち当該措置の中でヴァリエーションを増やすなど)をすることが望ましい旨、指針で示すことが適当である」と記載されている(両立支援対策報告書6頁)。

3つ以上の措置を講ずることなどが望ましい旨、指針で示すことは評価できるが、それだけでは不十分である。少なくとも将来的には、原則としていずれの措置も労働者が選択できる制度(可能な範囲で全ての選択肢を選択可能とする制度)を構築すべきであり、今回の法改正等でも、今回定められる措置義務はあくまで経過措置であることを明示すべきである。

また、両立支援対策報告書では、柔軟な働き方を実施するための措置について、3歳以降小学校就学前としているが、育児と仕事やキャリア形成の両立を果たすためには、少なくとも小学校6年生までの期間は柔軟な働き方が必要な場面が出てくると想定されることから、対象年齢は小学校6年生まで引き上げるべきである。

 

 

続きはここをクリックしてください

 

⑵ 措置の内容

両立支援対策報告書には、「子が3歳以降小学校就学前までの両立支援の拡充」の措置の内容として、以下の通り記載されている(両立支援対策報告書4頁)。

「各職場の事情に応じて、事業主が、柔軟な働き方を実現するための措置の選択肢として、以下の中から、労働者が選択可能なものを2以上選択して措置を講じる義務を設け、労働者は事業主が選択した措置の中から1つ選べることとすることが適当である。

  1. a) 始業時刻等の変更
  2. b) テレワーク等(所定労働時間を短縮しないもの)
  3. c) 短時間勤務制度(育児のための所定労働時間の短縮措置)
  4. d) 保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与(ベビーシッターの手

配及び費用負担等)

  1. e) 新たな休暇の付与(労働者が就業しつつ当該子を養育することを容易にす

るための休暇)」

しかしながら、a) 始業時刻等の変更、b) テレワーク等、c) 短時間勤務制度、d) 保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与と、e) 新たな休暇の付与は性質が異なる。a)~d)は日常的な働き方に関連するものだが、e) 新たな休暇の付与は突発的な事象等に対応するために必要なものであるから、これらを選択肢として並列するのは問題がある。

そのため、e) 新たな休暇の付与については別途、全ての事業主に適用される努力義務としたうえで、a) 始業時刻等の変更、b) テレワーク等、c) 短時間勤務制度、d) 保育施設の設置運営その他これに準ずる便宜の供与、これら4つの中から2以上を事業主が選択して措置を講じる義務を設けるべきである。

⑶ 措置の対象とならない労働者

両立支援対策報告書では、「子が3歳以降小学校就学前までの両立支援の拡充」について、当該事業主に引き続き雇用された期間が1年に満たない労働者については、労使協定で措置を講じないものとして定めた場合には対象外とすることが適当であるとの記載がある(両立支援対策報告書7頁)。

しかしながら、柔軟な働き方を実現するという労働者にとって本来であれば認められる権利を、当該労働者の意思を考慮せず定められてしまう労使協定によって制限すべきではない。

そもそも、柔軟な働き方を実施するための措置は、労働者が仕事と育児・介護を両立させながら勤務を継続していくことを目的としているものであることから、措置の対象とならない労働者を設定すること自体が適当とはいえない。

なお、上記記載は、育児介護休業・子の看護休暇・介護休暇・育児期間中の所定外労働の免除及び短時間勤務制度の適用対象者の制限に標準を合わせたものと見られるが、真の意味での仕事と育児・介護の両立を実現するためには、これらの場面についても労使協定による制限を見直すべきである。

3 所定外労働及び深夜業の制限について

両立支援対策報告書では、「3歳以降小学校就学前までの子を育てる労働者は、権利として残業免除を請求できることとすることが適当である」と記載されている(両立支援対策報告書7頁)。

しかしながら、研究会報告書にも記載があるように(研究会報告書18頁)、小学校6年生までの期間は、教育面や安全面での配慮から、親子で過ごす時間を十分に確保しなければ育児と介護の両立支援として不十分であることから、残業免除を請求できるように法改正すべきである。

また、深夜業の制限に関しても、小学校6年生までの期間は、安全面での配慮から、深夜業の免除を請求できるようにしなければ育児と介護の両立支援として不十分といわざるをえない(現在は、育児介護休業法19条1項に基づき、小学校就学前の子を養育する労働者は午後10時から午前5時までの間の深夜業の免除を請求することができる)。加えて、深夜業の制限範囲の拡大による負荷が周囲の労働者にかかるという事態を回避するため、代替要員の確保に関する助成措置もあわせて検討すべきである。

4 子の看護休暇制度の見直しについて

⑴ 子の対象年齢

両立支援対策報告書では、「請求できる期間は、子が診療を受けた日数の状況等を勘案して、小学校3年生修了時までとすることが適当である」と記載されている(両立支援対策報告書7頁)。

しかしながら、たとえ小学校高学年であっても、病児が一人で食事の準備・投薬管理などができるわけではなく、日中子を単独で療養させることは困難であり、一般的な共働き世帯における子育ての実態とは乖離している。疾病の罹患時は、高学年であっても健康面や安全面での配慮から子の看護が不可欠となる場合も多い。そのため、看護休暇制度における子の対象年齢は小学校6年生までさらに引き上げるべきである。

なお、研究会報告書には、「男女の休暇の取得状況等を参考にすると、女性に育児負担の偏りにつながりかねないことから、一律に取得可能な子の年齢を引き上げるべきではないとの意見もあった」との記載があるが(研究会報告書18頁)、現在すでに女性に育児負担の偏りがあるというのが実態であり、子が看護休暇の対象年齢から外れている場合は女性が必要に応じて有給休暇を取得しているにすぎないと見られる。そのため、女性への育児負担の偏りは、子の対象年齢の引き上げを反対する根拠とはなりえない。

⑵ 取得可能日数

両立支援対策報告書では、「子の病気のために利用した各種休暇制度の取得日数等の状況等に鑑み、現行の日数(1年間に5日、子が2人以上の場合は 10日)を維持することが適当である」と記載されている(両立支援対策報告書8頁)。

しかしながら、現在、学校保健安全法に基づき、インフルエンザの登校停止期間は「発症した後5日を経過し、かつ、解熱した後2日(幼児にあっては3日)を経過するまで」に変更され、発症した日からかぞえると最大で6日間の出席停止が必要という場合もありうる。つまり、子がインフルエンザに1回罹患しただけで看護休暇の取得日数を超えてしまうこともありうるのである。こうした状況に鑑みると、1年間に5日では不十分である。

⑶ 海外における看護休暇制度

この点、スウェーデンでは、子が12歳に達するまで(重篤な子は18歳に達するまで対象)、子1人につき年間120日間の看護休暇制度が設けられている(ただし、後半の60日間は、病状に関して要件が付される)。

また、フランスでは、20歳未満の子につき、最長4か月、2回更新可能な「子どもに付き添うための休暇」という制度が設けられている。

両立支援対策報告書が掲げる「男女とも育児・介護といった労働者の家庭責任や私生活における希望に対応しつつ、仕事やキャリア形成と両立できるようにしていくこと」を実現するためには、日本においても、将来的には、柔軟かつ充実した看護休暇制度を目指していくべきである。

5 育児期の両立支援のための定期的な面談について

両立支援対策報告書では、これまでより制度利用期間が延びることで、制度の利用期間中に労働者の仕事と育児の状況やキャリア形成に対する考え方等も変化することが想定されるため、妊娠・出産等の申出時、育児休業からの復職時、短時間勤務制度や事業主が措置した制度の利用期間中などの機を捉え、定期的な面談を行うことが望ましい旨、指針で示すことが適当であると記載されている(両立支援対策報告書8頁)。

そうした定期的な面談の実施は重要である。もっとも、そうした面談において、妊娠・出産や育児休業・介護休業等に関する言動により妊娠・出産等した女性労働者や育児休業の申出 ・ 取得者等の就業環境を害するような発言が上司等からなされるというハラスメントが多数発生している。

この点、男女雇用機会均等法11条の2及び育児介護休業法25条によって、上司・同僚が、妊娠・出産や育児休業・介護休業等に関する言動により、妊娠・出産等した女性労働者や育児休業の申出 ・ 取得者等の就業環境を害することがないよう防止措置を講じることが事業主に義務付けられているにもかかわらず、上記ハラスメントが多数発生している実態を踏まえて、改めて厚生労働省としても、広く啓発・周知等を行うべきである。

6 制度の活用をサポートする企業や周囲の労働者に対するサポートについて

研究会報告書では、「育児休業や短時間勤務を活用する労働者の業務を、外部からの代替要員や周囲の労働者によりカバーする場合に、代替要員の雇用や周囲の労働者の負担軽減を行う中小企業に対する助成措置の強化や、企業規模にかかわらず、制度利用者がいる職場の業務量・達成目標の見直しや体制の整備などに関するノウハウの共有などが必要である」と記載されていた(研究会報告書22頁)。ところが、両立支援対策報告書では、「育児休業や柔軟な働き方を可能とする環境整備を行う中小企業に対する助成措置を強化することが適当である」とだけ記載されている(両立支援対策報告書8頁)。

両立支援対策報告書では、「代替要員の雇用」とは明記されていないものの、育児休業や柔軟な働き方を可能とする環境整備を行う中小企業に対する助成措置の強化は、代替要員の確保を支援する取組みとして掲げられていると解すべきである。たとえば、製造業等のラインで勤務する労働者は、ラインの稼働時間にあわせて稼働することが通例とされているが、時短勤務の申請等でラインの稼働時間に穴を空けてしまうということで、結局、ラインの業務からはずれるか、時短勤務を諦めるか、といった問題に直面している。育児休業や柔軟な働き方を可能とする環境整備を実現するためには、代替要員の配置、そして、それに向けた公的な助成措置は必要不可欠である。

代替要員を確保できれば、育児休業等の取得率向上につながり、育児休業等を取得した労働者に対する不利益取扱い等を防ぐ効果も期待できる。もっとも、代替要員を確保するにあたってコスト増加を伴う場合には、事業主が代替要員を確保することに後ろ向きとなり、ひいては育児休業等の取得促進を妨げることとなる。そのため、代替要員の確保を支援する取組みとして、助成措置の強化は非常に重要である。

7 男性による育児休業取得について

⑴ 育児休業取得状況の公表

研究会報告書では、「政府において男性の育児休業取得率の目標を掲げる場合には、取得率だけでなく、男性の育児休業取得日数や育児・家事時間等も含めた目標の検討が必要である」と記載されていた(研究会報告書23頁)。ところが、両立支援対策報告書では、「男性の育児休業の更なる取得促進のため、常時雇用する労働者数が 1,000 人超の事業主に義務付けられている男性の育児休業取得率の公表義務の対象を拡大し、300 人超の事業主にも公表を義務付けることが適当である」と記載されているにとどまり(両立支援対策報告書9頁)、研究会報告書に含まれていた「育児・家事時間等」が除かれている。

しかしながら、出産・育児による女性の離職を防ぎ、両立支援対策報告書が掲げる「男女とも育児・介護といった労働者の家庭責任や私生活における希望に対応しつつ、仕事やキャリア形成と両立できるようにしていくこと」を実現するためには、男性の育児参加が不可欠である。そして、男性の育児参加については、短期間の育児休業の取得だけでは不十分であり、実際に男性が一定程度の育児休業日数及び育児・家事時間の確保がなされているか否かの検討が重要である。なお、現状、育児休業を6か月以上取得したのは女性が95.3%に対して男性はわずか5.5%であり、男性の育児休業は5日未満が25%、5日以上2週間未満が26.5%で、半数あまりが2週間未満の取得となっており[2]、育児休業の期間の短さが大きな課題となっている。

確かに、男女の育児休業取得状況に大きな差が存在する現状を踏まえれば[3]、まずは男性の育児休業取得率の向上が喫緊の課題といえる。しかしながら、2023(令和5)年7月31日に厚生労働省が公表した「令和5年度男性の育児休業等取得率の公表状況調査」(速報値)によれば、従業員1000人の企業に限れば男性育休取得率は46.2にまで増加しており、取得率だけを取り上げる段階ではないともいえる。速やかに男性の育児休業取得日数の増加や育児・家事時間の確保も目指すべきであり、そのためには、男性の育児休業取得日数や育児・家事時間等も含めた目標の検討が現段階から必要である。

⑵ 男性の育児休業取得を促進するための対策

育児休業制度の利用を希望していたができなかった男性・正社員労働者の割合は約4割であり[4]、男性・正社員労働者が育児休業制度を利用しなかった理由は、「収入を減らしたくなかったから」、「職場が育児休業制度を取得しづらい雰囲気だったから、または会社や上司、職場の育児休業取得への理解がなかったから」、「自分にしかできない仕事や担当している仕事があったから」が多くなっている[5]

そのため、男性が育児休業を取得しやすくするためには、育児休業の一部期間だけでも給与相当額を全額保証すること、人事上の不利益を一切なくすこと(育児休業の取得期間を昇給、昇格に影響させない等)、経営方針として育児休業の取得を進めること、育児介護の理解促進のための研修を行うこと、育休取得者に不公平感を抱かれないような職場風土を醸成すること、業務の調整等が重要である。

現在、職業安定分科会雇用保険部会において、両親がともに14日間以上の育児休業を取得した場合は、手取り収入が育児休業前の「実質10割」になるよう、育児休業給付を拡充する案が示されているが、そういった労働者の経済的な不安を払拭する方向での具体的な対策が望まれる。

8 両立支援制度を安心して利用できる制度の在り方について

研究会報告書では、「育介指針は、事業主等に対して、育児・介護休業法の履行に当たり、取るべき望ましい行動を示すことで、労使双方が安心して制度を活用できることに資するものであることから、その内容が理解しやすいものとなっているかについて不断に見直し、また、周知していくことが重要である」と記載されていたが(研究会報告書27頁)、両立支援対策報告書では、上記記載は削除されている。

しかしながら、妊娠、出産、育児、介護に関しては、母性保護や仕事との両立支援のための権利・制度が多数整備されているものの、その根拠法令は労働基準法(産前産後休業、育児時間等)、男女雇用機会均等法(母性保護、マタハラ防止措置義務等)、育児介護休業法(育児介護休業、時短勤務等)と分かれており、さらに各制度の詳細は規則や指針の定めに委ねられているものもあり、極めてわかりにくいものとなっている。

また、各企業においても、就業規則には「育児・介護に関する権利制度は法令の定めるところによる」旨記載されているだけであり、これらの権利・制度をすべて具体的に明記していない企業も多い。そのため、法令で保障されている権利・制度をそもそも知らない使用者・労働者が少なくない。その結果、労働者がこれらの権利制度を活用しきれていない現状があるとともに、権利・制度の不知による不利益取扱、ハラスメントも多数発生している。

かかる現状からすれば、事業主に対し、改めてすでに法令等に定められたこれらの権利・制度について、すべての労働者に周知、啓発することを義務化すべきである。また、権利・制度の理解促進にあたっては、研修が効果的であるため、事業主に対して研修実施を義務化すべきである。さらに、令和4年4月1日施行の改正育児介護休業法では、育児休業等についての個別周知が義務化されたが、個別周知義務の対象も妊娠、出産、育児、介護に関するすべての権利・制度に拡大すべきである。

また、妊娠・出産・育児に関連するハラスメントについては、労働局の雇用環境・均等部(室)が迅速かつ適切に対応すべきである。しかしながら、現状では、労働局の雇用環境・均等部(室)は機能しておらず、権限の付与も不十分である。

セクシュアル・ハラスメント、マタニティ・ハラスメント、育児・介護ハラスメントの例をみると、是正指導は行われているものの、法が定めているのは事業主の雇用管理上の措置義務であるため、その指導もあくまで措置の履行に限られている。すなわち、措置を義務づけているだけであるため、ハラスメントの有無の認定や、その被害救済そのものについての調整指導が行われるわけではないのである。その点において、被害者の期待と制度が用意する解決との間に乖離が生じている[6]。なお、違反企業に対する企業名公表の制裁は、過去に1例しかなく、全く機能していない。

また、紛争解決援助の申立は、令和4年度調査で、セクシュアル・ハラスメント80件、マタニティ・ハラスメント(不利益取扱い含む)101件、育児ハラスメント(不利益取扱い含む)120件、介護ハラスメント(不利益取扱い含む)8件と極めて少ない。

その背景には、そもそも行政への相談のしにくさや、解決に対する消極的姿勢、解決水準の低さ(解決できない、極めて低額の金銭解決など)といった問題があると思われる[7]。これでは、ILO条約が求める「安全かつ公正で効果的」な紛争解決手段とはいえない。妊娠・出産・育児に関連するハラスメントについて、都道府県労働局による行政指導や紛争解決援助の対象を措置義務だけでなく、ハラスメント被害の直接的な救済や解決を含むものに拡大する必要がある。

9 有期雇用労働者の育児休業取得等の促進について

⑴ 有期雇用労働者への育児休業等に関する説明の徹底

研究会報告書では、「有期雇用労働者の育児休業制度に関する周知を引き続き行うことが必要である。その際には、女性労働者が産前・産後休業に関する制度を知らずに退職することで、育児休業を取得できない場合もあることを踏まえ、産前・産後休業の制度と併せて周知していくことが重要である」と記載されていたが(研究会報告書29頁)、両立支援対策報告書では、上記記載が削除されている。

令和元年10月1日から令和2年9月30日までの1年間に在職中に出産した女性のうち、令和3年10月1日までに育児休業を開始した者(育児休業の申出をしている者を含む。)の割合は85.1%と、令和2年度の調査結果(81.6%)より3.5ポイント上昇している。また、同期間内に出産した、有期雇用労働者の育児休業取得率は68.6%で、令和2年度の調査結果(62.5%)より6.1ポイント上昇している。

無期雇用労働者、有期雇用労働者、ともに育児休業取得率は上昇傾向にあるといえるものの、全体に占める割合はいまだに有期雇用労働者の方が大幅に低いのが現状である。

そのため、前述したような法令等に定められた権利・制度に関するすべての労働者への周知、啓発の義務化とともに、有期雇用労働者に対する育児休業等に関する周知も別途義務化する必要がある。

⑵ 妊娠・出産に関する雇止めの制限の新設の検討

育児休業の取得要件が緩和されたものの、有期雇用労働者は、無期雇用労働者よりも地位が不安定であるのは紛れもない事実であり、それゆえに、安心して産前産後休暇や育児休業を取得できないという側面がある。また、地位が不安定であるために、ハラスメント被害を受けることも多い。

そこで、速やかに有期雇用労働者に対する雇止めに関しても制限を設けるべきである。具体的には、産前産後休業中及びその後30日間の解雇禁止と同様の制限や、妊娠中または出産後1年以内の雇止めに関する立証責任の転換が挙げられる。

以上

 

[1] 独立行政法人労働政策研究・研修機構(JILPT)「企業の転勤の実態に関する調査」(2017年10月発表)では、転勤後、その配偶者がそれまでの勤め先を辞めた割合が、国内転勤については27.4%、海外転勤にいたっては49.3%にも上るという回答結果が出ている(86頁)。

[2] 厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」

[3] 厚生労働省「令和4年度雇用均等基本調査」によれば、女性の育児休業取得率は80.2%に対し、男性の育児休業取得率は17.13%にとどまっている。

[4] 三菱UFJリサーチ&コンサルティング「仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書」(平成30年度)

[5] 厚生労働省委託事業「令和2年度 仕事と育児等の両立に関する実態把握のための調査研究事業報告書」

[6] 内藤忍「職場のハラスメントに関する法政策の実効性確保―労働局の利用者調査からみた均等法のセクシュアルハラスメントの行政救済に関する一考察」『季刊労働法』260号(2018年)42頁以下。

[7] 内藤忍、圷由美子、原昌登、「鼎談・ハラスメント新法とその今後」『季刊労働法』268号(2020年)13頁以下。