多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書に対する意見書

2022/4/25

多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書に対する意見書

2022年4月25日
日本労働弁護団会長 井上幸夫

第1 はじめに

厚生労働省労働基準局は、2021年3月24日、多様化する労働契約のルールに関する検討会を開催し、労働契約法18条(無期転換ルール)にかかる見直し検討規定(附則第3項)に基づく規定の見直し、及び、勤務地や職務などが限定されたいわゆる多様な正社員について規制改革実施計画に基づいて雇用ルールの明確化についての検討を進めた。同検討会は、2022年3月30日、多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書(以下、「報告書」という。)をとりまとめた。

日本労働弁護団は、2021年9月16日、多様化する労働契約のルールに関する検討会に関する意見書を発表し、有期労働契約の入口規制や労働条件格差の是正を図ったうえで、無期転換ルールの制度の周知徹底及び制度の充実化を図るべきこと、いわゆる非正規公務員への制度的手当の拡充を行うべきこと、無期転換ルールの特例に関する見直しを行うべきこと、及び多様な正社員に関する労働契約ルールの整備をするべきであることについて述べた。

しかし報告書は、有期労働契約の入口規制等、現行制度では達せられない有期労働契約に対する規制の在り方に言及しないだけでなく、無期転換ルールの活用を阻害し無期転換前の雇止めを誘発する制度の見直しに踏み込まない等、検討会が設定された目的である無期転換ルールの施行状況を踏まえて講ずべき必要な措置が述べられていない。これでは、無期転換ルールの施行後明らかになっている無期転換前の雇止め誘発や、転換後のいわゆる正社員との労働条件格差の固定化といった「副作用」の見直しがなされない不十分な内容となっている。

また、多様な正社員については、労使双方にとって多様な正社員が有益であるとし、多様な正社員の労働契約関係の明確化に言及する。しかし、多様な正社員の推進よりもまず着手するべきは、無限定な配転を強いられ、長時間労働を余儀なくされるような働き方を強いられている現状の正社員の働き方の見直しであり、検討すべき施策が誤っている。

さらに、この報告書では、無期転換ルール及び多様な正社員の双方に関して、労使コミュニケーションの在り方について中長期的な課題として言及する点も問題である。このテーマは有期契約労働者やいわゆる正社員とは異なる次元の、集団的労使関係の在り方に関わる重大テーマである。労働者代表が検討会委員に加わっておらず公労使三者構成の取られていない本検討会で、軽々しく意見を述べるべきではない。

今後、この報告書を踏まえて、労働政策審議会等で具体的な法案作成などの施策に向けて議論がなされるはずであるが、本意見書では、その際に検討されるべき報告書の問題点を指摘し、本来行われるべき必要な措置について当弁護団としての意見を述べる。

第2 無期転換ルールに関する見直しについて

1 「2(2)無期転換を希望する労働者の転換申込機会の確保」について

(1) 報告書の内容

報告書は、「労働者が各社の無期転換制度を理解した上で無期転換申込権を行使するか否かを主体的に判断しやすくするとともに、紛争の未然防止を図るためには、使用者が要件を満たす個々の労働者に対して、労働契約法18条に基づく無期転換申込みの機会の通知を行うよう義務づけることが適当である。」とした上で、「上記の通知の義務づけについては、無期転換が労働契約の期間に関わる重要な事項であることを踏まえると、労働基準法15条に基づく労働条件明示の明示事項とすることが適当である。」としている。

通知のタイミングについては、無期転換申込権が発生する契約更新ごとのタイミングが適当であるとする。

通知内容については、「無期転換後の労働条件は各社各様である一方、無期転換後の労働条件が分からなければ、労働者は無期転換するかどうかを決めることができず、権利の行使をためらうことが考えられることから、使用者から労働者への無期転換申込機会の通知等と共に、無期転換後の労働条件も併せて通知することが適当である。」とする。

無期転換申込権が発生した労働者に対して権利行使の意向確認を使用者の義務とすべきとの意見については、意向確認を使用者の義務とすることには慎重な検討が必要との意見があるとの理由により、「上記のような意向確認は労働者の権利行使を容易にする効果が期待できる」とは述べるものの、立法化については明言されていない。

求人段階での無期転換ルールの取扱いや実績についての周知化については、「周知することが望ましい」との表現にとどまった。

⑵ 意向確認を義務化するべき

報告書が、無期転換ルールの存在及び内容、並びに無期転換後の労働条件について、労働基準法15条に基づく労働条件明示の明示事項とした点は評価できる。

労働基準法15条に基づく労働条件明示の明示事項とした理由の一つは、無期転換ルールに関する労働者の情報入手ルートの5割超が勤務先からであることにある。検討会も、「上記のような意向確認は労働者に権利行使を躊躇させないことに資する」とまで述べるのであれば、対象労働者に対して、制度内容の理解をさらに一歩進め、実際に利用を促進させるためにも、使用者に対し、無期転換申込権の行使意向の有無を確認する義務を課すべきである。

併せて、制度の実効性を持たせるためには、権利の告知義務や意向確認義務に違反したことにより当該有期契約労働者が無期転換申込権を行使することができなかった場合には、対象労働者が無期転換申込権を行使したものと推定する、又は、無期転換申込権を行使しないまま雇止めされた後も一定期間内は引き続き遡及的に無期転換申込権を行使できるものとすること等の救済措置を含む立法措置を講じるべきである。

⑶ 労働契約締結段階、契約更新段階や求人段階での明示義務を課すべき

求人段階においても、当該企業が無期転換ルールを遵守し、活用している会社なのかどうかを求職者側に情報提供することは、制度の利用を企業側から促進することにもつながり、極めて有益となり得るため、「周知することが望ましい」というだけでなく、求人者等が職業安定法5条の3所定の明示すべき事項として、無期転換申込権の存在及び内容を追加し、もって求人段階における労働市場を通じた無期転換申込権の周知を図るべきである。

また、権利の周知を徹底するという意味では、無期転換申込権が発生する契約更新ごとのタイミングのみならず、権利発生前の労働契約締結段階や契約更新段階においても権利内容に関する通知を図るべきである。とりわけ、無期転換申込権の発生を阻止するための雇止めがなされる場合に、これに対しても抗う術を労働者に伝える必要があるが、権利発生時にのみ周知するのではそれが実現できないのである。

2 「2(3)無期転換前の雇止め等」について

⑴ 報告書の内容

報告書は、更新上限設定について、紛争の未然防止や解決促進のため、使用者に、

・ 更新上限の有無及びその内容の労働条件明示の義務づけ(労働基準法施行規則5条1項1号の2の「更新する場合の基準」の中に更新上限の有無・内容が含まれることの明確化)

・ 最初の契約締結より後に更新上限を新たに設ける場合には、労働者からの求めに応じて、上限を設定する理由の説明の義務づけ(有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準(平成15年厚生労働省告示第357号。以下「労働基準法告示」という。)における規定の追加)

を措置するとしている。

併せて、「使用者が更新上限の有無及び内容の明示をしたことや労働者が更新上限条項に異議を唱えず契約更新に応じたことのみでは、更新上限について有効な同意が成立したとは認められず、更新の合理的期待は必ずしも消滅しないこと」「使用者が、恣意的に労働者ごとに更新上限を適用するか否かを決めて更新の有無を判断している場合も、労働者の更新の期待は必ずしも消滅しないこと」に関する周知を図ることが適当であるとしている。

無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対する対応については、何が禁止される「不利益な取扱い」に該当するかという整理が難しく、また、どのような事例が無期転換申込みを行ったこと等を「理由として」に当てはまるのかの認定も困難であり、立法措置をとった場合にその解釈・適用に疑義が生じかねないことを懸念する意見があったこと等を踏まえ、立法化は見送られた、

⑵ 不更新条項に対して厳格な立法措置を図るべき

不更新条項の有無及び内容の労働条件明示の義務付けや、上限を設定する理由の説明の義務付けが図られる点は一定の評価ができる。

しかし、後者については「労働者からの求めがあった際に」という留保つきであり、労働者に対する情報提供の徹底という観点からは必ずしも十分なものではない。

そもそも不更新条項を定めること自体への法規制が必要である。不更新条項が、無期転換ルールを潜脱するものであることから、更新途中で更新上限規定(不更新条項)を定めることを明文で禁止すること、特段の事情ない限り不更新条項によって更新回数・更新年度を制限することはできないことを明文化しつつ、特段の事情の内容を指針により明確化していくこと、といった抜本的な立法措置を講じるべきである。仮に不更新条項が入れられてしまう場合にも、条項を入れる必要性について、対象労働者への説明義務を使用者に課すことが、対象労働者に不更新条項の抑止や対抗手段を与えるために必要である。

⑶ 無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対する立法措置を講じるべきこと等

無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対する対応については、何が禁止される「不利益な取扱い」に該当するかという整理が難しく、また、どのような事例が無期転換申込みを行ったこと等を「理由として」に当てはまるのかの認定も困難だという見解は説得力に乏しい。報告書も述べるとおり、代表的な不利益取扱いは解雇、雇止め、労働条件の引き下げであり、まずはこれに絞った形の立法措置を講じることはできたはずである。「理由として」の認定も、マタハラにおける判断手法を参考に、権利行使が可能になってから一定期間内における不利益取扱いについては、使用者側の動機が無期転換申込みを行ったこと等を理由とするものであるという推定規定を置く等の明確な基準を設けたルール作りは可能であったはずである。

その他にも、無期転換申込権行使直前(権利発生前概ね1年程度)に行われる雇止め等の不利益措置を原則禁止し、脱法目的ではないこと、当該不利益措置に合理性があることの説明責任を使用者側に課すことは、対象労働者に対する情報提供の観点から必要な立法措置である。

また、無期転換ルールの実効性の確保の観点からは、無期転換申込権行使を妨害する行為(無期転換申込権を行使しようとする際、使用者が当該労働者に無期雇用に転換した際の労働条件として現状の労働条件よりも不利な労働条件を提示する等)が行われた結果、権利行使ができなかった場合には、対象労働者が無期転換申込権を行使したものと推定する、又は、無期転換申込権を行使しないまま雇止めされた後も一定期間内は引き続き遡及的に無期転換申込権を行使できるものとすること等の救済措置を含む立法措置を講じるべきである。

3 「2(4)通算契約期間及びクーリング期間」について

⑴ 報告書の内容

報告書は、「無期転換ルールが実質的に適用されるに至った施行後5年経過時からそれほど長期間経っていないこと、特に変えるべき強い事情がないと考えられることから、制度の安定性も勘案すれば、通算契約期間及びクーリング期間について、現時点で制度枠組みを見直す必要が生じているとは言えないと考えられる。」としている。

⑵ クーリング制度を直ちに廃止するべきであること

しかし、無期転換ルールが設けられた趣旨は、有期労働契約を反復更新して労働者を長期間継続雇用するという有期労働契約の濫用的利用を防ぎ、有期雇用労働者の雇用の安定を図る点にある(平成24年8月10日基発0810第2号「労働契約法の施行について」)。かかる制度趣旨と、クーリング期間の導入とは、本来的に相いれない。

法施行後、再雇用を約束したうえで雇止めをし、クーリング期間経過後に再雇用をしているような事例や、無期転換申込権発生前に、同一事業主が運営する別の事業場にて勤務させることで、あたかもクーリング期間が置かれているような外観が作出されているような事案に関する相談も、当弁護団には寄せられることとなった。このような脱法事例が相次いでいるにもかかわらず、「特に変えるべき強い事情がない」と結論付けることは許されない。

以上の理由から、このような脱法事例を数多く生み出す元凶となっているクーリング制度を直ちに廃止するべきである。

4 「2(5)無期転換後の労働条件」について

⑴ 報告書の内容

報告書は、無期転換後の労働条件に関する「別段の定め」について、「就業規則上の規定の合理性や自由意思に基づく労働者の同意が必要であることを周知していくことが考えられる。」とする。

無期転換後の労働条件の見直しについては、「企業が自社の人事制度全体を踏まえて、正社員登用をはじめとする多様なキャリアコースの検討等をすることができるよう、無期転換者を活用していくに当たって参考となる情報提供を行い、労使自治を促進することが適当である。」とする。

無期転換者と他の無期契約労働者との間の待遇の均衡については、「無期転換後の労働条件に関する決定をするにあたって労働契約法3条2項の趣旨を踏まえて均衡を考慮した事項について、労働契約法4条第1項の趣旨を踏まえて、労働者の理解を深めるため、・・・使用者に十分な説明をするよう促していく措置を講じることが適当である。」としつつ、パート・有期法8条類似の立法措置を講じることについては「無期契約労働者のうち、無期転換者のみをそうした規定の対象とすることの合理性は特段ないものと考えられ、また、無期転換者も無期契約労働者も多様であることから、慎重な検討が必要と考えられる。」としている。

⑵ 無期転換者の待遇改善を図るための抜本的な立法措置を講じるべき

報告書が述べる対応は、いずれも労使に問題解決を委ねているだけであり、無期転換者の待遇改善に対して直接有効な措置とは評価し得ない。報告書が立法措置を講じる必要がないことの理由として掲げる「無期契約労働者のうち、無期転換者のみをそうした規定の対象とすることの合理性は特段ない」「無期転換者も無期契約労働者も多様である」との点は、いずれも合理的な理由とは言えない。

真に待遇改善を実現するためには、無期転換申込権を行使した労働者と当該使用者と期間の定めのない労働契約を締結している他の労働者とを比べ、その労働条件について合理的な理由なく不利益に取り扱われてはならないこと、労働条件の格差に合理性のあることの立証責任は、合理性があることを主張する使用者が負うとすること、及び、合理的な理由があるとは認められない労働条件の不利益取扱いについては、その労働条件の定めは無効とし、不利益取扱いがなければ待遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件とするという規定を新たに創設するなど、抜本的な立法措置を講じる必要がある。

5 「2(6)有期雇用特別措置法に基づく無期転換ルールの特例」について

⑴ 報告書の内容

報告書は、「有期雇用特別措置法がなければ、企業がプロジェクトの進捗状況等に応じて必要な高度専門職を雇用しにくくなるほか、65歳を超える高齢者の継続雇用に慎重になると想定されるため、有期雇用特別措置法があることで雇用が進んでいる面もあると言える。特に、高齢者雇用は過渡期にあり、今後70歳までの継続雇用の増加も見込まれることから、第二種の意義は大きくなっていると考えられる。」「他方、特例の存在が知られていないという課題があるため、高度専門的知識を有する人材や定年後再雇用者の能力発揮を求める使用者が制度を利用できるよう更なる周知を行うことが適当である。」とする。

(2) 根拠のない特例は認めるべきではない

無期転換ルールの特例を定めた有期特措法のうち、第一種(高度専門職)について、報告書は規定がなければ「企業がプロジェクトの進捗状況等に応じて必要な高度専門職を雇用しにくくなる」などと述べるが、実際には本規定は2018年度に1件認定されただけであり、ほぼ使われていないことが明らかとなっている。そうであれば、法の特例を認めるべきと言えるほどの社会的な必要はないのであるから、直ちに特例を廃止するべきである。

⑶ 高年齢労働者の地位の安定化を図るべき

第二種(高年齢者)についても、報告書は「高齢者雇用は過渡期」であると述べるものの、高年法に基づく継続雇用制度のもとで雇止めが全国各地で頻発し、高年法のもとでの高年齢労働者の地位の不安定さはすでに社会問題化している。

報告書は「今後70歳までの継続雇用の増加も見込まれることから、第二種の意義は大きくなっている」「定年後再雇用者の能力発揮を求める使用者が制度を利用できるよう更なる周知を行うことが適当である」などと述べるが、無期転換ルールの特例を設けなければ高年齢労働者の活用が図れないという事実はない。むしろ、高年齢労働者の地位の安定化を図った上で、契約期間を気にすることなく職務に当たらせた方が、十分な能力の発揮が期待できよう。

高年齢労働者の地位の安定化を図ることは社会的な急務となっている中で、今回の見直しを機に、特措法を廃止し、併せて非正規雇用の入口規制を導入することで、高年齢労働者の十分な法的保護が図られるよう立法措置を講じるべきである。

第3 「3多様な正社員の労働契約関係の明確化等について」について

1 報告書の内容

報告書は、「いわゆる正社員」と「非正規雇用の労働者」の働き方の二極化を緩和し、労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスや自律的なキャリア形成と、企業による優秀な人材の確保や定着の実現が重要だとし、多様な正社員のさらなる普及・促進を図るべきだとする。

その上で、多様な正社員の労働条件明示につき、「労使の予見可能性の向上と紛争の未然防止、労働者の権利意識の向上のほか、労使双方にとって望ましい形で、個々人のニーズに応じた多様な正社員の普及・促進を図る観点から、労働基準法15条による労働条件明示事項として、就業場所・業務の変更の範囲を追加することが適当と考えられる」とする。

明示された勤務地や職務が無くなったことを理由に解雇が促進されかねないとの懸念が考えられる点に関しては、「限定された職務・勤務地が廃止されたとしても、当然解雇が正当化されるということにはならないこと等、裁判例等に基づく考え方を周知することが適当である。」とする。

明示すべき時期に関しては、「労働基準法15条に基づく書面明示については、労働条件の変更時も明示すべき時期に加えることが適当」であるとする。

そのうえで、労働条件の変更を明示する方法につき、個別契約によって労働条件が変更された場合は「他に変更内容を書面で確認できる制度的担保がないため、労働基準法15条の労働条件明示と同様に明示の対象とすることが適当である」と述べる一方で、「就業規則の新設・変更のケースについては、就業規則の変更により労働条件が変更された際に、その内容を個々の労働者に書面等により明示するとすることが本来的には望ましい。他方、労使双方がその内容を書面等で確認できるようにするという観点からは、就業規則は労働基準法106条1項により労働者への周知義務があることや、個別明示の有効性が実際には必ずしも高いとはいえないこと、更に使用者側の負担や煩雑さにも鑑み、就業規則の周知を徹底することを前提に、就業規則による変更後の労働条件の明示までは不要」とする。

2 労働条件明示のあり方につき一歩進んだ立法措置を講じるべき

報告書が、労働条件明示の範囲を就業場所・業務の変更の範囲にも広げること、労働条件が個別契約で変更される場合にも広げることは、一定の評価ができる。

また、報告書が「限定された勤務地・職務が廃止されたとしても、それによる解雇が当然に正当化されることにはならないこと(使用者が一方的に配置転換を命じることはできず、事案の内容に応じ、配置転換の打診や退職金の上乗せ等の解雇回避努力義務を尽くすことが求められること)」として、限定された勤務地や職務が無くなったことを理由にした安易な解雇が許されないとしていることは、重要である。

しかし、報告書が指摘するように、多様な正社員は労働条件が通常の正社員と異なる分、労働条件の明示がより一層重要であるにもかかわらず、労働条件の明示が適正に進んでいるとは言い難い現状がある。2016年10月に実施されたJILPTの調査によれば、多様な正社員につき、就業規則上あるいは個別労働契約上で労働条件の明示が行われている企業は、36.2%にとどまっている。

このような現状を踏まえ、労働条件明示の方法として、就業規則の新設・変更で労働条件の変更がなされるケースでも、あくまでも、当該労働者に対して個別に変更を明示しなければならないとすべきである。就業規則に記載するだけでは、当該労働者に対して必要な情報が周知されているとは、到底言い難い状況がある。

3 労働条件格差の是正に対する直接的な立法措置を講じるべき

いわゆる通常の正社員と、多様な正社員との間で、労働条件に格差を設ける使用者が多いと思われるが、現状、契約期間の定めのない正社員間の労働条件格差について手当をする規定は存在しない。明文規定がない点に目を付けた悪質な使用者が、パート有期法の潜脱のために、労働条件に格差を設けたいと考える対象従業員を、多様な正社員にし、格差を維持してしまうような法の潜脱が生じることが想定しうる。

報告書は、通常の正社員と多様な正社員との間の労働条件格差に対する直接的な対応策を何ら検討せず、労使間のコミュニケーションに委ねてしまっているが、このような検討だけでは格差是正に必ずしも結びつかないことは自明である。

4 正社員の働き方こそ見直すべき

報告書は、「いわゆる正社員」と「非正規雇用の労働者」の働き方の二極化を緩和し、労働者一人ひとりのワーク・ライフ・バランスや自律的なキャリア形成と、企業による優秀な人材の確保や定着の実現が重要だと指摘する。

しかし、そのためにまず着手するべきは、多様な正社員制度の推進ではなく、無限定な配転を強いられ、長時間労働を余儀なくされるような働き方を強いられている現状の正社員の働き方の見直しである。

現状は、配転命令に対する労働契約上の規制は極めて実効性が乏しく(育児介護休業法26条等)、家庭生活の維持が困難な配転命令等によって、就労継続が事実上困難となり離職する労働者はあふれており(とりわけ、女性労働者にその不利益が及びがちな社会実態があり、職場におけるジェンダー格差を生む大きな要因ともなっている)、労働契約法が定める「労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべき」(労働契約法3条2項)という理念も空文化している。

また、この間、政府は労働時間の罰則付き上限規制導入などの施策に取り組むが、現状は長時間労働が是正されたとは言い難く、医師・教員など法改正の網から漏れた分野も放置されている。

かかる現状を踏まえれば、政府がやるべきは、多様な正社員の推進をするのではなく、むしろ直截に、無限定な配転命令に対する規制を強化する実効的な施策や、長時間労働を防止するための実効性ある方策を進めることである。

第4 「4 労使コミュニケーション等」について

1 報告書の内容

報告書は、無期転換関係においても多様な正社員関係においても、労使間のコミュニケーションを促進することが重要であるとしつつ、現状の労働組合が無期転換者の意見反映の役割を担えていないことや、無期転換者について労働組合の加入資格があるものが半数程度にとどまることを指摘しつつ、「過半数代表者に関する適正な手続での選任の確保等の制度的担保や新たな従業員代表制の整備を含め、多様な労働者全体の意見を反映した労使コミュニケーションの促進を図る方策も中長期的な課題」であると指摘する。

中でも通常の正社員と多様な正社員との間の労働条件格差については、「勤務地等が限定された多様な正社員を超えて、労働者全体の人事制度の設計・運用にかかわるものであるため、これらについての取組を考える場合には、関係する労働者の意見が適切に反映されるよう、労使間でのコミュニケーションを促すことが適当である。こうした取組は、いわゆる正社員と多様な正社員の間の不合理な格差の見直しにもつながりうるものと考えられる。」としている。

2 三者構成・労使同数制度を踏みにじる議論であること

しかし、多様な正社員等に関する集団的な労使関係を含む労使コミュニケーションの在り方は、労働者代表を含む労働政策審議会で議論すべき事柄であって、労働者代表が検討会の委員に入ってもいない本検討会で、軽々に議論すべきではない。

三者構成は、ILO創設のもととなったヴェルサイユ条約(1919年)や、ILO憲章の付属文書とされているフィラデルフィア宣言(1944年)等において労使を含む三者構成の重要性が示されたことに由来する国際的な慣行であり、ILOの機関も日本でも確立した慣行である。

とりわけ、この報告書が言及する多様な労働者全体の意見を反映した労使コミュニケーションの促進を図る方策は重要な課題であるが、これは集団的労使関係の在り方にも大きな影響があり労働組合の組織・運営・活動などにも大きな影響がある事項である。そうであれば、労働者代表が委員に加わった労働政策審議会で正面から議論するべきであって、労政審で議論する前に、本検討会で先行し外堀を埋めるように議論を進めていくことは、三者構成制度を踏みにじるもので容認できない。

3 労働組合の結成や加入を促進するべき

報告書が指摘する通り、無期転換関係においても多様な正社員関係においても、労使間のコミュニケーションを促進することは重要である。

しかし、本来、労使間の集団的コミュニケーションを担い、使用者側との橋渡しとなっていくべき主体は、憲法や労働組合法により力を備えた労働組合である。仮にこの報告書が述べるように、現状の労働組合が無期転換者の意見反映の役割を担えていない現状などが存在するとしても、施策として取るべきは、労使間の集団的コミュニケーションを促進する最も有効な手段である労働組合に、より多く、そしてより広く労働者が加入できるように、国としても労働組合への呼びかけや、労働組合の結成や加入を促進するような施策などである。

たとえば、労働組合の結成・加入を促進するために行政が啓発活動を行うこと等が重要である。この点、当弁護団が提唱するワークルール教育推進法を制定し、実効性あるワークルール教育が学校・地域社会などで広く行われれば、労働者に対して、労働組合に加入をして集団的なコミュニケーションを図る意義、具体的な結成・加入の方法を周知する、大きな力になるはずである。

第5 報告書で見直しが図られていない論点について

1 本報告書は、上記のように本来は議論すべきではない集団的労使関係論に言及をしつつ、他方で、当検討会の設定目的である無期転換ルールの施行状況を踏まえて講ずべき必要な措置として検討するべきテーマは十分に検討されていない。その一例として、既に2021年9月16日に当弁護団が発表した多様化する労働契約のルールに関する検討会に関する意見書の中でも指摘をした無期転換ルールの特例である研究者に関する制度の見直し、非正規公務員への制度的手当が上げられる。

2 大学等研究機関の研究者に関しても、無期転換ルールの特例が認められているが、そもそも、無期転換ルールが設けられた趣旨(有期労働契約を反復更新して労働者を長期間継続雇用するという有期労働契約の濫用的利用を防ぎ、有期雇用労働者の雇用の安定を図る)と、大学等研究機関の研究者に対し広く特例を認めることとは、本来的に矛盾している。

その上、現実問題として、制度の濫用事例も非常に多い。例えば、相当数の研究機関において、専門性が欠如しており、本来は適用できない事例であるにもかかわらず、有期雇用の研究者であるということだけで無期転換ルールの潜脱が行われている。大学においてドイツ語の授業、試験、及び、これらの関連業務のみに従事している非常勤講師について、科学技術・イノベーション創出の活性化に関する法律15条の2第1項1号の「研究者」に該当しないとして、5年での無期労働契約への転換を認めた判決が近時出されてもいる(専修大学事件・東京地裁令和3年12月16日判決)。

このような法の潜脱は放置してよいはずがなく、大学等研究機関の研究者に対する特例を速やかに廃止し、併せて非正規雇用の入口規制を導入することで、十分な身分保障が図られるようにするべきである。このことは、日本の学術機関における研究基盤の強化にとっても有用である。

3 いわゆる非正規公務員についても、報告書では何ら言及されていない。

しかし、この検討会で無期転換ルールがある程度社会に浸透している実情が明らかになった反面、他方で、労働契約法が適用除外となっており、無期転換ルール(労働契約法18条)や、雇止め法理(労働契約法19条)の保護の埒外に置かれているいわゆる非正規公務員(労働契約法21条)について、全国各地で不合理極まりない「雇止め」(再任用拒否)が頻発し、民間労働者より不安定な法的立場に置かれている実態がある。

本来、公務職場は民間職場の模範であるべきであるが、現状は、むしろ公務職場においていわゆる非正規公務員の不合理な「雇止め」が頻発し、社会全体の雇用の不安定化を招いている公務職場の労働条件は、関係団体等や当該地域で雇用される労働者の雇用慣行などにも大きな影響があるため、公務職場での不合理な「雇止め」が、労働契約法が適用される民間職場に対しても悪影響を及ぼしているのである。

そこで、政府は無期転換ルールの施行状況を踏まえて講ずべき必要な措置として、いわゆる非正規公務員に対しても、無期転換ルール(労働契約法18条)や、雇止め法理(労働契約法19条)のような不合理な「雇止め」に対する歯止めに類似の制度が適用されるような必要な立法措置を講じるべきである。

以上