公立学校教員の労働時間法制の在り方に関する意見書

2023/8/18

(630KB)

公立学校教員の労働時間法制の在り方に関する意見書

2023年8月18日
日本労働弁護団会長 井上幸夫

第1 はじめに

教員の長時間労働が、数多くの過労死等を引き起こしている[1]教員の劣悪な労働条件という次元の問題の範疇を超えて、多数の休職者等により教員不足をも生み出す要因となるだけでなく、教員から主体的な学びの機会を喪失するとともに、教員志願者数の減少・教員不足等を招き、教育の質の低下を引き起こす社会問題であるとも指摘されるようになって久しい。

文科省が実施した平成28年度の教員勤務実態調査では、公立学校教員の1週間あたりの学内勤務時間は、平均して小学校で57時間29分、中学校で63時間20分であり、学内勤務時間が週60時間を超える割合は、小学校で33.4%、中学校で57.7%に達した(いずれも教諭について)。国際的な比較においても、2018年にOECD(経済協力開発機構)が世界48の国と地域の中学校、世界15の国と地域の小学校を対象に、1週間当たりの教員の勤務時間を調査した結果で、日本の教員の労働時間は、小・中学校ともに参加国地域の中で最長となっている(OECD国際教員指導環境調査(TALIS)2018調査報告書)。

こういった状況を踏まえ、「教員の働き方改革」が取り組まれ、後述する様々な施策がとられた。文科省が実施した令和4年度の勤務実態調査においては、1週間あたりの「在校等時間」[2]について、平成28年度調査の学内勤務時間と比較して減少がみられた。もっとも、週60時間を超える教諭の割合は、小学校で14.2%、中学校で36.6%と、依然として高く、また、他方で持ち帰り残業については増加が認められ、教員の長時間労働の問題が解消されたとは到底言い難い。

こうした中、教員採用選考試験の受験者も年々減少し[3]、その主要な原因として教員の長時間労働など労働環境の問題が指摘されている。また、採用されたとしても、早期に退職する教員も多く[4]、精神疾患による休職者も増加傾向にある[5]。さらには、長時間労働が常態化した教員の就労環境は、出産のみならず家事育児など家庭責任を負わされがちな女性教員にそのしわ寄せがいきやすく、職場におけるジェンダーバイアスを助長し、女性教員はより一層持続的な就労が困難な状況におかれている[6]

このような状況において、多くの自治体で公立学校教員の適正人数の教員を確保できない、いわゆる「未配置」の状況に陥っており、担任まで配置できないまま新学期を迎える等の深刻な人員不足の問題まで生じている。教員の人員不足は、適切な授業その他の教育を提供できなくなる可能性を高めることになり、教育を受ける子どもたちの不利益に直結する問題である。

また、教員が長時間労働に従事している場合、教材研究や授業準備に十分な時間をかけることができなかったり、授業以外の指導の時間を確保できないことが容易に想定され[7]、教育の質の面においても子どもたちの不利益につながる。

したがって、教員の労働条件・労働環境を巡る問題は、教員自身の労働問題という人権課題(憲法27条2項等)であるにとどまらず、子どもたちの教育を受ける権利(憲法26条)を保障できるかに関わる問題である。

また、教員は、子ども達にとって日々その働く姿をみる最も身近な「労働者」である。教員の働き方や教員の労使関係は、将来の日本の労働社会を担う子ども達にとって、本来であれば良い「お手本」となるものでなければならない。しかし、現在の教員の働く姿は、自らの健康や生活時間を犠牲にして、「子どものため」であればいかなる犠牲も厭わず「やり甲斐の搾取」にあい、休日どころか休憩時間の概念も実質的に存在しないような労働条件で労務を提供し、自己犠牲の下に子ども達に尽くす教員達を美談のように扱う状況が止まらず、子ども達に労働環境におけるジェンダーバイアスを植え付ける可能性もある。このような教員の実情は、子ども達の「お手本」となる労働者・労使関係の姿であるとは到底いえない。

現在の公立学校教員が置かれた状況は、公教育が維持できるか否かのまさに瀬戸際であり、教員が健康を維持しつつ持続的な働き続けることができ、教員が学生等の志望する真に「魅力的」な専門職となるために、教員の労働時間削減を中核とする労働環境の改善は急務である。

そこで、本意見書では、公立学校教員の長時間労働を生み出す法的な要因となっている「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」(以下、「給特法」という。)の問題を中心に、労働法的な観点から公立学校教員の労働時間法制の在り方に関して意見を述べる。なお、私立学校ないし国立学校の教員についても、公立学校教員の労働法制が事実上大きな影響を与えており、同様に長時間労働の実態が存在するものの、本意見書では主に公立学校の教員の労働時間法制を念頭に意見を述べることにしたい[8]

第2 公立学校教員の労働時間法制をめぐる近年の経緯

いわゆる「働き方改革関連法」(平成30年7月6日法律第71号)は、日本の多くの職場で常態化する長時間労働を是正するために、時間外労働に罰則付き上限規制を導入するなど労働基準法を改正したが、給特法によって公立学校教員はその法改正の動きからも取り残された。

とはいえ、同法の参議院附帯決議11項は「教員の働き方改革」に言及し、「教員の厳しい勤務実態や学校現場の特性を踏まえつつ、ICTやタイムカード等による勤務時間の客観的な把握等適正な勤務時間管理の徹底、労働安全衛生法に規定された衛生委員会の設置及び長時間勤務者に対する医師の面接指導など、長時間勤務の解消に向けた施策を推進すること。」として、労働時間管理の徹底や、長時間労働是正に向けて言及している。

このような公立学校教員以外を取り巻く労基法改正等の状況も踏まえながら、2019(平成31)年1月25日、中央教育審議会(以下、「中教審」という。)は「新しい時代の教育に向けた持続可能な学校指導・運営体制の構築のための学校における働き方改革に関する総合的な方策について(答申)」(以下、「平成31年答申」という。)を発表した。

平成31年答申は、「学校における働き方改革を確実に進めるためには、教師一人一人や学校の取組も重要だが、何よりも文部科学省及び都道府県教育委員会、市区町村教育委員会等が今以上に本気で取り組むことが必要である。特に、文部科学省には、働き方改革に必要な制度改正や教職員定数の改善などの条件整備などはもちろんのこと、学校と社会の連携の起点・つなぎ役としての機能を、前面に立って十二分に果たすことを求めたい。」とし、文部科学省に対して働き方改革に必要な制度改正をも求めている。

また、平成31年答申は、教員の「‘子供のためであればどんな長時間勤務も良しとする’という働き方は、教師という職の崇高な使命感から生まれるものであるが、その中で教師が疲弊していくのであれば、それは‘子供のため’にはならないものである。」と、教員の長時間労働を生み出す職場風土の問題を指摘し、「教師のこれまでの働き方を見直し、教師が日々の生活の質や教職人生を豊かにすることで、自らの人間性や創造性を高め、子供たちに対して効果的な教育活動を行うことができるようになるという、今回の働き方改革の目指す理念を関係者全員が共有しながら、それぞれがそれぞれの立場でできる取組を直ちに実行することを強く期待する」と、子どものためにこそ働き方改革を進めるべきとも指摘している。

同日、文部科学省は「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」(以下、「上限ガイドライン」という。)を発表した。上限ガイドラインにおいては、「在校等時間」について、所定勤務時間を除いた在校等時間について、1か月で45時間、1年間で360時間とすることを目安とするなど、民間労働者に適用される時間外労働の上限規制(労基法36条4項・5項)と同程度の上限を定めるとともに(ただし、罰則はない)、在校等時間についてICTの活用やタイムカード等により客観的に計測すべきこと等を定めた。

その後、上限ガイドラインの内容は、2019年の給特法改正により指針に格上げされ、法的な根拠が与えられた(給特法7条。以下、「上限指針」という。2020(令和2)年4月1日から適用)。

同改正では、夏休み等の長期休業期間において、「学校における働き方改革を推進するための総合的な方策の一環として」「夏休み中の休日のまとめ取りのように集中して休日を確保すること等が可能となるよう」にすることを目的と謳って、1年間の変形労働時間制の導入を可能とする改正も行われた[9]

また、2019年の給特法改正の附帯決議では、「三年後を目途に教育職員の勤務実態調査を行った上で、本法その他の関係法令の規定について検討を加え、その結果に基づき所要の措置を講ずること」とされ(衆議院9項、参議院でも同趣旨の附帯決議が付された[10])、勤務実態調査の実施と、その結果を踏まえた給特法改正を含む対応について指摘された。

かかる状況において令和4年度勤務実態調査が行われたが、前述のとおり平成28年度勤務実態調査と比較して、一部労働時間の削減が見られるも、いまだ過労死ラインを超える長時間労働が蔓延する状況は変わらず、抜本的な改善が求められている。

かかる令和4年度勤務実態調査の発表に先立ち、給特法等の法制的枠組みを含めた処遇等の在り方が検討されることを見据えて、「質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する調査研究会」(以下、「調査研究会」という。)が設置され(2022(令和4)年12月20日第1回開催)、調査研究会は、2023(令和5)年4月13日、「質の高い教師の確保のための教職の魅力向上に向けた環境の在り方等に関する論点整理」(以下、「論点整理」という)を発表した。

そして、同年5月22日、文科省は、「『令和の日本型学校教育』を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について」中教審に対して諮問を行い、概ね「論点整理」で指摘された論点について審議することが予定されている。具体的には、「教師の職務と勤務態様の特殊性を踏まえて、勤務時間の内外を問わず教師の職務を包括的に評価し、時間外勤務手当の支給に代えて、一律給料月額の4%を支給することとしている教職調整額及び超勤4項目の在り方」、「現在の学校現場の状況や県費負担教職員制度等を踏まえた時間外勤務手当の支給に対する考え方」、給特法「をはじめとする公立学校に固有の仕組みの前提となる公立学校が担う役割と、公立学校が担う役割を踏まえた地方公務員である公立学校の教師の職務の在り方」といった、給特法改正を含む教員の労働時間法制についての方向性を議論することが予定されている。現在、「質の高い教師の確保特別部会」において、具体的な議論が行われているところである。

第3 給特法の仕組み及び同法下での実状について

1 給特法の仕組み

給特法(及び同法に基づく制度)は、以下の内容を定めている。

(1) 同法の趣旨は、「公立の義務教育諸学校等の教育職員の職務と勤務態様の特殊性に基づき、その給与その他の勤務条件について特例を定める」ことにある(同法1条)とされている。

(2) 教育職員(教諭等)に対して、給料月額の4%に相当する額の教職調整額を支給する一方で(同3条1項)、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給しないことを定め(同3条2項)、労基法37条の適用を除外している(同5条、地公法58条3項)。

(3) また、同法6条は、所定勤務時間を超えて勤務させる場合は政令の基準に従って条例で限定するとし(同1項)、政令を定める場合には教育職員の健康・福祉を害することのないよう十分に配慮するものとする(同2項)。そして、これを受けた平成15年12月3日政令第484号[11]は、勤務時間の割振りを適正に行い原則として時間外勤務は命じないとし、例外としての法定時間外勤務について、同時間外勤務を命ずる場合を4項目に限定をし(生徒の実習、学校行事、教職員会議、非常災害時等やむを得ない場合。いわゆる「超勤4項目」)、かつ、臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限定している。

(4) 教育職員に対しては、公務のために臨時の必要がある場合には、労基法33条3項に基づいて時間外・休日労働命令を発しうる(給特法5条)[12]。なお、前述のとおり、労基法37条が適用除外とされているため、この命令に従って時間外・休日労働に従事したとしても、時間外勤務手当及び休日勤務手当は支給されない(同3条2項)。

2 給特法の成立過程[13]

給特法改正を検討する際、給特法が成立した過程を踏まえることが重要である。給特法が成立した1971年当時、公立学校教員の時間外勤務手当の支払いを命じる自治体側敗訴の地裁・高裁判決が続出し、最高裁での敗訴判決も予想された状況であり、同法は以下に述べるように、時間外勤務手当の支給を免れさせる目論みで成立したのである。

給特法制定前は、公立学校教員にも労基法37条が適用され、校長は36協定がなければ時間外勤務・休日勤務をさせることはできず、時間外勤務等をすれば時間外勤務手当等が支給されるべき状況であった。しかし、実際には36協定も締結されず長時間の時間外勤務等が行われ、時間外勤務手当等も支給されない実態があった。そこで、1966年から、日本教職員組合(以下、「日教組」という。)は全国で時間外手当等請求訴訟(超勤訴訟)を起こし、労働者側勝訴・自治体側敗訴の判決が続々と出されるに至った。また、1963年に、人事院は、教員の超過勤務については労働基準法に従って残業時間に応じて超過勤務手当を支払うべきであるとの見解を示した。

こういった状況をうけて、1967年には文部省(当時)が残業時間に応じた超過勤務手当を支給する方向で検討していたが、自民党文教部会が「教師は一般労働者と違うから超勤を支給することに問題がある」とこれに反対をし、「教員の労基法適用除外の方向で解決」という方針が出されて、給特法の教職調整額による一律の手当支給と引き換えに労基法を適用除外にする枠組みが設定されてしまった。

このような給特法案に対して、日教組は、一定の教職調整額の支給と引き換えに無定量の時間外勤務・休日勤務を強要するおそれがあるとして法制定に反対し、給特法が強行的に成立された時(1971年5月24日)には、「このような無定量勤務の強制が現実のものとなれば、教師の生活と健康はますます害され、その人権はジュウリン【=蹂躙】され、さらには教育活動を低下させ、学校教育そのものに深刻な結果をもたらすことは必定である」と批判する声明も出している[14]

また、日教組は、無定量の時間外勤務等に歯止めをかけるべく文部省と交渉を行い[15]、1971年7月1日に時間外勤務を命じ得る場合を超勤4項目[16]に限定する合意に至った。かかる日教組との合意をうけて、給特法6条で所定勤務時間を超えて勤務させる場合は政令の基準に従って条例で限定するとし(同1項)、政令を定める場合には教育職員の健康・福祉を害することのないよう十分に配慮する(同2項)とすることに加えて、1971年7月5日に時間外勤務を命じる場合を限定する文部大臣訓令(昭和46年文部省訓令第28号:時間外勤務を命じる場合について、文部省から超勤4項目かつ臨時または緊急にやむを得ない必要があるときに限るとする)が出されるに至った。その後、給特法は1972年1月1日から施行された。

3 給特法の問題点

上記の仕組みによれば、時間外勤務を命じることができる場面は極めて限定されるはずであるが、実際には上記の教員勤務実態調査のとおり多くの教員が長時間労働に従事しており、勤務時間外における「超勤4項目」以外の業務への従事に何ら歯止めがかからず、どれだけ時間外勤務に従事しても、教職調整額以外には一切時間外勤務手当等は支払われず、労基法が定める、36協定や残業代支払いによる時間外勤務への抑止が機能せず、いわゆる「定額働かせ放題」とされる状況が生まれたのである。

また、「超勤4項目」以外の業務については時間外勤務を命じることができないという建前になっているため、勤務時間外に業務に従事し、実態としては労働時間に該当するような場合であっても、「自主的」「自発的」な業務への取組みであるとして、労働時間としての管理すらもなされてこなかったし、今も適切な労働時間管理はなされていない。

このような給特法下の公立学校教員の状況は、同法制定時に日教組が危惧したとおり、まさに「無定量勤務の強制が現実のもの」(前述の日教組の声明)となったのである。

なお、現在行われている在校等時間という概念における時間管理も、厳密な労働時間の管理ではなく、法の建前上は、時間外勤務が限定されている給特法下における便宜的なものに過ぎない。そのため、上限指針は、在校等時間について客観的に計測すべきこと等を定めているが、在校等時間には時間外勤務を命じられて行うものでない業務を行う時間が含まれているというのが文科省の説明であり、在校等時間を労基法上の労働時間と異なる概念であるとしている。そもそも、労働安全衛生の観点からは、現在も、公立学校の教員も医師の面接指導の前提として実労働時間の把握が法的に義務づけられているのであり(労働安全衛生法66条の8の3)、持ち帰り残業が実質的に把握されない在校等時間の概念による労働時間の把握は違法状態を前提にした制度設計であり、教員の長時間労働による健康被害が数多くでている事を踏まえても、早急な是正が必要である。

このように、給特法の仕組みが、労働基準法における労働時間の管理すら歪め、労働時間規制を機能させず、教員の長時間労働の原因となり、過労死等をも引き起こす大きな要因であることは、もはや疑いようがない。

こうした給特法の仕組みを正当化する説明として、これまで、給特法1条が掲げる「職務の特殊性」と「勤務態様の特殊性」が用いられてきた。例えば、近年の裁判例(さいたま地判令和3年10月1日労判1255号5頁)においても、「教員の職務は、使用者の包括的指揮命令の下で労働に従事する一般労働者とは異なり、児童・生徒への教育的見地から、教員の自律的な判断による自主的、自発的な業務への取組みが期待されるという職務の特殊性があるほか、夏休み等の長期の学校休業期間があり、その間は、主要業務である授業にほとんど従事することがないという勤務形態の特殊性があることから、これらの職務の特質上、一般労働者と同じような実労働時間を基準とした厳密な労働管理にはなじまないものである。」と述べられている。

しかし、例えば同じ教員でも、私立学校や国立大学付属校の教員については、時間外勤務等も労働時間として管理され、当該時間に応じて労基法37条に基づく割増賃金が支払われるとされていることに照らせば、かかる説明は論理的ではない。そもそも、「職務の特殊性」「勤務態様の特殊性」などという抽象的な説明で、労働条件の最低基準を定める労基法(同法1条)の適用除外となるような実態を正当化すべきではない。

こうした給特法の問題点は、教員や研究者等をはじめとする、様々な人々の取り組みもあり、徐々に知れ渡ってきたところである。

第4 給特法の見直しに関する議論状況

前述のとおり、今後、中教審において、給特法改正を含む教員の労働時間法制についての方向性を議論することが予定されているが、給特法の見直しに関する政党の議論状況を概観する。

1 自民党政務調査会の提言

自民党の政務調査会「令和の教育人材確保に関する特命委員会」は、2023年5月16日、「令和の教育人材確保実現プラン(提言)~高度専門職である教師に志ある優れた人材を確保するために~」(以下、「自民党提言」という。)を発表した。

 

続きはここをクリックしてください

 

その内容は、「すべての教師の時間外在校等時間を月45時間以内とすることを目標として、……将来的には平均の時間外在校等時間が月20時間程度となることを目指す」とされているものの、他方で、「時間外勤務手当化」については「取るべき選択肢とは言えない」として、給特法の基本的な仕組みについては維持しつつ、教職調整額を「少なくとも10%以上に増額する」との方針を示している[17]

2 立憲民主党の法律案

立憲民主党は、2023年6月2日、「公立学校働き方改革の推進に関する法律案」(「給特法廃止・教職員の働き方改革促進法案」)を衆議院に提出した。同法律案は、給特法について、令和7年3月31日までにおいて「できるだけ速やかに」「廃止を含めて抜本的な見直しを行い、その結果に基づいて必要な法制上の措置その他の措置を講ずるものとする」こと(第3条)等を内容としている。

第5 当弁護団の意見

1 政党の提言等に対する当弁護団の意見

上記自民党提言のように教職調整額の増額による対応にとどまり、36協定の締結による時間外労働の上限規制や時間外手当等の支給による規制を導入しないのでは、給特法が長時間労働を生み出す構造は何ら解決しない。むしろ教職調整額が増額された分、教員がこれまで以上に業務を負担すべきとの職場風土を生み出しかねないし、また、少しずつ職場のみならず社会に芽生えつつある教員の業務削減にむけた取り組みの意欲をも削ぐことになりかねない。

他方で、当弁護団は、立憲民主党の、給特法の廃止または抜本的な見直しという法律案のスタンスについては、基本的に賛成である。

以下、当弁護団の具体的な意見を述べる。

2 給特法は廃止または抜本的改正が必要であること

前述した給特法に基づく現在の制度においては、長時間の時間外労働を抑制するための制度的基盤が整っているとはいえず、給特法を廃止するか、または少なくとも以下に述べる点を抜本的に改正することが必要である。

(1) 36協定を通じて時間外労働等が事業場(学校)毎に集団的な労使自治[18]で規制されるべきこと

労働基準法32条は、1日8時間・1週40時間を超えて労働させてはならないとし、時間外労働は原則として違法とし、これに違反した使用者には刑事罰が科されるのが原則であるところ、同法36条は使用者と過半数代表(過半数組合又は過半数代表者)との36協定の締結によって使用者は刑事罰を免れることができること(免罰効)を定める。

そして、「働き方改革関連法」により、36協定を締結した場合の時間外・休日労働に対して上限が設けられ、これを違反した場合の罰則が設けられた(労基法36条、原則として月45時間・年360時間)。

そのため、一般の職場では、これに基づき、事業場(公立学校でいえば学校がこれにあたる)ごとに使用者は過半数代表との間で36協定を締結しなければ時間外労働を命じることはできず、その36協定の中では、1日・1か月・1年間の時間外労働の上限時間等や、時間外労働等をさせる具体的事由を設定しなければならない(すなわち、労基法上の上限規制が36協定を通じて具体化されている)。本来は、36協定の締結・運用を行う中で、労使間でどういった事由においてどの程度の時間外労働等が必要かを議論する労使コミュニケーションを図る環境を整えるというのが労基法の想定する労働時間規制の原則であり、集団的な労使自治により、時間外労働等をいわば民主的にコントロールすることが想定されたのである。

他方、公立学校教員においては、勤務時間の規制は上限指針(に基づく条例)によって行われ、また、「在校等時間」を基準とする管理が予定されているに過ぎないが、罰則などもなく、現場では「上限」が何ら機能をしていないことが勤務実態調査から明らかとなっている。

そもそも労基法36条は、給特法で直接適用除外とはなっていないのに[19]、実務的には、公立学校教員には適用されてこなかった実態がある。

具体的には、労基法上、「公務のために臨時の必要がある場合」による時間外・休日労働を許容する労基法33条3項は「別表第一に掲げる事業を除く」としており、別表第一12号は「教育、研究又は調査の事業」とされているため、公務のうち教育事業に従事する教育職員(公立学校教員を含む)に対して労基法33条3項に基づいて時間外労働を命じることは本来想定されていなかった。すなわち、労基法上は、教育職員に対して時間外・休日労働を命じる場合、「災害その他避けることのできない事由(労基法33条1項)に該当する場合を除いては、労基法36条の手続(過半数代表との36協定の締結)が必要不可欠であった。しかし、給特法5条がこの労基法の基本枠組みを維持したまま、地公法58条3項を読み替えることにより、労基法33条3項を読み替え、教育職員について労基法33条3項を根拠に法定時間外労働を命じ得ることを定めていることから、実務上は36協定を締結せずに時間外・休日労働を命じる運用がなされている[20]

しかし、こうした実務上の運用で給特法を理解するとき、36協定が時間外労働の免罰効を付与する重要な機能を付与していること、さらには「働き方改革関連法」により時間外労働には罰則付き上限規制まで導入されてその位置づけがより一層重要となったことを踏まえると、労基法36条から導かれる36協定締結権を教育職員から実質的に剥奪する点でも、給特法には看過しがたい問題があるといえる[21]

さらには、上限指針が設定された後も、「自主的・自発的な業務への取り組み」の名の下に、時間外の業務従事が事実上強制され続け、野放図な時間外勤務が是正されずにいる。給特法を放置した現状のままでは、どういった事由においてどの程度の時間外勤務を認めるべきかという学校単位で行われるべき労使協議を行う契機もなく、学校や教職員、児童生徒らの実情に即した業務削減を行う契機も生じがたい。加えて、在校等時間による上限規制にさえ抵触しなければよいという誤った認識を使用者に与えかねず、業務削減などをせず早く学校から帰宅することだけを強制する指導(教員の長時間労働の特徴である持ち帰り残業を増加させるだけで有害である)や、上限規制に抵触する勤務時間の書き換え[22]などにつながりかねない。

そこで、教員についても、36協定の締結・運用を通じて、どういった事由においてどの程度の時間外労働等が必要かを労使間で議論し[23]、時間外労働等を集団的な労使自治により規制することが不可欠である。具体的には、上述した給特法5条による地公法58条3項及び労基法33条3項の読み替えを改廃し、時間外労働等を命じるためには労基法36条に基づかなければならない[24]ようにすべきである[25]

(2) 時間外勤務手当等を支給すべきこと

また、教員にも時間外勤務手当等が支給されるように法改正すべきである(給特法3条2項を削除し、同5条を改正して労基法37条を教員にも適用させる)。

労基法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けている趣旨の中に、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させることが含まれることは、これまでの最高裁判例[26]でも繰り返し確認されている。

前述のとおり、現状の給特法下の公立学校教員は「定額働かせ放題」となっているため、労基法37条を適用して時間外労働等の抑制効果を機能させることが、国・教育委員会・学校等に対して業務の明確化や業務削減など長時間労働是正に向けてより真剣に取り組ませるための不可欠な制度的基盤といえる。

なお、時間外勤務手当等を支給するように法改正して他の労働者と同じような処遇をすることの主眼は、あくまで時間外勤務手当等の支給を避けるために長時間労働の是正に取り組ませることにあり、給与増額が目的でないことに留意すべきである。後述のとおり、給特法の改正のみによっては長時間労働を是正することはできず、これはあくまで業務量の削減や人員の増加等の具体的な対応策を導くための制度的な基盤の整備に過ぎない。

(3) 厳格な労働時間把握が徹底されるべきこと

労働時間の厳格な把握が徹底されることは、全ての労働時間規制を実効化するための前提である。労働時間が厳格に把握されていない状態では、残業時間の上限規制であれ、割増賃金支払であれ、どのような労働時間規制も脱法され規制が機能しなくなるし、時短にむけた現場の取り組みの必要性も認識されなくなる。

この点、給特法は、同法6条2項及びそれに基づく政令によって、時間外勤務を命じることができるのを「超勤4項目」に従事する場合であって臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときに限られる旨を定めていることもあり、これまでは、時間外勤務への従事が強制されたもので実態が明らかに労働時間に該当するような場合でも(時間外に行われる部活指導がその典型であるが、それに留まらない)、「自主的」「自発的」な業務への取組みであると誤魔化され、労働時間として把握・規制されてこなかった。

また、このように実態は労働時間に該当する業務従事が、給特法により「自主的」「自発的」な業務への取組みとされるという欺瞞的な対応が常態化することで、学校職場の労働時間管理の意識を鈍磨させ、さらには「在校等時間」の把握ばかりが意識されることで、持ち帰り残業による「サービス残業」にいわばお墨付きを与えるような状況を生み出しており、あたかも自宅に持ち帰れば「労働」時間ではなくなるかのような職場風土が蔓延する事態となっている。

さらには、労働時間に関する法令遵守の意識が失われた職場風土により、教員が勤務中に休憩時間が確保されないという労基法違反(給特法は休憩に関する労基法34条を適用除外としておらず、公立学校教員にも労基法34条が適用される)も常態化しており(とりわけ、給食指導が必要となる小学校等ではその傾向が顕著である)、教員が十分なトイレ休憩時間を確保できないため「膀胱炎が職業病」と語られるような違法状態が放置され続ける状況も生じている。

こういった状況を招く法的要因である給特法は、廃止または抜本的な見直しが不可欠である。

(4) 教職調整額を廃止しても給与等の引き下げにならぬような対処をすべきこと

現在の時間外手当の支給に代えて一律給料月額の4%を支給することとする教職調整額の趣旨について、例えば前掲さいたま地判(令和3年10月1日労判1255号5頁)は、「給特法は、……教員に対し、労働時間を基準として一定の割増賃金の支払を使用者に義務付ける労基法37条の適用を排除し、その代わりに、前記のような教育的見地からの自主的で自律的な判断に基づく業務に従事することで、その勤務が正規の勤務時間外に行われることもあり得ることを想定して、その労働の対価という趣旨を含め、時間外での職務活動を包括的に評価した結果として、俸給相当の性格を有する給与として、教職調整額を支給するものと定めたものということができる。」としている。

しかし、上記のとおり、労基法36条及び37条を通じた労働時間の削減に取り組むにあたって、勤務時間外の労働への対価の趣旨を含むものとしての教職調整額を維持すべきではない。これが維持されてしまうと、時間外労働の上限規制(労基法36条)や、時間外勤務手当等の支払い(同法37条)による長時間労働抑止を阻害することとなる。

他方で、給特法の改廃を通じて教職調整額を廃止させた場合においても、給与等の引き下げにならぬような措置をすべきである。給与等の引き下げとなれば、教員になる魅力を失わせることは必定であり、既に全国で不足する教員の人材確保にも悪影響があり、現場の人手不足をも加速させて、人手不足が原因で労働時間削減策がとれないという悪循環を生むことになる。

したがって、現在支給されている教職調整額を廃止したとしても、給与月額の引き上げや、人材確保法[27]の趣旨を実現するための人事院による第2次改善勧告により創設された義務教育等教員特別手当[28]の引き上げなどにより、教職調整額廃止による給与減額が生じないような対応が同時になされるべきである。

なお、労基法37条が適用されることにより時間外手当が支給されるようになれば、教職調整額を上回る待遇が確保される可能性はある。しかし、前述のとおり、教職調整額相当分については、給与月額や別途の手当の増額などにより対処されるべきである。なぜなら、労基法37条の趣旨自体が時間外勤務の削減にあるのであって、時間外勤務が放置され時間外勤務手当が支払われることを前提とする制度設計をするのでは意味が無いからである。

そもそも公立学校教員については、人材確保法が「義務教育諸学校の教育職員の給与については、一般の公務員の給与水準に比較して必要な優遇措置が講じられなければならない。」と定めている(3条)にもかかわらず、1990年以降の給与制度改革の影響により[29]、一般行政職員との給与比較における優遇は解消されており、教職調整額と一般行政職の時間外手当額を比較すると、2018年の調査では教職調整額は一般行政職の時間外手当額の43.9%の水準に過ぎないと指摘されている[30]。むしろ、教員のなり手不足の現状を踏まえれば、人材確保法の趣旨にしたがい、現在支給されている教職調整額と同額程度以上に、本給等の給与月額の増額や義務教育等教員特別手当等の引き上げがなされるべきである。

(5) その他の新たに導入されるべき労働法規制について

ア 勤務間インターバル制度の創設

公立学校教員について、使用者に、勤務終了から次の勤務開始までに一定時間の休息時間を確保することを義務づける、勤務間インターバル制度を創設すべきである。

これにより、教員に睡眠時間と生活時間を確保させることで、過労死等の健康被害を防止するだけでなく、生活時間の確保によって教員として持続可能な働き方に近づけることができ、教員を真に魅力ある労働環境に近づけ、有為な人材を確保するのにも資する。

この点、勤務間インターバル制度については、「労働時間等の設定の改善に関する特別措置法」(平成4年法律第90号)で事業主の責務として「健康及び福祉を確保するために必要な終業から始業までの時間の設定」が努力義務とされている(同法2条1項[31])。また、過労死等防止対策推進法(平成26年法律第100号)に基づいて定められている「過労死等の防止のための対策に関する大綱」(令和3年7月30日閣議決定)においては、過労死を防止する1つの手段として、令和7年までに勤務間インターバル制度を導入している企業割合を15%以上とする数値目標の設定に加えて、公務員についても、民間企業についての目標の趣旨を踏まえて必要な取組を推進することが求められている。

そうであれば、長時間労働による健康被害が続出している公立学校教員については、早急な実施が必要である。この点、国家公務員についても、人事院の「テレワーク等の柔軟な働き方に対応した勤務時間制度等の在り方に関する研究会」の最終報告(2023年3月)で「公務においても勤務間インターバルの確保の必要性を明確にすべき」と指摘され、導入について検討されているところであるが、公立学校教員においても導入の必要性が高い。

イ 代替休暇(代償休暇)制度の創設

次に、労基法の定める代替休暇(労基法37条3項[32])を参考に、時間外勤務に対して、公立学校教員の実情に応じた代替休暇(代償休暇)制度を創設すべきである[33]。これは、時間外労働に対しては、プレミア付の割増賃金の支払で報いるのではなく、総労働時間数を削減する方向に繋がるように、残業をお金ではなく時間で返すという、ヨーロッパ諸国にみられる代償休暇制度や労働時間貯蓄制度等の発想に基づく制度である。

公立学校教員は、政令第484号で校長等が教員の正規の勤務時間の割振りを適正に行うことを念頭においていることや、夏季・冬季など長期の学校休校期間があることなどから、代替休暇を導入しやすい職場環境があるといえよう。

とはいえ、年次有給休暇の取得さえままならない公立学校教員の実情を踏まえれば、代替休暇が取得されず放置される事態も想定され得るので、代替休暇制度導入に際しては、時間外労働から近接した時期(たとえば1か月以内)に、確実に代替休暇が取られることを義務づけ実効性を高めることや、個別合意に加えて労使協定の締結を義務づけることなど、実情に応じた措置も必要であろう。

なお、法改正を経ずに代替休暇による勤務時間の割振りをより一層柔軟に実施することで足りるという意見もあり得るが、事後的な労働時間の割振りについては「時間外勤務をしたことの代償としてその時間外勤務時間と同じ時間の有給休暇を与えることができる旨の規定はない」ことから、職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は条例で定めるという勤務条件条例主義(地公法24条5項)に反するとされる可能性もあるので[34]、代替休暇制度をより浸透させるには、明確にこれを定める制度を条例等において創設すべきである。

3 給特法廃止等への反対意見等について

以上のような給特法の廃止又は抜本的な改正案に対しては、既に様々な反対意見や懸念が示されているので、予め当弁護団の見解を述べる。

(1) 教育の成果は労働時間の長さのみに基づくものではないとの指摘

まず、教育の成果は必ずしも労働時間の長さのみに基づくものではないとの指摘がある(「論点整理」参照)。

しかし、前述のとおり、給特法を改廃して教員にも時間外勤務手当等が支給されるようにすることの主眼は、労働時間抑制のための制度的基盤を整えることにある。現状の長時間労働を前提として、それを「成果」と評価して時間外勤務手当等を支給することを意図したものではなく、割増賃金の支払いを義務づけることによって、適切な業務差配・効率的な業務遂行等を進め、労働時間を削減することが目的である。

よって、労基法37条の適用による時間外勤務手当等の支給は、労働時間の長さで教育の成果をはかろうとするものとは何ら関係がない。

(2) 36協定締結による負担への懸念

次に、36協定を締結することや、個々の教員の時間外勤務の承認/不承認を判断する必要が生じ、管理職の負担が増加するとの指摘がある。

しかし、こうした負担は民間企業や私立学校・国立大学付属学校の管理職も負担しているのであり、公立学校の教員についてのみ過度に強調されるべきではない。また、教員は日常的に職員会議等の中で学校運営全体のことについて議論する職場風土・伝統があり、36協定の締結及びその運用においては、民間企業よりも適切に運用できる可能性も高く、必ずしも民間企業に比べて管理職の負担が増加するわけではない。

なお、給特法が適用される教員以外の公立学校で働く職員(事務職員、学校栄養職員、現業職員等)については、現在においても労基法36条が適用され、時間外労働等を命じるためには36協定の締結が必要であり[35]、現に9割近い学校において36協定は締結されている[36]。こうした実績からも、公立学校における教員についての36協定の締結・運用が特別視されるべきではない。

(3) 教員の業務の特殊性への懸念

さらに、自主的な活動である教員の職務の特質上、一般労働者と同じような実労働時間を基準とした厳密な労働管理にはなじまず、教員の業務は勤務時間の内外に切り分けることができない、との懸念もある。

しかし、このような理解は、同じく教員でありながら、現行法でも給特法が適用されない私立学校等の教員については、厳格な労働時間の把握が求められることと、法理論的に整合的な説明がつかない。

そもそも、教員の業務の特殊性として自主性・創意性が求められることが、勤務時間の把握が困難である理由として説明されるが、教員以外にも、労働者の自主性や創意性が求められる仕事は多数存在するのであり、差異を設ける理由たり得ない。

たとえば、大学教員・研究職・弁護士など業務遂行について自主性・創意性が要求される業務に対象を限定し、「業務の性質上その遂行の方法を大幅に当該業務に従事する労働者の裁量にゆだねる必要があるため、当該業務の遂行の手段及び時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をすることが困難なもの」である専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)も、実労働時間ではなく「みなし」時間をもとに労基法上の労働時間規制に服することとなるが、「労安衛法上の健康管理義務・・・の一環として、本制度の適用者についても実労働時間の把握・管理を行わなければならない」[37]とされる。また、労働者が業務に従事する時間に関する裁量を失わせるような使用者の指示(具体的な指示)がある業務は対象に含まれず対象業務は働く時間帯の選択や時間配分について自らが決定できる広範な裁量が労働者に認められている業務でなければならないとされている高度プロフェッショナル制度(労基法41条の2)が適用される労働者も、健康管理時間(当該対象労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計の時間)の把握が法令上義務付けられている(同法1項3号)。

このように、教員の業務について、勤務時間の切り分けができないということは考えがたいのである[38]。教員以外の多くの労働者では、長時間労働是正において労働時間の把握が最重要課題であると認識され、労働時間把握の問題に直面しこれを克服すべく取り組んでいるのであり(近時でいえば、コロナ禍で広がったテレワークでの労働時間把握の努力が典型である)、公立学校教員は、長年にわたり給特法の影響で厳格な労働時間管理すらなされない職場風土が蔓延してきたに過ぎない。

むしろ、こういった職場風土を長年放置してきたことこそが、教員の長時間労働の原因の一つとなっており、現に、教員の長時間労働を原因とする過労死等の事件においては、使用者が管理を怠ってきた持ち帰り残業による労働時間が多く認定されているという特徴がある[39]。公立学校教員についても、他の労働者と同様に持ち帰り残業を含め労働時間を厳密に管理して、36協定の締結・運用の作業を通じて、勤務時間の内外を区別する当たり前の職場風土を作り上げていかねば、労働時間削減など不可能である。

(4) 教員の職務の専門性・創造性との関係

また、給特法の改廃により、教員の職務の専門性や創造性が否定されるのではないか、との危惧が指摘されている。

しかし、教員の職務の専門性や創造性は、給特法によって与えられている訳ではない。そもそも、給特法が時間外手当の支給を免れる目的で制定された立法過程に加え、給特法が現在の教員職務の専門性や特殊性を守るために何ら役立った実績がないことを踏まえれば、給特法が教員の職務の専門性や創造性を担保しているというのは、現実から乖離した意見である。むしろ、給特法により、自主的な活動であるという欺瞞の下において無定量な時間外勤務を事実上強制され、長時間労働が放置されることこそ、教員から専門性・創造性ある教育活動を担う機会を奪ってきたという実情を直視すべきである。

教員の職務の専門性・特殊性は、教員(の職務)に対して本来的に求められているものであって、給特法によって付与されたものではなく、給特法の改廃によって法的根拠を欠き失われるものではない。むしろ、給特法により、実態は労働時間であるにもかかわらず「自主的活動」であるとして労働時間として把握・規制されず、そのために長時間労働が放置されている現状が、教員に今こそ求められる労働者としての自覚と団結の契機を奪い、「定額働かせ放題」を生み出してきたのである。

(5) 県費負担教職員制度における特徴を踏まえた懸念

公立学校教員の県費負担教職員制度においては、服務監督権を有するのは市町村であるものの、任命権や給与負担を担うのは都道府県であるため、市町村(教育委員会)において、時間外労働を削減するインセンティブが機能しないのではないかとの指摘もある。

しかし、給与負担の主体が異なるからといって市町村が野放図に時間外労働手当を支払うことは考え難く、市町村もその属する都道府県の一部であるから、かかる指摘はあまりに形式的に過ぎる。教員の労働環境の改善においては、市町村のみならず、国、都道府県、各学校等のそれぞれの主体がその権限と責任に応じた役割を果たすべきことが指摘されているのであるから(「論点整理」「1.基本的な考え方」)、市町村の労働時間管理状況について都道府県等が把握・評価する仕組みを構築するなどして一体として取り組むように、国や都道府県がその責任を果たすことが求められているのであり、上記指摘の懸念も克服できる。

(6) 教員に超勤4項目以外の事由での時間外労働を拒否する権利を失わせるという批判

給特法の廃止等により、「超勤4項目」に関する上記定めが無くなると、超勤4項目以外の事由に基づく時間外労働命令を拒否できなくなるという批判がある。

たしかに、同法を純粋に解釈すると、現状は超勤4項目以外の事由による時間外労働については拒否できることとなるが、かかる解釈を貫徹しようという意見は、全教員に適用される労働法規のあり方を議論する上では、教員が置かれた労働実態を改善する実効性に乏しいと言わざるを得ない。

現在の公立学校教員の勤務実態としては、かかる同法の建前を活用して集団的に職場単位の労働時間全体の削減に成功しているとは言い難い。

また、仮に一部の教員ないし職場(学校)がかかる方法で業務を拒否し労働時間を削減できたとしても、当該自治体の教員全体・職場(学校)全体の業務の削減や人員増といった全体の労働時間削減に結びつける組織的・集団的な取り組みに必ずしもつながるわけではない。むしろ、業務を拒否した教員の業務分も「子ども達のため」と誰かが負担することになり、その「しわ寄せ」として他の教員(とりわけ、正規教員への任用を期待するいわゆる非正規教員や、経験の少ない若手の教員など)に負担が重くのしかかりがちである。現状でも、新学期前後にみられる教員間の部活顧問の押し付け合いなどがあるが、特定の教員が業務を拒否できたとしても、その負担を他の教員が被ることになれば、地域や職場全体の業務削減には繋がらず、かえって職場の教員間に分断と亀裂を招き労働者の団結を阻害し、集団的に長時間労働の問題に取り組む力を削ぐ要因にもなりかねない。

そうであれば、超勤4項目を「盾」とした業務拒否に期待するよりも、給特法を廃止等することで、地方自治体や事業場(学校)全体として、36協定の締結を通じた集団的な労使自治による労働時間の規制に服させることを期待する方が教員全体の労働時間削減につながるものといえる。

さらに言えば、既述のとおり、給特法自体の制定過程に目を向けても、超勤4項目は、給特法が成立してしまった後に、何とか「働かせ放題」の状態に歯止めをかけるべく期待されて導入された制度である。しかし、その後の運用現状をみると、建前として(超勤4項目以外の)残業がないとされ、実態としては労働時間に該当する業務従事を「自主的」活動であるとして労働時間として把握することすら阻害する法的要因となっているだけであり、期待された歯止めとはなっていない。やはり、給特法の枠組みを維持したままの長時間労働削減策など期待できないのである。

(7) 給特法の改正よりも教員不足解消や教員の定数増を優先して予算を確保すべきという指摘

現在深刻な教員不足の現状があるが、その要因の一つに、給特法下で「働かせ放題」となり、長時間労働が蔓延している現状が教員志願者の認識に広がっていることにあることを直視すべきである。このような現状の中で、給特法をそのままにして、たとえ教員の定数を増やしても、教員のなり手は増加せず、教員不足は解消しないのであり、絵に描いた餅である。なお、誰でも教員になれるような教員の資格取得を容易化する制度設計は、教員が専門職であるという制度の前提[40]をも破壊するもので到底容認できない。

また、これまで新たな業務を次々と教員に押しつけてきた学校を取り巻く職場環境を変えるには、給特法によって教員の「働かせ放題」を許している法的枠組みを是正しなければならない。一般の職場では常識である、業務を増やすなら人員確保か他の業務削減を同時に検討するという思考を、学校職場に浸透させる必要があるが、それには給特法の廃止等が必要である。

さらには、給特法の廃止等となれば、教員を取り巻く労働条件決定のシステムは大きく変化し可視化され、潜在的な教員志願者、教員資格保有者に対しても、教員の勤務実態が今後は大きく改善されるであろうという大きなインパクトを与え、教員志願者を増やすうえでも有効な対策となる。

4 給特法の改廃だけで長時間労働は是正されないこと[41]

これまで述べた当弁護団の意見は、あくまで労働時間削減のための労働法的な観点から制度的基盤を整えるためのものに過ぎず、給特法を廃止して教員が36協定など労働基準法の規制に服する状況になっても、これにより直ちに長時間労働が削減される訳ではない。

当弁護団の意見で求める労働基準法の規制は、既に給特法が適用されない一般の民間企業・公務職場でも多くは適用されてきたが、長時間労働の課題は何も公立学校教員だけの課題ではなく、日本社会全体の様々な職場における根深い課題であり続けている。

そもそも、どのような労働時間規制が適用されようと、法規制だけで実効性を生む規制など観念できない。どのような規制でも、それに実を持たせるには各職場の労使の絶え間ない努力が必要であり、法改正だけで全てが解決するものでもないのは当然である。

公立学校教員についても、具体的な労働時間の削減は、労働法的な観点から長時間労働削減の制度的基盤を確立させたことを前提に、この規制を遵守するため、各事業場(学校)の現場の労使関係、とりわけ「労働者」の自覚的な取り組みにより現在の根深い職場風土を変えていくことが必要である。給特法の廃止等によって適用されることになる労働基準法の労働時間規制は、これら時短の取り組みを進めるための法的阻害要因である給特法を取り払う、法的な基盤整備に過ぎないのである。

そして、こうした時短の取り組みは、テーマによっては、子ども達と向き合う教師という仕事の特性や学校種による勤務態様の違い、あるいは各学校の実情を踏まえて取り組みをする必要があるところ、これは36協定締結の過程での緊密な労使コミュニケーションにより解決するのが適切である。そうであれば、後述するように、給特法自体の改廃の議論の過程においても、現場で働く当事者である教員及び労働組合等の意見を十分に取り入れることが必要である。

5 当事者である教員や教職員労働組合の意見を尊重すべきこと

今後、給特法の改正等については中教審において議論がなされるところ、中教審において、教育現場の関係者からのヒアリングがなされることはあっても、委員自体には、現役の教員からも、教員を含む労働者により組織される労働組合からも、1名も選出されていない。現在議論が行われている「質の高い教師の確保特別部会」の委員でも、教職員の労働組合ではない労働組合から1名のみが選出されているに過ぎず、誰よりも現場を知り、当事者的な立場に置かれている教員の代表が議論に加われないまま議論がなされている。

しかし、日本も受容している、ILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」(1966年10月)においては、「教員団体は、教育の発展に大いに貢献することができ、したがって、教育政策の策定に参加させられるべき一つの力として認められるものとする。」との指導原則をはじめ、教育ないし教員の雇用に関する政策について教員団体との協力の上で定められるべきことが規定されている。教員の長時間労働の問題が取り上げられるようになっても、実効的な対策がなされずにいるのは、これまで現場の教員の声を無視してきたために、的外れな対応に終始していることが大きな要因であると指摘せざるを得ない。

現在の中教審の委員選出の状況は、公務員を含む労働者に適用される労働基準法などの雇用政策を議論する労働政策審議会が公労使の三者によって構成されていることと比較してもあまりに不均衡であって、こういった状況は、教員団体(教職員労働組合)の存在を軽視している。

教員の労働環境・労働条件を議論し、その答申が法制度に反映される中教審(及びその中の部会)においては、当事者として最も大きな利害関係を有し、現場を誰よりも知る教職員で組織される労働組合から相当数の委員が選出されるべきである。仮に、今回の給特法の改正等の議論においてこのような委員の選出が実現しないとしても、少なくとも本来であれば教職員の労働組合が「教育政策の策定に参加させられるべき」地位にあることを踏まえて、教職員の労働組合の意見を丁寧に聴取するのは当然であり、単なる参考にとどめず、その意見を最大限尊重した政策を実現すべきである。

第6 結びに

以上のとおり、給特法の下、部活指導など実態としては労働時間であるものが「自主的活動」とされてしまい、労働時間として扱われず、適正な労働時間管理もなされず、憲法27条2項に由来する労基法が定める36協定による時間外労働の罰則付き上限規制、時間外勤務手当の支給など最低限の労働時間規制の適用もない状態が放置されている。

この給特法が、教員の長時間労働を招来する法的な要因となり、多数の教員の過労死等や年間5000人を超える精神疾患の病気休職者を生み出し、さらには教育志願者数の減少・教員不足による教育の質低下という社会問題を引き起こしている事実を無視すべきではない。

はじめに述べたように、このような状況は、教員自身の労働問題という人権課題(憲法27条2項等)であるにとどまらず、教員の人員不足や、授業準備や教員自身の修養にかける時間不足等からなる教育の質の低下にもつながる問題であり、学校が公教育として果たすべき子どもたちの教育を受ける権利(憲法26条)の保障までも脅かしているといえ、直ちに是正にむけた実効性ある法施策が必要である。

当弁護団としては、一刻も早く、国が、当事者である教員や教職員組合の意見を真摯に受け止め、本意見書で述べた給特法の廃止または抜本的な改正を実現するなど教員の長時間労働是正に向けた取り組みを進めることで、教員が真に魅力的で持続可能な働き方が実現できるような就労環境を確保することを求めるものである。

以 上

[1] 地方公務員災害補償基金が保有する2010年1月から2019年3月までの間に公務災害認定された脳・心臓疾患事案と精神疾患事案に関する資料に基づいて過労死等防止調査研究センターが分析した事案のうち、義務教育学校職員が52件、高等学校等の義務教育学校職員以外の教育職員が21件ある(厚労省「令和3年度版過労死等防止対策白書」175頁以下)。近時の教員の長時間労働を過重性とする過労死等を認めた判例集掲載の判決だけでも、小学校教員(研究主任)の福岡高裁令和2年9月25日判決(労判1235号5頁)、高校教員の名古屋地裁平成29年3月1日判決(労判1159号67頁。名古屋高裁平成30年1月25日判決で結論維持。)、小学校教員の東京高裁平成29年2月23日判決(労判1158号59頁)など多数がある。

[2] 「在校等時間」:労基法上の労働時間とは異なる概念である。教員が校内に在校している在校時間を基本とし、所定の勤務時間外に校内において自らの判断に基づいて自らの力量を高めるために行う自己研鑽の時間その他業務外の時間については、自己申告に基づき除く。加えて、校外での勤務についても、職務として行う研修への参加や児童生徒等の引率等の職務に従事している時間(テレワーク等を含む)について、時間外勤務命令に基づくもの以外も含めて外形的に把握し、対象として合算する。ただし、これらの時間から休憩時間を除くものである。

[3] 令和4年9月9日公表「令和4年度(令和3年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況」

[4] 例えば、東京都において2022年度に新規採用した教員2429人のうち、正式採用とならなかったのは108人で、その割合は4.4%だった(21年度の4.2%を上回り、過去5年間の中では最も高い割合)。

当該108人のうち、「年度途中の自己都合退職者等」が101人、「正式採用『否』の者」が6人で、その全員が「自主退職者」、「懲戒免職」が1人だった。自己都合退職者の約半数は病気を理由としたものだった。2023年4月27日付教育新聞(https://www.kyobun.co.jp/news/20230427_02/)参照。

[5] 令和3年度の教育職員の精神疾患による病気休職者数は5897人(全教育職員数の0.64%)で、令和2年度(5203人)から694人増加し、過去最多(文科省・令和3年度公立学校教職員の人事行政状況調査)。

[6] 中学校教員について、女性教員は育児が部活動への参加に影響を与える一方男性教員に育児による影響は見られないこと、女性教員は結婚の有無・年齢・共働きかどうかが部活動へのネガティブな影響を与えているが、男性教員は結婚の有無・年齢・共働きかどうかが顧問を継続するかどうかに影響を与えていない等の分析は、上地香杜「教員のジェンダー・家族構成は部活動にどのような影響を与えるのか」内田良編『部活動の社会学―学校の文化・教師の働き方』(岩波書店、2021年)でなされている。なお、教師の長時間労働に着目した生活時間の貧困については油布佐和子「教職員の生活時間の貧困とジェンダーバイアスをどう克服するか」連合総研『とりもどせ!教職員の「生活時間」-日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する研究委員会報告書-』(連合総研、2016年)で指摘されている。

[7] 全日本教職員組合が行った「教職員勤務実態調査2022」によれば、「もっと時間をかけたいこと」の上位3項目が「授業・学習指導とその準備」「学習指導以外の子どもの指導」「自主的な研修や自己研鑽」である。

[8] 文中で単に「教員」「教師」等と記述している場合は、特に断りの無い限り公立学校教員を指しているものと理解されたい。

[9] この改正の問題点は、当弁護団の2019年11月7日付「公立学校教員への1年単位の変形労働時間制導入に反対する緊急声明」を参照されたい。

[10] 「二、三年後を目途に教育職員の勤務実態調査を行った上で、本法その他の関係法令の規定について抜本的な見直しに向けた検討を加え、その結果に基づき所要の措置を講ずること」(参議院附帯決議12項)。

[11] 制定時は昭和46年文部省訓令28号。

[12] 教育職員は、労基法別表第一の「教育、研究又は調査の事業」(12号)に従事する労働者であるから、本来は労基法33条3項に基づいて時間外・休日労働を命じることはできない。しかし、給特法5条による地方公務員法58条3項の読み替えの結果、労基法33条3項が読み替えられ、本文に記載したとおり、公務のために臨時の必要がある場合(超勤4項目で、かつ、臨時又は緊急のやむを得ない必要があるときは、これに該当すると解される。)には、36協定を締結することなく、労基法33条3項に基づいて時間外・休日労働命令を発しうることとなる。

[13] この章については、『改正労基法・改正給特法対応 Q&A 新教職員の勤務時間」(日本教職員組合編、2021年)36頁以下、広田照幸「なぜ、このような働き方になってしまったのか-給特法の起源と改革の迷走」『迷走する教員の働き方改革-変形労働時間制を考える』(岩波ブックレット、2020年)、青野覚「調査実態の法的評価と給特法の解釈論的検討」『とりもどせ!教職員の「生活時間」-日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する研究委員会報告書-』(連合総研、2016年)、藤川伸治「労働組合の立場から見た教員の働き方改革」季刊労働法266号70頁(2019年)、望月浩一郎「教員の命と健康を守るための課題-労働時間規制で守られていない公立学校教員」季刊教育法205号64頁(2020年)を参照。

[14] 日本教職員組合『日教組三十年史』(‎労働教育センター、1978年)438頁。

[15] 文部省は、当初、入試業務・クラブ活動・身体検査に関する業務・図書館業務など9項目を試案としていたが、日教組との交渉により限定された。

[16] 当時は国立大学付属の学生の教育実習指導を含む5項目であった。昭和46年文部省訓令28号も同じ。

[17] 本意見書の主題ではないものの、自民党提言では、「真に頑張っている教師が報われるよう、職務の負荷に応じたメリハリある給与体系の構築の観点から、……教師に支給される様々な手当について増額や新設する必要がある。」とされ、学級担任手当の創設等が掲げられている。しかし、こうした「見えやすい」職務への対価を創設すること等は、むしろ教員どうしの不公平からくる不満を生じかねないため、慎重な議論が必要である。

[18]高橋哲『聖職と労働のあいだ-「教員の働き方改革」への法理論』(岩波書店、2022年)240頁は、労働条件決定における労使自治の重要性を比較法研究の知見を踏まえて指摘する

[19] 萬井隆令「公立校教員の超勤手当不払いと給特法-埼玉県(超過勤務手当)事件・さいたま地判令3.10.1」労働法律旬報2001号6頁(2022年)は、給特法が労基法36条を適用除外としておらず、時間の割振りによっても処理しきれない労働には36協定締結が不可欠であるのに36協定未締結で時間外労働が行われている問題を指摘する。ただし、36協定を締結すれば超勤4項目以外の時間外勤務も可能とする見解に対しては、「超勤4項目以外は勤務時間の割り振りにより命じないとする原則に反する」との指摘もなされている(毛塚勝利「公立学校教員の時間外勤務と国賠法上の違法性判断」季刊・労働者の権利349号100頁(2023年)脚注8参照)。

[20] 労基法36条は適用除外とされていないので、現行給特法のもとでも、36協定を締結した上で超勤4項目について時間外・休日労働を命じることは可能である。しかし、給特法5条による地公法58条3項の読み替えの結果、労基法33条3項に基づく命令が可能とされている以上、行政側に36協定を締結するインセンティブは生じず、実際にも36協定が締結されている例はないものと思われる。

[21] 東京大学労働法研究会『注釈労働時間法』(有斐閣、1990年)311頁は、給特法が地公法58条の読み替えにより労基法33条3項を適用する変則的な措置について、法規制の枠組みそのものの妥当性への疑問を示す。また、早津裕貴「公立学校教員の労働時間規制に関する検討」季刊労働法226号54頁(2019年)61頁以下、清水敏「地公法と労基法上の労使協定-教育職員への一年単位の変形労働時間制導入を契機に」自治総研497号89頁(2020年)105頁以下も、労基法33条3項の適用をうける職員も36協定締結が必要であることを指摘する。

[22] 勤務時間を管理者に書き換えられた、あるいは書き換えるよう指導されたとの調査や報道は多数ある。例えば、福井県福井市立小学校の教頭が教諭の勤務時間を無断で改ざんするとともに過小に申告するよう促していた件など(2018年6月20日教育新聞(https://www.kyobun.co.jp/news/20180620_02/)参照)

[23] 地方公共団体の当局は、登録をうけた職員団体(教職員労働組合)から、給与、勤務時間等に関し交渉の申し入れがあった場合、その申し入れに応ずべき地位にある(地方公務員法55条1項)。

[24] 給特法5条の規定がなくなれば、労基法33条3項は、「公務のために臨時の必要がある場合」に同法36条によらずに公務員を時間外労働等に従事させることができる旨規定しているものの、「別表第一に掲げる事業を除く」として、「教育、研究又は調査の事業」(別表第一第12号)を適用除外していることから、教育等の事業に従事する教員には、原則どおり同法36条が適用されることになる。

[25] 地方公務員法は、勤務条件条例主義の原則(地公法24条5項)をとりつつも、職員団体と当局との「書面による協定」の締結を認めている(地公法55条9項)。地公法制定時の国会審議にあたり自治庁が答弁作成のために用意した資料でも、勤務条件条例主義と36協定締結が両立し得ることや、労使協定の締結を容認しても公務員関係に不必要な混乱を惹起するおそれはないとの考え方が示されていたことを指摘するものとして、清水敏「地公法と労基法上の労使協定―教育職員への一年単位の変形労働時間制導入を契機に」自治総研497号89頁(2020年)107頁以下参照。

[26] 静岡県教職員組合事件・最判昭和47年12月26日民集26巻10号2096頁、医療法人社団康心会事件・最判平成29年7月7日労判1168号49頁など。

[27] 学校教育の水準の維持向上のための義務教育諸学校の教育職員の人材確保に関する特別措置法

[28] 上林陽治「教員給与は適正に優遇されているのか~教員の働き方改革の論じ方~」自治総研497号111頁(2020年)123頁によれば、2005年に平均で14,686円支給されていた義務教育等教員特別手当は、2010年には8522円となり、2015年には5619円へと3分の1まで縮小している。

[29] 平成18年5月に成立した行革推進法は、人材確保法「の廃止を含めた見直しその他公立学校の教職員の給与の在り方に関する検討を行い、平成18年度中に結論を得て、平成20年4月を目途に必要な措置を講ずるものとする」(56条3項)とする。

[30] 上林・前掲論文122頁。

[31] 2018年の「働き方改革関連法」(平成30年7月6日法律第71号)により改正された。

[32] 労基法37条3項の代替休暇制度は、1か月について60時間を超える時間外労働を行わせた労働者について、法定割増賃金率の引き上げ部分である25%の割増賃金の支払いに代えて、有給の休暇を与える制度であり、労使協定の締結が必要とされる。

[33] 連合総研『とりもどせ!教職員の「生活時間」-日本における教職員の働き方・労働時間の実態に関する研究委員会報告書-』(2016年)参照。連合総研『生活時間の確保(生活主権)を基軸にした労働時間法制改革の模索-今後の労働時間法制のあり方を考える調査研究委員会報告書-』(2022年)では、新たな労働時間規制の骨格として、労基法37条3項に発想が近い時間外労働の時間精算原則が基軸の1つとして提言されている。

[34] 横浜市人事委員会(市立浦島丘・鴨井中学校)事件・最判平成10年4月30日労判740号14頁。

[35] 労基法別表第一の「教育、研究又は調査の事業」(12号)に従事する労働者であるから、労基法33条3項に基づき時間外・休日労働をさせることはできない。

[36] 日教組「2022年 学校現場の働き方改革に関する意識調査」によると、2022年度の事務職員・学校栄養職員・現業職員等の36協定の締結割合は88.1%である。

[37] 水町勇一郎『詳解労働法(第2版)』(東京大学出版、2021年)734頁

[38] 道幸哲也「給特法上の労働時間規制-労基法モデルとの関連」季刊教育法205号54頁(2020年)63頁は、給特法の解釈で「自主的な作業であることから労働時間性を否定することはナンセンス」であり、「どんな仕事でも、労働者サイドの自主性や工夫を内在しているからであり、とりわけ教師のような専門職については自主性に欠ける仕事は全く想定し得ない。『教育』レベルの問題というより人間『労働』に対する無知を示すものといえる」として、「給特法上前述のような解釈しかできないならば、同法の全面改定が不可欠」と指摘する。

[39] 前掲注1の小学校教員(研究主任)の福岡高裁令和2年9月25日判決(労判1235号5頁)では、自宅作業の持ち帰り残業が認定され、小学校教員の東京高裁平成29年2月23日判決(労判1158号59頁)では、1日2時間程度の持ち帰り残業が労働時間として認定されている。

[40] 日本も受容しているILO・ユネスコの「教員の地位に関する勧告」(1966年10月)の指導原則では、「教職は、専門職と認められるものとする」とされている。

[41] 労基法の単純適用だけで教員の長時間労働が解決しないことは、高橋哲「教職員の『多忙化』をめぐる法的問題」法学セミナー773号18頁(2019年)等の多くの論文でも指摘がなされている。