労働審判

2005/10/1

1 労働審判手続の位置づけ

 労働弁護団は、1993年にリストラ・ホットラインを実施して以来、労働組合に組織されていない「普通の」労働者(中間管理職、一般職の正社員、パート、契約労働者などの不安定雇用労働者)の労働相談に応じてきた。電話相談を通じて多くの労働者が深刻な労働紛争に直面している実態、労働法のルールがまったく無視されている現実を見てきた。労働弁護団は、個別労働紛争を簡易、迅速、適正に解決する司法制度の実現を提言し、「市民的労働裁判」を唱え、また「労働裁判の改革」-簡易労働裁判訴訟手続の提言を行ってきた。労働弁護団のホットライン活動と提言が「司法改革」の流れのなかで生かされ労働審判法の制定につながったと言って良いであろう。

  2006年4月から労働審判手続が発足する。労働審判手続は、申し立てられた事件について、調停を試みつつ、調停で解決に至らない場合には、権利関係を踏まえつつ事案の実情に即した解決をするために審判を行う。ただ、労働審判に対して当事者が異議を申し立てれば失効し訴訟に移行する。このように労働審判の効力に限界がある労働審判手続は調停と裁判の中間的な制度であり、折衷的な性格であると言えよう。

2 労働審判手続の特徴 ─労働審判員の参加と迅速性─

 労働審判手続を行う労働審判委員会には、職業裁判官である労働審判官だけではなく、労使団体から推薦された労働審判員が参加し、労働審判官と同等の立場で評議を行う。この点では参審制といって良い。刑事手続における裁判員制度に先がけ、日本で初めて法律の素人が司法手続に参加する制度となっている。

  迅速性に関しては、申立てから3回以内の期日での審理を義務づけている(法15条2項)。当事者は「早期に主張及び証拠の提出をし、計画的かつ迅速な進行に努め、信義に従い誠実に手続を追行する」ことを義務づけられている(規則2条)。さらに、当事者は第2回期日終了までに主張及び証拠書類の提出を終えなければならないとされている(規則27条)。この点では従来の民事訴訟の実務と大きく異なっている。

3 課 題

 労働審判手続を、単に個別労使紛争解決の手続ではなく、労働者の権利救済制度として実効性のある制度に育てることが労働弁護団の課題であろう。簡易、迅速、かつ実効性のある労働審判手続の運用を確立するために、労働組合と労働弁護士の連携のもとで十分な準備をして労働審判を活用することが求められている。

  そのためには労働審判事件の数を増加させることが第1の課題であろう。労働審判手続の活用を労働組合、労働者に広めるという課題がある。労働審判の事件数が少なければ、労働審判創設の意義が大きく損なわれかねない。事件を増やすために全国各地で労働組合等への宣伝、弁護士会等の法律相談を通じての労働審判手続の普及、また本人申立てをサポートする相談援助活動などの取り組みが求められる。

  第2の課題は、労働審判手続に労働弁護士が代理人となることで、簡易、迅速な審判手続の運用を定着させ、実効性ある制度とするための努力が求められる。3回以内の審理という時間的制約がつけられているために、労働審判の審判指揮では労働審判官主導の運用とならざるをえないであろう。そこで、労働法の適正なルールを労使間に浸透させる手続とするために代理人としての充実した活動と監視活動を行うことも必要となろう。そのためにも各地で弁護士会を通じて地方裁判所と労働審判に関する協議を行うことが求められていると言える。

  第3の課題として、労働審判手続は本来は労働者が本人で申し立て、簡易・迅速・適正な解決が獲得できる制度でなければならない。制度スタート当初は、弁護士も積極的に代理人として関与する必要があるが、同時に、労働者本人が申し立てても機能する制度とする必要がある。そのためのノウハウとサポート体制の整備が必要となろう。

4 労働審判手続の実務上の運用について

 実務上の運用がどうなるかは、実際に手続が開始されてからの課題である。各地の裁判所、また各弁護士の工夫により確立されていくものである。制度創設時の想定あるいは予想に拘束されるものではない。ただ、労働審判手続のスタートにあたって、司法制度改革審議会労働検討会での審議内容、2005年1月の日弁連研修における最高裁行政局定塚誠判事の発言等に基づき、現時点で予想される手続運用の概要を論述し、今後の各地の運用の参照に供したいと思う。

① 労働審判手続の対象となる事件

 労働審判法はその対象を、「労働契約の存否その他の労働関係に関する事項について個々の労働者と事業主との間に生じた民事に関する紛争」(法1条)と定めている。個々の労働者と事業主との間に生じた民事紛争であるかぎり、対象事件は広く解釈される。例えば、申立人(労働者)が、解雇無効の理由として不当労働行為を主張しても、個別労働紛争民事事件に含まれる。他方で、セクシャルハラスメントを受けた労働者が、加害者である上司個人を相手方に損害賠償を請求しても、労働審判手続の対象ではない。あくまで雇い主である事業主を相手方としなければならない。

② 労働審判手続に相応しい個別労働紛争事件

 労働審判手続に相応しい個別労働紛争事件をどのように考えるか。先ず、狭い考え方として、当事者が異議を申し立てることが確実に見通せる事件は相応しくないという立場がある。例えば、使用者が解雇事件において労働審判で敗訴しても異議を述べることが確実な場合には、結局、訴訟手続に移行して、労働審判手続は余計な4審制となるだけであり、適切ではないと言うのである。

 他方、異議が申し立てられるかどうかは問題にすべきではないとの考え方がある。労働審判に異議を申し立てても、審判申立てが訴え提起とみなされて訴訟に移行することになるのであるから、審判がなされた時点で当事者は、訴訟の負担を念頭において、労働審判を受け入れるかどうか熟慮することになる。その結果、審判を受け入れることも期待できるため、異議を申し立てるかどうかで相応しいかどうかを判断すべきではない。

 この点については、理論的問題というより、裁判所に持ち込む場合の実務家としての見通しによって判断するしかないであろう。例えば、解雇事件の場合に、申立人があくまで原職復帰を求めており、他方、使用者が原職復帰を強く拒む場合には、労働審判手続ではなく、本訴あるいは仮処分手続が相応しいと言えよう。申立人が解決方法について柔軟な対応の準備がある場合には、労働審判手続に相応しい事件といえる。

③ 申立書の記載方法等

 申立書の記載の特徴は、申立ての趣旨及び理由を記載するだけでなく、予想される争点及び当該争点に関連する重要な事実を記載することである(規則9条)。労働審判は第2回終了までに主張及び証拠書類を提出しなければならない。そのためには、申立ての段階で、使用者が主張すると予想される反論を想定した申立書及び証拠書類の提出が求められる。弁護士が代理人となる場合には、申立人の陳述書も用意するのが望ましいであろう。労働仮処分手続では債権者である労働者の陳述書は必ず提出する。労働審判手続においても、申立人代理人としては用意すべきであろう。これは早い段階での主張と証拠の提出が求められており、労働審判員を含めて労働審判員会の心証を早期に獲得する必要性が高いからでもある。

④ 第1回期日のイメージ

 第1回期日の約1週間前に相手方から答弁書及び証拠書類が提出される(規則14条、16条)。そして、申立人は第1回期日において、口頭で答弁書への反論を行わなければならない(規則17条)。補充書面は、あくまで口頭での反論の補充に限られる。したがって、申立人は十分な準備をして第1回期日に臨まなければならない。

 労働審判委員会は、第1回期日前に、労働審判官と労働審判員らが申立書及び答弁書等を読んだ上で、打ち合わせを行うことになる。その打ち合わせで当該事件の概要と争点について評議した上で期日に臨むことが予想される。また、第1回期日の後にも当日の審理について評議を行うであろう。したがって、当事者としては、第1回から労働審判官及び労働審判員の心証を獲得する説得活動(主張立証)を行わなければならない。

 したがって、第1回期日は極めて重要な期日となる。従来の民事訴訟のように、当事者と相談をした上で次回準備書面で答えるということはできない。第1回期日には、申立人である労働者も出頭した上で、答弁書等に対する反論を行う周到な準備が必要である。

 労働審判官が手続の指揮をすることになる(法13条)。労働審判官が代理人だけではなく、当事者にも様々な質問をするであろう。申立人側も、相手側もその場での対応しなければならない。民事訴訟では争点整理手続を終えてから証拠調べを行うが、労働審判手続では両者は並行的に進められることになる。したがって、第1回期日においても証拠調べ、特に当事者に対する審尋が重視されることになろう。

 また、第1回期日から、調停の成立の見込みについて、労働審判員会は積極的に釈明することが予想される。そこで、申立人側としても、第1回期日前に、調停の可能性だけでなく、条件面までつっこんで打ち合わせをしておくことが望ましい。第1回期日の時間は、事案によるが、1時間程度と見込まれる。

⑤ 補充書面

 規則17条は、答弁に対する反論(これに対する再反論)については口頭で労働審判期日にて行うとして、口頭での主張を補充する補充書面を提出することができるとしている。また、規則19条は労働審判官が補充書面の提出期限を定めるとしている。そこで規則上は、第2回期日前までに口頭での主張を補充する限度で補充書面を提出できることとなる。しかし、補充書面の主張が繰り返されれば、民事訴訟の準備書面のように補充書面の反論合戦となり、3回以内で審理するという迅速性の実現が難しくなることが危惧される。補充書面は、あくまで口頭での反論を補充するという限定的な書面として取り扱われることになろう。

⑥ 第2回期日-人証調べの方法等

 第1回期日で解決しない場合には、第2回期日に、当事者、関係者の出頭を求めて人証調べが実施されることになる。法17条2項は、証拠調べについては民事訴訟の例によるとする。この人証調べは、審尋の方法で行うと定塚誠判事が明言している。法は民事訴訟法の証人尋問手続によることを排除しているものではない。しかし、主張立証が原則として第2回期日で終了するとされていることから審尋方式で実施される可能性が高いであろう。

 また、人証調べの結果についてであるが、規則25条1項は、書記官が労働審判期日についての経過を記録上明らかにしなければならないとするだけである。同条2項では、調書には証拠調べの概要が記載されることとなっているが、この調書は労働審判官が命じた場合にだけ作成されるものである。労働審判規則制定会議では、人証調べの記録についてはテープ録音することを含めて極めて消極意見であったと言われている。裁判所は現時点では人証調べの結果を記録することを予定していないであろう。

⑦ 労働審判法24条(複雑事案の終了)

 法24条は、「労働審判委員会は、事案の性質に照らし、労働審判手続を行うことが紛争の迅速かつ適正な解決のために適当でないと認めるときは、労働審判事件を終了させることができる」としている。先ず、当事者が異議を申し立てることが予測されるということだけでは、法24条により終了させることはできないという考えはほぼ一致している。あくまで「事案の性質」という事件の客観的側面から「適当でないと認め」られる場合でなければならない。

 では、具体的にどのような事案がこれに該当するかの解釈は未だ分かれている。男女賃金差別請求などの複雑な事案が例としてあげられることがある。しかし、男女差別の事案であっても単純な事件もある。整理解雇事件なども事件類型だけで、複雑事案であると単純に決めることはできないであろう。

 また、そもそも、3回以内の審理で申立人の主張立証が困難な複雑事案の場合には、申立人の請求が認められないと判断されることになるだけとも言える。それにもかかわらず、申立人が労働審判を求めるのであれば、労働審判委員会としては立証不十分として棄却する判断をすれば足りるであろう。申立人が棄却審判に異議を述べれば訴訟に移行するのであるから、特に迅速かつ適正な解決のために適当でないとは言えないのではないか。これは相手方についても同じことが言える。したがって、法24条は、集団的な差別訴訟など極めて特殊な例外的なケースの場合にのみ当てはまると考えるべきであろう。

(担当 水口洋介)

以 上