育児・介護休業法とその改正、次世代育成支援対策推進法
2004/10/2
1 現行育児介護休業法
(1) 仕事と家庭の両立、とりわけ育児・介護を行う労働者が差別のない充実した職業生活を営みつつ豊かな家庭生活を享受できるための法的制度の整備は、労働者の働く権利(憲法27条)及び男女労働者の平等(同14条)を実現する上で、不可欠の課題であり、また、日本はILO156号家族的責任条約を批准しているところから、国際的責務でもある。
しかし、現行の育児介護休業法は、数度の改正を経てもなお極めて不十分な内容であり、育児・介護を行う労働者の権利を十分に保障するものとはなっていない。
前回平成13年改正時の付帯決議(平成13年10月31日衆議院厚生労働委員会、平成13年11月8日参議院厚生労働委員会)においても、「法の実効性を確保するため、本法に基づく諸制度や指針の周知徹底を図るとともに、的確な助言・指導・勧告を指導すること」「男女労働者がともに職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするため、職場における固定的な役割分担意識や職場優先の企業風土の是正に向けた労使の努力を促すよう務めること」を政府に求めているところであるが、法制度自体の抱える限界もあり、男女労働者がともに職業生活と家庭生活との両立が図られるところに至っているとは到底言い難い実情である。
(2) 現行育児介護休業法は、有期雇用労働者を一律に対象から除外している。
しかし、契約上は有期雇用でも、多くの場合は契約更新を繰り返す長期就労となっているのが実態であり、このような場合に上記労働者を休業の対象から除外する合理的理由はない。ことに、雇用者数に占めるパート、派遣、契約社員等の「非正規・有期雇用」労働者の割合が近時急激に高まっている下、有期雇用労働者が育児介護休業制度から除外されてしまうならば、仕事を続ける希望を持ちながら、妊娠・出産等を機に働き続けることを断念せざるをえなくなる女性がますます増えてしまう。確かに、現行法の下でも、厚生労働省は告示(平成14年1月29日告示13号)によって、形式上有期雇用契約であっても契約関係の実態に照らして実質的に期間の定めのない契約と異ならない状態となっている場合には対象となると示しているが、告示の要件は必ずしも明確ではなく、また実効性、周知性も欠けることから、有期雇用労働者が実際に育児休業を取得するのは極めて困難であるのが現状である。
また、現行育児介護休業法は、育児休業期間が「子が満1歳となるまで」とされていること、育児・介護休業の分割取得が認められていないこと、子の看護休暇は事業主の努力義務に止まりしかも期間は子が小学校就学前までであることなど、極めて不十分・不備である。さらに、現行法は、働きながら育児・介護を行う労働者に対する両立支援については、事業主が労働時間短縮・フレックスタイム制・時差出勤・所定外労働の制限等のうち1つを選択して行えばよいものとし、しかも、育児にあっては子が3歳以上、介護にあっては3ヶ月を超える期間については努力義務とされており、労働時間の短縮が、労働者の権利として保障されておらず、いずれかの制度が就業規則等により制度化されていないと法的・具体的な請求権の行使も困難である。
2 育児・介護休業法改正の動向
(1) 昨年末に厚生労働省労働政策審議会雇用均等分科会がまとめた「雇用均等分科会報告」(2003年12月25日)に基づき、法律案が、2004年2月10日に閣議決定され、同日第159回国会に提出された。しかし、同国会の会期中には審議に至らず、継続審議となった。2004年秋以後の国会で、審議・可決される見込みである。
改正案の概要は、以下のとおりである。
① 育児休業・介護休業の対象労働者の拡大
期間を定めて雇用される者のうち、以下のいずれにも該当する者について、育児休業及び介護休業の対象に加える。
イ 同一の事業主に引き続き雇用された期間が1年以上あること
ロ 子が1歳に達する日を超えて雇用が継続することが見込まれること(子が1歳に達する日から1年を経過する日までに雇用関係が終了することが申出時点において明らかである者を除く)
*介護休業についても同様の考え方で要件を設定(93日)
② 育児休業期間の延長
子が1歳を超えても休業が必要と認められる一定の場合にあっては、子が1歳6ヶ月に達するまでの休業を可能とする。
③ 介護休業の取得回数制限の緩和
同一の対象家族1人につき、介護を要する状態に至ったごとに1回、通算93日の範囲内で休業を可能とする。
④ 子の看護休暇制度の創設
小学校就学の始期に達するまでの子を養育する労働者は、労働者1人につき年5日まで、病気や怪我をした子の世話をするための子の看護休暇を取得できることとする。
(2) 「改正案」の、有期雇用労働者を対象とする方向性自体は、有期雇用労働者への権利拡大の運動の反映でもあり、評価されるべきことである。
しかし「改正案」の提起する要件は、合理性に欠け、かつ、極めて曖昧であって、有期雇用労働者への権利拡大を目指す趣旨が実現されているとはいえないばかりか、その適用をめぐる紛争を惹起する可能性も高い。すなわち、①「改正案」は、「子が1歳に達する日を超えて」あるいは「93日を超えて」の雇用継続の見込みを要件とするが、労働者はそれぞれの事情に応じて休業期間を選択するのであって、「満期」の期間を休業する者が全てではない。休業終了後に雇用継続が見込まれればよく、「1歳」「93日」の要件は不合理に対象を限定するものである。②また「改正案」は「見込み」を要件としているが、何を基準に判断するのか極めて難しく、また、曖昧である。期間の定めのない有期雇用に関する大臣告示(平成15年357号)では、契約締結時に更新の有無及びその基準を明示すべきとされているが、「見込み」の判断にあたり、契約締結時の明示内容がこれに資すとは限らない。明示が実施されなかった場合はそもそも基準がないこととなるし、また、明示の内容から一義的に結論を導くことができない場合(例えば「更新することがある」「業績・業務上の必要・能力等を総合判断して」等々)も基準とはなりえず、かかる事案が多数を占めると想定される(さらに、同告示は基準の一方的変更を容認している)。また、雇い止めが無効とされる場合には休業を与えるべきものとなるが、雇い止めの法的可否は契約時の明示内容のみで判断されるものではない。③さらに、「改正案」の第3要件((1)①ロの( )内)は、企業に対する貢献度、あるいはその期待度との関係で事業主への「過大な」負担を避ける趣旨と解されるが、この点の配慮は第1要件で既に十分なされており、さらに要件を加重する合理性はない(2003年12月10日 日本労働弁護団 育児介護休業法の改正を求める意見(補充))。
今回の改正により、従来の平成14年1月29日厚生労働省告示13号の運用よりかえって後退することなどが起こらないようにしなければならない。
3 次世代育成支援対策推進法
(1)政府・厚生労働省は、少子化に危機意識を抱き(昨年政府が公表した推計で、2050年時点の合計特殊出生率が「1.39」となり、5年前に予測した「1.61」を大幅に下回ることが明らかになった。)、少子化対策基本法とともに、次世代育成支援対策推進法を03年に成立させた。同法の概要は、「我が国における急速な少子化の進行等を踏まえ、次代の社会を担う子どもが健やかに生まれ、かつ、育成される環境の整備を図るため、次世代育成支援対策について、基本理念を定めるとともに、国による行動計画策定指針並びに地方公共団体及び事業主による行動計画の策定等の次世代育成支援対策を迅速かつ重点的に推進するために必要な措置を講ずる」ものとされている。雇用均等分科会報告は、育児介護休業法の改正は「次世代育成支援対策推進法」及び「少子化社会対策基本法」において課題となっている仕事と子育ての両立支援策を、より一層推進するためのものであることを強調している。
次世代育成支援対策推進法は、300人以上の企業に対し、子育て支援の具体案(行動計画)を策定し、厚生労働省へ届け出ることを義務づけている(05.4.1施行)。そして、同法に基づき、地方公共団体及び事業主が行動計画を策定するに当たって拠るべきものとしての「指針」が定められたが、指針を見ても、子育て期にある30代労働者の長時間労働を含む全般的な長時間労働そのものにメスを入れるという態度にはなく、「安易な残業を改善するための意識啓発」といった程度の認識である。また、「指針」は、子育て期の労働者の勤務時間・勤務制度の改正を大幅に行おうとの視点も欠けている。なお、「指針」は「多様な働き方」、テレワークの推進などを示すが、家族的責任を持つ労働者を不安定就労に導くなどの危険もあり、安易な導入は問題である。
とはいえ、来年4月には一斉に行動計画が届出られる。十分な労使協議の上、少しでも実効ある計画が策定されるよう取組みと監視が是非とも必要である。
(2) そもそも、育児は、男女と社会が担うものである。日本が1985年に批准した女性差別撤廃条約は、前文で、男女の固定的な性別役割分担意識を見直し、「子の養育には男女及び社会全体が共に責任を負うことが必要であること」を認識すべきことを求めている。
しかしながら、我が国の現状では、男性の育児休暇の取得率は、非常に低い。このことは、日本の労働者の家庭責任に関しては、未だ現状では女性に大きな負担がかかっていることを示している。
また、長時間労働についても全く改善の傾向はみられない。20代、30代での過労死・過労自殺の増加、年間3000時間働くことが当然であるかのごとき実態では、子育て期の労働者が、子育て時間を確保したくとも、とても確保することができない。子育て期である30代労働者における週60時間以上就労するものの割合は前半で23.2%、後半で23.5%とほぼ4人に1人の割合であり、他の世代を大きく上回っている。社会全体の労働時間水準を大幅に引き下げることが、子育て期の労働者が心置きなく子育て時間を確保するためには必須である。このことは、法改正をまたずとも、本来、労働時間法制の厳格な適用と監督、36協定事項や基準時間の強化、年休取得の推進等だけでも相当の効果が期待できるはずである。そのような取り組みがあってこそ、男性も育児休暇が取得しやすい環境が出来、男性の育児休暇の取得率を上げることが可能となるのである。
(3)日本の女性の年齢別労働力率は、依然としてM字型の形状である。育児負担の大きい25~34歳の女性の労働力率と合計特殊出生率の関係について先進諸国の状況を見ると、女性の労働力率の高い国では、合計特殊出生率は比較定高くなっている。我が国に比べ労働力率も出生率も高いスウェーデンなどでは、男性も含め育児休業制度が普及し、保育サービスも充実しているなど、女性が仕事と育児の両立をしやすい、働きやすい状況にあるため、女性の就業が必ずしも少子化につながっていないと考えられる(平成12年5月・総理府・男女共同参画白書)。
我が国では、女性の仕事と育児の両立どころか、むしろ、妊娠・出産等を理由とする退職勧奨や解雇が増加している現状にある。労働局雇用均等室における個別紛争解決の援助申出統計によると、女性労働者からの均等取扱いに係る個別紛争解決援助の申立は、平成14年度の122件からさらに増加し、平成15年度は157件であったが、個別紛争の内容をみると、退職勧奨や解雇に関するものが全体の約8割にあたる123件となり、昨年の98件から大幅に増加している。このうち、妊娠・出産等を理由とする事案は約8割にあたる96件となっており、昨年の77件から大幅に増加している。この実態は衝撃を呼び、女性週刊誌などでも「妊娠リストラ」として取り上げられたところである。
このような実態に対して、真に実効性のある「行動計画」を策定させていかなければならない。
以 上