債権法改正に対する緊急声明-現行民法536条2項の見直しについて-

2014/8/4

 債権法改正に対する緊急声明

-現行民法536条2項の見直しについて-

 

法務省法制審議会民法(債権関係)改正部会 御中

 

1(はじめに)

 法務省法制審議会は、200910月から民法(債権関係)部会(以下「部会」という)において債権法改正を約4年間にわたり審議をしてきた。そして、20147月、部会は民法(債権関係)改正に関する要綱仮案を公表した(以下「要綱仮案」という)。同原案は様々な論点が含まれるが、労働法関係に重大な影響がある現行民法536条2項の改正案が提案されている。当弁護団は、労働者側にたって労働事件を担当する労働弁護士の団体として、民法536条2項の改正について看過できない重大な提案がされているので、この点について緊急に意見を述べるものである。

 

(仮案の内容)

 要綱仮案では、現行民法536条2項を次のように改正することを提案している。なお、下記の下線は引用者がつけた。

① 現行民法536条2項

 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。(以下、省略)

② 要綱仮案

 債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない(以下、省略)

 また、部会審議において、これまでは雇用に次の特則を設けることが提案されていたが、要綱仮案の段階で、これを盛り込まないこととされている。

③ 部会審議途中の案

  労務が履行することができなくなったことが契約の趣旨に照らして使用者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、労働者は、報酬の請求をすることができる(以下、省略)

3(問題点)

 民法536条2項は、労働者が使用者から解雇されるなど、使用者の責めに帰すべき事由で労働者が労働義務を履行できなかった場合でも、労働者が賃金を請求できる法律上の根拠とされてきた。使用者の解雇など使用者の責めに帰すべき事由で、労働ができない場合には、労務を提供している以上、反対給付を受ける権利(賃金請求権)を失わないと解釈されてきた。これは大正4年の大審院判決以降、最高裁判例においても確立されてきた民法ルールである(大審院判決大正4年7月31日民録21輯1356頁、最高裁昭和62年7月17日民集41巻5号1350頁等)

 ところが、要綱仮案(上記②)の法文では、「債権者(使用者)は反対給付の履行を拒めない」と定められると、「債務者(労働者)の反対給付を受ける権利」(賃金請求権)を認める文言としては弱い表現となってしまう。この法文は、最高裁判例として確立した536条2項のルールを法文として正確に書かれていない点で適切ではない。しかも、要綱仮案のように改正された場合には、解雇などの場合であっても、労働者が賃金を請求する権利を持たないと誤解を招く余地がある。したがって、要綱仮案(上記②)に改正することは極めて不適切である。

 また、上記③を盛り込まない理由として、「報酬の請求」の範囲が不明確であると指摘されている。しかし、この場合の「報酬の請求」は労働者の賃金請求であることは明白であり、しかも、その賃金請求権の範囲は、個々に締結されたそれぞれの雇用契約の個別解釈ないし事実認定によって決定されるものである。したがって、「報酬の範囲が不明確」という非難はあたっていない。

 

(要求)

 当弁護団としては、上記の要綱仮案(上記②)は、従来の解雇訴訟などの労働訴訟の実務を混乱させる危険があり、最高裁判例を正確に表現していない極めて不適切な文言となっていると考える。

 そこで、雇用の部分に、次のように特則として上記③案を盛り込むことを求める。

「労務が履行することができなくなったことが使用者の責めに帰すべき事由によるものであるときは、労働者は、報酬の請求をすることができる。」

  仮に、上記③の規定を雇用の特則として盛り込まない場合には、民法536条2項は現行法のままの規定で改正することは許されないと考える。

以上

 

2014年8月4日

                    日本労働弁護団

会 長   鵜 飼 良 昭