ワークルール教育推進法の制定を求める意見書
2013/10/5
ワークルール教育推進法の制定を求める意見書
2013年10月4日
日本労働弁護団
会長 鵜 飼 良 昭
第1 意見の趣旨
労働者及び使用者等に対する労働関係法制度等についての教育・啓発をより推進するため、速やかに下記の内容のワークルール教育推進法を制定すべきである。
記
1 ワークルール教育推進法制定の必要性とその目的
使用者と労働者間の情報の質及び量並びに交渉力等の格差があるもとで、また、新たな労働法制の創設や法改正、雇用形態の多様化・複雑化に伴って、様々な労働トラブルが発生し、かつ増加している。この実情を踏まえると、労働者及び使用者が、労働関係法制度を中心とする労働関係諸制度についての正確な理解を深め、かつその理解に基づいた適切な行動を行い得る能力を身につけることが、労働者にとっては自らの権利と生活を守り、ワークライフバランスを実現するために、使用者にとっては円滑かつ適切な企業活動を確保するために重要な要素であり、労働者・使用者双方にとって必要不可欠である。
労働者及び使用者がそれらの知識、能力を獲得するプロセスにおいて、ワークルール教育が重要な役割を担うことに鑑み、ワークルール教育の基本理念を定め、ワークルール教育の施策の基本となる事項を定め、国、地方公共団体等の責務を明らかにすることにより、ワークルール教育に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、健全で安定した労働関係の形成に資することを目的とする法律を制定することが必要である。
2 定義及び対象者
ワークルール教育推進法において「ワークルール教育」とは、働くこと(労働者が働くこと、使用者が労働者を働かせることの双方を含む)に関するルール(法令、慣習、規範及び慣行を含む)及びこれらのルールを実現するための諸制度等に関する教育と、これに準ずる啓発活動をいう。
ワークルール教育の対象となる者は、労働者、使用者及び将来労働者又は使用者となる可能性のある者である。
3 基本理念
ワークルール教育を受けることは憲法に由来する国民の権利であることを明記するとともに、ワークルール教育の基本理念を以下のとおり定めるべきである。
(1) ワークルール教育は、労働者と使用者との間の情報の質・量及び交渉力等の格差の存在を前提として、労働者及び使用者がそれぞれの権利・義務について正しく理解するとともに、労働者が自らの権利・利益を守る上で必要な労働関係法制等に関する知識を習得し、これを適切な行動に結び付けることができる実践的な能力が育まれることを旨として行われなければならない。
(2) ワークルール教育は、学齢期から高齢期までの各段階に応じて、学校、地域、職場その他の様々な場の特性に応じた適切な方法により行われるとともに、それぞれの段階及び場においてワークルール教育を行う多様な主体の連携を確保して効果的に行われるべきである。
(3) ワークルール教育の推進にあたっては、労働者の義務や自己責任論が安易に強調されることによって労働者の権利・利益が不当に損なわれることのないよう、特に留意しなければならない。
4 基本的施策
ワークルール教育を推進するため、国、地方公共団体は、下記の基本的施策を推進すべきである。
(1) 学校におけるワークルール教育の推進
① 国及び地方公共団体は、児童及び生徒の発達段階に応じて、学校の授業その他の教育活動において適切かつ体系的なワークルール教育の機会を確保するため、必要な施策を推進しなければならない。
② 国及び地方公共団体は、教育職員に対するワークルール教育に関する研修を充実するための必要な措置を講じなければならない。
(2) 大学等におけるワークルール教育の推進
国及び地方公共団体は、大学等においてワークルール教育が適切に行われるようにするため、大学等に対し、ワークルール教育に関する自主的な取り組みを行うよう促すとともに、それらの取り組みに従事する教職員に対し、研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な措置を講じなければならない。
(3) 事業所等におけるワークルール教育の推進
国、地方公共団体は、事業所等の労働の現場において、適切なワークルール教育が行われるよう促すとともに、それらの取り組みに従事するものに対する研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な支援を行うよう努めなければならない。
(4) 地域におけるワークルール教育の推進
国、地方公共団体は、高齢者、障害者等を含む地域住民に対して、その必要に応じたワークルール教育が適切に行われるようにするため、労政事務所等地域における教育の充実を図るとともに、それらの取り組みに従事するものに対する研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な措置を講じなければならない。
(5) 教材の充実等
国及び地方公共団体は、ワークルール教育に使用される教材の充実を図るとともに、学校、地域、職場その他の様々な場において当該教材が有効に活用されるよう努めなければならない。
5 国の責務及び推進体制
(1) 国は、基本理念にのっとり、ワークルール教育の推進に関する総合的な施策を策定し実施する責務を有するものとする。この施策には、地方公共団体の責務が果たされるよう行う必要な支援を含む。
(2) 厚生労働省と文部科学省が緊密な連携を保ちつつ施策を推進すべきであることを明確にし、ワークルール教育の推進に関する重要な基本的事項に関する基本方針を定めることとする。
(3) 労働者、労働組合、使用者、使用者団体、ワークルール教育に関連する活動を行うNPO・学識経験者、教育関係者、関係行政機関、関係する独立行政法人等をもって構成するワークルール教育推進会議を設置し、①ワークルール教育の総合的、体系的かつ効果的な実施の推進に関してワークルール教育推進会議の構成員相互の情報の交換及び調整、②基本方針の作成・変更についての意見の具申、③基本方針の実施状況について調査及び効果的な推進方策の検討等を行うものとする。
6 地方公共団体の責務及び推進体制
(1) 地方公共団体は、基本理念にのっとり、ワークルール教育の推進に関し、国との適切な役割分担を踏まえて、その地方公共団体の区域の社会的、経済的状況に応じた施策を策定し実施する責務を有するものとする。
(2) 都道府県は、基本方針を踏まえ、都道府県ワークルール教育推進計画を定めるものとする。市町村は、基本方針及び都道府県ワークルール教育推進計画が定められている場合は同計画を踏まえ、市町村ワークルール教育推進計画を定めるよう努めなければならないものとする。
(3) 地方公共団体は、ワークルール教育推進計画を定めたとき又は地域におけるワークルール教育を推進するため必要があると認めるときは、労働者、労働組合、使用者、使用者団体、ワークルール教育に関連する活動を行うNPO・学識経験者、教育関係者、当該地方公共団体の関係機関、消費生活センター等をもって構成するワークルール教育推進地域協議会を設置し、①ワークルール教育の総合的、体系的かつ効果的な実施の推進に関してワークルール教育推進地域協議会の構成員相互の情報の交換及び調整、②ワークルール教育推進計画の作成・変更についての意見の具申、③ワークルール教育推進計画の実施状況について調査及び効果的な推進方策の検討等を行うものとする。
7 労働組合、使用者・使用者団体の努力
(1) 労働組合は、基本理念にのっとり、ワークルール教育の推進のための自主的な活動に努めるとともに、学校、地域、職場その他の様々な場において行われるワークルール教育に協力するよう努めるものとする。
(2) 使用者及び使用者団体は、基本理念にのっとり、管理職に対する研修・教育の充実を含むワークルール教育の推進のための自主的な活動に努めるとともに、学校、地域、職場その他の様々な場において行われるワークルール教育に協力するよう努めるものとする。
8 財政上の措置
国及び地方公共団体は、ワークルール教育の推進に関する施策を実施するため必要な財政上の措置その他の措置を講じなければならない。
第2 意見の理由
1 ワークルール教育を受けることは憲法にも由来する国民の権利であること
日本国憲法27条1項は「すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ」と定める。また、憲法26条は国民の教育を受ける権利を保障する。そして憲法11条は、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」と宣言している。
働くことが憲法によって保障された国民の権利、基本的人権のひとつであり、教育を受ける権利も基本的人権である以上、働くことに関する教育を受けることもまた、侵すことのできない国民の基本的権利である。即ち国は、国民に対して、働くことについての十全な教育を行うべき憲法上の責務を負っているのである。
2 雇用を巡る我が国の現状(立法事実)
(1) 我が国の労働力人口等
我が国の労働力人口(15歳以上の人口のうち、就業者と完全失業者の合計人口)は凡そ6500万人、そのうち自営業等を除いた労働者は約5500万人である。我が国の2013年の人口は約1億2700万人、そのうち就労可能年齢である15歳から69歳までの人口が約8900万人であるから、我が国においては、就労可能年齢に達した後、そのうちの約6割の人が、労働者として働き、給料をもらうことによって、自らとその家族の生活を支えるという生き方をしている。
また、我が国の企業数は凡そ420万社、個人経営事業所は凡そ240万事業所であるので、使用者として労働者を雇用する者の数も膨大である。
即ち、我が国においては、労働契約関係の中で活動し、生活をしている人々が圧倒的多数を占めていると言っても過言ではないのである。
(2) 法制度の新設・改正
近年、労働契約法、労働者派遣法及び高年齢者等の雇用の安定等に関する法律等の労働法制の新設、改正が相次いでおり、労働者をとりまく法制度は急激な変化を遂げている。このような急激な法制度の変化は、労働者及び使用者がその自助努力により適時に正確な法制度の情報を得ることを著しく困難にしている。
(3) 雇用契約の多様化、非正規労働の増加
雇用形態の多様化や非正規労働者の増加により、かつて日本の主流であった終身雇用、年功序列型賃金、企業内組合等を内容とする日本型雇用慣行は失われつつあり、いわゆる非正規労働者が急激に増加している。総務省が本年7月12日に発表した就業構造基本調査では、役員を除く雇用者のうち非正規労働者が約2043万人と、初めて2000万人を突破し、その比率も38.2%と過去最大を更新した。とりわけ、現在女性労働者の半数以上が非正規雇用であり、非正規雇用の不安定さ・低い待遇と相まって、非正規雇用労働者の問題は、今も歴然と残る女性労働者の格差・差別の問題でもある。
これら非正規労働者は、リーマン・ショック時に大きな社会問題となった「派遣切り」にも見られるとおり、雇用形態も一般的に不安定であるから、雇用打ち切り等を恐れて、使用者に対して当たり前の権利行使をも躊躇することが多く、あらゆるハラスメント被害にも遭いやすい。
しかるに、後述するように、非正規労働者は、いわゆる正社員に比してワークルールに関する知識を十分有していないことが多く、権利侵害に遭った場合もその回復が困難である。
(4) 労使紛争の増加
労働関係民事通常事件、労働関係仮処分事件、労働審判事件の各申立の合計件数は、2007年度が約4100件だったのに対し、2011年度は約7300件と、7割以上も増加している。
労使紛争の前段階とも言いうる労働相談件数を見ても、2001年10月に施行された厚生労働省の個別労働紛争解決制度に寄せられた労働相談件数は、2002年度に約60万件だったのが、2008年度には100万件を超え、以後2012年度まで5年連続で100万件を超えるなど高水準を続けている。
長時間労働やそれに基づく過労病・過労死・過労自殺は、永年にわたり日本の雇用社会における克服すべき課題であったが、近年になっても減少するどころか、2012年は、労災認定された過労自殺が過去最高を記録するなど悪化の一途をたどっている。
(5) いわゆるブラック企業
近年、労働者を多数採用しては、労働基準法・労働契約を無視した過酷な業務命令を強いて、多くの労働者を短期間のうちに使い捨てにし、あるいはうつ病等の深刻な健康被害をも多発させるなどの特徴をもつ、いわゆるブラック企業が増加している。このブラック企業の存在は、その業務従事により精神疾患等に罹患した労働者に象徴されるように、その労働者の権利と生活のみならず、その健康までも破壊するものであり、また、健全な企業モラルをも破壊するものであって、当該労働者のみならず、社会全体にとっても大きな損失を生じさせている。
(6) ワークルールに関する労使双方の知識・理解不足
以上のような労働環境の複雑・多様化、不安定雇用の増加や労使紛争の増加にもかかわらず、近年における行政や民間団体による学生や労働者を対象にしたワークルールに関するアンケート調査によれば、ワークルールに関する基本的事項についてすら知らない人の割合が高いという結果が出ている。
例えば、沖縄労働局が2012年から2013年にかけて沖縄県内5大学と2短期大学の大学生に対して行ったアンケート調査によれば、法定労働時間を正しく理解している大学生は全体の53.2%、割増賃金制度について知っていると回答した大学生は全体の29.3%、沖縄県最低賃金額を正しく知っている大学生は全体の42.4%、失業した場合に一定の条件下で雇用保険給付が受けられることを知っている大学生は全体の55.1%であった。
また、連合総研が2012年に行った調査では、契約社員やパートタイム労働者も有給休暇を取得できることを知っていたのは、正社員の66%、非正社員の52%、時間外割増賃金をもらえることを知っていたのは正社員の約7割、非正社員の約6割にとどまっている。
1998年から1999年にかけて村中孝史氏、瀧敦弘氏によって行われた中小企業の労使に対するアンケート調査では、回答した経営者のうち、自分の企業の従業員に労働組合を結成する権利があると正しく回答した経営者は約50%、父親が育児休業制度を利用できると正しく回答した経営者は45.5%にとどまっている(「中小企業における法と法意識」京都大学学術出版会)。
日本労働弁護団が実施している労働トラブルホットラインや女性労働ホットラインにおける労働相談でも、労使双方の基本的なワークルールに関する知識、理解不足がトラブルの原因になっているケースが多く見受けられる。
(7) 相談・訴訟には現れない多数の潜在的紛争(泣き寝入り)の存在とその原因
労働者が、自分がどのような権利を持っているかについて知らなければ、権利侵害がなされたとしても、そもそもその認識を持つことすらできない。例えば、連合総研が2012年に行った上記調査からは、本来時間外割増賃金をもらえるにも関わらず、そのことに気づきさえしないで、結果としてその支給を受けられない契約社員やパートタイム労働者がかなりの数に上っていることが容易に推認される。
また、権利侵害されたことに気づいても、権利回復のための手段を知らなければ、結局労働者の権利侵害の状態は回復されない。近年における行政や民間団体によるアンケート調査によれば、多くの労働者が、行政機関や弁護士に相談するなどの紛争解決に向けた手段をとっておらず、権利侵害に対して泣き寝入りしている状況がうかがわれる。
例えば、NPO法人POSSEが行った「2008年度 若者の『仕事』調査アンケート」によると、アンケートに答えた若者のおよそ5割が、残業代不払い、有給休暇が取得できないなどの違法状態を経験したことがあると答えているが、そのうちの約8割がこれら違法状態に対して「何もしなかった」と答えている。そして何もしなかった理由の約17%が「その時は違法だとわからなかった」、約9%が「どうすればいいかわからなかった」、約20%が「是正させることができるとは思わなかった」というものである。紛争解決手段の周知を含むワークルール教育が不十分であることが、是正されるべき労使紛争が是正されていないという現状を生み出しているのである。
3 ワークルール教育を実効的に進めるための基本法の必要性
(1) 各教育機関、関係機関でのワークルール教育の取り組みとその限界
中学校の公民の学習指導要領には、「社会生活における職業の意義と役割及び雇用と労働条件の改善について,勤労の権利と義務,労働組合の意義及び労働基準法の精神と関連付けて考えさせる。」とあり、高校の現代社会の学習指導要領には「雇用と労働問題…について理解させるとともに,個人と企業の経済活動における社会的責任について考えさせる。」との記載がある。
しかし残念ながら、前記2(6)(7)で示したとおり、現在の学校教育の中では、実際の社会に出たときに必要な実践的なワークルール教育が行われているとは言えない状況がある。
もちろん、実践的なワークルール教育は、教員有志による独自の教育実践、労働組合・NPO法人の取り組みや、各地の弁護士会・弁護士の出前講座などを通じても行われてきた。労働弁護団の全国各地の団員も、中学・高校・大学などからの依頼、労働組合・行政機関などからの要請に応じ、実践的なワークルールを伝える取り組みをしてきている。しかし、いずれも現場の「有志」のみによって支えられる局地的な活動にとどまっているのが実態である。
ワークルール教育が不十分なことによる弊害は、現場の有志による取組みに委ねるだけでは到底克服することができない状況に至っているというべきである。
(2)
国が、明確な理念の元に責任を持ってワークルール教育を進めるべきこと
前記1で既に述べたとおり、ワークルール教育を受けることは、国民の憲法上の権利である。そうであるにも関わらず、現実には大多数の国民がワークルールを知る機会を充分に保障されず、そのことが一因となって労働関係を巡る我が国の現状があまりに劣悪な状態になっている。また、これまでワークルール教育に関する様々な団体、有志による努力が払われてきたにもかかわらず、そこに限界があることも上記のとおりである。
このことからすれば、ワークルール教育を国が責任を持って進めなければならないことは明らかである。
そして、国がワークルール教育を進める際には、ワークルール教育の基本理念を定め、それにもとづいて基本的施策その他の施策が進められる必要がある。そうでなければ、問題が噴出している我が国の雇用を巡る現状を改善し、ワークルール教育を通じて健全な労使関係、労働環境を構築していくことはできないからである。
その基本理念としては、第1に、労働者と使用者との間に情報の質・量及び交渉力等において格差が存在するという厳然たる事実を前提として、労働者及び使用者がそれぞれの権利・義務について正しく理解するとともに、労働者が自らの権利・利益を守る上で必要な労働関係法制等に関する知識を習得し、これを適切な行動に結び付けることができる実践的な能力が育まれることを旨として行われるべきであることを明記する必要がある。
第2に、ワークルール教育は、学齢期から高齢期までの各段階に応じて、学校、地域、職場その他の様々な場の特性に応じた適切な方法により行われるとともに、それぞれの段階及び場においてワークルール教育を行う多様な主体の連携を確保して効果的に行われるべきであることが明記されなければならない。
第3に、ワークルール教育の推進にあたっては、労働者の義務や自己責任論が安易に強調されることによって労働者の権利・利益が不当に損なわれることのないよう、特に留意しなければならないことが明記されなければならない。
(3)
国、地方公共団体等が行うべきワークルール教育の基本的内容
国、地方公共団体は、上記基本理念にもとづき、次のようなワークルール教育を行うべきである。
① 学校においては、児童及び生徒の発達段階に応じて、学校の授業その他の教育活動において適切かつ体系的なワークルール教育の機会を確保するため、必要な施策を推進するとともに、教育職員に対するワークルール教育に関する研修を充実するための必要な措置を講ずる。
② 大学等においてワークルール教育が適切に行われるようにするため、大学等に対し、ワークルール教育に関する自主的な取り組みを行うよう促すとともに、それらの取り組みに従事する教職員に対し、研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な措置を講ずる。
③ 実際に労働が行われる現場である事業所等においても、適切なワークルール教育が行われるよう促すとともに、それらの取り組みに従事するものに対する研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な支援を行う。
④ 学校、大学、職場のみならず、地域において高齢者、障害者等を含む住民に対してワークルール教育が適切に行われるようにするために、それらの取り組みに従事するものに対する研修の機会の確保、情報の提供その他の必要な措置を講ずる。
⑤ 学校、大学、職場、地域において行われるワークルール教育に使用される教材の充実を図るとともに、その他の様々な場においても当該教材が有効に活用されるよう努める。
(4)
財政的裏付けの必要性
ワークルール教育の基本理念が定められても、また、基本的施策が策定されても、実際にその教育が行われなければそれは絵に描いた餅である。そして、ワークルール教育を効果的に、現実に進めていくためには、教材の作成、教育者自身の研修・育成をはじめとする十分な物的・人的資源が必要である。また、ワークルール教育を具体的に担う現場の地方公共団体や民間団体に対して国が必要な財政的支援をすることが求められる。
ワークルール教育を実効的に進めるためには、十分な財政的裏付けがなされることが不可欠である。
(5)
ワークルール教育を推進するための組織
ワークルール教育を推進するためには、労働者、使用者及び教育関係者など現場を知る人たちの意見が十分に反映される必要がある。とりわけ、教育関係者の負担をいたずらに増やすことにつながらないよう十分に配慮される必要がある。
このため、国においては、労働者、労働組合、使用者、使用者団体、ワークルール教育に関連する活動を行うNPO・学識経験者、教育関係者、関係行政機関、関係する独立行政法人等をもって構成するワークルール教育推進会議を、地方公共団体においてはワークルール教育推進地域協議会を設置して、ワークルール教育の効果的な実施の推進に関する意見具申が行われるようにすべきである。
そして、現場の意見を十分に踏まえた上で、国及び地方公共団体は、ワークルール教育の実効性確保のために必要な措置を取るべきである。
(6)
労働組合、使用者・使用者団体の責務
ワークルール教育は、学校、大学、地域等でも行われるが、その結果が実践されるのはそれぞれの職場である。使用者、労働者、使用者団体、労働組合が、ワークルールを守らなければ、ワークルール教育は社会に生きたものとならない。また、ワークルール教育は学校教育の中で一度覚えれば良いというものではない。労働法の制定、改正、あるいは働き方の変化など、社会の動きに対応して必要な知識、情報が与えられなければならない。ワークルール教育は、労働者が働き続けている以上、また、企業が労働者を雇用する以上、常に必要とされるのである。
労働の現場における使用者、使用者団体、労働組合の理解と協力なくして、実効性あるワークルール教育を進めていくことはできないと言っても過言ではない。
(7)
ワークルール教育推進のために、以上の基本理念、基本的施策、国・地方公共団体の責務、労働組合、使用者・使用者団体の努力義務等を定めた立法措置が必要であること
政府が設置した「今後の労働関係法制度をめぐる教育の在り方に関する研究会」は、2009年2月、「労働者自身が自らの権利を守っていく必要性が高まっている一方、必要な者に必要な法知識が行き渡っていない状況である」との現状認識のもと、学校、家庭・地域社会、企業等などが連携してワークルール教育を推進していくべきである旨の詳細な報告書を出している。
この研究会の報告内容自体、重要な示唆を富むものであるが、その内容は、各機関に対して、それぞれが他の機関と連携することを求めてはいるものの、結局は各自が努力をするという限界から脱するものとはなっていない。
しかし、我が国の雇用と労働者を巡る現状は、ワークルール教育が個別の機関や団体の取り組みやその間の連携に向けた努力に委ねられているだけでは、研究会の目指す、必要な者に必要な法知識を行き渡らせるという目的は到底達成できないということを示している。
労働者、使用者がワークルールを正しく理解し、健全な雇用関係を我が国に作っていくためには、そしてそのためのワークルール教育を実効的に進めていくためには、ワークルール教育の推進を国の責務として位置付け、国・地方公共団体に対してワークルール教育推進のための法的義務を課すとともに、ワークルール教育の基本的施策等を定めた法律が制定されることが必要不可欠である。
4 まとめ
日本労働弁護団は、1957年の創設以来、一貫して労働者・労働組合の権利擁護のために活動してきた。
その中で、労働裁判をはじめとする様々な取り組みを行い、また、あるべき労働法制に関する提言等も行ってきた。また、労働弁護団員はこれまでも職場、学校などに赴き、労働者の権利についての学習会等に取り組んできた。
それらの活動を通じ、我が国においては、当然知っているべきワークルールが、実際にはほとんど教えられておらず、いわば裸のままで社会に出て行かざるを得ない労働者がいかに多いかという現実に直面してきた。また、権利侵害をされているにも関わらず、そもそも自らの権利が侵害されているということすら知らずに、結果として泣き寝入りをしている者がどれだけ多いかということも実感してきた。
労働者がバラバラにされ、孤立させられている今の時代においてこそ、国が責任をもってワークルール教育を推進することが何よりも求められていると確信する。
そして我々も、ワークルール教育推進法の制定のために全力を挙げること、職場、学校等で今後もワークルール教育の推進に努力する決意をここに改めて表明する。