民法(債権関係)改正の中間論点整理に対する意見書
2011/8/4
民法(債権関係)改正の中間論点整理に対する意見書
2011年7月29日
日本労働弁護団
債権法改正検討プロジェクトチーム
座長 弁護士 水 口 洋 介
【目 次】
はじめに 1
第1 「第3 債務不履行による損害賠償」について 2
1 「2 『債務者の責めに帰すべき事由』について(民法第415条後段)」 2
2 「4 過失相殺(民法第418条)」 3
第2 「第16 契約上の地位の移転(譲渡)」について 3
第3 「第23 契約交渉段階」について 4
第4 「第27 約款(定義及び組入要件)」と「第31 不当条項規制」について 4
1 約款について 4
2 不当条項規制について 5
第5 「第47 役務提供型の典型契約(雇用、請負、委任、寄託)総論 5
第6 「第50 準委任に代わる役務提供型契約の受皿規定」 6
第7 「第51 雇用」について 7
1 「総論(雇用に関する規定の在り方)」について 7
2 「報酬に関する規律 具体的な報酬請求権の発生時期」 7
3 労務が履行されなかった場合の報酬請求権 8
4 民法626条の規定の要否 10
5 有期雇用契約における黙示の更新(民法第629条) 10
6 民法第629条第2項の規定の要否 10
7 民法第627条第2、第3項の削除の提案 11
第8 「第57 事情変更の原則」について 11
第9 「第60 継続的契約」について 12
第10「第36 消滅時効 不法行為等による損害賠償請求権」について 12
日本労働弁護団は、労働者・労働組合側にたって労働事件を担当してきた弁護士で組織する団体である(1957年「総評弁護団」として創立。1989年に現在の名称に変更。現在会員数は約1500名)。
当弁護団は、「民法(債権関係)改正に関する中間的な論点整理」(以下、「中間論点整理」という)に関して、債権法改正検討プロジェクトチームを設け、民法(債権関係)改正(以下、「債権法改正」という)が労働法や労働訴訟等の実務にどのような影響を生じるのか、また、それが適切であるかどうかという観点から検討をしてきた。
今回の債権法改正は、民法第623条ないし631条の「雇用」各則のみならず、債権総論部分について改正の対象とされており、この債権総論部分の改正によっても労働契約に関する民法規定の解釈適用が重大な影響を受ける可能性がある。
戦後、長期間にわたっての労働判例及び労使交渉の積み重ねによって、労働契約関係の民事的ルールが判例法理及び労使慣行として形成されてきた。また、平成19年に労働契約法が制定され、判例法理の一部が実定法となった。今回の債権法改正によって、これら実務によって形成されてきた労働判例及び労使慣行が変質させられ、労働者の権利を不当に制約ないし後退させることがあってはならない。他方、労働者の法的地位及び権利を保護するような内容であれば、その債権法改正に積極的に支持することになる。公正・適正な民事的ルールの設定と労働者保護の観点から、重要と考えられる点について、日本労働弁護団債権法改正検討プロジェクトチームとして、次のとおり意見を述べるものである。
1 「2 『債務者の責めに帰すべき事由』について(民法第415条後段)」
(1) 中間論点整理
中間論点整理では、「債務者の責めに帰すべき事由」について、故意・過失又は信義則上これと同視すべき事由との理解(過失主義)に対して、帰責根拠を「契約の拘束力に求める考え方を(契約主義)があるとして現行法の「債務者の責めに帰すべき事由」という文言を変える必要があるか否かを、更に検討するとしている。部会審議の中では、「契約において債務者が引き受けた事由」という文言に変更するとの考え方が示されている。
(2) 意見
「債務者の責めに帰すべき事由」との文言を変更すべきではない。
【理由】
債務不履行による損害賠償は、労働契約分野では安全配慮義務違反による損害賠償として判例法理により独自に発展してきた。この法理は「債務者の責めに帰すべき事由」という文言を前提として展開されてきた。この法律の文言を「契約において債務者が引き受けた事由」に変更することになれば、従来の判例法理や解釈との連続性が切断される危険がある。労働者は使用者に対して情報も交渉力も弱い立場におかれている。このような雇用契約においては使用者の優越的地位の下で当事者の合意の名により、債務者(使用者)が負う安全配慮義務が否定されたり緩和されたりする危険がある。
労働契約法5条が強行法規であることから、当事者の安全配慮義務を全て免除するような合意は無効となるであろう。しかし、安全配慮義務の内容を特定するような合意をして、一部の安全配慮義務を免除するような雇用契約を締結した場合には、上記の新たな法文に改正された場合には、当事者が合意したとして有効とされる恐れがある。信義則上、使用者等の労務受領者に、労務提供者の生命・健康をまもるよう配慮すべき義務が安全配慮義務の中核であり、これが当事者の合意により緩和されることは認められるべきではない。
また、「契約において債務者が引き受けた事由」との文言では、使用者が「契約時点では危険が予測できず、そのようなリスクを引き受けていない」との新たな免責を主張する根拠にもなる。現行法では、契約締結時点に限らず、契約履行過程においても、「故意・過失又は信義則上これと同視できる事由」がある場合には使用者は安全配慮義務を免れることはできない。他方、「契約において債務者が引き受けた」という文言では、契約締結時点での予測可能性に限定することになり、使用者に新たな安全配慮義務の免責主張を許すことになる。このような文言への改正には反対である。現状の「債務者の責めに帰すべき事由」を維持すべきである。
(1) 中間論点整理
中間論点整理は、「債務不履行の発生について過失がある場合だけでなく、損害の発生や拡大について債権者に過失がある場合にも適用されるという判例・学説の解釈を踏まえ、これを条文上明確にする方向で、更に検討してはどうか」とする。
(2) 意見
損害の発生や拡大に債権者に過失がある場合に適用するということを条文上明確ににすることは反対する。
【理由】
損害の発生や拡大に労働者側に過失がある場合に適用されることになれば、安全配慮義務違反によって障害を受けた労働者の請求が制限されることになる。労働災害で苦しむ労働者は知識や情報を入手することは困難であり、その結果、損害の発生と拡大をしないように合理的に行動できるとは限らない。したがって、このような場合にまで、過失相殺を拡大することには反対である。
1 中間論点整理
契約上の地位の移転の要件として、中間論点整理では、「例外的に契約の相手方の承諾を必要としない場合があることから、契約の相手方の承諾を必要としない場合の要件を具体的にどのように規定するかについて、更に検討してはどうか」とする。そして、部会審議の中では、事業譲渡に伴う労働契約上の使用者の地位の移転についても、相手方である労働者の承諾が不要となるとの考え方が紹介されている。
2 意見
事業譲渡の場合であっても使用者の地位の移転は、労働者の承諾が必要とすべきである。
【理由】
民法第625条1項は、「使用者は、労働者の承諾を得なければ、その権利を第三者に譲り渡すことができない。」と定めている。労働契約が継続的な人的関係を前提としていることから、事業譲渡に伴う契約上の地位の移転についても、労働者の承諾が必要と解釈すべきである。
また、会社分割制度において労働者の同意なき承継が行われるためには、労働者の理解と協力を得るための個別協議(商法等改正法附則第5条)を実施すること、労働契約承継法に基づく通知や協議の手続を行うことが必要とされている。また、一定の範囲で労働者の異議申立権が認められている(労働契約承継法4条、5条)。部分的包括承継とされる会社分割でさえ上記のような手続が必要であるにもかかわらず、事業譲渡に伴う契約上の地位の移転について労働者の承諾を不要とすることは、会社分割及び労働契約承継法との整合性を欠くことになる。よって、労働者の承諾は必要不可欠である。
1 中間論点整理
中間論点整理では、「契約締結過程における説明義務・情報提供義務に関する規定を設けるという考え方の当否につき、規定の具体的な内容を含めて更に検討してはどうか」としている。
2 意見
説明義務・情報提供義務については労働者に適用すべきではない。
【理由】
労働者は、使用者との雇用契約を締結しようとする際には、極めて弱い立場にある。このような非対称の雇用契約において、使用者は、労働者を採用する際には、個々の労働者の様々な個人的情報を入手しようとし、労働者のプライバシーや思想良心、労働組合活動歴等に関する事項も取得しようとしがちである。労働者は採用されるという弱い立場にあり、このような使用者の要請に対して抵抗することは困難である。したがって、民法により、一般的に労働者に対して説明義務・情報提供義務を課すことは、労働者の利益を侵害する恐れが強い。
契約締結過程における説明義務・情報提供義務を認めることは一般論としては是認できるが、労働者のように交渉力において劣位にある当事者についてまで、一般規定として説明義務・情報提供義務を適用することには反対である。
第4 「第27 約款(定義及び組入要件)」と「第31 不当条項規制」について
(1) 中間論点整理
中間論点整理は、約款の定義の例として、「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」を挙げ、この定義によれば就業規則も約款にあたる可能性があるとする。その上で、約款の組入要件に関する規律(事前の開示と組み入れ合意)と労働関係法令(労働契約法7条)と整合的でないことを指摘しつつ、更に検討するとしている。
(2) 意見
就業規則が約款にあたるか議論のあるところであるが、仮に就業規則を約款とするとしても、組入要件は、労働契約法7条を排除するものではないことを明記すべきである。また、労働協約については約款でないことを明記すべきである。
【理由】
労働契約法7条は「労働契約の内容は、就業規則に定める労働条件による」と定めるが、その要件として、①就業規則に定められた労働条件の合理性と②労働者への周知を定める。他方、約款の契約組み入れの要件については、①事前の開示と②組み入れについての合意とすることが試案として提案されている。
この約款の組み入れ要件と労働契約法7条との関係について、仮に就業規則を約款とした場合であっても、労働契約法7条の趣旨を排除するものではないことを明記すべきである。就業規則は労働基準法等により使用者に義務付けられ、労働基準監督行政が及ぼされる。また、就業規則に関する判例法理を踏まえて、労働契約法7条が制定された。したがって、就業規則に関する判例を含めた民事的ルールを否定するものではないことを明記すべきである。
労働協約については、労使の集団的交渉によって締結されるものであるから、約款ではないこと、あるいは約款規定を適用除外することを明記すべきである。
(1) 中間論点整理
中間論点整理は、契約内容の合理性を保障するメカニズムとして、約款に関して不当条項規制の規定を設けることの適否をあげている。不当条項の規制方法としては、常に不当条項となるブラックリストと、条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証することによって不当性の評価を覆すことができるグレーリストを作成するという考え方が紹介され、更に検討するとしている。
(2) 意見
仮に就業規則を約款として扱う場合には、不当条項規制を及ぼすべきである。
【理由】
就業規則が約款にあたるかどうかは議論があるところであるが、仮に就業規則が約款とされれば、その内容の合理性を保障する方法としては、労働契約法7条の合理性の要件だけでなく、約款の不当条項規制も及ぼすべきである。いわば労働契約法7条の合理性のチェックと民法の不当条項によるチェックの二重の審査を及ぼすことが労働者の権利擁護に資する。例えば、使用者が契約内容を一方的に変更する権限を与える就業規則条項(配転条項、出向条項、賃金変更権等)は、使用者が合理性を主張立証しない限り不当条項となる(グレーリスト)とすべきである。
第5 「第47 役務提供型の典型契約(雇用、請負、委任、寄託)総論」
1 中間論点整理
中間論点整理は、「役務提供型の典型契約全体に関して、事業者が消費者に対してサービスを提供する契約や、個人が自ら有償で役務を提供する契約など、当事者の属性等によっては当事者間の交渉力等が対等ではない場合があり、交渉力等において劣る方の当事者の利益を害することのないように配慮する必要があるとの問題意識や、いずれの典型契約に該当するかが不明確な契約があり、各典型契約の意義を分かりやすく明確にすべきであるとの問題意識が示されている。これらの問題意識なども踏まえ、各典型契約に関する後記第48以下の論点との関連にも留意しつつ、新たな典型契約の要否、役務提供型の規定の編成の在り方など、役務提供型の典型契約の全体の在り方について、更に検討してはどうか」としている。つまり、役務提供型契約の新たな典型契約を設けることや役務提供型契約の総則規定を設けることの検討を提案している。
2 意見
役務提供型契約について、新たな典型契約を設けることには反対する。
【理由】
役務提供型の契約は様々な類型がある。事業者同士の役務提供型契約もあれば、事業者と消費者との間のサービス契約もある。また、雇用ないし雇用類似の役務提供型契約も存在する。実質的に使用従属関係がある場合には雇用契約ないし労働契約となる。しかし、使用従属関係があるとまでは言えないが、役務提供者側が交渉力等で劣位にある役務提供型契約類型もある。このような多様な契約類型について、新たな役務提供型契約の典型契約を設けて一律に規律することは極めて困難であり、かえって多種多様な役務提供型契約の実態にそぐわない。
また、役務提供型契約の新たな典型契約として設けることは、従来は雇用契約とされた契約類型が、この新たな典型契約とされるおそれもある。例えば、当事者の合意で、この新たな典型契約であることを契約書で合意した場合、理論的には使用従属関係が認められれば労働契約(ないし雇用契約)と解すべきであるが、使用者に雇用契約を回避する一手段として利用されるおそれがある。よって、新たな役務提供型の典型契約を定めることには賛成できない。
1 中間論点整理
中間論点整理は、準委任に代わる役務提供型契約の受皿規定を設けることの要否を論点としてあげる。また、この受皿規定の内容として、役務受領者の義務、役務提供者の義務、報酬に関する規律、任意解除権の規律等をあげる。その中で、任意解除権については、「役務提供者が弱い立場にある場合の役務受領者による優越的地位を利用した解除権濫用のおそれなどにも留意しながら、更に検討してはどうか」としている。受皿規定を設ける場合に、その編成方式として「適用対象が限定された新たな典型契約として設ける方式や、より抽象度の高い独立の典型契約とする方式、役務提供型の既存の典型契約を包摂する総則規定を置き、これを既存の典型契約に該当しない役務提供型契約にも適用する方式があり得る」として、「規定の具体的内容、既存の典型契約との関係、雇用類似の役務提供型契約の扱いなどに留意しながら、更に検討してはどうか」とする。
2 意見
新たな受皿規定を典型契約として設けることは反対するが、交渉力等において劣る雇用類似の役務提供型契約の役務提供者の公正な利益をまもる規制としてであれば、役務提供型契約の総則規定を設けることには賛成する。
【理由】
雇用類似の役務提供型契約においては、使用従属関係がある雇用契約(労働契約)ではなくとも、役務提供者の交渉力等が役務受領者とは対等ではない非対称な契約も珍しくない。そこで、役務提供型契約の総則規定を設けて、任意解除権を制限する規定を設けること、また後述するように安全配慮義務の規定を設けることが考えられる。
この点中間論点整理は上記のとおり、「任意解除権に関する規律」が検討され、「役務提供者が弱い立場にある場合の役務受領者による優越的地位を利用した解除権濫用のおそれ」を指摘している。このような任意解除権に関する規律を設けた役務提供型契約の総則規定であれば積極的に検討すべきである。中間論点整理が指摘する「役務提供型の既存の典型契約を包摂する総則的規定を置き、これを既存の典型契約に該当しない役務提供型契約にも適用する方式があり得る」ことを、さらに検討すべきである。
(1) 中間論点整理
中間論点整理は、「労働契約に関する民事上の基本的ルールが民法と労働関係法規(特に労働契約法とに分散しておかれている現状に対して、利便性の観点から問題がある」として、安全配慮義務(労働契約法第5条)や解雇権濫用の法理(同法第16条)に相当する規定を民法にも設けるという考え方や、民法627条第1項後段の規定を使用者からの解約の申し入れに限り解約の申し入れの日から30日の経過を要すると改めること(労働基準法20条参照)」との考え方を更に検討するとしている。
(2) 意見
民法の雇用規定に、解雇権濫用の法理(労働契約法16条)を設けること、安全配慮義務を設けること、使用者の解約が30日の経過を要するとの規定を設けることには反対する。
【理由】
労働契約であるか否かは、実質的に使用従属関係にあるか否かで決せられる。したがって、契約形式が、請負であろうと、委任であろうと、使用従属関係にあれば労働契約法が適用され、解雇権濫用の法理(労契法16条)も、安全配慮義務(労契法5条)も、解雇予告義務(労基法20条)も適用されることになる。これを雇用規定にのみ設けると、請負や委任には適用されないとの反対解釈をまねくことになり、労働関係法規の適用を狭めるおそれがある。
(1) 具体的な報酬請求権の発生時期
雇用契約においては、労働者が労務を履行しなければ報酬請求権は具体的に発生しないという考え方(いわゆるノーワーク・ノーペイの原則)が判例・通説上認められているところ、これを条文上明確にするかどうかについて、民法第624条から読み取れるとの指摘があることや、実務上は合意によりノーワーク・ノーペイの原則とは異なる運用がされる場合があることを根拠として反対する意見があること等に留意しつつ、更に検討してはどうか。
(2) 意見
ノーワーク・ノーペイの原則を定める必要はない。
【理由】
実際には、各企業においてノーワーク・ノーペイの原則とは異なる労使慣行や給与支払いの運用、就業規則が定められていることも多い。例えば、月給制の場合、月末締め、当月25日払いというように賃金の一部先払いをしている企業も珍しくない。したがって、ノーワーク・ノーペイの原則が確定しているものではなく、各雇用契約(労働契約)の解釈の問題である。また、ノーワーク・ノーペイの原則を定めた場合には、労務が履行されなかった場合の報酬請求ができないことが原則となり、使用者の責めに帰すべき事由によって労務が履行できなくなった場合でも、報酬請求ができないことが大原則になってしまう。この点からもノーワーク・ノーペイの原則を定めることは反対する。
「使用者の責めに帰すべき事由により労務が履行されなかった場合の報酬請求権の帰趨については、民法536条第2項の文言上は必ずしも明らかではないが、判例・通説は、雇用契約に関しては、同項を、労務を履行していない部分について具体的な報酬請求権を発生させるという意味に解釈している。そこで、同項を含む危険負担の規定を引き続き存置するかどうか(前記第6)とは別に、この場合における労働者の具体的な報酬請求権の発生の法的根拠となる規定を新たに設けるかどうかについて、更に検討してはどうか。
規定を設ける場合には、具体的な規定内容について、例えば、①使用者の義務違反によって労務を履行することが不可能となったときは、約定の報酬から自己の債務を免れることによって得た利益を控除した額を請求することができるとする考え方や、②使用者側に起因する事由によって労働できないときは報酬を請求することができるが、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、その利益を使用者に償還しなければならないとする考え方がある。これらの考え方の当否について、「使用者の義務違反」「使用者側に起因する事由」の具体的内容が分かりにくいとの指摘、労働基準法第26条との整合性、現在の判例・通説や実務上の一般的な取扱いとの連続性に配慮する必要があるとの指摘や、請負や委任などほかの役務提供型典型契約に関する規律との整合性などにも留意しつつ、更に検討してはどうか。
また、労務の履行が期間の中途で終了した場合における既履行部分の報酬請求権の帰趨について明らかにするため、明文の規定を設けるかどうかについて、更に検討してはどうか。」
(2) 意見
使用者の責め帰すべき事由により労務が履行されなかった場合の報酬請求権の帰趨について、民法536条2項を削除し、労働者の具体的な報酬請求権の発生の法的根拠となる新たな規定を設けることについては反対である。仮に、民法536条2項を廃止する場合には、民法の雇用、請負及び委任(準委任)の規定に、同条と同一表現の条文をもうけるべきである。
【理由】
ⅰ 民法536条2項の、「債権者(使用者)の責めに帰すべき事由」については既に最高裁判例、下級審裁判例等が積み重ねられており、新たに異なる規定を設けると従来の実務との連続性を損なうおそれがある。その文言を、「使用者側の義務違反」とした場合にも、「使用者側に起因する事由」とした場合にも、従来とは結果的に異なる解釈をされるおそれが強い。
この「使用者の責めに帰すべき事由」の法文を「使用者の義務違反」と変更した場合には、「使用者の義務違反」の意味を解釈しなければならない。裁判実務上は、「使用者の義務」とは、「契約上又は法令上の義務」を意味すると裁判官は解釈することになり、厳格に解釈されることになりかねない。
「使用者の義務違反」と文言が改正された場合、例えば、違法な解雇の場合には、現行法では民法536条2項を根拠に賃金請求権が認められてきた。文言が「義務違反」と変更された場合に、違法な解雇をした使用者がどのような義務違反に反することになるかが解釈上は問題となる。使用者には労働者を就労させる義務(労務受領義務)はないとされているから、使用者の義務違反と言えるか疑問が生じる。労働契約法16条は解雇の効力を定めるものであり、使用者に違法な解雇をしてはならないと法令上義務付けたものではない。したがって、「一般的に違法な解雇をしない義務」を使用者が負っているとすることは法律解釈としては無理があることになる。労基法20条は、解雇予告義務を使用者に課しているが、もし解雇予告義務に反した解雇をした場合、使用者が義務に反したことは明白である。しかし、解雇予告義務違反を理由として、解雇の民事的な有効・無効に関わらず労働者は使用者に賃金請求できるとすることにはならない(最高裁判決昭和35年3月11日・細谷服装事件)。このように「使用者の責めに帰すべき事由」と比較して「使用者の義務違反」の内容は不明確であり、新たな解釈問題を発生させることになる。
他方、「使用者側に起因する事由」という用語では、天災地変や戦争などの不可抗力については使用者側に起因する事由には当たらないが、いわゆる「経営障害」については広く使用者側に起因する事由となることになる。その結果、現在の民法536条2項の「使用者の責めに帰すべき事由」よりも広く解釈されることになる。労基法26条(休業手当)の「使用者の責めに帰すべき事由」は、「使用者側に起因する事由」に近いものと解されてきた(最高裁判所昭和62年7月17日判決・ノースウェスト航空事件)。「使用者側に起因する事由」とさだめることは民法536条2項よりも広く、使用者の責任を認めることになることは必至である。
以上のとおり、中間的論点整理が提案するところの「使用者の義務違反」あるいは「使用者側に起因する事由」は、どちらとも従来の判例による結論を変更してしまう可能性が極めて高い。したがって、「使用者の責めに帰すべき事由」という文言を変更することには反対する。
ⅱ また、この点については、労働者の報酬請求権の法的性質も問題となる。現行民法536条2項は、「債務者(労働者のこと)は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者(使用者のこと)に償還しなければならない。」と定めている。ここで言う「反対給付を受ける権利」とは労働者の報酬請求権であり、まさに労基法で保護を受ける賃金債権にほかならない(労基法24条違反は労基法120条で罰則が適用される)。
基本方針案が提案している表現では、「約定の報酬から自己の債務を免れることによって得た利益を控除した額を請求することができる」としている。この表現からは、その報酬請求権の性質は賃金債権ではなく、損害賠償請求権とされる可能性がある。これが賃金債権でないとしたら、労基法24条などの労基法が適用されなくなり、労働基準監督行政の保護対象とならないことになる。この点も重大な変更ということになる。
(1) 中間論点整理
労働基準法第14条第1項により、雇用期間を定める場合の上限は、原則として3年(特例に該当する場合は5年)とされており、通説によれば、これを超える期間を定めても、同法第13条により当該超過部分は無効になるとされているため、民法第626条の規定が実質的にその存在意義を失っているとして、同条を削除すべきであるという考え方がある。この考え方の当否について、労働基準法第14条第1項の期間制限が適用されていない場合に、民法第626条の規定が適用されることになるため、現在でも同条には存在意義があるという指摘がある一方で、家事使用人に終身の間継続する契約のように公序良俗違反となるべき契約の有効性を認めるかのような規定を維持すべきではないという意見があることを踏まえつつ、更に検討してはどうか。
(2) 意見
削除に反対、民法626条の規定は維持すべきである。
【理由】
労働基準法14条は、事業に使用される労働者に適用されるが、事業に使用されない労働者には適用されない。事業に使用されない労働者が5年を超えて雇用される場合には、労働者は民法628条のやむを得ない事由がない限り解約できなくなる。例えば、個人が、事業でなく介護人や看護師を雇用する場合が考えられる。例えば、介護人が5年を超えて、6年、7年の雇用契約を締結する場合である。このような場合には労基法が適用されないため、民法626条の規定は今でも必要である。
(1) 中間論点整理
民法第629条第1項の「同一の条件」に期間の定めが含まれるかという点については、含まれるとする学説も有力であるものの、裁判例は分かれており、立法により解決すべきであるとして、「同一の条件」には期間の定めが含まれないことを条文上明記すべきであるとする考え方がある。このような考え方の当否について、労働政策上の課題であり、労働関係法規の法形成のプロセスにおいて検討すべき問題であるという指摘があることに留意しつつ、更に検討してはどうか。
(2) 意見
「同一の条件」に期間の定めが含まれないことを明記することに賛成する。
【理由】
賃貸借や使用貸借などの規定との整合性から同一の条件に期間が含まれないことと解釈すべきである。
(1) 中間論点整理
民法第629条第2項は、雇用契約が黙示に更新される場合における担保の帰趨について規定しているところ、この点については、具体的事案に応じて担保を設定した契約の解釈によって決せられるべきであり、特別な規定を置く必要がないとの考え方が示されている。そこで、同項に関する実態に留意しつつ、同項を削除する方向で、更に検討してはどうか。
(2) 意見
民法629条2項の規定の削除には反対。
【理由】
雇用契約が黙示に更新される場合における雇用の担保については、雇用に担保を供する実態がなくなりつつある。しかし、消滅の原則を定めてくことは必要である。また、身元保証については、身元保証期間を制限し、また、その更新を禁止するように改正すべきである。
(1) 中間論点整理
中間論点整理では触れられていない。
(2) 意見
民法627条2項及び3項の規定を削除する。
【理由】
民法627条2項は、「期間によって報酬を定めた場合には、解約の申し入れは、次期以降についてすることができる。ただし、その解約の申し入れは、当期の前半にしなければならない」と定める。例えば、賃金が月給制とされ、20日締め、当月25日払いとする労働契約の場合には、5月に解雇の意思表示をしようとする場合には解雇の効力は6月以降にしなければならず、しかも、5月の前半にしなければならないということになる。ところが、実務では、労基法20条の解雇予告制度ないし解雇予告手当によって処理をされている。実際上は、この規定は死文化しており削除することが適切である。他方、労働者側からの辞職の申し出に関しても適用されることになり、2週間前に解約申し入れの原則が制限されることになってしまうことからも、627条2項の定めは削除すべきである。
また、同条3項において、「6ヶ月以上の期間によって報酬を定めた場合には、前項の解約の申し入れは、3ヶ月前にしなければならない」とされている。6ヶ月以上の期間によって報酬を定めた場合とは、多くは年俸制である。ただ労基法24条2項が月払いの原則を定めていることから、年俸制であっても月1回は賃金が支払われている結果、同条3項は適用されないとなっている。このように同条3項についても実際上は死文化しており、これも削除することが適切である。
1 中間論点整理
中間論点整理では、「事情変更の原則を明文化の要否」が検討されており、事情変更の効果として、契約解除だけでなく、当事者に再交渉請求権、再交渉義務を規定し、裁判所に契約改定を求めて訴える効果も検討されている。
2 意見
仮に事情変更の原則・効果を民法に新設するとしても、労働契約への適用は除外すべきである。
【理由】
事情変更の要件と効果を労働契約に適用した場合には、使用者に、事情変更という新たな労働条件変更を求める手段を持つことになる。使用者が、事情変更を理由として労働者を解雇し、その上で金銭調整を求めることができることになる。これは解雇の金銭解決制度を導入するのと同様の結果となる。
また、労働契約において、労働条件は、個々の労使の合意だけでなく、労働条件は使用者と労働組合が集団的に交渉して決定されるべきである(憲法28条、労働組合法)。このような集団的労使交渉の枠組みを無視することはできない。仮に、事情変更のような労働契約変更制度を導入するのであれば、労働組合の意見・協議手続を組み入れ、解雇の金銭解決制度にならないように、労働契約法の中で慎重に検討すべきである。したがって、事情変更の原則・効果について新たに規定を設けるとしても、労働契約は適用除外とすべきである。
1 中間論点整理
中間論点整理は、「継続的契約に関しては、その解消をめぐる紛争が多いことから、主に契約の解消の場面について、裁判例を分析することを通じて、継続的契約一般に妥当する規定をすべきとの考え方がある」として、「期間の定めのある継続的契約に関し、更新を拒絶することが信義則上相当でないと認めるときは、更新の申出を拒絶することができないとする規定を設けるかどうか」更に検討するとしている。
2 意見
期間の定めのある継続的契約の終了につき、信義則上、更新の申出を拒絶することができないとの規定を設けることに賛成する。ただし、使用者側は労働者の更新拒絶を制約することはできないことを明記すべきである。
【理由】
期間の定めのある労働契約(雇用契約)の更新及び更新拒絶については、判例は、いわゆる雇い止め法理によって解雇権濫用の法理を類推適用している。したがって民法に規定を設けることには賛成である。ただし、労働者は、職業選択の自由(憲法22条)を有していることから、労働者の更新拒絶を制約することは認められない。労働者は、更新を自由に拒絶することができることを明記すべきである。
第10 「第36 消滅時効 不法行為等による損害賠償請求権」について
1 中間論点整理
中間論点整理は、「債権一般の消滅時効に関する見直しを踏まえ、債務不履行に基づく損害賠償請求権と異なる取り扱いをする必要性お有無に留意しつつ、現在のような特則(民法第724条)を廃止することの当否について検討してみてはどうか。」とし、「生命身体等の侵害による損害賠償請求権に関しては、債権者(被害者)を特に保護する必要性が高いことを踏まえ、債権一般の原則的な時効期間の見直しにかかわらず、現在の不法行為による損害賠償請求権よりも時効期間を長期とする特則を設ける方向で、更に検討してはどうか」とする。
また、時効期間の起算点について、「債権者の認識や権利行使の期待可能性といった主観的事情を考慮する起算点(主観的起算点)を導入するかどうかや、導入するとした場合における客観的起算点からの時効期間との関係について」更に検討するとしている。
2 意見
民法第724条の不法行為の消滅時効の特則を廃止することについては強く反対する。
【理由】
民法724条は被害者(債権者)が現実に権利行使が可能となった時を、消滅時効の起算点としている(判例)。これは被害者である債権者を保護する趣旨である。この特則を廃止することは被害者保護に著しく欠ける。
法制審部会での審議では、債権一般の原則的な時効期間の見直しとして、主観的起算点を導入すれば、不法行為の民法724条の特則が不要となるという考え方が紹介されている。しかし、この消滅時効の主観的起算点としては、「抽象的な権利行使の期待可能な時」という考え方と、「民法第724条と同様に現実に損害と加害者を知り、現実に権利行使可能な時」という考え方の両者が対立している。後者の場合には、民法724条の特則は不要となるが、前者の抽象的な「権利行使が期待可能な時」とされれば、被害者が実際に損害及び加害者を知らない場合であっても主観的時効が進行することになり、被害者保護が大きく後退してしまう。よって、民法724条の廃止には強く反対する。
生命、身体の侵害についての長期の時効期間を延長することに賛成する。アスベスト被害、じん肺被害などでは、有害物質に曝露した後、10年、20年、30年経過後に発症する例が多い。被害者保護のためには、生命、身体の侵害についての損害賠償については、現行20年の除斥期間を、30年の長期消滅時効とすべきである。
以上