(意見書)「動産・債権譲渡に係る公示制度の整備に関する要綱中間試案」に対する意見
2004/5/27
「動産・債権譲渡に係る公示制度の整備に関する要綱中間試案」に対する意見
2004年4月5日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
法務省民事局参事官室 御中
標記に関しては、当弁護団は既に昨年11月21日、意見書を発表、交付し、本制度は、「金融・リース業界に莫大な利益をもたらす一方で、労働債権はほとんど全く確保されないこと」になり、このような不正義は断じて容認することができないと述べたところであるが、中間試案及びその補足説明に対し、改めて、反対の意見を述べる。
第1 制度検討の視点
「中間試案」(以下、単に試案という)は、本制度により「資金供給が円滑化」することを当然の前提としたうえで、専ら貸し手(金融機関、商社、リース業者、ファンド等)の利益を最大限確保するとの視点だけで制度内容を検討している。「補足説明」(以下、単に「説明」という)において極くわずか労働債権や一般債権との兼ね合いを意識したと思われる意見が記されているものの、借り手自身及び借りてを日々支えている当該法人(企業)の従業員・労働者や一般債権者についてはほぼ完璧に無視している。
今日、企業は社会的存在であり、その社会的責任を適切に果たすべしとの認識が強まりつつあるが、企業関係者の極く一部にすぎない資金供給者の利益だけを図ろうとする本制度は、そもそもその発想において、不正義、不公正である。
第2 制度の有用性に対する重大な疑問
1.ニューマネーが流れるのか?
試案によれば、本制度の目的は資金供給の円滑化、即ち、新たな融資(ニューマネー)が行われることである。
しかしながら、本制度により、ニューマネーが流れる保証はどこにもない。むしろ、既存の債権の担保、あるいは追加担保として活用される可能性が大きいことは、債権譲渡担保公示制度の導入時の実績からも明らかであり、企業の倒産、再建を担当してきた専門的弁護士からも同旨の指摘と強い疑念が表明されているところである(日弁連倒産法制検討委員会意見)。
2.在庫担保市場は成立するか?
本制度は金融実務界からの強い要望によるというが、動産譲渡担保に関して取引慣行と呼べるようなものは未だ成立していないし、マスコミ報道にも接しない(例えば、日経新聞「中小企業と金融」と題する4回連載(04.2.25~2.28)において、本制度に関する記事は一切ない)。
そもそもこれまで在庫を担保とした資金供給はほとんど行われたこともなく、今後を見通しても、在庫商品それ自体の市場規模が大きく、従って価値の客観的評価が可能であり、かつ、売却が容易なものでなければ、在庫担保制度が発展する可能性はなく、本制度が本来の対象とする中小企業においてかかる商品を扱う企業は極くわずかであり、本制度の一般的な必要性や有用性には大きな疑問がある(日経04.3.27三井住友銀行が開発した中古車の在庫担保制度に関する記事参照)。
3.借り手が現れるか?
他方、「説明」においては、債務者(借り手)が公示制度を望まないとか、心理的抵抗があるとの指摘があり(33、44、58頁)、「倉庫業者に寄託中の在庫商品やユーザーが使用中のリース物件について、倉庫業者やユーザーに知られることなく譲渡担保を設定したい場合があるとの指摘もあった。寄託物品の譲渡担保に当って、倉庫業者に対する指図による占有移転は、譲渡人の経済状態に関する無用の疑念を招くことから、指図による占有移転の通知を留保している事例は少なくないといわれる」(37頁)と実情が紹介されている。
この心理が示すところは何かについての洞察が試案には全く欠如している。現状においてすら融資状況、資金繰りに関する情報が、取引先との与信関係を崩す危険を中小企業者は強く懸念せざるをえない状況に置かれており、公示制度が創設、拡充されれば、その危険が現実化することは見易い道理である。本制度によって、仮に、ニューマネーが投入されても、それが「最後の」ニューマネーとなってしまう可能性は十分ある(なお、「説明」58頁はこの点を穏やかに表現したものであろう)。
4.貸し手が借り手を支配してしまうのではないか?
このことは、本制度により公示を獲得した貸し手が事実上あるいは実質的に借り手企業を支配下に置いてしまうことに他ならない(「説明」でもこの点を危惧する意見が散見される ─ 5、46、52頁)。ましてや、公示における特定の仕方として「普通棒鋼及び異形棒鋼、一切」との記載方法を許容するとすれば(「説明」46頁)、その支配性は明白である。
5.在庫取引の安全性が阻害されないか?
また、試案によれば4案のいずれにおいても、公示制度は担保目的譲渡相互間での優劣を決するのみで、真正譲渡との間の優劣は実体法によるとする。であるとすれば、本制度下において動産を譲受けようとする者は、公示の有無の調査を余儀なくされ、2案の場合はもとより、1案においてすら登記の真実性を確認しなければ安心して取引ができないこととなる。これでは、公示された動産についての取引は著しく不安定となり、当該動産の流動性は奪われるに等しいであろう。供担保動産の全部又は一部の売却が継続的になされなければ供担保者(借り手)は運転資金を確保しえないのであり、かかる事態が本制度が目的とする資金調達の円滑化と矛盾することは明らかである。
以上のように、本制度に資金供給の円滑の効果があるか否か疑問であるうえ、借り手企業の健全な運営、発展を阻害するおそれがあり、本制度の有用性には重大な疑問がある。
第3 理論的な疑義
1 動産の譲渡担保
金融実務において現在行われている動産譲渡が、真正譲渡か担保目的であるかが容易に判断しえないケースが様々あることは「説明」も指摘するところであり、にも拘らず、試案は、公示制度を創設するだけで、実体的権利関係については判例に委ねるとするのみである。これでは無用の混乱を招くだけであろう。
動産の譲渡担保については現行占有改定によってなしうる権限を超えるものではないとの考え方があるように見受けられるが、法律上はそうかもしれないが、本制度導入によって取引実態が大きく変わる(むしろ、試案はこれを促すことこそ目的としている)点を無視することは許されない。「説明」においても、前記の通り、本来必要な占有移転通知を留保する、即ち、実体としては占有改定は行われていない事例が少なくないことを指摘している。
2 債務者不特定の将来債権の譲渡
試案は、上記債権の譲渡は可能とし、「説明」は最高裁判例を引用してこれを理由付ける。しかし、民法上不可能なことを手続法にすぎない公示制度の整備において可能としうる根拠はどこにもなく、二重譲渡の場合の権利関係など引用する最高裁判例だけでは到底解決しえない困難が生じることは明らかで、動産譲渡担保以上に混乱を招くことになろう。
第4 公示制度の有効性
試案は公示制度を創設、拡大するとしつつ、その法的効果については「取引慣行の形成に期待」「金融実務の展開」次第とする。この見解は誠にもって無責任だといわざるをえない。
国家の制度として公示制度を導入しながら、その効果は、民間の利用度で判断するというのであり、そもそも公示制度としての意味をなさないのであって、かかる見解自体、公示制度の必要性が極めて薄いことの証左というべきである。
また、公示制度といいつつ、一般人に対してできるだけ情報を秘匿しようとの強い意図を有していることは明白であり、これまた公示制度との矛盾は明らかである。ことに、譲渡を受けようとする者すら利害関係人とは扱わず、登記事項概要証明書しか交付しないという制度設計は、本制度が、取引一般の安全ではなく、公示を獲得した貸し手の利益・安全のみを追及する極めて偏顧な制度にすぎないことを如実に示すものである。
第5 特定方法の機能不全
「説明」によれば、動産譲渡の登記については、「例えば、(a)動産の種類・名称、(b)動産の数量、(c)動産の所在場所、(d)他の同種物に対する特質等の項目を立て」るべきとしつつ、「○○、一切」との表示で特定されているといい(46頁。なお、動産に関し、所在場所にどれ程特定における意義があるのか疑問である)、また、将来債権の譲渡については、「債権の発生原因を特定し、債権の発生する期間の始期と終期とを明確にする等の方法によって、将来の時点において譲渡人の債権が発生したときに、譲渡の目的とされた債権を譲渡人が有する他の多数の債権から識別することができる程度に特定されていなければならず、また、それで足りる」として、「○○から○○までの間に発生する、○○所在のテナントビルの各階部分の賃貸に係る不動産賃料債権」、「○○から○○までの間に発生する○○会社横浜支店におけるパーソナルコンピュータの卸売りに係る売掛債権」との表示で、特定されているとする(51~52頁)。
しかし、「○○、一切」で特定されているとの考え方は動産の流動性、可動性に照らせば詭弁であり、また、終期が来る毎に次期の将来債権の公示をなせば、結局、全ての債権について対抗力を得ることになる。
ひとたび公示を得た者は、全てを確保できるのである。これを不正義と呼ばずして何と呼ぶのであろうか。
第6 小 括
以上の通り、本制度には、その有用性、理論面、運用面のいずれにおいても重大な疑義がある。
他方、本制度によれば、企業倒産時に、目ぼしい動産と債権はそっくり貸し手が確保してしまい、当該企業を営々と支えてきた従業員・労働者や一般債権者の権利・債権が蔑ろにされることは明白であって、これは破産法改正による労働債権保護拡充の方向性に真向から背くばかりか、企業の再建を目指すことも不可能とするものである。
従って、本公示制度については、反対である。
新たな担保制度の創設を検討するにあたっては、実効的な労働債権等の保護拡充が図られねばならず、ILO173号条約の趣旨を尊重し、例えば、あらゆる債権に優先する労働債権を定める(フランスの法制)ことが不可欠である。
第7 その他
なお、仮に、試案に沿った制度化が検討されるとすれば、少なくとも、次の点につき、十分な配慮がなされなければならない。
1 現行実体法を超える権利を貸し手に与えないこと
単なる手続法によって、実質的に実体法を変動させるべきではない。
2 公示制度を公示制度たらしめること
情報の秘匿を制度設計において強く意識をせざるをえない公示制度は公示制度の名に値しない。
少なくとも借り手企業の従業員、その従業員が組織・加入する労働組合に対しては、全ての情報が直接、簡易に入手しうるシステムが導入されねばならない。
以 上