(意見書)労働紛争におけるADRについての意見

2004/6/24

労働紛争におけるADRについての意見

2004年5月27日

日本労働弁護団        

幹事長 鴨 田 哲 郎

司法制度改革推進本部
ADR検討会  御 中

 当弁護団は、昨年実施された「総合的なADRの制度基盤の整備について」に関するパブリックコメント募集において同年9月1日付で労働事件における「専門家の活用」について意見を述べたところであるが、再開された貴検討会において認証制度を軸に検討が進められていることに鑑み、労働紛争におけるADRに関し、次のとおり意見を述べるものである。

第1 意見の趣旨
 労働紛争の解決促進にあたって、新たなADRを創設したり、認証制度を導入する必要はなく、ADR法(仮称)の対象に労働紛争を含めるべきではない。

第2 理由
1 労働審判制度の創設
 昨秋時点でADRと同時期にパブコメ募集がなされた労働審判制度については今通常国会で同法案が可決成立し、2006年度からの実施が確定した。労働紛争における簡易・迅速な実効性の高い解決機関として期待される新たな制度の創設は同一分野におけるADRの必要性の有無の判断にあたって、極めて重要な要素である。

2 労働紛争の増加と解決基準
 (1)  紛争の増加と内容

 
厚労省調査によれば、03年度に労基署・労基局に持込まれた労働相談は約73万4,000件(前年比17.4%増)、そのうち民事上の個別労働紛争は約14万1,000件(同36.5%増)である。
 
これら紛争の内容をみると、解雇及び退職が36.6%、労働条件の引下げ及び出向・配置転換が19.2%で両者で過半数を占める。さらに、紛争調整委員会によるあっせん申請まで進んだ紛争の内容は、解雇及び退職が50.9%、労働条件引下げ等が13.5%で両者で3分の2を占める。

  
(2)  紛争の解決基準

  
主要な紛争形態である、労働契約の終了及び労働条件の変更に関しては、改正労基法18条の2により解雇権濫用が条文上明定されたものの、労働契約法が存在しない現状において、その解決基準は判例法理に委ねられており、かつ、その判例法理においても合理性、相当性、必要性、濫用性など一般的、抽象的要素の総合考慮によるとせざるをえず、紛争の適切な解決には高度な労働法の知識と労働紛争実務の経験を要するものである。現在、これを有するのは、弁護士と弁護士会のみである。そして、これらの資質を欠く者にADR参画を許せば、判例法レベルとは程遠い安易で妥協的な「解決」を拡げ、労働者全体の権利水準の低下を招く危険がある。

3 現行ADRの機能不全
 厚労省調査によれば、民事上の個別労働紛争のうち、あっせん申請がなされたものは5,352件、わずか3.8%にすぎない(助言指導申出を含めても6.9%)。しかも、2,439件、47.8%が打切り(使用者があっせんに応じないことが最大の原因)で終了しており、何ら解決に資しておらず、取下げも9.1%に及ぶ。
 この事実は、公的なADRですら、紛争解決には資していないことを示しており、その最大の原因は、使用者に手続に応じる義務も、応じないことに対する不利益も、さらにはあっせんを受諾する義務も何ら課されていないからである。以上の原因について何らの解決策も伴わない民間ADRを創設してみても紛争解決に資さないことは明らかである(なお、日弁連本年5月8日付貴検討会宛意見の中に「労働側もADRに対し大きな夢と期待を抱いていることが明らかになった」旨の記述があるが、いかなる事実を指すか不明であり、少なくとも当弁護団はかかる見解を示したことは全くない)。

4 労働紛争にとってのADRの必要性
 現在ADR検討会で行われている認証制度を巡る議論の基調には、役に立たないADRはいずれ市場が淘汰する、当事者は自己責任においてADRを選択すべきであり、国家は事前規制をすべきでなく、事後調整さえすればよいとの考えがあると言わざるをえない。
 実質的にも対等・平等な当事者間の紛争に関してはかかる考え方も紛争解決方法の選択肢の1つたりうるかもしれない。
 しかし、労働紛争 ── その大半は労働者が使用者から受けた解雇や労働条件引下げの不当を訴えるものである ── は当事者間の実質的な対等性を全く欠き、かつ、労働者とその家族(全人口のおよそ8割を占める)は賃金のみを唯一の資として日々の生計を立てているのであって、紛争の解決は公正で専門的能力を有し実効性のある機関のみが行うべきであって、これらの条件を欠くADRの存在を認めることは労働紛争の適正かつ妥当な解決に有害ですらある。
 労働紛争に関しては調停を基本としつつ権利義務を踏まえた審判も行うという上記条件を具備した労働審判制度が創設されたのであるから、新たなADRを創設したり、認証制度を導入すべき必要性は全くない。司法アクセスの視点からも労働審判制度の充実、機能の十全の発揮、そのための体制や環境整備に取組むべきである。

以 上