(意見書)労働委員会命令の取消訴訟のあり方に関する意見
2003/2/21
労働委員会命令の取消訴訟のあり方に関する意見
2003年2月
日本労働弁護団
取消訴訟研究会
司法改革推進本部 労働検討会 御中
労働検討会における労働裁判改革のテーマの1つとして、不当労働行為救済命令に対する取消訴訟(以下、単に取消訴訟という)の審理のあり方が取り上げられている。
当弁護団では、取消訴訟研究会を組織し、この問題につき検討を重ねてきたが、第1掲記の現状認識に基づき、労働検討会での論議に資するため、第3掲記の意見を述べるものである。また、取消訴訟の審理のあり方の問題は、労働委員会の審理のあり方とも関連するところがあるので、本意見では第2掲記のとおり、労働委員会の審理の充実を図るという立場から労働委員会権限の強化についても提言するものである。
第1. 取消訴訟の現状
労働委員会命令の全部又は一部が取消訴訟において取消される事例が増えており、このことから、労委が裁判所で取消されないようにと「自己規制」しているのではないかと指摘されるような傾向もみられる。
取消される労委命令の大半は、事実認定の違いではなく、不当労働行為の成否についての法的評価の違いであり、裁判所が、使用者の当該言動の反組合性を、労使関係全体から評価する姿勢をとらず、私法上の権利義務の存否や私法上の有効・無効という視点を中核として不当労働行為該当性を判断する姿勢をとることに最大の原因がある。裁判所のこのような姿勢は、取消訴訟におけるむし返しの証人調べによる審理の長期化を招くものともなっている。
また、裁判所のかかる姿勢は、取消訴訟のみならず、緊急命令申立事件についても同様であり、その結果、緊急命令は判決時までほとんど出されないという事態になっており、緊急命令制度は形骸化しつつある。
労委による不当労働行為救済制度は、いうまでもなく、憲法で保障された労働者の団結権等を実効あらしめるために、これらの権利の存在・尊重を前提としたうえでの正常な労使関係の回復・発展を図ることを目的とするものであって、迅速な救済は制度の命である。
しかるに、現状は、いわゆる5審制と相まって、団交応諾命令すら救済命令確定に数年を要すという惨状である。
第2.労働委員会権限の強化
労働委員会は、労使関係について特に深い専門的知識経験を有する公益委員を労使の参与委員と事務局がサポートする専門機関である。
労委が迅速かつ適切な判断をなしうる前提は、事実の収集・把握能力であり、証拠収集能力である。不当労働行為が禁止されている現行法制の下では、使用者の労働者・労働組合に対する行為は、反組合的な意図・目的を明白に窺わせる形でなされることはむしろまれであり、一見正当な主張・理由を伴なってなされる。かかる状況において使用者の行為の不当労働行為性を適確に判断するには、諸般の事実につき十分な認定・評価が不可欠である。この認定・評価に資する証拠・資料は使用者の手元にあるものが大多数を占める。従って、客観的な事実を確定するために、労働委員会には強力な証拠収集権限が付与されなければならない。にもかかわらず、現行制度上その権限は不十分である。現在の強制権限(法22条)は、いわば抜かれたことのない伝家の宝刀であり、全くその使命を果たしていない。その活用が図られるべきであり、現行制度上行使しにくいとすれば(法21条、労委規則5条1項7号)改正を早急に行うべきである。事実の確定のために委員会が必要と考える証拠の全てをその所持者に提出させうる権限が与えられ、これが自由に行使されなければならない。また、委員会には当事者に対する釈明権限が与えられねばならず、委員会はこれを適切に行使すべき責任を負う。
また、委員・事務局職員の専門性の向上、命令書の改善(認定事実と証拠との関係の明示など)も図られねばならない。
以上により、紛争に最も接着した時期に、ナマの証拠を十二分に吟味することによって、専門機関たる労委は、適確な事実認定をなしうる。
第3.意 見
労働組合法の中に、以下の規定を置き、また実効性確保のための制度を創設すべきである。
1 労委命令尊重の原則
労委命令が十分な証拠収集権限を行使したうえ、専門的知識を有する公益委員の会議によって発せられる以上、その専門機関としての認定及び判断は最大限尊重されるべきであり、明白な証拠の欠如又は明らかな裁量権逸脱がない限り、労委命令の取消を命ずるべきではない。このことは、労委制度が、不当労働行為救済の専門機関として設置されている、その制度趣旨からも当然の帰結である。
よって、裁判所は取消訴訟の審理にあたっては、明白な証拠の欠如又は明らかな裁量権の逸脱がある場合を除き、労委命令を尊重しなければならない旨の規定を置くべきである。
2 判断・評価の準則
不当労働行為とは、労働者に憲法で保障されている団結権・団体行動権を、使用者が侵害する性質の行為か否か、換言すれば、組合員の組合活動に対する意欲を萎縮させ、組合活動一般を制約する効果を有する行為か否かの観点から判断されるべきものである。私法上の権利の行使であっても不当労働行為となりうることを忘れてはならない。
しかるに、取消訴訟に臨む裁判所の現在の姿勢はかかる観点が極めて稀薄であり、組合・組合員に私法上の権利がない限りあるいは私法上有効な措置であれば、不当労働行為には該当しないとして結論を出してしまうケースがまま見受けられる。
かかる裁判所の誤った姿勢を歪すために、取消訴訟の審理における裁判所の判断のあり方について以下のような準則を設けるべきである。
裁判所は、取消訴訟の審理にあたっては、不当労働行為と指摘された当該行為の私法上の権利関係や表面上の理由ではなく、使用者が、従来とり来たった態度、当該行為がなされるにいたった経緯、それをめぐる使用者と労働者ないしは労働組合との接衝の内容および態様、右行為が当該企業ないし職場における労使関係上有する意味、これが労働組合活動に及ぼすべき影響等諸般の事情を考察し、これらとの関連において当該行為の有する意味や性格を的確に洞察、把握し組合活動一般を制約する効果の有無の観点から、労委命令の取消事由の存否を判断しなければならない。
3 実質証拠法則の導入
専門機関である労委が、十分な証拠収集権限を行使したうえでなした認定事実が裁判所を拘束することは、専門性の尊重と審理の迅速の要請から当然の帰結である。また、前記1及び2からも同様の結論が導かれる。
よって、独禁法80~82条にならい、労委の認定した事実は、これを立証する実質的な証拠があるときは、裁判所を拘束する制度を導入すべきである。
4 審理の迅速化
裁判所は、速やかに争点整理をなし、新たな主張・証拠の提出を原則として認めず(当該主張、証拠を労委では提出できず、かつ、不提出に過失がない場合を除く)、証人尋問を行うとしても必要最小限に止めなければならない。
5 救済命令の実効性の確保 ─ 緊急命令の早期発令
前述したように、現在の裁判所の緊急命令についての審査は、制度の使命を空洞化させている。緊急命令制度を実効的なものとするためには、一見明白な誤りがない限り、緊急命令の必要性が疎明される場合には、裁判所は速やかに緊急命令を発出しなければならないものとし、緊急命令の発令要件を、原則として必要性の存在に限定することを立法上明記すべきである。
なお、緊急命令申立権は、労委のみではなく、当該事件の当事者である組合及び組合員にも与えられるべきである。
6 確定判決の実効性の確保 ─ 間接強制制度と補償金支払命令
労委命令の全部又は一部が確定判決によって支持されたにも拘わらず、使用者がこれに従わない場合、現行法では使用者に刑罰(1年以下の禁固又は10万円以下の罰金)が課されるのみである。
刑罰には制裁の意義と共に事実上履行を強制する意義もあるが、刑罰だけ、ことに10万円の罰金では履行強制の意義は無いに等しい。従って、履行を強制する手段として間接強制に準じた制度が導入されるべきである。
さらに、相当の期間を経過した後に原状回復がなされても、団結権侵害の救済として十分でないばかりか、使用者に対する不当労働行為の抑止力としても不十分である。これでは団結権侵害に対する制裁としては十分といえず、団結権侵害を受けた労働組合や当該労働者に対する補償措置が必要である。
従って、確定判決違反の使用者に対しては、当事者たる組合又は組合員の申立に基づいて、事案の性質、内容、違反の程度などに応じ、団結権侵害に対する相当な補償金の支払を判決において命じうる制度を創設すべきである。
以 上