(声明)労働基準法改正要綱に対する声明

2003/3/7

労働基準法改正要綱に対する声明

2003年2月21日       

日本労働弁護団          

幹事長  鴨 田 哲 郎

 
労働政策審議会は、2月18日、労基法改正要綱案について、労働者側委員からの意見を付記したものの、「おおむね妥当」との答申をなした。
 
労働基準法の改正に関し、当弁護団は昨年11月以降、適宜、「見解」、「意見」等を公にしてきたが、上記要綱に対し、改めて以下の通り見解を表明する。

第1.解雇ルールの法文化
1.
要綱は、「使用者は、この法律又は他の法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができること。ただし、その解雇が、客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とするものとすること。」としている。
2. 要綱には以下の通り、多々容認できない点があり、要綱に基づく解雇ルールの法文化には、強く反対する。
  
第1に、労働者保護法たる労働基準法に、原則として「使用者は~できる」と定めた条文は1つもない。例えば、解雇手続を規制する現行19条も「使用者は~解雇してはならない」と定めている。最低労働条件を法律で定め、その遵守を刑罰の威嚇を以って強制することを本旨とする労働基準法に、使用者の自由な解雇権限をあえて規定することは、同法の基本的性格と明らかに相容れない。
  
第2に、労働条件分科会の公益委員及び事務局は、要綱は、「解雇権濫用の判例法理」をそのまま記述したものと説明しているとのことであるが、要綱の文言では、使用者に原則として自由な解雇権限を付与したとの解釈を招く危険がある。現行判例法理は、最高裁自身が解説するように「正当事由説の裏返し」の法理であって、解雇の原則自由を認めたうえで例外として濫用にわたる場合に解雇を無効とするものでは決してない。
  
第3に、要綱がそのまま条文となれば、「使用者は、この法律又は法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる」が原則(請求原因)であり、「客観的かつ合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇であることが例外(抗弁)であるとの解釈が生じる可能性も少なくない。
  
かかる解釈がなされると、正当理由のないことを労働者が主張立証せねばならず、立証責任につき現在の裁判実務上の取扱いを逆転させるばかりか、正当事由の不存在を十分には立証できないケースは、現行と異なり労働者敗訴の判決となってしまう危険が大きい。
3. よって、解雇ルールに関する労基法改正法案は、「使用者は、正当な理由がない限り、その雇用する労働者を解雇することはできない」とされなければならない。
  また、解雇権濫用法理をそのまま成文化し、客観的に合理的な理由の存在と社会通念上相当であることについて使用者が立証責任を負うという現行裁判実務を変更するものではないとするならば、「使用者は、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当であると認められる場合でない限り、その雇用する労働者を解雇することはできない」とされるべきである。

第2.有期労働契約の拡大について
1.  要綱は、有期雇用契約期間につき、現行の原則1年、例外3年を、原則3年、例外5年とし、5年の対象者(専門職)の範囲は、厚生労働大臣が基準を定めるとする。
2.  かかる改正には反対である。
  
現行法は98年に改正されたばかりであるうえ、期間延長の根拠を労働者のニーズの多様化に求めているが、労働者はそもそも安定した雇用を望んでおり、退職の自由が保障される限り、期間の定めのない契約で十分であって、労働者側から有期雇用を選択する必要性は全くない。
  
有期雇用は元来、正当な理由ある場合に限って認められるべきものであり、かかる規制を全く採らないまま、有期契約の拡大を図ることは、試用期間の代替、若年定年制、正規労働からの身分変更の強行などの弊害を招くことは必至であり、派遣労働の拡大と相俟つと雇用の安定を害すること甚だしい。

第3.企画型裁量労働制の拡大について
1.  要綱は、対象事業場の制限を廃し、また、労使委員会における決議要件を全員の合意から委員の5分の4以上に緩和したり、労働者代表委員についての信任手続を廃止するなど手続要件を緩和するとしている。
2.  かかる改正には、反対である。
  
企画型裁量労働制の対象事業場の規制廃止については、現状の本社及びこれに準じる事業場以外の事業場に、調査・分析・企画・立案を一連一体のものとして担当する企画職がどれほど存在するのかを調査検討することが先決である。対象事業場の規制廃止は、法が、本来対象と予定した企画職には該当しない職務を担当する労働者にまで裁量労働制を拡大する運用となる危険が極めて高いといわざるをえない。
  
また、手続要件の緩和は、単に使用者にとって使い勝手が悪いという理由でしかない。ことに、決議要件の緩和と労働者代表委員の信任手続廃止は、大多数を占める過半数組合が存在しない事業場においては、過半数代表者1人の意向で事実上労使委員会決議がなされてしまう危険を強くはらみ、法があえて労使委員会を設け、複数によるチェックと幅広い意見の集約を図ろうとした趣旨を没却するものである。

  
当弁護団は、厚生労働省に対し、要綱に基づくものではなく、当弁護団の上記見解をふまえて、労基法改正法案を作成するよう強く求めるものである。また、要綱に基づく改正法案が国会に上程された場合は、国会審議において以上の問題点が十分に論議され、労働者の権利保護に役立つ労基法改正となるよう、努力するものである。

以  上