(意見書)労働基準法の改正に関する意見
2003/2/19
労働基準法の改正に関する意見
2003年2月12日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
厚生労働大臣 坂 口 力 殿
労働政策審議会労働条件分科会 御 中
労働基準法の改正に関し、当弁護団は昨年11月以降、適宜、「見解」、「意見」等を公にし審議に資するよう求めてきたが、現在伝えられている労働基準法改正法案の内容につき、解雇法制を中心に、改めて以下の通り意見を述べる。労働条件分科会において、本意見を踏まえ十分な審議がなされることを切に要望する。
第1.解雇法制について
1.解雇ルールの法文化
(1) 改正法案の条文は、伝えられるところによれば、次のようなものになると想定される。
「使用者は、この法律又は法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる。ただし、使用者が、その権利を濫用して正当な理由なく行った解雇は、無効とする。」
(2) かかる条文には以下の通り、多々容認できない点があり、かかる条文による解雇ルールの法文化には、強く反対する。
第1に、労働者保護法たる労働基準法に、「使用者は~できる」と定めた条文は1つもない。例えば、解雇手続を規制する現行19条も「使用者は~解雇してはならない」と定めている。最低労働条件を法律で定め、その遵守を刑罰の威嚇を以って強制することを本旨とする労働基準法に、使用者の自由な解雇権限をあえて規定することは、同法の基本的性格と明らかに相容れない。
第2に、かかる条文は、「解雇権濫用の判例法理」をそのまま条文化したものとは、到底評しえず、明らかに、現行法理を後退させるものである。現行判例法理は、最高裁自身が解説するように「正当事由説の裏返し」の法理であって、解雇の原則自由を認めたうえで、例外として濫用にわたる場合に解雇を無効とするものでは決してない。
第3に、かかる条文となれば、「使用者は、この法律又は法律の規定によりその使用する労働者の解雇に関する権利が制限されている場合を除き、労働者を解雇することができる」が原則(請求原因)であり、「使用者が、その権利を濫用して正当な理由なく行った解雇であること」が例外(抗弁)であると、通常理解される。
であるとすれば、正当理由のないことを労働者が主張立証せねばならず、立証責任につき現在の裁判実務上の取扱いを逆転させるばかりか、正当事由の不存在を十分には立証できないケースは、現行と異なり労働者敗訴の判決となってしまう危険が大きい。
第4に、かかる条文であっても、現行の立証責任の考え方を変更するものではないと説明するむきがあるようである。しかし、第3に指摘した通りに解される可能性が強く、もし立証責任の考え方を変更するものでないことが改正法の趣旨であるとすれば、疑義を招かないよう、労働基準法本文において、「正当な理由が存在することの立証責任は、使用者がこれを負う」旨、明記すべきである。
2.使用者の労働契約終了請求権の創設
(1) 伝えられるところによれば、判決で解雇無効が確定した場合、一定の事情があるときは、使用者は、補償金の支払いを約することによって当該労働者との労働契約の終了を裁判所に請求できるとの制度を創設するという。
(2) 解雇が無効である以上、継続した労働契約に基づき、使用者は労働者を復職させるべきであって、使用者に、労働契約終了の請求権なるものを認めることには、断固、反対である。
(3) 労働契約終了請求権の要件にも、多くの問題点がある。
第1に、当該解雇が、公序良俗に反しないことを要件の1つとするが、法令違反以外に公序良俗に反する解雇は、現在の裁判所の考え方を前提とする限り、あまり想定できない。
即ち、大多数の解雇事件が労働契約終了請求権の対象となりうるのであって、これは、解雇しても補償金さえ支払えば済むとの風潮を生み、また、解雇紛争の長期化を招くことは明らかである。
第2に、「当該労働者又は当該事業場の他の労働者が労働契約の本旨に従った義務を履行することが困難となる」ことが要件とされる。
まず、建議においては、「雇用関係を継続しがたい事由があること等」とされていたものが、「当該労働者の言動により、職場の秩序・規律が維持できず、当該事業場の労働者が労働契約の本旨に従った義務を履行することが困難」と変更されたが、これでは不当な解雇の撤回を裁判所の内外で要求する当該労働者や所属労働組合の活動が自制を余儀なくされ、十分な訴訟活動すら行えなくなる危険が高い。解雇訴訟において、使用者が虚偽の事実を主張したり、ことさら針小棒大に事実を主張することは日常茶飯事であり、労働者側がこれを厳しく批判することは必要不可欠な活動だからである。ことに「他の労働者」の労務提供の困難まで事由に加えるとは、著しく不合理な要件といわざるをえず、適用範囲の歯止めは無きに等しい。
次に、当該労働者が復職すべき職や職場の消滅は、この要件に該当するのか否か明らかでないが、仮に該当しうるとすれば、近年、判例において発展してきている、復職者を配置すべき職場につき配慮すべき義務(片山組判決等)、整理解雇における回避努力義務としての配転検討義務あるいは職場環境整備義務の内容が後退させられる恐れがある。
(4) 労働契約終了請求権の法的枠組みが明らかにされていない
労働契約終了請求権の行使の時期、方法、裁判所の命令の内容など、上記請求権の法的枠組はまったく明らかにされていない。
使用者は、本請求権を解雇訴訟中にも(無効判決の確定を解除条件として)行使しうるのか、無効判決確定後においてのみ行使するのか、また、本案訴訟に限って行使できるのか、仮処分でも行使しうるのか等々が、明らかでない。
また、裁判所の命令により、労働契約はいつ終了するのか、終了と補償金支払とは索連関係に立つのか、立たないとすれば補償金支払いを確実にする方策(例えば、請求時に補償金相当額を供託させるなど)をどう講じるのかなども必要不可欠な検討課題である。
(5) 以上の通り、労働契約終了請求権は、その要件が極めて不明確であるうえ、法的枠組はまったく明らかでない。この請求権の存否の判断基準や判決の効力等は、裁判規範として明確にされる必要があり、不明確なまま問題を司法判断に委ねることは許されない。法案要綱においてはこれらが明確にされねばならず、これらが十分に解明されないまま、改正法を成立させ、その後に労働条件分科会において細部の制度を設計するとすれば、国会軽視であり、また、法の委任を受けない立法との批判を免れない。
3.労働者の補償金請求
(1) 伝えられるところによれば、解雇無効判決が確定した場合、労働者は労働契約の本旨に従った義務を履行することが困難な状況があるときは、退職と引換えに補償金の支払を請求できるとの制度も創設されるという。
(2) 建議においては、労働者の申立には何ら条件が付されていなかったが、「労働契約の本旨に従った義務の履行の困難」との要件が加えられた理由は全く不明であり、このような要件を労働者からの労働契約終了請求の要件として付す合理的理由は全くない。
第2.有期労働契約の拡大について
1.伝えられるところによれば、有期雇用契約期間につき、現行の原則1年、例外3年を、原則3年、例外5年とするとし、また、5年の対象者について建議に例示されていた「公認会計士、医師等」を削除するという。
2.かかる改正には反対である。
現行法は98年に改正されたばかりであるうえ、期間延長の根拠を労働者のニーズの多様化に求めているが、労働者はそもそも安定した雇用を望んでおり、退職の自由が保障される限り、期間の定めのない契約で十分であって、労働者側から有期雇用を選択する必要性は全くない。
有期雇用は元来、正当な理由ある場合に限って認められるべきものであり、かかる規制を全く採らないまま、有期契約の拡大を図ることは、試用期間の代替、若年定年制、正規労働からの身分変更の強行などの弊害を招くことは必至であり、派遣労働の拡大と相俟つと雇用の安定を害すること甚だしい。
第3.企画型裁量労働制の拡大について
1.建議と同様の改正を行うと伝えられる。
2.かかる改正には、反対である。
企画型裁量労働制の対象事業場の規制廃止については、現状の本社及びこれに準じる事業場以外の事業場に、調査・分析・企画・立案を一連一体のものとして担当する企画職がどれほど存在するのかを調査検討することが先決である。対象事業場の規制廃止は、法が、本来対象と予定した企画職には該当しない職務を担当する労働者にまで裁量労働制を拡大する運用となる危険が極めて高いといわざるをえない。
また、手続要件の緩和は、単に使用者にとって使い勝手が悪いという理由でしかない。ことに、決議要件の緩和と労働者代表委員の信任手続廃止は、大多数を占める過半数組合が存在しない事業場においては、過半数代表者1人の意向で事実上労使委員会決議がなされてしまう危険を強くはらみ、法があえて労使委員会を設け、複数によるチェックと幅広い意見の集約を図ろうとした趣旨を没却するものである。
以 上