(意見書)パート労働者の処遇に関する「指針」作成に対する意見

2003/5/19

パート労働者の処遇に関する「指針」作成に対する意見

2003年5月19日    

日本労働弁護団    

幹事長 鴨田哲郎  

厚生労働大臣 坂口 力 殿
労働政策審議会雇用均等分科会  御中

 

 厚生労働省労働政策審議会雇用均等分科会(以下「分科会」という)は、本年3月18日、「今後のパートタイム労働対策の方向について」(以下「報告」という)を労働者委員全員が反対の意見を表明するという異例の形で発表した。「報告」は、パート労働者と通常労働者との格差是正について、均等待遇原則の法制化を提起せず、「当面は、通常の労働者との均衡を考慮した処遇の考え方を指針に示すことによって、その考え方の社会的な浸透・定着を図っていく」と指針による行政指導を提起するにとどまった。
 しかし、使用者がパート労働者に対し、時間差ではない、いわば身分的な差別を行っている主たる理由は、「均衡を考慮した処遇とは何かがわからない」からではなく、人件費削減のためにパート労働者を「安価な使い捨て労働力」として位置づけ利用しているためである。しかも、企業の人件費削減は国際競争の激化等を理由に年々熾烈化しており、個別の企業の意識改善による自発的是正に多くを期待することはできない。パート差別を解消し労働者の人権保障を実現するためには、均等処遇原則を法制化し使用者の義務である旨を明記したうえで、これに基づいた指針を作成し行政指導を徹底することこそが必要である。その意味で、今回の分科会報告は、核心をはずした内容と言わなければならない。
 また、「報告」が指針に盛り込むべきとしている内容にも多くの問題が存し、今後作成が予定されている指針の内容如何によっては、差別の是正どころか、不合理な格差を容認し差別拡大につながりかねない危険性が高い。
 当弁護団は、指針の作成にあたっては、下記の内容を盛り込むこと、また、「報告」の内容をそのまま指針化し格差の「合理性」を安易に容認して差別を隠蔽・拡大することのないよう、十分な審議・検討を求めるものである。

第1 「指針」に盛り込むべき内容
 「指針」には、次の諸点が盛り込まれるべきである。
1 差別・不利益取扱いの禁止、身分差別の撤廃
  すべてのパート労働者について、パート労働者であることを理由とする不合理な差別や不利益な取り扱いは禁止されること。

2 パート労働者であることを理由として、有期雇用とすること、通常労働者と教育・研修、福利厚生施設の利用、雇用の終了、労働安全衛生上の権利、団結権・団体交渉権・労働者代表に関する権利について異なる取り扱いを行うことは許されないこと。

3 賃金、休日・休暇の同等処遇
(1) 職務が通常労働者と同じパート労働者

① 通常労働者と同一決定方式をとることが原則であり、例外として「使用者が、異なる取り扱いを行うことに合理性があり、かつ、差異が合理的な範囲内であることを説明・立証できる」場合に、初めて内容を異にすることができること。

② 例外としての合理性の判断基準

a 「異動の幅、頻度」を理由に異なる取り扱いを行いうるのは、異動が職務遂行やキャリア形成に真に必要であり、かつ、その目的が他の方法では代替できないことが必要であること。
  「残業の有無・およびその時間の長短」を理由に異なる取り扱いを行うことは、許されないこと。
  「有期契約か否か」を理由に異なる取り扱いを行うことは、許されないこと。
 「期待度の違い」など、使用者の労働者に対する主観的要素を理由に異なる取り扱いを行うことは、許されないこと。
 「地域のパートの賃金等処遇が低い」ことを理由に異なる取り扱いを行うことは、許されないこと。
b 判断基準が育児や介護など家族的責任を行う労働者が満たしにくいものである場合には、その必要性、他の代替手段の有無等を慎重に検討し、家族的責任を行う労働者が不利益な取り扱いを受けることがないよう十分な配慮が尽くされていること。
c 合理的理由にもとづいて異なる処遇を行う場合にも、差異は合理的かつ必要最小限の範囲に留めなければならないこと。
d 職務が同じか否かの判断は、職務の全体から総合的・合理的になされるべきであり、わずかの違いを理由に「職務が異なる」ものとしてはならないこと。

(2)
職務が通常労働者と異なるパート労働者
   職務について性に偏らない客観的な評価を行い、それに基づいた公正な処遇を行うこと。

4 いわゆる「疑似パート」について
  通常の労働者として同一に処遇すべきこと

5 処遇についての説明、資料提出
  使用者は、パート労働者本人の処遇・労働条件について説明を行うべきことはもとより、通常労働者の処遇・労働条件、パート労働者と通常労働者との処遇・労働条件に差異がある場合には、差異の理由、差異の内容、並びに差異が合理的な範囲内のものであることを、資料を添えて説明すべきこと。

6 フルタイマー・正社員への転換について
  フルタイマー・正社員を採用する場合には、パート労働者に対し事前に情報を提供し応募の機会を付与すべきこと。

第2 理由
1 差別・不利益取扱いの禁止
 すべての労働者が公正な労働条件を享受する権利を有することは国際人権規約第7条に保障された近代法の大原則であり、パート労働者であることを理由とする不合理な差別、不利益取り扱いが許されないものであることを指針において明示すべきである。ことに我が国においては、パート労働者に対する身分差別が厳然と存在しており、この撤廃に向けて強力な実効性ある取組みがなされることがまず何よりも肝要である。「わが国のパートの特徴を『有期契約で更新打ち切りによる実質的な解雇が比較的容易で、基本的に時給制である労働契約。社会保険、雇用保険が完備されていない場合も多い。』ととらえれば、フランスには、わが国のパートに類似する雇用形態はない。」(海外労働時報No.336、176頁)とされ、この事実はヨーロッパ一般の事実であることが想起されねばならない。
 パートタイム労働者は、本来、通常労働者と比べ所定労働時間が短いだけの労働者であり、権利の質についての差別は原則として許されず通常労働者と同一に取り扱われなければならない。ILO175号パートタイム労働条約においても、団結権・団体交渉権・労働者代表として行動する権利、職業安全衛生、雇用および職業の差別禁止についてフルタイム労働者と同一の権利が保障されるべきこと(4条)が定められている。また、金銭上の権利や休暇日数等権利の量については労働時間に比例した処遇がなされねばならず、通常労働者と同等に取り扱われなければならない。ILO175号パートタイム労働条約においても、社会保障、母性保護、雇用の終了、年次有給休暇等々についてフルタイム労働者と同等の条件を受けられるべきこと(6、7条)が定められている。
 わが国においては、パートであることを理由に合理的理由もなく、有期契約としたり、教育訓練を受けさせなかったり、福利厚生施設の利用を制限する等々の差別、不利益取り扱いが横行しており、指針をもって差別・不利益取り扱いが禁止されるものであることを明示すべきである。

2 賃金等の同等処遇
(1) 同等処遇の原則
 同一価値の労働に従事する労働者については、同一報酬が支払われるべきであり(国連人権社会権規約第7条(a)(ⅰ)、間接女性差別との関係でILO100号条約、労基法4条)、ましてや、職務が同一のパート労働者について通常労働者と同等の処遇がなされ、労働時間に比例した報酬が支払われるべきことは当然である(ILO175号パートタイム条約5条、ILO165号パートタイム労働勧告21条)。異なる取り扱いを行うことができるのは、それに合理性があり、かつ、合理的な範囲内であることを使用者が立証できる場合に限られる。

(2) 例外としての合理性の判断基準

a
 例外として異なった取り扱いが許される場合について、「報告」は「人材活用の仕組みや運用」の違いが挙げるが、その内容は曖昧であり、かつ、異なった取り扱いを行うことに何故合理性ありといえるか大いに疑問である。少なくとも、ⅰパートタイム労働者と通常労働者とで「人材活用の仕組みや運用」を異にすることに真の必要性があること、ⅱ「人材活用の仕組みや運用」が制度化・客観化されていること(使用者の主観にすぎないものではないこと)、ⅲ 処遇の違いが合理的範囲内であること、が具備されなければ、異なった取り扱いに合理性がないことは明らかである。
 また、「報告」は、異なる取り扱いが容認できる例として「異動の幅、頻度」が異なる場合を例示しているが、異動とりわけ遠隔地配転は、家族的責任を有する労働者にとって大きな負担を伴い、安易にこれを認めることは、家族的責任を有するゆえに不利益を被る結果となる。日本は、ILO156号家族的責任条約、国連女性差別撤廃条約を批准しているのであって、政府は、仕事と家庭を両立できる働き方、女性が家族的責任を負うがゆえに雇用上差別されないこと、を実現すべき国際的国内的責務を負っている。少なくとも、異動を行うことに企業としての真の必要性があり、かつ、その目的が他の方法では代替できないことが必要である。単に「正社員には遠隔地への転勤があり、パートは勤務場所が限定されている」という実態があるだけでは(実態もなければ論外であることは「報告」も指摘するとおり)、異なった取り扱いは許されない。
 また、「残業時間の有無・長短」は、時間外割増賃金として評価されるべきであるし、家族的責任を有する労働者に対する不利益取り扱いの問題も生じるのであって、差異の合理的理由とはなしえない。
 「有期雇用か否か」も、我が国の場合、その殆どが合理的理由がないにもかかわらず雇用調整の容易さゆえに契約に期間を定めているのであって、処遇の差異を合理づけるものではない。
 「期待度の違い」など使用者の主観的要素を基準とすることや「地域のパートの賃金等処遇が低い」ことを差異の理由として容認することは、差別を温存することに他ならず、法的合理性は何らない。
b 家族的責任を行う労働者への配慮
 ILO156号家族的責任条約は、家族的責任にもとづく差別待遇を受けることなく就労することを求め、同165号勧告では、労働者を移動させるにあたっては家族的責任および配偶者の就労場所、子を教育する可能性等の事項を考慮すべき(20条)とされている。とりわけパート労働者は、家族的責任と仕事との両立の必要から短時間就労を行っている者も多いのであって、処遇にあたって家族的責任を行う労働者に不利益な結果をもたらすことのないよう家族的責任への配慮が不可欠である。育児介護休業法の強化、次世代育成支援対策推進法案の上程という状況が十分に踏まえられねばならない。
c 処遇内容
 異なる取扱いを行うことに合理性がある場合でも、異なる処遇内容が合理的な範囲を超えれば、それは差別であり許されない。
d 「同一の職務」の判断
 職務が「全く同一」とは言えないとしても「かなりの部分で重なる」パート労働者が多数存在する。近時、パート労働者の均等待遇要求が高まるにつれ、パートも正社員も基本的には同じ仕事をさせながら、最終まとめやクレーム受付等の一部の仕事を通常労働者に付加し、それを理由にパートと通常労働者とで処遇を大幅に異にさせる等がみられてきている。職務の同一性は総合的に判断されなければならないのであって、些細な違いを理由に同一性を否定すれば、格差是正は水泡に帰すことになろう。

(3)
「職務が通常労働者と異なるパート労働者」の取り扱い
 パート労働者には職務が通常労働者と異なる者が多数存在しており、パート労働者に対する差別解消・公正処遇を実現するためには、職務の異なるパート労働者に対する処遇の是正が大変に重要である。職務が異なるパート労働者の公正処遇実現には、職務を客観的に評価し、同一価値労働同一報酬の理念に基づいた処遇改善が図られなければならないのであって、その旨を指針に明記すべきである。
 もし、職務が同一のパート労働者についての指針を設けるのみで職務を異にするパート労働者の問題を放置すれば、コスト削減を求める使用者が、パート労働者と通常労働者とであえて職務を異にさせて格差を温存することが予想され、そうなれば、現在より更にパート差別が拡大していくことになろう。

3 疑似パート
  我が国においては、労働時間がフルタイマーと殆ど変わらない所謂「疑似パート」が多数存在する。これらの労働者は、短時間労働者ではないのであって、身分差別の典型であり、通常労働者として処遇されなければならない。

4 企業による処遇・労働条件の説明
  パート労働者と通常労働者との差別を是正していくためには、パート労働者が、自分自身の処遇・労働条件を知るだけではなく、通常労働者の処遇・労働条件を知り、自分自身のそれとを比較検討し改善要求のための情報を得る機会を有していることが必要である。また、使用者は、パート労働者と通常労働者の差異の合理性の存在について、その主張・立証責任があるのであって、合理性を説明できない場合には均等待遇を行わなければならない。
  したがって、企業は、少なくとも労働者から求めがあった場合には、本人に係る処遇・労働条件を明示することは勿論、同じ使用者の下で働く通常労働者の処遇内容、両者に差異がある場合には差異の理由、差異が合理的なものであることを説明すべきであり、また、上記説明にあたっては、裏付け資料を提出すべきである。

5 フルタイマーへの転換のための措置
  労働者がライフスタイルにあわせ就労形態を自発的に選択することを可能とするために、パートタイマーからフルタイマー(正社員)への転換のための環境整備が進められるべきであり、その一つとして使用者の情報提供が重要である。ILO182号勧告でも、使用者が労働者に情報提供すべきことが定められている。

以 上