経済産業省の反論書とそれに対する労働弁護団のコメント

2009/3/26

経済産業省反論書へのコメント

日本労働弁護団

 労働弁護団意見書(2009年3月18日付)に対する反論の書面が、経済産業省によって作成された。
 経済産業省の反論は、労働弁護団が指摘した「処罰範囲が不必要に拡大することに伴う労働者の正当な権利行使や労働組合の正当な活動に対する萎縮効果」や「使用者による濫用的な活用の危険」等に対する的確な反論とはなっていないが、立法者として、労働者の正当な権利行使や労働組合の正当な活動に対して萎縮効果を生じさせないものとして立法したものであること、使用者の濫用的な活用を許さないものとして立法したものであることなどが示されていることから、法案成立後の労働者・労働組合の活動に資するものと考え、ここに公表するものである。


日本労働弁護団の「『不正競争防止法の一部を改正する法律案』に対する意見」について

平成21年3月26日
経済産業省

1. 本改正案は、企業活動を支える現場の労働者・技術者が生み出す技術情報等の営業秘密を実効的に保護することによって、企業の国際競争力の維持や雇用の確保に資するものである上、労働者の権利等への影響についても十分配慮したものであることから、是非とも必要な改正であると考えます。

2. 上記1. のとおり、本改正案は、労働者を含む営業秘密に接する者に対して不当な萎縮的効果を生じさせないよう十分配慮し、法律の文言上も正当な行為が処罰対象とならないことを明確にした規定を設けているものであり、これに加えて極めて例外的な規定である刑事罰の濫用を防止する規定を殊更に創設する必要性は認められないものと考えます。

3. 日本労働弁護団の意見は、主として、①内部告発や残業代請求等の正当な目的によって営業秘密を持ち出す行為などに対する萎縮効果の懸念、②使用者である企業が、企業内の情報を不当に広く秘密であると指定することによって労働者にもたらされる萎縮効果や使用者による濫用的行為の懸念であると思料します。
本改正においても、上記2点については十分な配慮が必要であるという認識から、産業構造審議会知的財産政策部会技術情報の保護等の在り方に関する小委員会(以下、「小委員会」)における審議等においても日本労働組合総連合会の参画も得た上で、労働者の権利への配慮の在り方についても慎重な議論がなされたところです。本改正案は、そのような慎重な議論の結果、今通常国会に提出されたものであって、上記2点の懸念はないものと考えます。
具体的には、本改正の目的や本改正案の提出に至るまでの審議過程について以下のような経緯があります。

(1) 今回の改正の目的について

企業の競争力の源泉である営業秘密は、不正競争防止法により民事・刑事の両面から法的な保護を受けているところですが、その刑事罰については、①現行の営業秘密侵害罪が営業秘密の使用・開示行為を中心的な処罰対象行為としており、保有者の管理領域の外でなされる使用・開示行為の立証が困難であること、及び、②侵害時に行為者が「不正の競争の目的」を有していたことが必要とされており、その立証が困難であること、等の理由により、平成15年の創設後、起訴実績が一件もない状況となっています。しかしながら、営業秘密は事業者の収益を生み出す源泉としての価値を有している(根源性)にもかかわらず、一旦侵害されるとその原状回復は困難であり(回復困難性)、そのための予防措置を講じることには限界がある(予防困難性)といった性質を有していることにかんがみると、他人が不正な手段によって営業秘密の管理を破り、企業の管理体制の外に置くこと自体、当該情報の財産的価値を失わせる蓋然性が極めて高い行為であるということができます。
したがって、不正な使用・開示の段階に至らずとも、営業秘密が不正に取得・領得された段階において十分な違法性を肯定することができるものと考えられることから、今般の改正においては、目的要件を図利加害目的に差し替えた上で、営業秘密の不正な取得・領得段階で刑事罰の導入を図ることとしたものであります。

(2) 小委員会における審議について

小委員会においては、前記の改正の方向性について議論を重ねてきたところであり、特に本年2月6日に行われた第9回小委員会において、労働者の権利等との関係について具体的な議論を行ったところです。そして、そうした議論を踏まえて最終的にとりまとめられた報告書において、従業者が営業秘密の取扱いに際し不安を感じることがないように配慮すべき事項について記載されています。
また、小委員会における議論の過程等においては、労働者の日常の活動や正当な内部告発行為等には図利加害目的が認められず、営業秘密侵害罪の処罰対象とはならないことも明らかにされています。

4. 日本労働弁護団からの具体的な指摘については、以下のように考えています。

(1) 内部告発や残業代請求等の正当な目的によって営業秘密を持ち出す行為などに対する萎縮効果の懸念について

懸念されている行為はいずれも正当な目的によるものであって、不正の利益を得る目的や保有者に損害を加える目的に当らないことなどから、萎縮効果は生じないと考えます。なお、万全を期すため、法案成立後は、解釈等を一般に明らかにした上で、丁寧な説明に努めてまいりたいと考えております。

(2) 使用者である企業が、企業内の情報を不当に広く秘密であると指定することによって労働者にもたらされる萎縮効果や使用者による濫用的行為の懸念について

営業秘密を不当に広く指定することによって労働者に対する萎縮効果が生じるおそれについても懸念されていますが、いみじくも意見書にも指摘されているように、不正競争防止法の「営業秘密」として保護されるためには、厳格な管理体制が必要であって、企業の情報のほとんどを秘密指定したり、労働者による持ち出し行為を黙認することが常態化していたりするような不十分な管理では、全ての情報が営業秘密としては認められないことになりかねず、かえって当該企業の重要な秘密情報が法の保護を受けられないことになってしまうと危惧されます。そのような事態は、企業はもちろん、企業で働く労働者にとっても不幸なことであるから、経済産業省においては、「営業秘密管理指針」を公表し、営業秘密の適切な管理方法等についての周知に努めてきたところです。
また、平成2年に不正競争防止法に導入された「営業秘密」の概念は、20年近くにわたる民事裁判例の積み重ねに加え、このような民事裁判例を踏まえて作成した上記「営業秘密管理指針」が公表されていることによって、十分に明確化されているものであって、指摘されているような強い萎縮効果が懸念されるとは考えにくいところです。
なお、労働者が業務の中で記憶した営業秘密や身についたスキル等については、本改正では、そのような営業秘密については、記録媒体等を横領するなどの行為をしない限り処罰されることはないから、この点でも萎縮効果が生じることはないものと考えます。

5. 以上により、本改正案は、労働者の長年の努力の結晶である営業秘密を適切に保護することによって、企業の国際競争力の維持や雇用の確保に資するものである上、労働者の権利等への影響についても十分配慮したものであることから、労働者にとっても大きなメリットがあるものと考えられ、真に必要な改正であるということができるものと考えます。
また、万が一にも労働者への萎縮効果が生じないよう、適切な営業秘密の管理の在り方等について今後とも周知に努めてまいりたいと考えております。

以上