「労働契約法制及び労働時間法制の今後の検討について」に対する意見
2006/10/18
「労働契約法制及び労働時間法制の今後の検討について」
に対する意見
労働政策審議会
労働条件分科会 御中
2006年10月18日
日本労働弁護団
幹事長 鴨 田 哲 郎
はじめに
厚労省は9月11日、貴分科会に対し、「労働契約法制及び労時間法制の今後の検討について(案)」(以下、「検討項目」という)を示し、貴分科会はこれを了承した。
「検討項目」に記載された項目は、そのほとんどが「検討の視点」及び「素案」で指摘されていたものであるので、各項目については当弁護団のこの間の意見(06.5.17「『検討の視点』に対する意見と当面の立法提言」(以下、「立法提言」という)及び06.6.26「『素案』に対する意見」(以下、「6.26意見」という))で触れてきたところではあるが、貴分科会の再開にあたり、改めて簡潔に当弁護団の意見を述べ、十分な審議を求めるものである。
第1.「労働契約法制の基本的な考え方」(1、(1).①)について
労働契約の締結・変更が「実質的に対等な立場における合意」によって行われるものであることは当然至極のことであり、問題は合意と法的に評しうる実質をいかに形成するか、また、実質的な対等をいかに保障するかにあるのであって、この点につき、労使(ことに労働者個人と使用者)の力の隔絶という現実を直視して、十分な検討がなされなければならない。
なお、実質的な合意を前提とすれば、第2点(使用者は契約内容について労働者の理解を深めるようにする)は不可解な条項であり(「使用者は提示する契約内容について労働者の理解を深めるようにする」とすべきであろう)、これが一方的な決定をも合意と評価しうるとの前提に立つものだとすれば、第3点の書面確認は一方的決定を合意と評価する道具として使われかねないので、かかる危惧を排除する条項が明確に置かれなければならない(②については、後記第5.4の有期契約の項で触れる)。
第2.労働時間法制について
1.「自律的な働き方を可能とする制度」について
この項目は、ネーミングは変遷を重ねるものの、労働時間法の適用除外者の範囲の拡大(新・適用除外という)を検討するものである。
新・適用除外制度(日本版エグゼンプション)に対しては、十分な批判を展開してきたところであり(05.9.30「労働時間法検討にあたっての意見」、06.2.22「労働時間法改正論議にあたっての意見」等)、以下簡潔に述べるように、そもそも導入の立法事実が存在せず、労働時間法の基本的性格を改変するものであり、しかも、これを「労使自治」(労使協定等)に委ねるとすれば、公序の崩壊をもたらすものであって、断固、反対である。
「検討項目」が、自律的な働き方を「可能とする制度(の)創設」と記述することからも、現行法では自律的な働き方が不可能であるとの認識に立つと思われるが、この間、当弁護団の度重なる指摘(「立法提言」第1.5.(1).②、「6.26意見」第2.1.(1))にも拘らず、現行法のどの条項がどのように作用するがために「不可能」なのかについての具体的指摘は全くなく、仮に百歩譲って困難な場面があるとして、適用除外でなければその障害を克服しえないのか否かの検討も全くなされていない。少なくとも、現在までの導入を求める日本経団連や厚労省の見解では、明らかに立法事実を欠き、導入の必要性も合理性も何ら立証されていないと断ぜざるをえない。
ところで、「検討項目」が主張する自律的な働き方が求められているという状況の変化はグローバルな状況のはずであるが、EUにおいても、ドイツにおいても、フランスにおいても状況変化を根拠とする労働時間法の改訂、就中、適用除外者の拡大は全く提起すらされていないのであり、しかも、これらの国々の適用除外者はわずか数%にすぎないのであって、法制度を全く異にし、対象者が20%を超える(最近の論述の中には4割とするものもあるが、根拠は不明である)アメリカの法制のみを参考とすることは、木に竹を接ぐ愚行である。
2.その他労働時間関係について
今、労働時間法に求められるのは、「検討項目」も指摘するように「働き方(働らかせ方)の見直し」である。その具体的内容はこれまでも指摘してきたところである(05.9.30「労働時間法検討にあたっての意見」2.(6)など)が、極めて今日的な問題は、肉体的・場所的にはもちろんのこと、精神的にも労働(会社)から完全に解放された、オフの時間の保障である。これが労働者個々人の生活において確保された状態がライフ・ワーク・バランスのとれた状態であり、「見直し」の方向はこれを目指し、実現するものでなければならない。
(1) 割増率の引き上げ等(2.(1))
上記視点に照らせば、「検討項目」の内容は、いくつもの採るべき方策(「6.26意見」第2.2.(1))の中の極く一部にすぎず極めて不十分ではあるが、現行法との関係では若干の前進である。なお、労使協定による代償休日の選択は、実労働時間を削減しうる方策であるが、問題はその実効性と保障である。現在、代休制度がありながら、代休がたまる一方で、いつの間にか割増賃金も支払われないまま、うやむやにされてしまう例がよく指摘されるが、かかる事態が生じない制度が設計されねばならない。
(2) 企画型裁量労働制の見直し((2).②)について
「検討項目」は、①「対象業務の範囲」や②「その手続」の見直しを提起する。
①は、現在、「事業運営に関する事項についての企画、立案、調査及び分析」の一体・一連の業務が対象であるが、対象事項の拡大あるいは削除、一連の業務の一部の法認等が見直しとして考えられるところであり、かかる見直しは企業規模による異なる最低労働条件を法認するものであり、合理性を欠き、さらにはこれが近い将来、「中小企業」ではない企業に拡大されるであろうことは容易に予測されるところであって、反対である。
また、②は現行の労使委員会決議ではなく、労使協定での導入を認める方向が考えられるが、中小企業における労使協定の労側当事者は圧倒的に、個人にすぎない過半数代表者であり、その実態が使用者の下請機関にすぎないことは従前厳しく指摘した通りであって、過半数代表者制度の抜本的改革(後記第4)が実現して初めて、論議の対象たりうるものであり、反対である。
(3) 時間年休((3).②)について
従前指摘した通り(「6.26意見」第2.2.(2))、本来、育児介護休業制度の充実によって対応されるべきものであり、まとまって取ることを「本来の目的」とする年休制度には沿わないものである。
(4) 管理監督者の範囲の明確化((3.②)について
「検討項目」が唯一、従来の方向性を変更したものと考えられる項目である。
明確化にあたっては、まず、既に判例及び通達で固まっている内容を要件として条項化し(従って、現在のライン職に関する運用・企業実務(課長は対象者)が法違反であることを確認し)たうえ、労働時間法の保護を受けずとも心配のない働き方が保障されている者に限り、対象となることを明確にしなければならない(「立法提言」第2.2.(4))。
(5) 管理監督者に対する深夜業規制の適用除外((3).③)について
従前指摘した通り(「立法提言」第1.5.(1).⑤)、反対である。
(6) 事業場外みなし制度の見直し((3).④)について
見直しは、法理的に合理性がある内容でなければならず、単に企業実務の不便の解消を目的とするものであってはならない。
なお、見直しにあたっては、「通常必要時間」を実質化する具体的方策(例えば、個々の労働者による通常必要時間の簡易な確認請求措置等)が検討されるべきである。
第3.就業規則法制について
「検討項目」(1.(2).②.③)は、①労働契約締結の際、「労基法を遵守して定めた合理的な就業規則」がある場合は、「就業規則に定める労働条件による旨の合意が成立しているものと推定する」こと及び②就業規則変更の場合の「ルール」の検討について、提起する。
何度も指摘してきた通り(「立法提言」第1.2.(2)以下、「6.26意見」第3)、就業規則の法的性質については争いがあり、最高裁判例もその結論について納得しうる理由を何ら提示しえていない現状において、合意に関する法である労働契約法において一方的決定による就業規則の効力を定めることは、少なくともコンセンサスが形成されていないのであるから、この点については拙速を避け、十分な論議を尽くしたうえで立法化が検討されるべきであり、現在予定されている立法スケジュールにおいて就業規則の労働契約上の効力に関する規定を置くことは、反対である。
就業規則法制の検討にあたっては、まず、過半数代表の係わりについて抜本的な改革がなされなければならない(後記第4)。
第4.過半数代表者について
「検討項目」(2.(4).①)は、過半数代表者の「選出要件」につき「民主的な手続」を要すことだけを提起し、これは現行労基則6条の2第1項2号だけを法に格上げするに止まるように読める。
しかし、今日、圧倒的多数(93.6%)の事業場では過半数組合が存在せず、過半数代表者個人が、各種労使協定の締結と就業規則に関する意見聴取を受ける権限を中核に、70項目に及ぶ権限を付与され、実質的に労働条件を設定する機能を行使しているのである。かかる過半数代表者が果している機能からすれば、第1順位たる過半数組合と同一・同等の実質を有しうるよう、最大限の立法的措置が採られなければならない(「立法提言」第1.2.(4)以下及び第2.2.(1))。
1.就業規則の意見聴取
第一順位たる過半数組合は、就業規則内容について、当然に誠実な団体交渉を求める権限を有し、さらにはストライキ権を行使する権限を有する。
第2順位たる過半数代表者にこれと同等の権限を付与するためには、単なる意見聴取ではなく、就業規則の制改訂における協議が義務付けられねばならない。ことに、「検討項目」が指向するように、就業規則条項が個々の契約内容となるとの方向を検討するのであれば、なおさらである。
2.代表者の選出
過半数組合は、使用者に対する自主性を要求されると共に、民主的に運営される団結体である。
過半数代表者にこれと同等の実質を付与するためには、1回毎の個別に選任される代表者ではなく、使用者からの独立が保障された複数労働者により構成され、かつ、継続性が確保されたものでなければならず、その選出が民主的手続(無記名秘密投票による選挙)で行われるべきは当然である。
第5.その他の労働契約法制
1.即時解除規定の移行
「検討項目」(1.(2).④)は、即時解除規定の労働契約法への移行を提起する。これが労基法20、21条を労基法から削除するものとすれば、監督が及ばないこととなり、実効性が減ずることは明らかであって、立法理由があるとは考えられず、反対である。
2.整理解雇について
「検討項目」(1.(4).②)は、整理解雇の有効性判断につき、「4要素を含め総合的に考慮」との規定を提起する。
判例上の4つの条件は、4要件か4要素か争いのあるところであり、4要素あるいは総合的考慮との立法化は反対である。
3.解雇の金銭解決について
「検討項目」(1.(4).③)は、「解雇の金銭的解決の仕組みに関し、労使が納得できる解決方法」の検討を提起する。
これまで何度も指摘してきたところである(「立法提言」第1.3、「6.26意見」第4.1)が、解雇事案における使用者申立の金銭的解決を容認する制度は、労働者の納得がえられることは全くない。
4.有期契約等について
「検討項目」(1.(1).②、1.(5)及び2.(4).③)は、パートを中心とする有期契約等いわゆる非正規雇用につき、「良好な雇用形態」との認識に基づき、均衡の考慮や「有期基準」の見直し等を提起する。
何度も指摘してきたように、非正規雇用を「良好な」雇用形態と一律に規定することは誤りである。
非正規雇用は均等待遇の法的保障により、身分差別が完全に解消されなければ、「良好な」雇用形態にはなりえない。「有期基準」の見直しの内容は不明であるが、格差を前提とした有期雇用の固定化に通ずる施策は、強く反対する(「立法提言」第1.4、「6.26意見」第4.2)。
第6.労働契約法に規定されるべき事項
労働契約法は、雇用の入り口から出口までに生起しうる労働契約上の様々な問題について、公正で実質的に対等な解決を図りうる、実体的、手続的規定によって構成されるべきものである。
「検討項目」は、労働契約法の内容として盛り込まれるべき多くの事項について記述を欠いており、これでは労働契約法とは呼びえない法律になりかねない。隔絶した力関係の下、圧倒的な劣位にある労働者の労働契約上の地位・権利の確保に資する諸規定が置かれて初めて名実ともに労働契約法と呼ぶにふさわしいものであるが、「検討項目」にこのような基本的スタンスがみられないのは、極めて遺憾である。
以上