今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方に関する意見書

2023/3/22

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今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方に関する意見書

2023年3月22日
日本労働弁護団
会長 井上幸夫

第1 はじめに

2022年12月27日、厚生労働省労働政策審議会労働条件分科会(会長:荒木尚志東京大学大学院教授)は、無期転換ルールや多様な正社員、裁量労働制等に関する報告(「今後の労働契約法制及び労働時間法制の在り方について」。以下「報告書」という。)をとりまとめた。

厚生労働省は、報告書に基づき、2023年2月14日、「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令案要綱」、「有期労働契約の締結、更新及び雇止めに関する基準の一部を改正する件案要綱」及び「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第24条の2の2第2項第6号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示案要綱」(以下、これらをまとめて「要綱」という。)をとりまとめた。

日本労働弁護団は2021年9月16日、多様化する労働契約のルールに関する検討会に関する意見書を、2022年4月25日には多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書に対する意見書をそれぞれ発表し、有期労働契約の入口規制や労働条件格差を図ったうえで、無期転換ルールの制度の周知徹底及び制度の充実化を図るべきこと、いわゆる非正規公務員への制度的手当の拡充を行うべきこと、無期転換ルールの例外規定に関する見直しを行うべきこと、及び多様な正社員に関する労働契約ルールの整備をするべきであること等について述べた。

しかし、報告書及びこれに基づく要綱は、多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書をなぞるように、有期労働契約の入口規制や非正規公務員への制度的手当、無期転換ルールの例外規定に関する見直しについては何ら触れることなく、その他の点についても、有期契約労働者の不安定・低賃金という労働条件を抜本的に変えるには不十分な見直ししか行われていない。

また、裁量労働制について、日本労働弁護団は2022年10月19日、これからの労働時間制度に関する検討会報告書に対する意見書を発表した。その中では、今後、裁量労働制をはじめとする労働時間制度の見直しを検討するに当たっては、まず、長時間労働の助長や違法・濫用適用など、制度がもたらしている問題点を是正し、適正に運用するための議論を進めるべきこと、適用を拡大する方向での議論を進める必要はないこと等について述べた。

しかし、報告書及びこれに基づく要綱は、やはりこれからの労働時間制度に関する検討会報告書をなぞるように、対象業務を新たに拡大した上、本人同意が自由意思によるものであることを確保するための十分な措置は盛り込まれず、労働時間ではなく業務量そのもののコントロールに関する裁量を確保するための措置もまた盛り込まれないなどの問題を含んでいる。

そこで、本意見書では、報告書(ひいてはこれに基づく要綱)の問題点を指摘し、今後の具体的な法案に盛り込むべき必要な法的措置について、当弁護団としての見解を述べることとする。

 

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第2 無期転換ルールに関する見直しについて

1 「1(2)無期転換を希望する労働者の転換申込機会の確保」について

(1) 報告書の内容

報告書は、無期転換を希望する労働者の転換申込機会の確保につき、次の3点の方針を挙げている。

①無期転換ルールに関する労使の認知状況を踏まえ、無期転換ルールの趣旨や内容、活用事例について、一層の周知徹底に取り組むことが適当である。

②無期転換申込権が発生する契約更新時に、無期転換申込機会と無期転換後の労働条件について、労働基準法の労働条件明示の明示事項に追加することが適当である。

③この場合において、労働基準法の労働条件明示において書面で明示することとされているものは、無期転換後の労働条件明示にあたっても書面事項とすることが適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 無期転換ルールの趣旨や内容などの周知を図り、無期転換ルールの存在及び内容、並びに無期転換後の労働条件について、労働基準法15条に基づく労働条件明示の明示事項とした点(①③)は評価できる。

しかし、明示させる時期を無期転換申込権が発生する契約更新時に限ってしまう(②)ことは妥当ではない。求人段階においても、当該企業が無期転換ルールを遵守し、活用している会社なのかどうかを求職者側に情報提供することは、制度の利用を企業側から促進することにもつながり、極めて有益となり得るため、「周知することが望ましい」というだけでなく、求人者等が職業安定法5条の3所定の明示すべき事項として、無期転換権の存在及び内容を追加し、もって求人段階における労働市場を通じた無期転換権の周知を図るべきである。

そして、権利の周知を徹底するという意味では、無期転換申込権が発生する契約更新ごとのタイミングのみならず、権利発生前の労働契約締結段階や契約更新段階においても権利内容に関する通知を図るべきである。無期転換申込権が発生する契約更新時に限ってしまうと、仮に権利行使後の労働条件が従前の労働条件よりも不利益なものであった場合、雇用を失うことを恐れて不本意ながら不利益な条件を受け入れることを余儀なくされ、有期雇用労働者の地位の安定を図るという法の趣旨が潜脱される事態を防ぐことができなくなってしまいかねず、妥当ではない。

イ 権利行使を促進するためには、単に周知を図ったり明示義務を課すというだけではなく、さらに一歩進んで、使用者による意向確認を義務化するべきである。

労働基準法15条に基づく労働条件明示の明示事項とした理由の一つは、無期転換ルールに関する労働者の情報入手ルートの5割超が勤務先からであることにある。検討会も、「上記のような意向確認は労働者に権利行使を躊躇させないことに資する」とまで述べるのであれば、対象労働者に対して、制度内容の理解をさらに一歩進め、実際に利用を促進させるためにも、使用者に対し、無期転換権の行使意向の有無を確認する義務を課すべきである。

併せて、制度の実効性を持たせるためには、権利の告知義務や意向確認義務に違反したことにより当該有期契約労働者が無期転換権を行使することができなかった場合には、対象労働者が無期転換権を行使したものと推定する、又は、無期転換権を行使しないまま雇止めされた後も一定期間内は引き続き遡及的に無期転換権を行使できるものとすること等の救済措置を含む立法措置を講じるべきである。

2 「1(3)無期転換前の雇止め等」について

(1) 報告書の内容

報告書は、無期転換前に行われる雇止めへの対応として、下記の点を挙げる。

①無期転換前の雇止めや無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱い等について、法令や裁判例に基づく考え方を整理し、周知するとともに、個別紛争解決制度による助言・指導にも活用していくことが適当である。

②紛争の未然防止や解決促進のため、更新上限の有無及びその内容について、労働基準法の労働条件明示事項に追加するとともに、労働基準法第14条に基づく告示において、最初の契約締結より後に、更新上限を新たに設ける場合又は更新上限を短縮する場合には、その理由を労働者に事前説明するものとすることが適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 不更新条項の有無及び内容の労働条件明示の義務付けや、最初の契約締結より後における上限を設定する理由の説明の義務付けが図られる点(②)は一定の評価ができる。上限を設定する理由を法律上の義務として説明させる機会を作らせることによって、労使間で条項を設ける必要性等に関する根本的な議論・交渉を行う契機ともなる。その中で使用者側から合理的な説明がなされないようであれば、上限を設定したこと自体の有効性が否定される事情となり得よう。

しかし、そもそも不更新条項を定めること自体が、無期転換ルールの脱法に該当するため、更新途中で更新上限規定(不更新条項)を定めることを明文で禁止すること、特段の事情ない限り、契約当初からも更新回数・更新年度を制限することはできないことを明文化しつつ、特段の事情の内容を指針により明確化していくこと、といった抜本的な立法措置を講じるべきである。仮に不更新条項を入れる場合にも、条項を入れる必要性についても、対象労働者への説明義務を使用者側に課すことが必要である。

イ また、無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対して直接的な規制を行うことが見送られている点も不十分である。

これからの労働時間制度に関する検討会の中では、無期転換申込みを行ったこと等を理由とする不利益取扱いに対する対応については、何が禁止される「不利益な取扱い」に該当するかという整理が難しく、また、どのような事例が無期転換申込みを行ったこと等を「理由として」に当てはまるのかの認定も困難だとして、不利益取扱いに対する直接的な法規制を行うことが見送られ、報告書の中でも同様に落とされている。しかし、かかる理由づけは説得力に乏しい。代表的な不利益取扱いは解雇、雇止め、労働条件の引き下げであり、まずはこれに絞った形の立法措置を講じることはできたはずである。「理由として」の認定も、いわゆるマタハラにおける判断手法を参考に、権利行使が可能になってから一定期間内における不利益取扱いについては、使用者側の動機が無期転換申込みを行ったこと等を理由とするものであるという推定規定を置く(脱法目的ではないこと、当該不利益措置に合理性があることの説明責任を使用者側に課す)等の明確な基準を設けたルール作りは可能であったはずである。

一方、無期転換ルールの実効性の確保の観点からは、無期転換権行使を妨害する行為(無期転換権を行使しようとする際、使用者が当該労働者に無期雇用に転換した際の労働条件として現状の労働条件よりも不利な労働条件を提示する等)が行われた結果、権利行使ができなかった場合には、対象労働者が無期転換権を行使したものと推定する、又は、無期転換権を行使しないまま雇止めされた後も一定期間内は引き続き遡及的に無期転換権を行使できるものとすること等の救済措置を含む立法措置を講じることもあり得ようが、このような検討も行われなかった。

3 「1(4)通算契約期間及びクーリング期間」について

(1) 報告書の内容

  報告書は、クーリング期間に関して、法の趣旨に照らして望ましいとは言えない事例等について、一層の周知徹底に取り組むことが適当であるとする。

これからの労働時間制度に関する検討会の中では、「無期転換ルールが実質的に適用されるに至った施行後5年経過時からそれほど長期間経っていないこと、特に変えるべき強い事情がないと考えられることから、制度の安定性も勘案すれば、通算契約期間及びクーリング期間について、現時点で制度枠組みを見直す必要が生じているとは言えないと考えられる。」とされていた。

(2) 当弁護団の意見

しかし、無期転換ルールが設けられた趣旨は、有期労働契約を反復更新して労働者を長期間継続雇用するという有期労働契約の濫用的利用を防ぎ、有期雇用労働者の雇用の安定を図る点にある(平成24年8月10日基発0810第2号「労働契約法の施行について」)。かかる制度趣旨と、クーリング期間の導入とは、本来的に相いれない。

法施行後、再雇用を約束したうえで雇止めをし、クーリング期間経過後に再雇用をしているような事例や、無期転換権発生前に、同一事業主が運営する別の事業場にて勤務させることで、あたかもクーリング期間が置かれているような外観が作出されているような事案に関する相談も、当弁護団には寄せられることとなった。脱法事例が相次いでいるにもかかわらず、「特に変えるべき強い事情がない」と結論付けることは許されない。

以上の理由から、当弁護団は、このような脱法事例を数多く生み出す元凶となっているクーリング制度を直ちに廃止するべきであることを改めて提言する。

4 「1(5)無期転換後の労働条件」について

(1) 報告書の内容

報告書は無期転換後の労働条件に関する対策として、下記の点を挙げる。

①無期転換後の労働条件について、有期労働契約時と異なる定めを行う場合を含め、法令や裁判例に基づく考え方、留意点等を整理し、周知に取り組むことが適当である。

②無期転換後の労働条件について、労働契約法第3条第2項を踏まえた均衡考慮が求められる旨を周知するとともに、無期転換申込権が発生する契約更新時の無期転換後の労働条件等の明示の際に、当該労働条件を決定するにあたって、労働契約法第3条第2項の趣旨を踏まえて均衡を考慮した事項について、使用者が労働者に対して説明に努めることとすることが適当である。

③正社員への転換をはじめとするキャリアアップの支援に一層取り組むことが適当である。

他方、これからの労働時間制度に関する検討会の中では、パート・有期法8条類似の立法措置を講じることにつき「無期契約労働者のうち、無期 転換者のみをそうした規定の対象とすることの合理性は特段ないものと考えられ、また、無期転換者も無期契約労働者も多様であることから、慎重な検討が必要と考えられる。」とされ、報告書の中でも言及されなかった。

(2) 当弁護団の意見

報告書が述べる対応は、いずれも労使に問題解決を委ねているだけであり、無期転換者の待遇改善に対して直接的に有効な措置とは評価し得ない。

真に待遇改善を実現するためには、無期転換権を行使した労働者と当該使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者とを比べ、その労働条件について合理的な理由なく不利益に取り扱われてはならないこと、労働条件の格差に合理性のあることの立証責任は、合理性があることを主張する使用者側が負うとすること、及び、合理的な理由があるとは認められない労働条件の不利益取扱いについては、その労働条件の定めは無効とし、不利益取扱いがなければ待遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件とするという規定を新たに創設するなど、抜本的な立法措置を講じる必要がある。

5 「1(6)有期雇用特別措置法の活用状況」について

(1) 報告書の内容

報告書は、有期雇用特別措置法の特例について、特例の存在が十分に認知されていない現状があるため、一層の周知徹底に取り組むことが適当であるとする。

これからの労働時間制度に関する検討会の中では、「有期雇用特別措置法がなければ、企業がプロジェクトの進捗状況等に応じて必要な高度専門職を雇用しにくくなるほか、65 歳を超える高齢者の継続雇用に慎重になると想定されるため、有期雇用特別措置法があることで雇用が進んでいる面もあると言える。特に、高齢者雇用は過渡期にあり、今後 70 歳までの継続雇用の増加も見込まれることから、第二種の意義は大きくなっていると考えられる。」「他方、特例の存在が知られていないという課題があるため、高度専門的知識を有する人材や定年後再雇用者の能力発揮を求める使用者が制度を利用できるよう更なる周知を行うことが適当である。」と述べられていた。

(2) 当弁護団の意見

ア 無期転換ルールの例外を定めた有期特措法のうち、第一種(高度専門職)について、報告書は規定がなければ「企業がプロジェクトの進捗状況等に応じて必要な高度専門職を雇用しにくくなる」などと述べるが、実際には本規定は2018年度に1件認定されただけであり、ほぼ使われていないことが明らかとなっている。そうであれば、法の例外を認めるべきと言えるほどの社会的な必要はないのであるから、直ちに特例を廃止するべきである。

イ 第二種(高年齢者)についても、報告書は「高齢者雇用は過渡期」であると述べるものの、高年法に基づく継続雇用制度のもとで雇止めが全国各地で頻発し、高年法のもとでの高年齢労働者の地位の不安定さはすでに社会問題化している。

無期転換ルールの例外規定を設けなければ高年齢労働者の活用が図れないという事実はない。むしろ、高年齢労働者の地位の安定化を図った上で、契約期間を気にすることなく職務に当たらせた方が、十分な能力の発揮が期待できよう。

高年齢労働者の地位の安定化を図ることは社会的な急務となっている中で、今回の見直しを機に、特措法を廃止し、併せて非正規雇用の入口規制を導入することで、高年齢労働者の十分な法的保護が図られるよう立法措置を講じるべきである。

第3 「2 労働契約関係の明確化」について

1 報告書の内容

報告書は多様な正社員等に関する労働契約関係の明確化につき、次の点を挙げる。

①多様な正社員に限らず労働者全般について、労働基準法の労働条件明示事項に就業場所・業務の変更の範囲を追加することが適当である。

②労働契約法第4条の趣旨を踏まえて、多様な正社員に限らず労働者全般について、労働契約の内容の変更のタイミングで、労働契約締結時に書面で明示することとされている事項については、変更の内容をできる限り書面等により明示するよう促していくことが適当である。

③労働基準法の労働条件明示のタイミングに、労働条件の変更時を追加することを引き続き検討することが適当である。

④紛争の未然防止のため、多様な正社員等の労働契約関係の明確化に関する裁判例等を幅広く整理して明らかにし、周知徹底に取り組むことが適当である。

⑤就業規則を備え付けている場所等を労働者に示すこと等、就業規則を必要なときに容易に確認できるようにする必要があることを明らかにすることが適当である。また、就業規則の更なる周知の在り方について、引き続き検討することが適当である。

⑥短時間正社員については、処遇について、正社員としての実態を伴っていない場合には、パート・有期労働法の適用があり、均衡・均等待遇が求められることや、同法が適用されないそれ以外の多様な正社員においても、労働契約法第3条第2項による配慮が求められることを周知することが適当である。

2 当弁護団の意見

(1) 多様な正社員であるからといって、安易な解雇が許されることにならないということを周知するという点や、労働条件明示の範囲を就業場所・業務の変更の場面にも広げ、かつ労働基準法の労働条件明示のタイミングに、労働条件の変更時を追加することを引き続き検討するとしたことは評価できる。多様な正社員であるからといって、安易な解雇が許されることにならないことについては、2021年9月16日に当弁護団が発表した多様化する労働契約のルールに関する検討会に関する意見書の中で詳述したとおりである。

しかし、多様な正社員は、労働条件が通常の正社員と異なる分、労働条件の明示がより一層重要であるにもかかわらず、2016年10月に実施されたJILPTの調査によれば、多様な正社員につき、就業規則上あるいは個別労働契約上で労働条件の明示が行われている企業は、36.2%にとどまっているのであり、労働条件の明示が適正に進んでいるとは言い難い現状がある。

このような現状を踏まえ、労働条件明示の方法としては、改訂手続が必要となり、柔軟な労働条件の設定が困難な、就業規則だけに記載しておけば足りると考えるべきではなく、あくまでも、当該労働者に対して個別に明示しなければならないとすべきである。

(2) また、労働条件格差の是正に対する直接的な立法措置を検討していない点も問題である。いわゆる通常の正社員と、多様な正社員との間で、労働条件に格差を設ける使用者が多いと思われるが、現状、契約期間の定めのない正社員間の労働条件格差について手当をする規定は存在しない。明文規定がない点に目を付けた悪質な使用者が、パート有期法の潜脱のために、労働条件に格差を設けたいと考える対象従業員を、多様な正社員にし、格差を維持してしまうような法の潜脱が生じることが想定しうる。

報告書は、通常の正社員と多様な正社員との間の労働条件格差に対する直接的な対応策を何ら検討せず、労使間のコミュニケーションに委ねてしまっているが、このような検討だけでは格差是正に必ずしも結びつかないことは自明である。

(3) 報告書は、多様な正社員制度の推進を図ろうとしているが、真に必要なのは無限定な配転を強いられ、長時間労働を余儀なくされるような働き方を強いられている現状の正社員の働き方の見直しである。

現状は、配転命令に対する労働契約上の規制は極めて実効性が乏しく(育児介護休業法26条等)、家庭生活の維持が困難な配転命令等によって、就労継続が事実上困難となり離職する労働者はあふれており(とりわけ、女性労働者にその不利益が及びがちな社会実態があり、職場におけるジェンダー格差を生む大きな要因ともなっている)、労働契約法が定める「労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべき」(労働契約法3条2項)という理念も空文化している。この間、政府は労働時間の罰則付き上限規制導入などの施策に取り組むが、現状は長時間労働が是正されたとは言い難く、医師・教員など法改正の網から漏れた分野も放置されている。

かかる現状を踏まえれば、政府がやるべきは、多様な正社員の推進をするのではなく、むしろ直截に、無限定な配転命令に対する規制を強化する実効的な施策や、長時間労働を防止するための実効性ある方策を進めることである。

第4 「3 労使コミュニケーション」について

1 報告書の内容

報告書は、労使コミュニケーションについて、次の点を挙げる。

①労使コミュニケーションに当たっての留意点や、適切に労使コミュニケーションを図りながら、無期転換や多様な正社員等について制度の設計や運用を行った各企業の取組事例を把握して周知することが適当である。

②過半数代表者の適正な運用の確保や多様な労働者全体の意見を反映した労使 コミュニケーションの更なる促進を図る方策について引き続き検討を行うことが適当である。

2 当弁護団の意見

報告書が指摘する通り、無期転換関係においても多様な正社員関係においても、労使間のコミュニケーションを促進することは重要である。

しかし、本来、労使間の集団的コミュニケーションを担い、使用者側との橋渡しとなっていくべき主体は、憲法や労働組合法により力を備えた労働組合である。仮にこの報告書が述べるように、現状の労働組合が無期転換者の意見反映の役割を担えていない現状などが存在するとしても、施策として取るべきは、労使間の集団的コミュニケーションを促進する最も有効な手段である労働組合に、より多く、そしてより広く労働者が加入できるように、国としても労働組合への呼びかけや、労働組合の結成や加入を促進するような施策などである。

例えば、労働組合の結成・加入を促進するために行政が啓発活動を行うこと等が重要である。この点、当弁護団が提唱するワークルール教育推進法を制定し、実効性あるワークルール教育が学校・地域社会などで広く行われれば、労働者に対して、労働組合に加入をして集団的なコミュニケーションを図る意義、具体的な結成・加入の方法を周知する、大きな力になるはずである。

第5 報告書において労働契約法制に関して見直しが図られていない論点について

1 報告書の内容

2021年9月16日に当弁護団が発表した多様化する労働契約のルールに関する検討会に関する意見書や、2022年4月25日に当弁護団が発表した多様化する労働契約のルールに関する検討会報告書に対する意見書の中で指摘をしたにもかかわらず、報告書は、非正規雇用の入口規制やいわゆる非正規公務員への制度的手当、無期転換ルールの例外規定である研究者に関する制度の見直しを行わなかった。

2 非正規雇用の入口規制を検討するべきであること

当弁護団は、2016年10月7日、非正規雇用の「入口規制」と「不利益取扱い禁止」に関する立法提言骨子案(以下「骨子案」という。)を発表した。その中で、当弁護団は、フランス労働法典を参考に、①休業又は欠勤する労働者に代替する労働者を雇い入れる場合、②業務の性質上、臨時的又は一時的な業務に対応するために、労働者を雇い入れる場合、③一定の期間内に完了することが予定されている事業に使用するために労働者を雇い入れる場合を除き、有期労働契約を締結することを許すべきではないとする立法提言を行った。

真に労働者間の格差是正を図るのであれば、有期労働契約の「入口規制」の導入を真摯に検討し、安易な労働契約の終了を未然に防止すべきである。

3 非正規公務員に対する法的保護を行うべきこと

いわゆる非正規公務員について、報告書では何ら言及されていない。しかし、労働契約法が適用除外となっており、無期転換ルール(労働契約法18条)や、雇止め法理(労働契約法19条)の保護の埒外に置かれているいわゆる非正規公務員(労働契約法21条)について、全国各地で不合理極まりない「雇止め」(再任用拒否)が頻発し、民間労働者より不安定な法的立場に置かれている実態がある。

本来、公務職場は民間職場の模範であるべきであるが、現状は、むしろ公務職場においていわゆる非正規公務員の不合理な「雇止め」が頻発し、社会全体の雇用の不安定化を招いている公務職場の労働条件は、関係団体等や当該地域で雇用される労働者の雇用慣行などにも大きな影響があるため、公務職場での不合理な「雇止め」が、労働契約法が適用される民間職場に対しても悪影響を及ぼしているのである。

そこで、政府は無期転換ルールの施行状況を踏まえて講ずべき必要な措置として、いわゆる非正規公務員に対しても、無期転換ルール(労働契約法18条)や、雇止め法理(労働契約法19条)のような不合理な「雇止め」に対する歯止めに類似の制度が適用されるような必要な立法措置を講じるべきである。

4 大学等研究機関の教育・研究者に関しての例外規定を撤廃するべきこと

大学等研究機関の教育・研究者に関しては無期転換ルールの例外が認められているが、そもそも、無期転換ルールが設けられた趣旨(有期労働契約を反復更新して労働者を長期間継続雇用するという有期労働契約の濫用的利用を防ぎ、有期雇用労働者の雇用の安定を図る)と、大学等研究機関の教育・研究者に対し広く例外を認めることとは、本来的に矛盾している。

その上、現実問題として、制度の濫用事例も非常に多い。例えば、相当数の研究機関において、専門性が欠如しており、本来は適用できない事例であるにもかかわらず、有期雇用の研究者であるということだけで無期転換ルールの潜脱が行われている。あるいは、現実には該当しないにもかかわらず、「多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織の職」に該当するとして、有期雇用の講師であるということだけで無期転換ルールの潜脱が行われている。このような法の潜脱は放置してよいはずがなく、大学等研究機関の教育・研究者に対する例外措置を速やかに廃止し、併せて非正規雇用の入口規制を導入することで、十分な身分保障が図られるようにするべきである。

また、教育・研究者に対して不更新条項が入れられた場合の問題に関しても、前述のような規制を導入することを検討するべきである。

このような措置を図り、教育・研究者の身分保障を図ることは、日本の学術機関における研究基盤の強化にとっても有用であるはずである。

第6 裁量労働制について

1 「(1) 対象業務」について

(1) 報告書の内容

報告書は、裁量労働制の対象業務について、次のように述べる。

①企画業務型裁量労働制や専門業務型裁量労働制の現行の対象業務の明確化を行うことが適当である。

②銀行又は証券会社において、顧客に対し、合併、買収等に関する考案及び助言をする業務について専門型の対象とすることが適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 裁量労働制は、残業代算定のための実労働時間管理が行われなくなる結果、長時間労働を助長する傾向があり、また、要件を満たさない業務に適用される、裁量が与えられていないにもかかわらず適用される等、制度が濫用される事例も多数発生しているのが現状である。

このような裁量労働制の問題点が解決されない中で、対象業務を拡大すれば、さらなる長時間労働が助長され、濫用事例も増加することが想定される。

したがって、②のように、対象業務の範囲を拡大することは妥当ではない。

イ しかも、②の業務が、裁量労働制の対象業務としてふさわしい、すなわち業務の遂行手段等を労働者の裁量に任せる必要性が高いといえるのかという点について、その根拠が十分に示されているとは言い難い。さらに、対象となる業務の外延も不明確である。そのため、関連する業務に従事しているという理由で、実際には裁量など持たない、主として事務的な業務に従事する労働者にまで、濫用的に裁量労働制が適用されるおそれがある。

このように、裁量労働制の問題点を十分に克服しないまま、対象業務を拡大することは、労働者の健康・福祉を脅かし、さらなる被害を拡大しかねないものであって、到底容認しがたい。

加えて、専門型の対象業務の追加は、省令改正によって対応することが可能であるところ、制度が適用される労働者に重大な影響を及ぼしかねない対象業務の拡大を、国会での審議すら経ないで行うことなど、あってはならない。とりわけ、専門型裁量労働制は、本来の趣旨を逸脱した運用実態が指摘されているところであるから、本来は対象業務も法律に記載すべきであり、その追加についても国会審議を経た法改正によるべきである。

ウ また、報告書では、対象業務を限定することの必要性には一切触れられていない。

しかし、時代の変化等により裁量労働にふさわしくなくなった業務については、適用対象から除外すべきである。例えば、「情報処理システムの分析又は設計の業務」(いわゆるシステムエンジニア)は、1987年の制度創設当初と異なり、現在では多重請負・分業化が進み、業務遂行・時間配分の裁量がない労働者が相当数存在しており、裁量労働にふさわしくない実態となっていることが指摘されているところである。

このように、現在対象業務として列挙されているものが、裁量労働制の適用対象としてふさわしいのかについて、検討を行うべきである。

2 「(2) 労働者が理解・納得した上での制度の適用と裁量の確保」について

(1) 報告書の内容

報告書は、対象労働者の要件、本人同意・同意の撤回、業務量のコントロール等を通じた裁量の確保について、それぞれ、次の点を挙げる。

ア 対象労働者の要件

①専門型について、対象労働者の属性について、労使で十分協議・決定することが望ましいことを明らかにすることが適当である。

②対象労働者を定めるに当たっての適切な協議を促すため、使用者が当該事業場における労働者の賃金水準を労使協議の当事者に提示することが望ましいことを示すことが適当である。

③対象労働者に適用される賃金・評価制度を変更しようとする場合に、 使用者が労使委員会に変更内容について説明を行うこととすることが適当である。

イ 本人同意・同意の撤回

①専門型について、本人同意を得ることや同意をしなかった場合に不利益取扱いをしないこととすることが適当である。

②本人同意を得る際に、使用者が労働者に対し制度概要等について説明することが適当であること等を示すことが適当である。

③同意の撤回の手続を定めることとすることが適当である。また、同意を撤回した場合に不利益取扱いをしてはならないことを示すことや、撤回後の配置や処遇等についてあらかじめ定めることが望ましいことを示すことが適当である。

ウ 業務量のコントロール等を通じた裁量の確保

①裁量労働制は、始業・終業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であることを示すことが適当である。

②労働者から時間配分の決定等に関する裁量が失われた場合には、労働時間のみなしの効果は生じないものであることに留意することを示すことが適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 対象労働者の要件

対象労働者の要件の明確化は、制度の適用にふさわしくない労働者への濫用的な適用を防止するために重要である。

この点について、報告書は、労使の適切な協議を促進するための提言にとどまっている。しかし、社内に労働組合が存在しない等、労使間の集団的コミュニケーションが十分に機能していない職場も多いのが本国の実情であり、労使自治に委ねるというだけでは、裁量労働制の濫用防止の実効性を確保する施策としては不十分である。特に、専門型では、対象労働者の要件が法律上定められていないため、対象業務の経験が乏しく、実質的な裁量を持たない労働者に制度が適用されるおそれが高い。

したがって、より直接的な規制として、専門型・企画型を問わず、対象業務の職務経験年数等の具体的な要件を明確に定めるよう、法改正をすべきである。

イ 本人同意・同意の撤回・適用解除

裁量労働制では、制度の適用を外れたくても事実上外れることができない事例や、本人同意が要件となっていてもその手続が形骸化している事例が多くみられる。

報告書が、そのような実情を踏まえ、専門型の適用の際にこれまで不要であった本人同意を義務化すること、企画型・専門型ともに同意の撤回の手続を創設すること、不同意の場合の不利益取扱いの禁止を定める等して同意の実効性を確保することを明記した点は、労働者の健康確保、制度の濫用防止を図る上で重要であり、評価できる。

ただし、専門型における本人同意要件については、省令の改正により対応するのではなく、企画型と同様、法律で明確に規定すべきである。また、使用者との力関係の差から、不本意でも同意を余儀なくされる労働者がいる実情からすれば、かかる要件は形骸化するおそれがあるうえ、たとえ本人同意がある真に自発的な労働であっても、長時間労働により労働者の健康・福祉は害され得るのであり、同意があれば許されるという誤解が生じないような運用が求められる。長時間労働による弊害は、当該労働者の利益を超えた、家庭・地域社会に関わる市民社会における責任を果たす余力を奪うという社会全体の課題である。本人同意要件の導入によって、裁量労働制により生じる長時間労働の課題が解決したとの誤解が広がらないような施策が求められる。

さらに、同意をしなかったことや撤回したことを理由とする不利益取扱いの禁止については、法律上、かかる不利益取扱いは無効であることを明記した上で、不利益取扱いがなければ確保されていたと合理的に考えられる労働条件とする旨の規定を設ける等の立法措置を講ずるべきである。

ウ 業務量のコントロール等を通じた裁量の確保

報告書が、裁量労働制が始業・就業時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であること、労働者から時間配分の決定権等に関する裁量が失われた場合に労働時間のみなしの効果が生じないことを明確化した点は、裁量労働制の違法不当な運用が蔓延する状況において、大いに活用されるべきである。

ただし、労働者の時間配分等の決定に関する裁量を確保するためには、業務量がコントロールされていることが重要であることからすれば、時間配分の決定等に関する裁量のみならず、業務量の設定について裁量を有することを適用要件として明確化すべきである。

3 「(3) 労働者の健康と処遇の確保」について

(1) 報告書の内容

報告書は、健康・福祉確保措置、みなし労働時間の設定と処遇の確保について、それぞれ、次の点を挙げる。

ア 健康・福祉確保措置

①健康・福祉確保措置の追加(勤務間インターバルの確保、深夜業の回数制限、労働時間の上限措置(一定の労働時間を超えた場合の適用解除)、医師の面接指導)等を行うことが適当である。

②健康・福祉確保措置の内容を「事業場における制度的な措置」と「個々の対象労働者に対する措置」に分類した上で、それぞれから1つずつ以上を実施することが望ましいことを示すことが適当である。

③「労働時間の状況」の概念及びその把握方法が労働安全衛生法と同一のものであることを示すことが適当である。

イ みなし労働時間の設定と処遇の確保

みなし労働時間の設定に当たっては対象業務の内容、賃金・評価制度を考慮して適切な水準とする必要があることや対象労働者に適用される賃金・評価制度において相応の処遇を確保する必要があることを示すこと等が適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 健康・福祉確保措置

報告書が、健康・福祉確保措置を強化する方向性や、使用者には労働時間の状況の適正把握義務があることを示した点については、評価できる。

もっとも、報告書が示した内容は、実施すべき健康・福祉確保措置のメニューを追加することにとどまり、勤務間インターバル規制や、一定の労働時間を超えた場合の適用解除といった、より実効性の高い健康・福祉確保措置の導入義務化については、見送られている。健康相談窓口の設置といった、使用者が比較的取り組みやすい措置のみを実施すれば制度を適用することが可能な仕組みである以上、長時間労働による弊害・労働者の健康被害を防止することはできない。また、このような不十分な健康・福祉確保措置の下、裁量労働制の適用が拡大されれば、さらなる長時間労働を助長し、健康被害の増大をもたらしかねない。

このように、裁量労働制の問題点を真に克服するためには、本報告で示された方針では未だ不十分であると言わざるを得ず、より実効的な規制強化が必要不可欠である。

イ みなし労働時間の設定と処遇の確保

労働者の適切な裁量・処遇の確保に向けた方策等の改善策が明記された点は、割増賃金の支払いを免れるといった法の潜脱を目的として、低い処遇で労働者に裁量労働制を適用するケースが後を絶たない現状を改善するために重要であり、評価できる。

もっとも、報告書では、みなし労働時間と実労働時間が著しく乖離していることの問題点については触れられていない。しかし、みなし労働時間と実労働時間が著しく乖離している状況は、裁量労働制の趣旨には反していることが明らかであるから、そのような状況が常態化しているような場合には、制度の適用を解除する等の法規制を導入すべきである。

4 「(4) 労使コミュニケーションの促進等を通じた適正な制度運用の確保」について

(1) 報告書の内容

報告書は、労使委員会の導入促進と労使協議の実効性向上、苦情処理措置、行政の関与・記録の保存等について、それぞれ、次の点を挙げる。

ア 労使委員会の導入促進と労使協議の実効性向上

①決議に先立って、使用者が労使委員会に対象労働者に適用される賃金・評価制度の内容について説明することとすることが適当である。

②労使委員会が制度の実施状況の把握及び運用の改善等を行うこととすること等が適当である。

③労使委員会の委員が制度の実施状況に関する情報を十分に把握するため、賃金・評価制度の運用状況の開示を行うことが望ましいことを示すことが適当である。

④労使委員会の開催頻度を6か月以内ごとに1回とするとともに、労働者側委員の選出手続の適正化を図ることとすること等が適当である。

⑤専門型についても労使委員会を活用することが望ましいことを明らかにすることが適当である。

イ 苦情処理措置

①本人同意の事前説明時に苦情の申出方法等を対象労働者に伝えることが望ましいことを示すことが適当である。

②労使委員会が苦情の内容を確実に把握できるようにすることや、苦情に至らないような運用上の問題点についても幅広く相談できる体制を整備することが望ましいことを示すことが適当である。

ウ 行政の関与・記録の保存等

①6か月以内ごとに行うこととされている企画型の定期報告の頻度を初回は6か月以内に1回及びその後1年以内ごとに1回とすることが適当である。

②健康・福祉確保措置の実施状況等に関する書類を労働者ごとに作成し、保存することとすることが適当である。

③労使協定及び労使委員会決議の本社一括届出を可能とすることが適当である。

(2) 当弁護団の意見

ア 労使委員会の導入促進と労使協議の実効性向上

適正な制度運用を確保するための仕組みとして、労使のコミュニケーションを促進し、労使委員会の活用や労使協議の実効性向上によって、制度の運用実態等を適切にチェックしていくことは重要である。なお、労使協議の実効性向上という観点からは、現行制度では労使協定の締結が要件となっている専門型においても、労使同数からなる常設機関である労使委員会による決議を要件とすべきである。

ただし、前述したように、社内に労働組合が存在しない等、労使間の集団的コミュニケーションが十分に機能していない職場が多いのが本国の実情であり、運用を労使自治に委ねるというだけでは、制度の濫用を防止する実効性には乏しい。労使コミュニケーションの促進のみならず、先に述べたような規制の強化を行い、濫用防止を図ることが必要不可欠である。

イ 苦情処理措置

報告書は、労働者に対して苦情申出の方法等を積極的に伝えることや、労使委員会の活用、幅広い相談体制の整備を企業に求めることを提言するにとどまる。

しかし、苦情処理措置を実効的なものとするためには、対象労働者に対する苦情処理措置の内容の周知については義務化すべきである。

ウ 行政の関与・記録の保存等

報告書は、労使委員会による定期報告の負担軽減や、労使協定の本社一括届出を認めることを提言する。しかし、裁量労働制の違法・濫用適用の事例が後を絶たない現状では、行政による監督指導を通じて、労使委員会の実効性を確保することは重要である。したがって、行政の関与の度合いを弱めることは適切ではないし、本社一括届出によって、各事業場の実態を踏まえない形式的な届出がなされ、行政による監督の妨げとなることは避けなければならない。

他方、健康・福祉確保措置の実施状況等に関する記録の保存を使用者に義務付けることは評価できる。

以上