「解雇の金銭解決制度」の導入に反対する声明
2022/4/21
「解雇の金銭解決制度」の導入に反対する声明
2022年4月21日
日本労働弁護団 幹事長 水野英樹
2018年6月12日に厚生労働省内に設置された「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的論点に関する検討会」(座長は山川隆一東京大学教授。以下、「論点検討会」という)は、2022年4月12日、検討会としての議論をとりまとめ「報告書」を作成し公表した。日本労働弁護団は、これまで解雇の金銭解決制度の導入に反対し、また論点検討会の議論の在り方についても意見を発してきたところであるが、本報告書の公表を受けて、改めて、同制度の導入に反対する旨表明するものである。
論点検討会では、解雇された労働者が救済される選択肢を増やす、という観点から、労働者のみが行使できる、労働契約を金銭の支払によって終了させることを目的とする権利(報告書では、形成権構成を前提とする場合の権利を「金銭救済請求権」として整理されている)を法制化することを念頭に、その目的である「解雇無効時の金銭救済制度に係る法技術的な論点について議論し、整理を行う」(第1回論点検討会「開催要項」参照)ことを超えて、解雇の金銭解決制度の導入を前提として、導入する場合の案を、複数の選択肢を示しながら整理し続けてきた。日本労働弁護団は、この間、このような論点検討会の進行を直ちに中止するよう、三度にわたり幹事長声明を発してきたところである。
そして、実際に本報告書においては、たとえば、労働契約解消金の定義のパターンや(報告書19頁)、「労働契約解消金」の支払いと労働契約の終了についてのパターンを示すなどしていることに照らせば(報告書参考資料9)、論点検討会は、まさに制度導入のための「地ならし」をしたものといえよう。
ところで、今般公表された本報告書においては、「予見可能性」が強調されている。すなわち、制度が労働者救済のための選択肢でありうべきとの立場から、「本制度が導入された場合に有効に機能していくためには、制度を選択する労働者がどのようなメリットがあるかを理解した上で判断できるようにすることが不可欠であるため、労働者にとって紛争解決に向けた予見可能性が高まるようになること」を検討の基本的な考え方としている(同8頁)。そして、裁判官が判断することになる労働契約解消金の算定方法について「一定の算定式を設けることを検討する必要がある」とし(同24頁)、また、労働契約解消金の算定にあたって「労働者保護及び本制度の利用いかんを判断するに際しての予見可能性を高める観点から、上下限を設けることが考えられる」(同26頁)とする。
もっとも、労働者救済のために客観的な予見可能性を高めるといっても、実際には解雇無効となった場合における使用者側の予見可能性を高めるに過ぎない。すなわち、労働契約解消金の算定式が明示されたり上下限が設けられることによって、形式的には、労働者にとって、訴訟等の法的手続を選択し判決を得た場合に(使用者の支払能力は別として)どれくらいの金銭的な支払いを受けることができるかを予測することもできようが、使用者側において労働者を解雇した場合において当該解雇が無効と判断されたときの経済的負担の予見可能性を高めてしまい、これにより柔軟な解決が阻害されたり使用者による不当解雇を誘発したりすることになるのである。この点は、日本労働弁護団2021年10月21日付け「「解雇の金銭解決制度」導入に反対する声明」第3項においても強調したところである。
そもそも、解雇について金銭の支払いにより労働契約を終了させて解決することは、民事訴訟制度の和解手続き及び労働審判制度の調停(和解)・審判手続きとして定着しており、この点からも、新たな制度を導入する必要性は全くない。また、解雇の金銭解決制度を導入した場合には、紛争解決手続において上記の算定式が参照され、それにより柔軟な解決が阻害され、現在定着している訴訟実務に悪影響を及ぼすことが懸念される。さらに、現在検討されている解雇の金銭解決制度を導入した場合には、労働者申立権に限定していることに対して使用者側から不満が発せられることによって、使用者申立権への拡大につながり、解雇規制の緩和がさらに進行する危険性もある(詳細については2021年10月21日付け「「解雇の金銭解決制度」導入に反対する声明」参照)。
日本労働弁護団としては、今後、本報告書が労政審労働条件分科会に上程され、解雇の金銭解決制度導入のための法改正に関する議論が進められる可能性があるものと危惧するところである。そこで、日本労働弁護団は、解雇の金銭解決制度が不要であって導入に反対することを、本声明において改めて表明する。
以上