文化芸術分野における労働法規の適切な適用等を求める声明
2022/2/28
文化芸術分野における労働法規の適切な適用等を求める声明
2022年2月28日
日本労働弁護団 幹事長 水野英樹
1 文化庁は、2021年9月17日から「文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議」を開催し、契約書のひな型作成などを主なテーマとして検討を行い、2022年3月中にガイドラインの公表を予定している。
2 文化芸術分野に従事する者(以下「文化芸術従事者」という。)が、プロダクションなどとの間で契約書を作成してもらえずに契約内容が曖昧となり、働くことに関する紛争が生じることがあるため、契約書を作成して互いの権利義務関係を明確にすべきである。
ただし、契約書を作成した場合であってもその内容が肝心であり、文化芸術従事者、例えば、タレント、歌手、アイドルなどでしばしば指摘されるように、著作権・著作隣接権や肖像権を含めプロダクションに広範な権利を与える一方で、タレント等にはその業務や私生活に過度な制限を課す内容であれば「適正な契約関係」とは到底言い難い。単に契約書を作成するのみならず、文化芸術従事者に対する片面的かつ過度な義務を課す契約内容を是正し、文化芸術従事者の著作権・著作隣接権や肖像権などに対する適切な対価の支払い等を保障するなど、対等な契約関係を実現していく必要があることから、適切な内容の契約書のひな型が作成されることには意義がある。
3 しかし、同検討会議は、2021年9月に検討を開始して2022年3月までというわずか半年間で結論を出そうとしており、このような短期間では十分な審議がされているか極めて疑わしい。同検討会議は、あるべき契約書のひな型の内容について、十分な検討期間を設け、日本における実態の調査を十分に行うとともに、海外の標準契約書や労働協約などを調査・検討したうえで、これらを審議に活かすなど、より充実した審議を行うべきである。
4 また、今回文化庁が検討対象とする「文化芸術従事者」には、タレント、歌手、アイドル、演奏者などの実演家の他に、制作の現場を支える撮影・舞台スタッフを含め多様な職種が含まれる上、マネジメント契約や業務委託契約など様々な契約形式が存在し、就労実態も様々であるところ、法律上は「労働者」として扱うべきであるにもかかわらず、「労働者」扱いを受けていない例がある。労働基準法、労働契約法を始めとする労働法規の適用の有無は、契約形式にかかわらず、実態に応じて客観的に定まるものである。このことは文化芸術分野においても何ら変わるものではない。文化芸術分野における労働法規への理解の浸透が喫緊の課題の一つである。
5 労働者に該当する文化芸術従事者への労働法規の適用は、文化芸術従事者に対する片面的かつ過度な義務を課す契約内容を是正し、対等な契約関係を実現していくうえで重要である。
例えば、労働者に該当する文化芸術従事者との契約締結時には、使用者に賃金や所定労働時間等の労働条件明示義務(労基法15条1項)が課されるため、契約内容が曖昧になり紛争が生じるという上記弊害を防ぐことができる。
長時間労働の問題についても、使用者が時間外労働及び休日労働をさせることについては上限が課され(労基法36条)、使用者は割増賃金の支払い義務を負うことから(労基法37条)、際限のない労働をさせることへの歯止めをかけることができる。
事故についても、使用者には、労働者に該当する文化芸術従事者に対し、その生命、身体等の安全を確保する安全配慮義務があるため(労働契約法5条)、事故を防止するための措置を取ることが求められる。業務上の事故が発生した場合には、労働者は、使用者に対し安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求の余地や、労働者災害補償保険法(労災保険法)に基づく保険給付を受けられることになる。労働者に該当する場合には、労災保険法の特別加入の手続や保険料の負担が不要となる点も重要である。
長期の契約期間であったとしても、労働基準法の適用がある場合、契約期間は原則3年以内とされ(労基法14条1項)、契約期間が1年を経過すればいつでも退職が可能であり(労基法附則137条)、1年を経過する前であっても「やむを得ない事由」があればいつでも退職ができる(民法628条)。使用者に明示された労働条件が事実と相違する場合には即時に退職が可能であり(労基法15条2項)、いずれの退職の場合でも、退職による違約金の定めは違法無効となる(労基法16条)。
使用者による一方的な契約の解約(「解雇」)についても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合には、解雇権濫用として違法無効となって労働契約が継続するため(労働契約法16条)、文化芸術従事者は安定して働くことができるようになる。
さらに、文化芸術従事者で労働組合(労働組合法2条)を結成し、団体交渉や団体行動(憲法28条)を通じて、労働条件を含め就労環境の改善を求めていくことが可能になる。
その他にも労働法規の適用により様々な保護が文化芸術従事者に及ぶことになる。
6 文化芸術分野の適正な契約関係構築に向けた検討会議は、労働法規の適用は個別の契約書の表題・名称で決まるのではなく、その就労実態から客観的に判断されるものであること、そして、使用者は労働者と形式上も労働契約書を作成し、使用者として各種の労働法規における義務を遵守すべきことをガイドラインに明記すべきである。
併せて、政府は、文化芸術分野おいて労働法規が適切に適用されているかにつき、労働基準監督署による調査を含め速やかに監督を実施すべきである。
日本労働弁護団は、文化芸術従事者を含め、今後も働く者の権利を実現するために取り組む。
以上