パワハラ指針案及びセクハラ指針改正案に対する意見書を発表しました!

2019/12/10

11月20日(水)、第22回労働政策審議会雇用環境・均等分科会にて「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」(パワハラ指針案)が示され、パブリックコメントに付されました。

しかし、パワハラ指針案は、「加害者・使用者の弁解カタログ」とも言えるような内容であり、また、国会審議を経て決議された衆参両議院での附帯決議が十分に反映されていないなど、問題だらけのものとなっています。

また、同時にセクハラ指針の改正案もパブリックコメントに付されましたが、あまりに消極的な内容にとどまっています。

そこで、日本労働弁護団は、「パワハラ指針案及びセクハラ指針改正案に対する意見書」を発表しましたので、ぜひお読みください。

加えて、上記パブリックコメントに対して、我々の意見も参考にしていただき、多くのご意見をお送りいただきますようお願いいたします。

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パワハラ指針案及びセクハラ指針改正案に対する意見書(19.12.10)

パワハラ指針案及びセクハラ指針改正案に対する意見書

2019年12月10日
日本労働弁護団 幹事長 水野 英樹

はじめに~このように不十分な指針でよいのか
今回、労働施策総合推進法の改正によって、日本で初めてパワハラの防止対策が事業主に義務づけられることになった。増え続ける深刻なパワハラ被害に鑑みれば、遅きに失した感は否めないものの、初めて対策が法的に義務づけられたことは評価できる。
ところが、本年11月20日に開催された第22回労働政策審議会雇用環境・均等分科会にて労使が大筋合意に至ったとしてパブリックコメントに付された「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」(以下「パワハラ指針案」という)は、パワハラの定義を著しく狭く限定的に解釈し、まるで「加害者・使用者の弁解カタログ」とも言えるような「パワハラに該当しない例」を掲載するなど、パワハラ防止に資するどころか、むしろパワハラを許容し、助長しかねない危険性を有する内容である。
また、法改正についての国会審議を踏まえ、衆参両院で多数の項目を有する附帯決議が与野党全会一致で決議されたが、例えば、①パワハラの判断に際しては「労働者の主観」にも配慮することとされた附帯決議が十分に反映されていない、②自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先、就職活動中の学生等の第三者に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められることとされた附帯決議の趣旨が十分に反映されていない、③性的指向・性自認に関するハラスメント及びアウティングが雇用管理上の措置の対象になり得ることとされた附帯決議の趣旨が十分に反映されていない、といった問題がある。
さらに、「事業主が職場における性的な言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置についての指針等の一部を改正する件(案)」(以下「セクハラ指針改正案」という)も、極めて限定的な改正に留まっている。セクハラに対する事業主の措置義務が法的に義務化されて10年以上が経過するにもかかわらず、#Me Too運動の盛り上がりにも表れているように社会的にはセクハラが深刻な問題となり続けていることに鑑みれば、より踏み込んだ措置義務やセクハラが生じる原因である性差別解消への取組を行うべきであり、消極的な指針改正には大いに疑問がある。
職場のハラスメントは、被害者の健康を害し、時には自殺といった深刻な結果をもたらす重大な問題である。それは、経営者にとっても大きな損失であり、ハラスメントのない職場の実現はマネジメントの健全化として経営者が前向きに取り組んでいかなければならない問題のはずである。その視点を見失い、業務指導が委縮するとの理由でハラスメントを「何をやってはいけないか」という限定的な視点のみでとらえ、消極的な姿勢に終始するパワハラ指針案・セクハラ指針改正案に対して、日本労働弁護団は強い危惧を表明する。

第1 パワハラ指針案に対する意見
1 定義について
(1)「職場」を「業務を遂行する場所」に限定すべきではない
パワハラ指針案は、職場のパワハラを定義づける際の「職場」とは、「労働者が業務を遂行する場所」と定義し、労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、「業務を遂行する場所」であれば「職場」に含まれるとする。
しかし、パワハラは、必ずしも「業務を遂行する場所」で起こるとは限らず、業務時間外に就業場所とは全く異なる場所で起きることもある。例えば、裁判例でも、居酒屋で暴行や暴言が行われたケース 、休日に呼び出したり使い走りを命じたりしたケース 、勤務時間外に家の掃除や家事をさせたりデート中の被害者を呼び出すなどのいじめを行ったケース で、使用者の責任や労災が認められている。
よって、このように業務時間外や就業場所とは異なる場所におけるパワハラ行為についても、使用者は防止措置を講ずべきである。そのように定義付けなければ、「業務を遂行する場所」のみの対策でよいと誤解し、業務時間外でのパワハラ防止対策を怠っていた事業主が、裁判に訴えられれば使用者責任・債務不履行責任を問われるという、使用者にとっても不幸な事態が生じかねない。指針には、「職場」を「仕事上の人間関係が現に及びまたは及びうる場所」と定義し、業務時間外や就業場所とは異なる場所におけるパワハラについても「職場」に当たり得ることを明記すべきである。
なお、厚生労働省は、解釈通達に、宴会等でも実質上職務の延長と考えられるものは職場にあたる旨を記載したいと述べているが、「実質上職務の延長と考えられるもの」という定義でも狭い上、事業主が参照する指針に記載すべきである。
(2)「優越的な関係」とは広く定義すべきである
パワハラ指針案は、パワハラを定義づける「優越的な関係」を、「抵抗または拒絶できない蓋然性が高い関係」であるとしている。
しかし、「抵抗または拒絶できない蓋然性が高い関係」とは、大きな力関係の差を必要とする定義であり、単なる同僚同士の場合や、性別、性的指向・性自認、職種、国籍といった属性が異なる場合、時には上司と部下の関係であっても「抵抗できない関係ではない」としてパワハラから除外される危険性がある。また、労働者がパワハラを訴えた際に、「抵抗または拒絶できない関係ではないからパワハラには当たらない」との使用者からの反論を許すことになる。
これまで、「優越的」(優位性)とは、職務上の地位に限らず、人間関係や専門知識など様々な優位性が含まれ、結果、上司から部下に限らず、先輩・後輩間や同僚間、部下から上司に対して行われる行為も含まれるとして広く解釈されてきた 。改正法に関する国会の附帯決議 でも、同僚や部下からのハラスメント行為も対象であることを周知すべきとされている。実際に、単なる同僚間や部下から上司へのハラスメント行為は起きており、裁判例ではそれらについても使用者責任や環境整備義務違反が認められている 。「抵抗または拒絶できない蓋然性が高い関係」との定義は、これまでの解釈を否定し、パワハラの範囲及び使用者の責任を大幅に限定するものであり、大きな問題がある。
本来、業務上の相当な範囲を超え労働者の就業環境を害する行為は、優越的関係の有無にかかわらず防止すべきであるから、「優越的な関係」という要件自体が法改正によって削除されるべきである。また、「優越的な関係」という要件が文言上要求されているとしても、その意味するところは、職位、職種・雇用形態の違い、能力・資格・実績・成績などの個人的能力、容姿や性格、性別、性的指向・性自認など、あらゆる要因から事実上生じた人間関係を広く含む概念であることを指針で確認すべきである。
パワハラが法律で定義されたことにより、逆に保護対象範囲が狭められるとか、パワハラではないとの不適切な認識を与えることになってはならない。
(3)「業務上必要かつ相当な範囲を超えて」について
パワハラ指針案は、「業務上必要かつ相当な範囲を超えた」言動であるかの判断にあたって、「個別の事案における労働者の行動が問題となる場合は、その内容・程度とそれに対する指導の態様等の相対的な関係が重要な要素となる」と指摘する。
しかし、労働者の行動に問題があったからといって、暴行や人格を否定する言葉を伴う指導が許容されるわけではない。裁判例でも、同僚を誹謗中傷した労働者に対する叱責 や、他部署から勤務態度の問題点を指摘されたりミスや期限徒過、不提出等の問題行動がある労働者に対する叱責 、度重なるミスや出社前の飲酒という問題行動に対する叱責 であっても、パワハラと認められている。
あたかも労働者の行動の問題性が高ければ、指導・叱責がパワハラに該当しなくなるかのような誤解を与える指針の表現は誤りであり、削除すべきである。むしろ、労働者に問題行動があったとしても、指導の態様等によっては相当でないと判断され得ることを指針に明記すべきである。
また、「業務上必要かつ相当な範囲」の判断にあたっては、附帯決議が指摘するように、「労働者の主観」にも配慮する旨を、独立の項目をたてて明確に記載するべきである。

2 該当する例・該当しない例の例示について
パワハラ指針案は、パワハラの典型的な「該当する例」「該当しない例」を6類型に分類して挙げているが(以下、これを単に「6類型」という)、その内容は極めて問題である。
(1)「該当する例」は不十分である
パワハラ指針案が挙げる「該当すると考えられる例」は不十分であるため、以下の記載を加えるべきである。
① 身体的な攻撃
身体的な攻撃について、業務の必要性・相当性が問題となる場面は想定しがたい。
そのため、あらゆる身体的な攻撃がハラスメントに該当することを明記すべきだが、特に、当たらなくても物を投げつける、机を叩くといった、いわゆる間接暴力についても、身体的な攻撃としてハラスメントにあたるものであることも併せて明記すべきである。
したがって、具体例としては、直接的な身体的攻撃がこれに当たることを記した上、下記のような間接暴力を中心に記すべきである。
・書類を投げつける
・相手の身体の近くに物を投げつける
・叱責に当たり、足下にあるゴミ箱を蹴飛ばす
・机を叩く、椅子を蹴る
・殴るふりをする
② 精神的な攻撃
ア 人格否定、名誉毀損となる言葉
人格や名誉を毀損する言葉は、それ自体が労働者の重要な権利を侵害する可能性がある一方で、教育・指導という目的との関係では何ら意味を持たない。
例:「ぶち殺そうか」「馬鹿野郎」「給料泥棒」「使えねえな」「アホ」「耳が遠い」
「新入社員以下」「お前と結婚する人の気が知れない」など
イ 容姿・外見を卑下する言葉
例:「フケがベターっとついてる」「デブ」「着ぐるみ」など
ウ 性別、性的指向・性自認を差別する言葉
例:「子宮で物を考えている」「ホモ」「オカマ」など
エ 退職、解雇、懲戒処分、降格・減給等の不利益取扱いを示唆する脅迫
労働者にとって、業務指導や叱責の際に退職や解雇、処分を示唆されることは、職場における自己の存在の否定ひいては人間としての否定につながり、雇用継続に対する不安を生じさせる脅迫になり得る。
例:「辞めろ」「クビだ」「おまえなんかいないほうが会社のためになる」「処分をするぞ」「他の仕事を探せば」「実家に帰れ」「転職しろ」など
オ 本人の立場、能力を無視した叱責
仕事に慣れていない入社したばかりの労働者、社会人経験の少ない学卒の労働者、業務に不慣れな労働者に対して、教育的指導なく一方的に叱責することや、相手の性格を無視して責め立てる叱責は、行き過ぎである。
例:・仕事を覚えていない新人の労働者に教育指導せず、一方的に叱責する。
カ 相手の感じ方や健康状態を無視した叱責
受け手の性格や健康状態によって、叱責により受ける心理的負荷は異なる。指導にあたっては、相手の感じ方や健康状態に配慮が必要である。
例:・叱責されると落ち込んだり、泣いたりする様子が見られたり、業務の質が改善しない労働者に対して、更に「なんでできないの」と責めたてる叱責を繰り返す。
キ 頻回、長時間にわたる指導
例:・数十分にわたり説教を続ける。
・「車を壊すぞ」といった悪質な冗談を、当惑したり不快の念が示されているにもかかわらず言い続ける。
ク 他人の前で不名誉な叱責をする
例:・職業倫理に反する不名誉な事柄をしたのではないかと、確証もないのに他の労働者の前で問いただす。
・多くの労働者が会する朝礼で、懲戒処分を示唆して叱責する。
・不名誉な事柄や人格を否定する言葉を記載したメールを複数の労働者に送信する。
③ 人間関係からの切り離し
パワハラの6類型の1つである人間関係からの切り離しとは、隔離・仲間外し・無視等のことを指しており、当該行為類型は、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できないことから、従前から、原則として「業務の適正な範囲」を超えるものと考えられている 。そのため、業務の必要性・相当性が問題となる場面は想定し難い。
よって、当該行為類型では、パワハラに当たる例をできるだけ多く例示することが、事業主及び労働者の理解を深め、そして事業主による措置義務の履行に資するものとなる 。
ア 仕事から外す
担当業務、担当部署・係から外して、職場で仕事な無い状態にすること。
イ 席の隔離
職場内で、一人だけ席を隔離して孤立状態におくこと。
ウ 別室での隔離
職場内で、一人だけ部屋を分けて孤立状態におくこと。
エ 理由の無い自宅待機/出勤禁止
出勤させない業務上の必要性、合理的理由のない状態で自宅待機を命ずること。なお、労働者と紛争となっていることだけでは、自宅待機の合理的な理由は無い。
オ 無視
挨拶をしない。話しかけても返事をしない。すぐそばにいるのに連絡が他の人を介して行われる。回覧物が回されない。
カ 仕事の手伝いをしない
対象者の担当業務が多忙であっても、他の労働者が支援しない若しくはさせないこと。
キ 行事からの隔離
職場の全員が参加対象となっている忘年会や送別会、社員旅行等の行事に、意図的に呼ばれない、もしくは参加申込みを拒否される。
④ 過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことを強制したり、仕事の妨害を行うこと(過大な要求)もパワハラの類型の一つである。
過大な要求は、適正な業務命令や指導との線引きが問題となることがあり得るが、例えば以下の場合にはパワハラにあたる過大な要求といえるため、これらを明記すべきである。
ア 業務上明らかに不要なことを命じること
職務上の必要性や合理性に乏しい業務・作業を命じて、本来行うべき業務を行う機会を奪うことなど。例:業務上の些細なミスや軽微な服務規律違反について、見せしめ的・懲罰的に始末書の提出 や就業規則 の書き写し等を求める、生徒がいない時間帯や不登校日における通学路上での立ち番 など。
イ 遂行不可能なことを命じること
・能力や経験を超える指示・業務を命じること(研修等も経ずに高度な知識を独学で習得することを迫り、達成困難な業務目標を設定し、当該目標を達成できないことを理由に著しい低評価をする など)
・他の労働者よりも著しく多い業務量を特定の労働者に課すこと(他の労働者はあまり残業することがない中、特定の労働者のみ早出・残業が必要で十分な休憩をとることができず休日出勤もある業務に従事させる など)
・長時間の時間外労働をしなければ達成不可能な納期や業務量の業務を特定の労働者に課すこと(「今日中に仕事を片付けておけ」と命じたり、他の労働者らの仕事を押しつけて、特定の労働者のみ遅くまで残業せざるを得ない状況にする など)
ウ 仕事の妨害
合理的理由なく上長としての決裁を行わない、経験がない者に対し「自分で考えろ」などとして必要な業務上の指示や研修を行わない、など。
⑤ 過小な要求
合理的理由なく能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと(過小な要求)もパワハラの類型の一つである。
過小な要求は、職務分掌上の理由から行われる業務命令等との線引きが問題となることがあり得るが、例えば以下の場合にはパワハラにあたる過小な要求と言えるため、これらを明記すべきである。
ア 能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じること
営業職に従事していた社員を倉庫業務に配置転換したり 、研修生の送迎等の雑務ばかりをさせる 、運転士に対し除草作業を1ヶ月にわたって命じる 、結婚式場で衣裳や包装業務に従事していた社員に門の開閉・ガラス拭き・床磨き等の雑務に従事させる など。
イ 仕事を与えないこと
従前から担当してきた業務を理由なく外される(麻酔科医が手術の割り当てから外される など)、一日中机の前に座っているよう指示される 、教員が授業・クラス担任その他の公務分掌から外される 、望んでいないのに社内公募制度を利用して他の職務を探させる 、配置転換や出向をさせ、配転先や出向先で自らの次の配転先、出向先、再就職先を探させるなど。
⑥ 個の侵害
私的なことに過度に立ち入ること(個の侵害)も、パワハラの6行為類型の一つとされている。厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に対する円卓会議ワーキング・グループ報告」(平成24年1月30日)では、個の侵害について、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でない場合があるとして、何が「業務の適正な範囲を超える」かについては、業種や企業文化の影響を受け、また、具体的な判断については、行為が行われた状況や行為が継続的であるかどうかによっても左右される部分もあるとされている。
該当する例としては、以下を明記すべきである。
・私的な交際関係について、交際をやめるよう迫る
・労働者に対し、当該労働者の配偶者は物好きである等と発言する
・業務時間外に電話をかける、SNSのチェック
・労働者が拒否しているにも関わらず、自宅まで行って退職勧奨をする
・遊びや飲み会に無理矢理つきあわせる
・個人的な用事を命じる
(2)「該当しない例」は削除するか見直すべき
パワハラ指針案に記載された「該当しない例」は、いずれも「使用者の弁解カタログ」とも言うべき不適当な例示である。日本労働弁護団の緊急声明等の批判を受けて一部修正されたものの、未だ問題点は残っている。
例えば、「精神的な攻撃」に該当しない例は、一部修正され、「遅刻など社会的ルールを欠いた言動が見られ、再三注意してもそれが改善されない労働者に対して一定程度強く注意をすること」が挙げられている。しかし、「社会的ルール」の範囲や「一定程度」「強く注意」の程度が不明確であるため、幅広く解釈される危険性がある。また、上記のとおり、本人の仕事ぶりに問題があり、その指導目的でなされた叱責であっても、社会通念上の相当性を欠く場合にはハラスメントになるのであるから、労働者に帰責性がある場合にはハラスメントにならないかのような誤解を与える例示を行うべきではない。
また、「人間関係からの切り離し」に該当しない例として、「懲戒規定に基づき処分を受けた労働者に対し、通常の業務に復帰させるために、その前に、一時的に別室で必要な研修を受けさせること」が挙げられているが、退職強要や嫌がらせ目的で追い出し部屋に入れたり、一人隔離させることを正当化する理由になりかねない。
その他の「該当しない例」についても、抽象的で幅のある解釈が可能であるため、加害者・使用者による弁解に悪用される危険性が高い。パワハラ指針案でも「個別の事案の状況等によって判断が異なる場合もあり得る」との指摘がされているように、状況によってはパワハラに該当する可能性があるものを「該当しない例」とすることは、誤解・悪用を招きかねず、絶対に避けるべきである。「該当しない例」については、絶対に該当しない場面を一般的な事例として想定することが難しく、誤解・濫用の危険性が高いため、載せるべきではない。
(3)裁判例を基準にすべきではない
労政審では、「パワーハラスメントに関連する主な裁判例」という資料が提出され 、啓発に活用するとされた。また、素案の作成や議論にあたっても、裁判例が強く意識されているように感じる。
しかし、労政審に提出された上記裁判例資料に掲載された裁判例は、26件のうち9件が暴行等の身体への攻撃を伴うケース、即ち、酷いパワハラのケースが多い。中には、自衛隊や、警視庁海技など特殊な職場の事案も含まれている。裁判の時期的にも、半数が平成24年以前の裁判例である。平成24年とは、職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議の報告書が出された年であり、それ以前は、社会的にも「パワハラ」が現在ほど深刻な問題として捉えられていなかった。その時代の裁判例は、自ずと現在の裁判例とは、パワハラに対する厳しさの基準が異なるのであって、参考にするには古いと感じる。加えて、裁判例のうち、パワハラと認められていないものは、本人の問題行動が著しい特殊なケースや1審・2審で結論が異なる微妙なケースばかりで、パワハラに該当しない例や基準として参考にするにはふさわしくない。
確かに、裁判例は、パワハラに「該当する例」を学ぶ際には一つの参考になる。当意見書で示した「該当する例」の典型例も裁判例を参照している。しかし、今回の指針で定められるのは、事業主が防止措置義務を負うパワハラ、即ち職場で行われるべきではない言動であって、その範囲を広く捉えて労働者の良好な職場環境を整備することが必要である。よって、「該当する例」については、裁判例を典型例として参照しつつも、防止すべきパワハラとは不法行為が認められた裁判例よりも広いことを指針に明記すべきである。
一方、不法行為に当たらなかった裁判例をもってパワハラに該当しない例の参考にしてはならない。裁判例については、パワハラが不法行為としての違法性を有するかどうかが判断されているため、不相当ではあるものの、違法な行為とまではいえない、との結論もあり得るところである。そのため、「裁判でパワハラと認められた行為=職場でやってはならないパワハラである」とは言えても、「裁判でパワハラと認められなかった行為=職場でやってもいい行為、企業が防止しなくてもOKな行為」とは言えない。
裁判例を、パワハラに「該当する」「該当しない」の「基準」としてはならない。

3 措置義務の内容について
これまで、雇用機会均等法においてはセクハラ・マタハラを対象に、育児介護休業法においては育児・介護ハラスメントを対象にして、それぞれのハラスメントを防止若しくは適切な対応のための措置義務を事業主に課す規定が存在していた。しかし、当該措置義務だけでは実効性に乏しく、ハラスメント被害が減少するには至っていないのが現状である。
それでも、今回の法改正により、パワハラについても措置義務規定が創設されたことは、何の規制のない時代と比較すれば前進というべきであり、パワハラの防止・適切な対応を実現していくためには、当該措置義務の内容を強化し、具体化することによって最大限有効活用していかなければならない。
現在、当該措置義務を具体化するパワハラ指針案が出されているが、前述のセクハラ・マタハラ等の措置義務と大差はなく不十分であると言わざるを得ない。そこで、当該指針案の不十分な点を指摘し、より実効性の高い措置義務とするために、付加して定めるべき事項を、以下のとおり摘示する。
(1)研修の義務化
現在のパワハラ指針案では、セクハラ・マタハラ指針等と同様に、事業主の対応方針を明確化し、労働者に周知・啓発していると認められる例として、就業規則等で規定すること、社内報等に記載すること、研修や講習等を実施することが挙げられているが、就業規則にハラスメントが懲戒事由にあたることを定めたことのみをもって周知・啓発を行ったとしている事業主も多い。
しかし、就業規則の文言は、一般的にハラスメントを禁止する旨のみの抽象的な規定にとどまり、これだけでは、具体的にどのような行為が禁止されるのかについての予測がつかない。そして、従業員の多くは、必要な限りで就業規則を参照することが多いため、ハラスメントの規定を注意的に確認しているとは限らない。そのため、そのような方法のみでは、周知・啓発の観点からは不十分であると言わざるを得ない。
したがって、パワハラの防止・適切な対応のための措置義務をより実行化させるためには、全ての労働者を対象とした研修の実施を必須の内容とすべきである。そして、国は、当該研修の内容を具体的に定めて各企業に実施を促すべきである。
(2)研修内容の充実化
前記研修においては、労働者に対して、どのような行為がパワハラに該当し、懲戒処分の対象となるのかについて具体的に示すことが、労働者に自覚させる契機となり、端的にパワハラ防止につながっていくことになる。正に、労働者への周知・啓発となるのである。
そのため、同研修においては、本意見書第1第2項で指摘している、「パワハラに当たる例」を具体的に示し、処分されることを労働者に周知させることが必要である。
そして、措置義務の内容としては、研修の義務化に加え、研修内容としてパワハラに当たる例を具体的に示して行うことを盛り込むべきである。そして、国は、研修内容のモデルを作成して、各企業に研修資料としての利用を促すべきである。
(3)パワハラ行為を懲戒処分の対象として厳正な処分を行うことについて、処分例を含めて社内での周知徹底を行うこと
前記研修とも関連するが、当該事業場において、本意見書第1第2項に該当する行為が懲戒処分の対象になっており、実際に処分されていることを労働者に周知することが最も抑止効果が高いと考えられる。指針案では、対処の「方針」を周知・啓発するにとどまるため、不十分である。
そのため、社内においてパワハラを処分理由とした事例を前記研修の中で紹介することの他、1年に1回程度、社内報等で周知していくことを、措置義務の一例として規定すべきである。ただし、処分事例の紹介は、その内容によっては、当事者の特定に繋がる可能性があることから、そのような弊害が生じないように、十分な配慮が不可欠である。
(4)適切な相談窓口の在り方について指針で定めるべき
セクハラ・マタハラにおける相談窓口の状況は、相談窓口が設置されても、機能していなかったり、相談内容が漏洩する、相談したことによって不利益な取扱を受ける等、問題のある例が多い。今回のパワハラ指針案でも、相談対応の制度を設けることや相談担当者を定めること、外部機関に相談対応を委託すること及び相談担当者の研修等が規定されている程度である。
しかしながら、パワハラ相談窓口においては、中立性が求められ、なおかつパワハラ行為者が優越的地位にある人物であることに鑑み、労使委員会のような労使双方が参画する組織において対応することが望ましいと考えられる。当該対応が難しいとしても、経営陣に近い権限をもった部署や、第三者委員会、親会社や弁護士等の社外機関が担当することが積極的に検討されるべきであり、実際に相談・調査を行う担当者も、それに準じた者が行うようにすべきである。
なお、立法論になるが、将来的には、事業主全体が資金を拠出して設置するハラスメント相談処理センターのような組織に相談及び解決に向けた対応を担わせ、各企業は当該センターの解決案に協力する義務を課していくという方法も検討されるべきであろう。
また、パワハラは心理的被害を受けていることも多いことから、相談窓口にカウンセラーを配置することを努力義務として規定すべきである。
そして、相談担当者に対する守秘義務や相談姿勢等、相談業務に対応する際の遵守事項の研修を徹底することを指針で明確に定めるべきである。
(5)解決にあたっては、相談者の意向に配慮して解決策を講ずること
パワハラ事案の解決に際しては、相談者が解決方法について希望を有していることも多い。例えば、加害者とされる人物に謝罪を希望する労働者もいれば、秘密裏に解決すべく部署異動を希望する等である。また、パワハラ被害の相談者は心理的負荷がかかっている状態でもあることから、その心情にも配慮する必要がある。今回の指針案には、相談者の心身の状況等に配慮することが規定されているのみであり、意向に配慮することまでの措置義務規定が規定されていないため、その点の補強も行うべきである。
相談担当者としては、複数の労働者が存在している職場の問題についての調整・解決となるため、相談者の意向に拘束される必要までは無いものの、環境調整の観点及び相談者のメンタル面への配慮の観点から、相談者の意向はできるだけ尊重すべきであり、解決にあたっては、相談者の意向に配慮して解決策を講ずることを指針においても規定しておくべきである。
(6)相談者への報告義務を規定
今回の指針案においては、セクハラ等の指針と同様に、事業主には、相談者に対して事業主が行った調査の結果や行為者に対して行った措置等について報告すべき義務を定めていない。
しかし、被害申告を行った被害者からすれば、調査結果や対応策、再発防止策について知りたいと考えることは自然なことであり、事業主としては、顛末の報告までが相談対応の範疇と考えるべきである。
そこで、措置義務の適正な履行の確保、被害者の知る権利の保護に鑑み、事業主に、パワハラの相談者に対する、調査結果の概要、対応結果の概要についての報告義務を課す規定を設けるべきである。

4 紛争解決援助、行政指導について
(1)労働局での相談体制の維持の必要性
これまで、パワハラを含む労働者個人と使用者との間の紛争である個別労使紛争においては、行政機関の紛争解決手続として、労働局による助言・指導が行われたり、「あっせん」手続が利用されていた。そして、現状、パワハラを理由とする「あっせん」の申請は、他の理由での申請を抑えて最多となっている。そのため、労働局の「あっせん」を所管する部局へのパワハラの相談も多く寄せられており、紛争解決支援の一助となっている。
もっとも、今回の法改正により、パワハラは、労働局での「あっせん」の対象から外れ、今後は、「調停」での解決が図られることになる。
そのため、従前からのパワハラの相談業務を、引き続き労働局内において受けられる体制を維持・整備することが必要である。
(2)新設の調停制度の積極活用
今回の法改正により、行政機関での紛争解決手段として「調停」が利用できるようになった。「調停」は、当事者の主張意見を調整するのみである「あっせん」よりも強い手続であり、調停手続を行う調停委員会は、関係者の出頭を求めて意見を聴いたり、調停案を作成して、関係当事者に対しその受諾を勧告することができるようになる。
そのため、労働局としては、新制度を積極的に活用することが望まれ、具体的には、事実関係を調査・整理のうえで調停案の受諾勧告を行う等、紛争の解決や被害者救済についてより主体的な役割を担うべきである。そして、積極的な利用を促進すべく(セクハラ・マタハラにおける同制度の利用が十分に進んでいない。)、十分な周知を行っていくべきである。
(3)勧告・企業名公表を積極的に行うべきである
今回の法改正により、労働局は、助言・指導の他、勧告を行うことができ、更には、指導・勧告に従わない企業については、厚生労働大臣名で企業名公表を行うことができることになった。
同様の制度はセクハラ・マタハラにもあるが、これまで、企業名公表はマタハラに関する1件のみで、ほとんど利用されていないのが実情である。
しかしながら、企業名公表という制裁は、措置義務履行の実行性を高める有効な手段である。そのため、今後、実効的な権利救済の実現のため、従前、指導にとどまっていた事案については、積極的に勧告を行い、従わなければ、速やかに企業名公表を行っていく運用を実現・定着させるべきである。

5 第三者からのハラスメント
第三者からのハラスメントについて、パワハラ指針案では、「望ましい措置」として、「相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備」及び「被害者への配慮のための取組」を挙げた上、マニュアル作成等の「他の事業主が雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為による被害を防止するための取組」を有効な取組として紹介する。
かかる「望ましい措置」等は、第三者からのハラスメントについても、参議院附帯決議12項により、「近年、従業員等に対する悪質クレーム等により就業環境が害される事案が多く発生していることに鑑み、悪質クレームを始めとした顧客からの迷惑行為等に関する実態も踏まえ、その防止に向けた必要な措置を講ずること」とされていること、同21項で「第三者からのハラスメント及び第三者に対するハラスメントに関わる対策の在り方について、検討を行うこと」とされていること、衆議院附帯決議7項1号で「自社の労働者が取引先、顧客等の第三者から受けたハラスメント及び自社の労働者が取引先に対して行ったハラスメントも雇用管理上の配慮が求められること」とされていることを踏まえ、規定されたものである。
しかし、第三者からのハラスメントも、法の定義によれば、ハラスメントに当たる場合もある。
①職場における優越性を背景に、②業務の必要性かつ相当な範囲を超えた、③職場環境を害する行為がパワハラであるが、第三者、例えば顧客や患者からの執拗かつ不適切なクレームや身体的攻撃があった場合、①顧客や患者は、職場において、使用者の収入源ともなる優越的地位を有する者であり、②その意見表明や、適切に職務を遂行してもらうために必要でない身体的攻撃・クレームがあれば、社会的な相当性はないといえ、③職場環境が害されるため、パワハラの定義に該当するといえよう。
したがって、単に「望ましい措置」に留まらず、第三者からのハラスメントの防止策、及び、被害者の救済策を措置義務として入れるべきである。なお、裁判例でも、第三者からのハラスメントについて、事業主の責任が認められている 。
さらに、第三者との関係においても、労働者自身がハラスメントの加害者にもなり得る。しかし、前記の通り、附帯決議においても手当が求められているほか、日本国政府も賛成したILO条約において、ハラスメント防止のためのガイダンスや注意喚起が必要とされ、同勧告において、加害者にも再発防止のための措置をとるべきであるとされているが、パワハラ指針案において、第三者に対するハラスメント防止については、「必要な注意を払うよう努めることが望ましい」と消極的な表現に留まっている。雇用されている労働者が加害者とならないため、研修・啓発を定期的に行う、労働者が行ったハラスメントが処分の理由になり得ることを明らかにする等の措置を措置義務の一内容とすべきである。

6 性的指向・性自認に関するハラスメント等への対策
(1)性的マイノリティ等の就業環境
いわゆるLGBTを含む、多数派と異なる性的指向や性自認を持つ性的マイノリティに対する職場での差別的言動や不利益取り扱いに対しては、これまでほとんど対策が行われてこなかった。例えば、戸籍上の性別と異なる性別を表す格好で出勤したことに対して揶揄される、「本物の女じゃないからいいだろ」と言われながら会社の同僚に胸をもまれた、などのトランスジェンダーに対するハラスメントのほか、同性愛者を笑いものにする、いわゆる「ホモネタ」「レズネタ」も職場に蔓延している。これらの言動は、いわゆる性的マイノリティに向けられたものでなかったとしても、その親族や友人等が被害を受け、あるいは憶測にて「当事者」であると受け止められたり、「当事者のようである」仕草から被害を受けることがあるなど、誰もが被害者となり得る問題である。
このような性的指向・性自認に関するハラスメント(SOGI(=Sexual Orientation and Gender Identity)に関するハラスメント、いわゆる「SOGIハラ」)は、悪意をもって行われるものだけでなく、性的指向・性自認に関する無知や偏見、「男らしさ」「女らしさ」という性別規範に基づいて行われるものもあるが、いずれにしても結果として性的マイノリティ等の就業環境を悪化させ、職場からの排除につながっている。
また、自分の性のあり方を自覚し、誰かに伝えることを「カミングアウト」というが、同僚や上司に対してカミングアウトしたところ、自分の知らないところで社内に知れ渡っていたなど、本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露する、いわゆる「アウティング」の被害も多数発生している。これもSOGIハラと同様に性的マイノリティ等の就業環境を悪化させる要因となっている。
かかるSOGIハラやアウティングによる被害をなくし、性的マイノリティを含む全ての労働者が安心して就業できる環境を作るための対策が採られるべきことは言うまでもない。
(2)本法改正の内容及び必要な指針の内容
① 本法改正の内容及び指針に定めるべき内容
本法改正においては、SOGIハラやアウティングを直接の対象とする規制はなされなかった。ただし、衆議院附帯決議においては、「パワーハラスメント防止対策に係る指針の策定に当たり・・・以下の事項を明記すること」として、SOGIハラ及びアウティングも「対象になり得ること、そのためアウティングを念頭に置いたプライバシー保護を講ずること」を挙げている(衆議院附帯決議第7項2号)。また、参議院附帯決議においても同様に、「パワーハラスメント防止対策に係る指針の策定に当たり・・・次の事項を明記すること」として、SOGIハラ及びアウティングも「雇用管理上の措置の対象になり得ること、そのためアウティングを念頭に置いたプライバシー保護を講ずること」を挙げている(参議院附帯決議第9項3号)。
これらの決議は、SOGIハラ及びアウティングについて、パワハラ対策の一環として措置を講ずべきであり、そのための指針策定を求めたものと解される。
よって、SOGIハラ及びアウティングについても、以下のように、「該当する例」及び措置義務の内容等を整備すべきである。
② SOGIハラに該当する例
ア 総論
まず、パワハラの定義との関係で留意すべき点として、例えば、いわゆる「ホモネタ」「レズネタ」などの性的マイノリティに関して揶揄する言動は、特定の労働者に向けられた言動ではなくとも就業環境を害することになる。このような観点から、ここでの「労働者」とは、必ずしも当該言動の被対象者である必要はない。また、前述したように、被害者たる労働者が性的マイノリティに限られないことも当然である。
また、アウティングも含むべきことからすると、労働者が業務を遂行する場所が「職場」に含まれることはもちろん、職務上の人間関係において行われる言動も広く「職場において行われる言動」と解するべきである。
これらを前提にSOGIハラにあたる例を考えるにあたっても、パワハラの6類型が参考になる。すなわち、性的指向や性自認に関連して上記6類型に該当する行為を行うことはSOGIハラに該当するといえる。また、6類型に該当する・しないにかかわらず、次のような言動はSOGIハラに該当する。
イ 差別的な言動
ある性的指向や性自認について差別的な言動を行うことは、それ自体、労働者の就業環境を害し得るものである。これは、当該労働者が当該言動の対象となっているかにかかわらず、また、当該言動を見聞きした者が当該言動の対象となっている性的マイノリティであるかにかかわらない。
<例>
・「ホモは気持ち悪い」
・「○○さんってこっち(同性愛者であることを示す)なんですか」
また、そもそも性的マイノリティに対する差別的な呼称(蔑称)を用いること自体が差別的な言動に該当する。男性同性愛者を「ホモ」、女性同性愛者を「レズ」と呼ぶことや「おかま」「おなべ」などがこれに該当する。
なお、ここでの言動とは、発言に限られず、雇用上(単に業務上のものに限られず広く職務上の人間関係を含む)の取扱いを広く含む。例えば、性的指向・性自認を理由に仕事や職務上の人間関係から排除することもここでの差別的言動に該当することは言うまでもない。
ウ 望まない性別として就業することの強要
戸籍上の性ないし身体的性と自認する性が異なるトランスジェンダーの場合、事業主が戸籍上の性ないし身体的性に基づいて就業することを求めることで、当該労働者が強い精神的苦痛を負うことがある。典型的には、望まない性の服装を強要され、自認する性での就業を禁止されることなどが挙げられ、かかる就業禁止のような差別的取扱いはSOGIハラに該当する。
エ アウティング
前述したように、本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露すること(望まぬ暴露)=アウティングも、SOGIハラの一種と言える。

以上のように、SOGIハラにあたる例を示す場合には、6類型にかかわらず、SOGIハラに特徴的な上記の例を併せて示すべきである。
③措置義務の内容
SOGIハラを対象とする措置については、独立した項目としてその内容を定めるべきである。また、上記附帯決議に明記された、アウティングを念頭に置いたプライバシー保護対策は必須である。例えば、就業規則等に対応方針等を示す際にSOGIハラの定義や例示、SOGIに関する用語の説明を入れること、SOGIハラを念頭に置いた相談体制の整備、相談時の二次被害対策(相談マニュアルにアウティングの防止を明示することなど)、プライバシーポリシーや個人情報保護に関する規定やマニュアルに性的指向・性自認に関する情報を加えて当該情報を保護すること、などが必要である。
(3)パワハラ指針案の内容と問題点
①パワハラ指針案の内容
今回示されたパワハラ指針案では、「精神的な攻撃」に該当する例として「人格を否定するような言動を行うこと。相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」として、SOGIハラの一例が示された。また、「個の侵害」に該当する例として「労働者の性的指向・性自認や病歴、不妊治療等の機微な個人情報について、当該労働者の了解を得ずに他の労働者に暴露すること」としてアウティングが示された。また、「プライバシー保護の観点から」このアウティングのように「機微な個人情報を暴露することのないよう、労働者に周知・啓発する等の措置を講じることが必要である」と示されるとともに、措置義務の内容として相談者・行為者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずること等が必要なところ、当該プライバシーには性的指向・性自認等が含まれると明記された。
②パワハラ指針案の問題点
上記のとおり、SOGIハラやアウティングはパワハラ指針案の中ではあくまで6類型の例示としての一例という位置づけに過ぎなくなってしまっている。しかしながら、附帯決議があえてSOGIハラ及びアウティングを明記した趣旨からすれば、SOGIハラやアウティングについて独立した項目を設け、パワハラの6類型に縛られずにSOGIハラ及びアウティングの内容を詳細に明示すべきである。また、これに伴い、(2)②で例示したように、性的指向・性自認を理由に仕事や職務上の人間関係から排除することや、望まない性別として就業することを強要することもSOGIハラに該当すること等も明示すべきであるし、(2)③で述べたようなSOGIハラ・アウティングに関する措置義務を独立した項目を立てて規定すべきである。
加えて、前述したように、性的指向・性自認に関する差別的・侮辱的な言動は特定の労働者に向けられた言動ではなくとも就業環境を害することになるから、指針案で例示された「相手の性的指向・性自認に関する侮辱的な言動を行うことを含む。」のうち「相手の」という文言は不要であるばかりか、特定の労働者に向けられていなければSOGIハラ(パワハラ)に該当しないかのような誤解を与えかねず有害なものであるから、削除すべきである。
(4)差別禁止法の制定が望まれること
SOGIハラは必ずしも職場における言動に限られるものではない。教育現場や行政上の取扱いなど、職場に限らずSOGIに関する差別や不利益取扱いを防ぐためには、SOGIに関する包括的な差別禁止法を制定すべきであることも付言する。

7 フリーランス・就活生・求職者などに対するハラスメントについて
パワハラ指針案では、フリーランス・就活生・求職者などに対するハラスメントについて、「個人事業主、インターンシップを行っている者等の労働者以外の者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮するとともに、事業主…自らと労働者も、労働者以外の者に対する言動について必要な注意を払うよう努めることが望ましい。」と述べられ、フリーランス・就活生・求職者などに対するハラスメントについてはあくまで望ましい取り組みのレベルにとどめられた。
しかし、2019年の就活シーズンにおいては、大手商社の採用担当社員による就活生に対する準強制性交事件や、大手ゼネコンの採用担当社員による強制わいせつ事件が社会問題となった。他にも、当弁護団の会員が担当した事件では、フリーランスとして映像制作補助業務に携わっていた女性が、元請先の男性社員から、個室で長時間にわたり不合理な人格攻撃やセクハラを受けるという事案もあった。フリーランス・就活生・求職者は、労働法の保護を受けられない立場にあるため、被害を受けたとしても適切な救済を受けることが極めて難しい状況に置かれ続けてきた。
参議院附帯決議では、「フリーランス、就職活動中の学生、教育実習生等に対するハラスメントを防止するため、男女雇用機会均等法等に基づく指針等で必要な対策を講ずること。その際、都道府県労働局に設置された総合労働相談コーナー、ハローワークにおける相談の状況を分析した上で、効果的な対策となるよう留意すること。」と明記された。ここに、我が国でもようやく、これまで十分な救済の手が差し伸べられてこなかったフリーランス・就活生・求職者などに対するハラスメントについて、抜本的な対策が講じられることが期待されたが、指針の中での「望ましい取り組み」という位置づけは、これらの者に対する救済を著しく軽視していると考えざるを得ない。
今求められているのは、フリーランス・就活生・求職者などをも含め、ハラスメント被害を受けることのない社会を実現するための道標が示されることである。例えば、これまでの我が国の判例では、使用者ではない元請企業が職場環境を整備せず、騒音性難聴を発症したという事案につき、下請企業の労働者が元請企業に対し損害賠償請求を行ったところ、元請企業と下請企業の労働者とは特別な社会的接触の関係にあったことを理由に、元請企業の下請企業の労働者に対する安全配慮義務が認められた例(三菱重工事件・最判H3.4.11判時1391.3)が存する(元請企業の安全配慮義務違反を肯定した事例では、他にも、エムテックほか事件・高松高判H21.9.15労判993.36、サノヤスヒシノ明昌事件・大阪地判H23.9.16、中央電設事件・大阪地判H26.4.28判時2218.73、某工務店ほか事件・大阪高判H28.4.28などがある。)。この最高裁判例や下級審裁判例を踏まえるならば、労働契約の当事者ではなくとも、フリーランス・就活生・求職者が元請企業・就活先・求職先と特別な社会的接触の関係にあったと言えるのであれば、当該企業はその者らに対し、ハラスメント被害に苦しめられることのない職場環境を整備する法的義務を負うのは当然である。指針では、この一般論を敷衍し、元請企業・就活先・求職先がいかなる義務を負い、いかなる配慮を行わなければならないかを具体的かつ詳細に規定することこそが求められるはずであり、実効性のある施策を打ち出すことこそが、上記附帯決議に示された民意であったはずである。
厚生労働省は、フリーランス・就活生・求職者などに対するハラスメント対策の重要性を再認識し、速やかに抜本的な対策を検討した上で、指針の中に明記するべきである。

第2 セクハラ指針改正案について
1 セクハラ指針の改正は必要十分な改正になっていない
セクハラ指針改正案の改正点は極めて少ない。主な改正点は、パワハラ指針案のうち、傍線部及び点線部をセクハラ指針も同様に改正するとしている部分である。セクハラ指針の一部改正案もあるが、第三者ハラスメントを踏まえた改正のみである。セクハラ特有の問題については一切触れられていない。
以下のとおり、被害者の心理状態について、セクハラ特有の問題があることから、これについての配慮が必要である旨を指針に明記すべきであるし、これを踏まえて措置義務の内容も具体化すべきである。また、性被害という相談しづらい内容であり、かつ、精神的な影響が大きいことを踏まえて、措置義務のあり方を考える必要がある。
2 被害者の心理状態への配慮
実務上、事業主がセクハラへの事後対応を行うにあたって、被害者が加害者に抵抗せず、むしろ好意的ともとれる言動を行っていることをもって、セクハラではないとの評価を行う事例が少なくない。
しかし、これは、被害者の心理状況を全く踏まえていないものと言わざるを得ない。
米国における強姦被害者の対処行動に関する研究によれば、強姦の脅迫を受け、又は強姦される時点において、逃げたり、声を上げることによって強姦を防ごうとする直接的な行動をとる者は被害者のうちの一部にすぎないという。他には、身体的又は心理的麻痺状態に陥る者、どうすれば安全に逃げられるか又は加害者をどうやって落ち着かせようかという選択可能な対応方法について考えを巡らす(認識的判断)にとどまる者、その状況かられるために加害者と会話を続けようとしたり、加害者の気持ちを変えるための説得(例えば、「私は結婚しているのよ」「主人がもうすぐ戻ってくるわ」「あなたは素敵な男だわ。あなたならセックスするためにこんなことをする必要なんてないと思う。」など)をしよう(言語的戦略)とする者があると言われている 。
特に、セクハラは、権力を背景にその地位を利用して行われることが多い 。職場の場合、加害者男性が被害者より職位が高い、地位が高い、上司である、人事考課者であるといった例が極めて多い。その場合、被害者は、拒否的言動や抗議、被害申告をすれば、自らの職場における地位や立場、労働条件が悪化するのではないかとの恐怖を感じ、躊躇してしまうのである。
このような被害者心理は、多くの裁判例でも指摘され、上司からの言葉のセクハラに直ちに抗議をしていないケース 、強制わいせつ行為を受けても逃亡・拒否していないケース 、飲食時に太ももを触られるなどのセクハラを受けながらも退席せず共に帰宅し、お礼・労りのメールを送信したケース 、長期間・複数回にわたって性的関係が繰り返されたケース でも、被害者の行動として不自然ではないとされている。
最高裁判例(L館事件最高裁判決-最一小判平27.2.26労判1109号5頁)でも、「職場におけるセクハラ行為については、被害者が内心でこれに著しい不快感や嫌悪感を抱きながらも、職場の人間関係の悪化等を懸念して、加害者に対する抗議や抵抗ないし会社に対する被害の申告を差し控えたりちゅうちょしたりすることが少なくないと考えられる」と述べている 。
このように、セクハラの被害者が、職場の人間関係の悪化等を懸念して、セクハラ行為を受けているのに抵抗したり大声を出したり助けを求めたりしていなかったり、セクハラ行為の後も加害者に対して好意的とも取れるような行動(食事、メール、共に外出する等)を取ることは、通常起こり得ることなのである。
精神障害に関する労災認定においては、このような被害者の状況を踏まえた認定がなされるべきことが通達(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」基発1226第1号平成23年12月26日)において示されている。
よって、事業主の雇用管理上の措置義務の履行にあたっても、このような被害者心理に配慮すべきことを指針において明確にすべきである。

3 措置義務の具体的な内容について
(1)研修を全ての労働者に年1回義務づけるべきである
セクハラ指針では、方針を明確化し、労働者に周知・啓発していると認められる例として、就業規則等で規定すること、社内報等に記載すること、研修や講習等を実施することが挙げられている。
現在、就業規則にセクハラが懲戒事由にあたることを定めたことのみをもって周知・啓発を行ったとしている事業主も多い。しかし、ほとんどの労働者は、日常的に就業規則を読み込むことはせず、何か問題がある場合や関心がある場合にだけ読むことが通常であるため、就業規則に記載したことのみをもってセクハラに対する事業主の方針を周知・啓発したとは言い難い。
また、社内報に記載したとしても、発行された社内報すべてを手許に残している労働者はほとんどおらず、また、社内報の内容全てに目を通す労働者もほとんどいない。そのため、社内報に記載したことのみをもってセクハラに対する事業主の方針を周知・啓発したとも言い難い。
そもそも、セクハラは、認識不足により行われることが非常に多い。前述のとおり、セクハラの被害者は、抗議や抵抗を差し控えたり、さらには迎合的に見える態度を取ることすらあるため、行為者は同意があったものと誤信する場合もあるのである。そのようなセクハラの被害者の特質を理解することは、被害者だけでなく行為者も含む全ての労働者の身を守るために、必要なことである。そのためには、セクハラに対する事業主の方針を、確実に労働者が知ることができる方法、即ち研修により、周知・啓発することを義務づけるべきである。
そして、セクハラの行為者にも被害者にも、全ての労働者がなり得るものであるから、研修の対象は全ての労働者とすることを義務づけるべきである。
また、多少なりとも毎年人員が入れ替わるのが通常であり、時間の経過により人の記憶は風化するため、研修は少なくとも年1回の頻度で義務づけるべきである。
(2)適切な相談窓口の在り方について定めるべきである
セクハラ相談窓口が設置されていても、相談しても何も対応されないなど機能していなかったり、相談したことによって不利益に取り扱われること、相談時に二次被害を受けること等を恐れて、そもそも相談できない被害者が数多く存在する。
そのため、そのような相談者の心情に配慮し、相談したことによって相談者が不利益に取り扱われることがないことを全ての労働者に周知すること、相談窓口には男女両方の相談担当者を配置し、相談者が女性を希望した場合には女性のみで対応すること、相談窓口にカウンセラーを配置するよう努めること、相談窓口には守秘義務があることを全ての労働者に周知すること等を指針において明確にすべきである。
(3)被害者に配慮した就業環境の改善を措置義務とすべきである
事業主は、被害者の就業環境の改善が最重要であり、セクハラを理由とする不本意な退職があってはならないことを踏まえ、調査を実施し、調査結果に基づく適切な対応を行う必要がある。特に、対応にあたっては、行為者と対面することにより多大な苦痛を受ける被害者心理を踏まえる必要がある。
そこで、職場におけるセクハラが生じた事実が確認できた場合、事業主は、被害者の継続就業が困難にならないよう、被害者の希望を踏まえて職場環境を整備すること及び被害者が職場におけるセクハラにより休業を余儀なくされた場合には、状態に応じ、原職又は原職相当職への復帰ができるよう積極的な支援を行うことが指針に明記される必要がある。
また、セクハラの事実が認定できなかった場合においても、相談が寄せられた以上は人間関係の悪化等職場環境の悪化が生じていることが想定されるから、事業主が、かかる就労環境の改善を図る必要があることは同様である。 よって、就労環境が悪化している場合には、相談者に不利益とならないよう留意しつつ何らかの適切な対応を検討することが指針に記載されるべきである。
(4)相談者への報告義務
現在の指針では、事業主には、相談者に対して、事業主が行った調査の結果や行為者に対して行った措置等について報告すべき義務を定めていない。しかし、措置義務の適正な履行の確保及び被害者の知る権利の保護の観点に鑑み、事業主がどのような結果に基づいて、どのような対応を行ったかについて、相談者に対して適切な報告がなされる必要がある。
そこで、指針には、事業主は、事実調査の方法とその結果、行為者に対してした措置の内容、再発防止のために取った措置の内容について、相談者に報告すべきことが記載される必要がある。
また、事業主の措置に対して不服がある場合には、都道府県労働局の紛争解決援助制度等を利用できることについて、情報提供を行うべきことも併せて指針に盛り込まれるべきである。

4 行政指導・企業名公表について
均等法は、セクハラに対する事業主の措置義務を履行していない企業に対して、労働局が助言、指導、勧告の行政指導をすることができる旨を定めている。
しかしながら、労働局は、労働者からの相談がなければ事業主の法違反を察知することができず、管内の全事業主を調査する人的資源がないため、法の実効性は、労働局が接触できる一部の事業主に限られるという問題点が指摘されている 。措置義務の履行状況について、労働局がより広く調査・監督し、指導することができるような体制の整備が必要である。
また、均等法は、行政指導にも勧告にも従わなかった場合に、大臣が企業名を公表できることとし、労働施策総合推進法にも同様の制度が設けられた。ところが、企業名の公表事案は、マタハラに関する1件のみであり、全く利用されていないというのが実情である。
企業名公表という制裁による措置義務履行の実効性を高めて効果的な運用とするためには、行政指導にも勧告にも従わなかった場合のみに限らず、行政指導が行われたケース全てについて企業名公表を可能とすべきである。

最後に
2019年6月のILO総会で採択された「仕事の世界における暴力とハラスメントの根絶に関する条約」は、労働者に加えて求職者やインターン等も広く保護対象とし、加盟国に対して、あらゆる暴力とハラスメントを法律で禁止し、被害者を救済・支援することを求めている。このILO条約と比べると、セクハラ・マタハラ・パワハラのみの縦割り規制で、禁止規定は設けず、事業主に対する措置義務だけに留まる日本のハラスメント規制は、明らかに後進を採っていると言わざるを得ない。ましてや、保護対象を限定的に解釈するような指針によって、ハラスメント問題を矮小化している場合ではない。
日本労働弁護団は、日本がILO条約を速やかに批准し、職場におけるあらゆるハラスメントを禁止し、包括的に規制する独立のハラスメント防止法を制定することを強く求めてきた。また、セクハラについては、行為禁止規定が必要であることはもとより、その根本原因である経済分野におけるジェンダー格差の解消、即ち男女間賃金格差の解消が必要であることを訴えてきたところである。政府は、速やかに、これらの根本的な法改正に取り組むべきである。
以 上