「同一労働同一賃金に関する法整備について」(建議)に対する意見

2017/8/9

日本労働弁護団は、2017年8月7日、「同一労働同一賃金に関する法整備について」(建議)に対する意見書を発表しました。ご一読ください。

【「同一労働同一賃金に関する法整備について」(建議)に対する意見(PDF)

「同一労働同一賃金に関する法整備について」(建議)に対する意見

2017年8月7日
日本労働弁護団 幹事長 棗一郎

第1 はじめに
 労働政策審議会の労働条件分科会・職業安定分科会・雇用均等分科会の同一労働同一賃金部会(部会長 守島基博学習院大学経済学部経営学科教授)は、2017年6月9日、当該分科会に対して「同一労働同一賃金に関する法整備について(報告)」(以下、「報告」とする)をとりまとめ、同月16日、労働政策審議会(会長 樋口美雄慶應義塾大学商学部教授)は、厚生労働省設置法第9条1項3号の規定に基づき、厚生労働大臣に対して同報告のとおりの建議を行った。かかる報告に対する日本労働弁護団の見解を述べる。

第2 「報告」の「基本的考え方」
 政府は、ニッポン一億総活躍プランで、「我が国の労働者の約4割を占める非正規雇用労働者の待遇改善は、待ったなしの重要課題である。」と位置づけ、「正規か非正規かといった雇用の形態にかかわらない均等・均衡待遇を確保する」としていた。ところが、働き方改革実現会議において今年3月28日に出された「働き方改革実行計画」及び「報告」の内容は、わが国における正規雇用労働者と非正規雇用労働者との著しい待遇格差を早期かつ抜本的に是正するものとは程遠い内容であり、政府の看板政策として鳴り物入りで掲げたわりには、内容の乏しいものとなっている。
 「報告」は、まず「基本的考え方」として、「(1) 正規雇用労働者-非正規雇用労働者両方の賃金決定基準・ルールを明確化、(2) 職務内容・能力等と賃金等の待遇の水準の関係性の明確化を図るとともに、(3) 教育訓練機会の均等・均衡を促進することにより、一人ひとりの生産性向上を図る」という観点が重要であり、「雇用形態にかかわらない公正な評価に基づいて待遇が決定されるべきであること」、「それにより、多様な働き方の選択が可能となるとともに、非正規雇用労働者の意欲・能力が向上し、労働生産性の向上につながり、ひいては企業や経済・社会の発展に寄与するものであること」を法に明記していくことが適当であるとする。そのうえで、政府が提示した「同一労働同一賃金ガイドライン(案)」を最終的に確定していくとともに、「確定したガイドラインの実効性を担保するため、労働者が司法判断による救済を求める際の根拠となる規定の整備、労働者に対する待遇に関する説明の義務化、行政による裁判外紛争解決手段等の整備など」の法改正を行うという。
 たしかに、「雇用形態にかかわらない公正な評価に基づいて待遇が決定される」ことは重要である。しかし、「報告」は、現在、不公正な評価を受けて賃金・労働条件格差に苦しむ非正規雇用労働者自体を無くしていく、または減少させるという問題意識が欠如している。非正規雇用問題の真の解決のためは、非正規雇用を無くしていくための「入口規制」導入が必要であるにもかかわらず、この問題を回避して同一労働同一賃金に関してのみ議論するのは不十分と言わなければならない。
 なお、今回の報告は、非正規雇用労働者の公正な評価に基づく待遇改善を提言するものであるが、そもそも同一価値労働同一賃金原則は、日本政府も1967年に批准しているILO100号条約「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬に関する条約」に明記されているように、もともと男女賃金差別是正のための原則である。ところが、現状では日本の女性労働者の多くが不公正な待遇におかれている。同一労働同一賃金、公正な評価による待遇というのであれば、この性別による賃金などの差別禁止についても法整備を行うことが必要である。

第3 有期契約労働者・短時間労働者について
1 「司法判断を求める際の根拠となる規定の整備」について
(1) 合理性の立証責任を明確に使用者に課すべき
 まず一番の問題は、「報告」が不利益取扱いの合理性の立証責任の所在に一切触れていない点である。雇用形態を理由とする合理性のない不利益取扱いは本来許されるべきでないという原則からすれば、例外的に使用者がその不利益取扱いの合理性を立証できない限り違法であるということが法律上明確化されなければならない。また、賃金・労働条件に関する労使の情報格差の観点からも、使用者に合理性の立証責任を負わせるべきである。
 したがって、労働契約法20 条やパートタイム労働法8条の規定を次のように改めるべきである。
(合理的理由のない労働条件の不利益取扱いの禁止)
「使用者と有期労働契約を締結している労働者又は締結していた労働者は、その労働条件について当該使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者より不利益に取り扱われてはならない。ただし、労働者が従事している職務の内容、労働者の個別の事由又はこれらに準じる事情を考慮して、その労働条件の相違及びその相違の程度に合理的理由があると認められる場合は除く。」(日本労働弁護団2016年10月7日「非正規雇用の『入口規制』と『不利益取扱い禁止』に関する立法提言骨子案」参照)

 なお、雇入れ後、使用者に対し、比較対象者となる正規雇用労働者の労働条件について説明義務を課すことと、不合理であることが認められない場合の敗訴リスクを労働者に負わせること(立証責任の所在)とは別の問題である。本来、労働者は雇用形態の違いにかかわらず均等・均衡に扱われなければならないのであって、その例外的な取扱いの合理性については使用者が主張・立証すべきであり、その点についても説明義務とは別に明確に規定をすべきである。
(2) 不合理性判断の方法について
① 「報告」は、「労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備」について、「不合理性判断の方法について」の考え方を示している。具体的には、「待遇差が不合理と認められるか否かの判断は、個々の待遇 ごとに、当該待遇の性質・目的に対応する考慮要素で判断されるべき旨を明確化する。」、「ただし、個別の事案に応じ、非正規雇用労働者を含めた労使協議経過等を踏まえ、複数の待遇を合わせて不合理と認められ るか否かを判断すべき場合があると考えられること、「待遇の性質・目的」は実態を踏まえて判断されるものと考えられることに留意が必要」というものである。
 個々の待遇ごとに不合理性を判断することや当該待遇の性質・目的は実態を踏まえて判断するという方法自体は妥当である。しかし、非正規雇用労働者の多くが労働組合に組織化されていない現状において、非正規雇用労働者自身が労働条件に関する労使協議に加わっていないにもかかわらず、労働条件の違いが設けられた過去の労使協議の経過を重視するのは妥当ではなく、安易に例外を認めて複数の待遇を合わせて不合理性を判断するという方法は取るべきではない。
② また、「報告」は、不合理性判断の考慮要素のうち「その他の事情」について、「その他の事情」の中から、新たに「職務の成果」「能力」「経験」を例示として明記することが適当である」、「労使交渉の経緯等が個別事案の事情に応じて含まれうることを明確化するなど、「その他の事情」の範囲が逆に狭く解されることのないよう留意が必要である」とする。
この点、前記日本労働弁護団「立法提言骨子案」のとおり、そもそも不合理性判断の基本とされるべきなのは、「職務の内容」である。「職務内容・配置の変更の範囲」は、具体的な事案及び職場の実態の現実に即して判断すべきであり、就業規則等の定めによる一般的・抽象的な変更の可能性で判断すべきではない。
③ さらに、両者の職務内容が同一であるにかかわらず、「職務の内容・配置の変更の範囲」や「その他の事情」に差異を求めて安易に待遇差の合理性が認められるようなことはあってはならない。
 とりわけ「その他の事情」については、拡大して解釈される危険があり、判断要素が不必要に拡大する危険性もある。仮に「その他の事情」という「文言」を残すにしても、それは「職務の内容」に準じたものにすべきである。なお、報告が指摘する「職務の成果」「能力」「経験」などの要素は、あえて明示するべきではない。むしろ「職務の成果」や「能力」などは使用者による恣意的な人事評価につながり、賃金・労働条件の格差を使用者が正当化する理由になりかねないので、明示するべきではない。
④ 「報告」は、「①職務内容と、②職務内容・配置の変更範囲が同一である場合の差別的取扱いを禁止するいわゆる「均等待遇規定」は、短時間労働者についてのみ規定されており(パートタイム労働法第9条)、有期契約労働者については規定されていない」として、「有期契約労働者についても、「均等待遇規定」の対象としていくことが適当である」とする。そもそも、労働契約法20条に均等待遇原則が含まれていないという解釈自体に疑問があるが、別個に均等待遇規定を策定すること自体に問題はない。問題は、「報告」が想定している均等待遇規定のパートタイム労働法第9条の要件が厳格すぎるという点である。このパートタイム労働法第9条の要件についても、要件を緩和する再検討が必要である。
(3) 法違反の効果を明確化すべき
均等待遇規定・均衡待遇規定は、現行の労働契約法やパート法においても違反した場合の法的効果について明記しておらず、その点について、損害賠償責任に止まるのか、地位の確認という効力(補充的効力)まで認められるのかについて学説上も争いがある状況にある。労働条件の格差是正の実効性を図る観点から、かかる規定に違反した場合には、その労働条件の定めは無効とし、不利益取扱いがなければ処遇されていたと合理的に考えられ得る労働条件となり(補充的効力)、労働者が使用者に当該労働条件の確認とその履行(賃金支払を含む)を求めることができる旨を明記すべきである。

2 「労働者に対する待遇に関する説明の義務化」について
「報告」は、①短時間労働者・有期契約労働者のいずれについても、短時間労働者・有期契約労働者が求めた場合には正規雇用労働者との待遇差の内容やその理由等について説明が得られるよう、事業主に対する説明義務を課すことが適当であるとしたうえで、②事業主に対し、説明を求めたことを理由とする不利益取扱いを禁止することが適当とする。
「報告」が、事業主の説明義務を明文化すること自体は妥当である。しかし、説明義務を順守しなかった場合の効果(制裁等)が定められておらず、その実効性には疑問があるので、説明義務違反に対する制裁措置を設けるべきである。

第3 派遣労働者について
1 「報告」の内容
「報告」は、派遣労働者の待遇について、主として下記3点を述べている。
(1) 労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備について、①派遣先の労働者との均等・均衡による待遇改善か、②労使協定による一定水準を満たす待遇決定による待遇改善かの選択制とすることが適当である。
(2) 労働者に対する待遇に関する説明の義務化について、派遣元に派遣労働者が求めた場合に待遇差の内容やその理由等についての説明義務・不利益取扱禁止等を課すことが適当である。
(3) 行政による裁判外紛争解決手続の整備等について、労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備、労働者に対する待遇に関する説明の義務化について、それぞれの規定の趣旨に応じ行政による履行確保措置の対象とし、労働局長による紛争解決援助や調停といった行政ADRを利用できるようにすることが適当である。

2 派遣労働の入口規制の必要性
 以上の「報告」は、派遣労働者と派遣先労働者との間の待遇の格差を是正するための措置として述べられているものである。しかしながら、かかる格差が生じるのは派遣労働者の雇用が間接雇用で不安定であり、派遣元との対等な交渉や権利行使が困難であるからである。すなわち、派遣労働者の置かれた立場そのものが弱いことに核心的な原因があるのである。
 そうだとすれば、本来雇用は直接雇用が原則なのであるから、かかる労働者の待遇改善を考えるのであれば、不安的かつ低待遇の間接雇用である派遣労働そのものを規制し減らしていく議論こそがまずもって必要である。
 例えば、前記の日本労働弁護団「立法提言骨子案」に提言しているように、労働者派遣を利用できる事由を休業又は欠勤する労働者に代替する場合や業務の性質上、臨時的又は一時的な業務に対応する場合に限定した上で、その期間制限を最長3年とすることなどが必要である。その上で、現行の派遣労働者を派遣先の直接雇用に移行していくための措置(派遣先の労働契約申込みみなし制度の整備等)が検討されなければならない。
そもそも安倍政権は、2015年9月に、労働側の厳しい反対により2度廃案に追い込まれた派遣法の改悪を強行し、派遣労働者さえ入れ替えれば同一事業所で事実上無期限に派遣労働を使い続けることを可能としたのであって、この点の見直しこそ早急に行われなければならない。

3 均等待遇・均衡待遇規定について
 「報告」は、労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備の一つとして、派遣先労働者との均等・均衡法式を挙げて、派遣労働者と派遣先労働者の待遇差について、短時間労働者・有期契約労働者と同様の均等待遇規定・均衡待遇規定を設けた上で、当該規定によることとする。これ自体は、現行派遣法30条の3の配慮義務を、短時間労働者・有期契約労働者と同様に法的義務とするものであり、賛成できるものである。
 もっとも、均等待遇規定・均衡待遇規定は、上述のとおり、現行の労働契約法やパート法においても、労働条件格差の合理性の主張・立証責任を使用者側に負わせていないという問題点や、同法に違反した場合の法的効果について明記しておらず、損害賠償責任に止まるのか、地位の確認という効力(補充的効力)まで認められるのかについて学説上も争いがある状況にある。派遣労働者と派遣先に雇用される労働者との労働条件の格差是正の実効性を図る観点から、派遣法においても使用者側に合理性についての主張立証責任があることを明確にし、かかる規定に違反した場合には、同一職務に派遣先によって直接雇用されていれば適用されていた労働条件となり、派遣労働者が派遣元に当該労働条件の確認とその履行(賃金支払を含む)を求めることができる旨を明記すべきである。

4 情報提供義務について
 「報告」は、派遣元がかかる義務を履行できるように、派遣先に対し、派遣先労働者の賃金等の待遇に関する情報提供義務を課すなどとしている。
この点については、情報提供先が派遣元とされているが、均等・均衡待遇に最も利害関係を有するのは派遣労働者自身であるから、派遣労働者の求めに応じて、派遣先は派遣労働者に対しても情報提供義務を負うものとするべきである。

5 労使協定による待遇決定には反対である
(1) 次に、「報告」は、労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備の一つとして労使協定方式を挙げているが、反対である。
 これは、派遣元が、過半数労働組合又は過半数代表者と一定の要件を定める労使協定を締結することによって、当該協定に基づいて待遇決定を行うというものである。このような労使協定を締結することによって、派遣労働者に本来であれば認められる権利(派遣先労働者との均等・均衡待遇を求める権利)が奪われ、個別労働者の待遇が労使協定によって決定されることになるが、そのような方式は認めるべきではない。現行法上、労使協定の締結により労働者の権利が制限されるのは、労使協定による計画年休の場面と育児介護休業・子の看護休暇・介護休暇・育児期間中の所定外労働の免除及び短時間勤務制度の適用対象者の制限の場面に限られており、派遣労働者が均等・均衡待遇を求めることができるという重要な権利を労使協定によって制限することは法に重大な風穴を開けることになり許されない。
 そして、労働組合組の組織率が低いことから、労働者の過半数代表制度が適正に機能しているとは言いがたい日本の雇用社会の現状において、労使協定により派遣先労働者と派遣労働者の均等・均衡待遇規定を適用除外できるとすることは、派遣元が均等・均衡待遇を受ける労働者の権利を不当に奪うことになりかねない。
(2) また、労使協定には「同種の業務に従事する一般の労働者の賃金水準と同等以上であること」などの条件が付されているが、「一般の労働者の賃金水準」や労使協定の詳細は施行段階で検討を深めるとされており、その賃金水準はまったく不明確であり、低い賃金水準にとどめられる恐れが極めて高い。また、取り決められた労使協定に違反した派遣労働契約が締結された場合の効果が不明確である。この労使協定に反した場合に派遣労働契約が無効となったのでは派遣労働者が職を失うことになりかねない。これでは、派遣先が変わるごとに賃金水準が変わり派遣労働者の所得が不安定になることの予防策として、労使協定方式を採ることが派遣労働者の待遇改善に資するものかどうか極めて疑問である。

6 説明義務及び裁判外紛争手続について
 「報告」は、労働者に対する待遇に関する説明の義務化について、派遣元に派遣労働者が求めた場合に待遇差の内容やその理由等についての説明義務・不利益取扱禁止を課すことが適当であるとしており、これ自体は賛成である。
 もっとも、格差是正の実効性を高めるためにも、かかる規定に違反した場合のサンクションを定めることが必要である。また、派遣労働者と派遣先労働者との間の待遇の相違やその相違の合理性について派遣元に説明義務を課すこととの均衡から、その相違や相違の合理性が裁判上で争われた場合の立証責任もまた派遣元にあることを明記すべきである。
 また、「報告」は、労働者が司法判断を求める際の根拠となる規定の整備や労働者に対する待遇に関する説明の義務化について、実効性を高めるべく、行政による裁判外紛争解決手続の整備等を挙げている。これらは実効性を高めるための措置の一つとして反対するものではないが、本来なら不合理な労働条件の相違の是正の実効性を期するためには、均等・均衡待遇規定に違反した場合の民事的効力を法に明記して、団体交渉や裁判所等の手続を通じて、直接、労働条件の是正を請求できるようにすることが何よりも必要である。

第4 最後に
 以上の通り、「同一労働同一賃金に関する法整備について(報告)」は、「報告」が狙いとする正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の不合理な待遇差の是正にむけて、未だ十分とは言い難い内容である。また、派遣労働者に関しては、派遣労働者の待遇改善という課題について一定の方向性を示すものではあるが、労使協定との選択制をとることによって労使協定による規制潜脱の余地があり、批判されるべき点が多い。
 日本労働弁護団は、非正規雇用の弊害を防ぎ、また、間接雇用としての派遣労働の弊害を防ぐためには、不合理な待遇格差の是正のみならず、何よりも非正規雇用や派遣労働を増やさない、非正規雇用・派遣労働それ自体を規制する法政策の実現をも求めるべきとして、2016年10月7日に上記の「非正規雇用の『入口規制』と『不利益取扱い禁止』に関する立法提言骨子案」を発表したところである。
 日本労働弁護団は、非正規雇用労働者の待遇改善のため、今後も全国各地の会員弁護士による裁判などによる取り組みだけでなく、全国の非正規労働者と非正規労働者の格差是正に取り組んでいる全ての労働組合とともにさらなる立法提言やこれを実現するための立法運動などを含め、取り組みを強めていく。

以 上