「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」に断固反対する意見書

2015/2/18

「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」に断固反対する意見書

 

2015年2月18日

日本労働弁護団会長 鵜飼良昭

 

第1 はじめに

 厚生労働省労働政策審議会は、本年2月13日、「今後の労働時間法制等の在り方について(報告)」をとりまとめ(以下「報告」という)、厚生労働大臣へ建議を行った。厚生労働省は、この報告に基づき、本通常国会へ法案の提出を行おうとしている。

 しかし、報告は、企画業務型裁量労働制の対象業務範囲を拡大するとともにその手続を簡素化させ、さらに「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」なる名称のもとで新たな労働時間規制の適用除外制度(エグゼンプション)を設けることにより、長時間労働を野放しにし、「残業代ゼロ」を合法化しようとするものである。

 日本労働弁護団は、このように労働時間規制の緩和を目指す報告に断固反対し、長時間労働を真に抑制する法政策を行うよう求める。

 以下、報告の問題点について、具体的に批判を述べる。

 

第2 企画業務型裁量労働制の見直しについて

1 裁量労働制が長時間労働の温床となっている実態

  今回の見直しは、企画業務型裁量労働制をさらに拡大する内容である。

しかし、現実には、裁量労働制を導入しながら、過大な業務を会社から命じられるために、みなし時間を大きく超える実労働時間での長時間過重労働を繰り返すという実態が大きな問題となっている。第111回および第117回労働条件分科会に提出された資料によれば、企画業務型裁量労働制の平均みなし労働時間を8時間以下に設定する事業所が5割以上であるのに対し、平均実労働時間が8時間以上12時間以下である事業所が71.9%、最長実労働時間が12時間を超える労働者が存在する事業所が45.2%も存在している。また、同資料によれば、企画業務型裁量労働制の適用を受ける労働者で最も多い不満は「労働時間が長い」、次いで「業務量が過大」である。

このように、企画業務型裁量労働制は、すでに長時間労働を引き起こす温床となっており、実際に過労死の労災認定を受ける例が発生していることに鑑みれば、その拡大は、実態を無視してさらに長時間労働を助長することに他ならず、断じて許されない。

 

2 企画業務型裁量労働制の対象業務が安易に拡大されるおそれがある

(1)安易な対象業務拡大は長時間労働を助長させる

裁量労働制は、業務の遂行方法が大幅に労働者の裁量に委ねられる一定の業務に携わる労働者について、労働時間の計算を実労働時間ではなくみなし時間によって行うことが認められる制度であり、専門業務型と企画裁量業務型の2つが法定されている。そのうち企画業務型裁量労働制の対象業務は、現行法上、「事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務であって、性質上その遂行方法を大幅に労働者に委ねる必要があるため、その業務の遂行の手段および時間配分の決定等に関し使用者が具体的な指示をしないこととする業務」に限られている(労働基準法第38条の4第1項)。このように対象業務が限定されているのは、労働時間はあくまで実労働時間で算定されるのが原則であることから、安易に例外を認めて「みなし時間」の名のもとで長時間労働が行われるという濫用がなされないよう、自ら労働時間を自律的に管理して業務遂行方法を自らが決定することのできる企業の中枢業務に従事する労働者のみを対象とするためである。

  報告は、この「事業の運営に関する企画・立案・調査・分析の業務」に加えて、「①法人顧客の事業の運営に関する事項についての企画立案調査分析と一体的に行う商品やサービス内容に係る課題解決型提案営業の業務」と「②事業の運営に関する事項の実施の管理と、その実施状況の検証結果に基づく事業の運営に関する事項の企画立案調査分析を一体的に行う業務」の2つの類型を新たに追加することが適当であると述べる。

  しかし、上記のとおり現行法で対象業務が限定されている趣旨が、「みなし時間」の名のもとで長時間労働が行われるという濫用がなされないようにするためであることに鑑みれば、安易にその範囲を拡大すれば、長時間労働をますます助長させることになり、極めて危険である。

 

(2)個別営業業務に適用される危険

  報告の類型①の「課題解決型提案営業の業務」とは、企業の中枢における企画・立案・調査・分析業務そのものを離れ、これまで対象外とされてきた個別の営業活動を行う労働者にまで裁量労働制の適用範囲を広げるものである。そして、「企画立案調査分析と一体に行う」「課題解決型提案の営業」といった定義は、あいまいで拡大解釈の危険が大きい。顧客のニーズ・課題・抱えている問題を想定して提案していく営業スタイルは、一般的な商品販売等の個別営業においても広く取り入れられているため、店頭販売等の極めて単純な営業業務を除き、極めて広範な個別営業がこの「課題解決型提案営業の業務」として裁量労働制の対象となりかねない。

 

(3)現場で業務管理を行う労働者がすべて対象とされる危険

また、類型②がいう「事業の運営に関する事項の実施の管理」についても、企業の中枢における企画・立案・調査・分析業務そのものを離れ、その「実施」に関する業務に適用範囲を広げるものである。そして、「実施の管理」「企画立案調査分析を一体的に行う」との定義もあいまいで拡大解釈の危険が大きい。企業において、企画・立案・調査・分析業務のみを行うのは事業場の中枢の労働者のみであるが、「事業の運営」の「実施の管理」も含むことになれば、係単位で企画やプロジェクトを行う場合の係長やプロジェクトリーダー等に留まらず、現場で業務管理を行う労働者に広く対象範囲が及び、個別の製造業務、備品等の物品購入業務、庶務経理業務等を除く広範な一般業務がその範囲に含まれることになりかねない。

 

(4)広範な適用拡大、濫用を生む規制緩和は行うべきではない

  このように報告は、本来企画業務型裁量労働制が予定していた企業の中枢における業務以外の業務に対象業務を拡大するものであって、労働時間を自律的に管理しうる労働者に対象を限定するという当初の制度趣旨を逸脱するものである。そして、上記のとおり、個別の営業業務に携わる労働者や業務管理を行う労働者など、極めて広範な労働者にまで適用範囲が拡大されるおそれがある。その上、上記のとおり対象業務の定義があいまいであることから、使用者が日常的な業務遂行の中で対象業務を拡大して違法な運用や制度の濫用が行われるおそれが非常に大きい。なお、報告は、新たに追加する類型の対象業務範囲の詳細(肯定的要素および否定的要素)を法定指針で具体的に示すと述べているが、要素によって対象業務・非対象業務を明確に区別することは困難であり、拡大解釈や違法な運用の危険性の歯止めにはなり得ない。

 

 (5) 長時間労働の実態が統計において隠ぺいされるおそれがある

 我が国の労働時間については、厚生労働省が行う「毎月勤労統計調査」によって統計がとられている。この統計において、裁量労働制が適用されている労働者については、「労使協定であらかじめ定められた時間だけ労働したものとみなし、所定内労働時間に計上」するとされている。すなわち、裁量労働制の適用を受ける労働者がみなし時間を超えて長時間労働を行っていても、毎月勤労統計上の労働時間には何ら影響を及ぼさないことになる。

  上記のとおり、企画業務型裁量労働制が拡大されれば、その適用範囲は広範なものとなり、そこではみなし時間を超える長時間労働が行われる危険性が極めて高いが、のみならず、その現状が毎月雇用統計上は現れないという弊害も生まれるのである。これは、長時間労働の実態を統計上隠蔽することに他ならない。

 

3 手続きの簡素化は行うべきではない

  報告は、企画業務型裁量労働制が制度として定着してきたことを踏まえ、現行法上各事業所ごとに必要とされている労使委員会決議の本社一括届出を認める等、制度導入の際の手続きを簡素化すべきであると述べる。

  しかし、企画業務型裁量労働制は、その制度濫用のおそれが大きいために厳格な導入手続が定められているのであるから、その規制を緩和することは許されない。裁量労働制の違法な運用が多数行われている現状に鑑みれば、手続の簡素化は違法な運用を助長させるおそれがあり、むしろ厳格な運用こそ必要である。

 

4 裁量労働制の本旨の徹底は不十分である

  報告は、「裁量労働制を導入しながら、出勤時間に基づく厳しい勤怠管理を行う等の実態がある」として、「始業・終業の時刻その他の時間配分の決定を労働者に委ねる制度であることを法定し、明確化することが適当」であると述べる。

  このように裁量労働制に違法な運用実態があることは事実であるが、時間の決定を労働者に委ねる制度であることを法定化しただけでは画餅にすぎない。

  また、現実には、裁量労働制を導入しながら過大な業務を会社から命じられ、みなし時間を大きく超える実労働時間での長時間過重労働が繰り返される実態があることは上記のとおりである。報告は、その対処策として「所定労働時間相当働いたとしても明らかに処理できない分量の業務を与えながら相応の処遇の担保策を講じないといったことは、制度の趣旨を没却するものであり、不適当であることに留意することが必要である」旨を指針に規定すると述べる。

しかし、「相応の処遇」を担保すればみなし時間を大きく超える長時間労働を課してよいというものではないし、強制力や罰則のない指針では実効性を欠く。この問題を解消するためには、制度の本旨の周知、違法な運用の監督強化を徹底すると同時に、労働者が自らの裁量で労働時間を自律的に管理することが困難なほどの使用者による業務命令や指揮監督がなされている場合には裁量労働制は適用外となる旨の規定や、みなし時間を大きく超える長時間労働に対する指導の強化、労働者の拒否権および拒否した場合の不利益取扱い禁止の規定の創設など、違法な運用を排除するための規制強化が必要である。

 

第3 特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)の創設について

1 「成果で評価される働き方」との名称は偽りであり、単なる適用除外制度にすぎない

報告は、「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」として、「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した労働時間制度」を新たに設けるとしている。

  しかし、現行制度においても「時間ではなく成果で評価される」制度を導入することは可能であり、実際に多くの職場ですでに導入されている。よって、「時間ではなく成果で評価される働き方」の実現のために、労働時間の規制を外す必要性は皆無なのである。

  一方で、報告が示す時間制度は、労働時間規制の適用除外を設けるのみであって、使用者に対して成果型の賃金を義務付ける制度は何ら含まれていない。

  すなわち、報告は、単なる労働時間規制の適用除外制度、すなわちホワイトカラー・エグゼンプションにすぎないにもかかわらず、「時間ではなく成果で評価される働き方」のためとの目的を示し、「特定高度専門業務・成果型労働制」とあたかも成果型賃金制度が義務化されたかのような名称を使用することによって、国民を欺くものであり、極めて欺瞞的である。

 

2 労働時間規制の適用除外を広げれば長時間労働をむしろ助長させる

現行法上、使用者は労働者に対して原則として1日8時間1週40時間という法定労働時間を超えて労働させてはならず、例外的に法定労働時間を超える労働をさせるには36協定を締結し、残業時間に応じた割増賃金を支払わなければならないとされている。この労働時間規制の趣旨は、長時間労働を抑止し、労働者の命と健康を守り、ワークライフバランスの確保を図ることにある。このことは、報告自身が、「長時間労働抑制策」の一つとして中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の引上げを挙げていることからも明らかである。

  しかし、報告が示す時間制度においては、対象となった労働者はこの労働時間規制の適用を「除外」されることになるのであるから、労働者がどれだけ長時間労働をしても、割増賃金すなわち残業代はゼロである。そして、割増賃金という足かせがなくなれば、使用者が長時間労働を強いるであろうことは容易に予測がつく。

実際、労働政策研修・研究機構が行った「働く場所と時間の多様性に関する調査研究」(2009)における「勤務時間制度別に見た総労働時間」のデータによれば、「時間管理なし」の労働者は「通常の勤務時間制度」の労働者よりも総労働時間が長く、月281時間以上という長時間労働を行っている割合は「通常の勤務時間制度」の労働者が5.6%であるのに対し「時間管理なし」の労働者は21.2%にも及ぶ。同調査研究がまとめているとおり、「いつでも働けるような働き方」は長時間労働につながり、労働時間管理が「緩やか」になれば実労働時間が長くなるのが現状なのである。

このように長時間労働をもたらす「適用除外」制度が、「仕事と生活の調和のとれた働き方」の実現に資するはずがなく、長時間労働の抑制が喫緊の課題となっている今、新たな「適用除外」制度を設ける立法事実は皆無である。

また、この新しい時間制度においては、我が国における労働時間制度として初めて深夜労働時間に関する規制も適用除外とされていることも看過すべきでない。現行法で労働時間規制の適用除外とされる管理・監督者でさえ健康確保のため深夜割増賃金の支払いは除外されていないが、新たな「適用除外」制度でこれが除外されることになれば、歯止めのない深夜時間労働が野放しとなる危険性がある。

過労死等防止対策基本法が制定されるなど、長時間労働を原因とする過労死・過労自殺・過労うつが社会に蔓延し、その対策が国の責務として求められている中で、長時間労働の歯止めを失わせる制度を新たに設けることは時代に大きく逆行するものである。

 

3 対象業務の問題

  報告は、新たな労働時間制度の対象となる業務について、「高度の専門的知識、技術、又は経験を要する」とともに「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった性質を法定し、具体的には省令で規定すると述べる。

  しかし、「高度の専門的知識、技術、又は経験を要する」とは、抽象的で拡大適用のおそれがある。この表現は有期雇用労働者の契約期間の上限を定める労働基準法第14条と同じであるが、同条により定める基準のように広範な業務とすることは許されない。

また、高度の専門的知識、技術、又は経験を要する業務に従事しているからといって、自律的な時間管理が可能とは限らない。専門的・管理職的職業従事者の間で過労死・過労自殺が多発している現状に鑑みれば、労働時間の規制の適用除外とすれば、更なる長時間労働、過労死を生じさせる危険性が極めて大きい。また、専門的業務に関しては、すでに専門業務型裁量労働制によるみなし労働時間制度が存在するため、別個の制度として労働時間規制の適用除外制度を設けることは無意味である。

さらに、「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」とは、そもそも現行法で労働時間と賃金がリンクしているとの前提自体が誤りであり、既に多くの企業が導入している成果主義賃金制度さえあれば「関連性が強くない」として対象業務が徒に拡大する危険がある。

  さらに、具体的対象業務を省令で定めることとすれば、法改正によらずに適用対象業務が拡大される危険性がある。

 

4 対象労働者

 報告は、新たな労働時間制度の対象となる労働者について、「1年間に支払われることが確実に見込まれる賃金の額が、平均給与額の3倍を相当程度上回る」といったことを法定した上で、具体的な年収額は1075万円を参考に省令で規定すると述べる。

 しかし、現行法上、労働時間規制の適用除外とされる管理・監督者等やみなし時間の適用を受ける裁量労働制等は、いずれも労働者が労働時間を自律的に管理して業務遂行方法を自らが決定できることを要件としている。新しい労働時間制度が年収のみを要件とし、労働時間や業務遂行方法の自律的決定という要件を設けていないことは問題である。年収が高いからといって業務量の調整や期限に裁量があり、自律的な時間管理が可能であるとは限らず、過大な業務量や期限内の業務遂行を強いられれば、長時間労働を行わざるをえない。よって、年収要件は、長時間労働抑制の歯止めとして無意味であり、このような要件により適用除外を認めるべきではない。

 また、一度規制緩和がなされれば、その範囲が徐々に拡大する危険性があることは、労働者派遣法の規制緩和の推移等の前例を見ても明らかである。日本経団連の2005年6月21日付「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」では、対象労働者の年収が400万円と想定されており、報告にも使用者代表委員の意見として「幅広い労働者が対象となることが望ましい」と記載されていることに鑑みれば、将来、この年収額が引き下げられて適用対象労働者が拡大する危険性は高い。

 

5 健康管理時間、健康管理時間に基づく健康・福祉確保措置、面接指導の強化は長時間労働の抑止策として全く不十分である

(1) 健康・福祉確保措置は長時間労働の歯止めになる内容ではない

報告は、使用者は、労働者が「事業場内に所在していた時間」と「事業場外で業務に従事した場合における労働時間」との合計である「健康管理時間」を把握した上で、これに基づく健康・福祉確保措置を講じることを制度適用の要件とすると述べる。そして、健康・福祉確保措置とは、①労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとし、かつ、1か月について深夜業は一定の回数以内とすること、②健康管理時間が1か月又は3か月について一定の時間を超えないこととすること、③4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとすること、のいずれかの措置を選択することが適当であると述べる。

  しかし、①、②における「一定の時間」の具体的内容、①における深夜業制限の具体的回数は不明であり、省令で規定するため長時間労働の歯止めとなりうるような数値となるか疑問である上、罰則もないため実効性もない。また、③においては4週間、1年間単位での休日日数を定めるのみでは、1日あたりの労働時間に制限はないため日常的な長時間労働や連続勤務の歯止めにはならない。

  しかも、これら3つのいずれか1つでよいとするのは、要件としてあまりに緩やかにすぎる。

 

(2) 医師による面接指導の実施も長時間労働の抑制策とならない

また、報告は、健康管理時間のうち1週間40時間を超える時間が1月当たり100時間を超えた労働者については、医師による面接指導の実施を罰則により義務付けるとする。

  しかし、100時間とは、過労死基準とされる月80時間を大きく超える時間であって、長時間労働の抑制策の意味を有せず、100時間以下の労働者の面接指導については努力義務であって実効性を有しない。

 

6 労働者の同意、労使委員会決議も歯止めにはならない

  報告は、新しい労働時間制度の導入にあたっては、対象労働者の同意と労使委員会における決議を要件とすると述べる。

  しかし、雇用関係にある使用者と労働者の力関係から、労働者が同意を拒否することは現実的には難しく、採用時の労働条件に含める形や成果主義賃金制度適用の条件とされてしまえば、労働者は事実上同意せざるを得ず、制度適用の歯止めとはなり得ない。

  また、労使委員会決議についても、裁量労働制の導入に関してすでに制度の濫用が問題となっていることを看過すべきではない。

 

第4 フレックスタイム制の見直しについて

1 清算期間の上限の延長は長時間労働を助長させる

  報告は、フレックスタイム制における清算期間の上限を、現行の1か月から3か月に延長するとしている。

しかし、清算期間が長くなれば1日あたりの労働時間に偏りが生じ、長時間働く日が増加しやすく、長時間労働が助長される結果となりかねない。また、清算期間が長くなることで、残業代が払われない労働時間を増加させることになる。

この点、報告は、過重労働防止の観点から、清算期間が1か月を超える場合は、清算期間内の1か月ごとに1週平均50時間を超えた労働時間については当該月における割増賃金の支払い対象とするというが、それでも現行法に比べて残業代を払わなくてよい時間が増えることは明らかであり、長時間労働そのものの抑制として実効性があるか疑問である。

  長時間労働に対して抑制政策が求められる中で、長時間労働を助長させる制度拡大は行うべきでない。

 

第5 働き過ぎ防止のための法制度の整備等の施策が不十分である

1 労働時間の量的上限規制とインターバル規制なき抑制策は無意味である

現在、長時間労働が過労死・過労うつを生み、大きな社会問題となっていることは周知の事実である。また、長時間労働の常態化が、妊娠・育児中の女性労働者への長時間労働の強制、職場からの排除といったマタニティ・ハラスメントを生み、女性労働者の活躍推進を阻害していることも看過すべきでない。そのため、過労死が生じない職場環境を整え、男女共に家庭生活と仕事を両立させながら働き続けられる社会の実現のために、常態化する長時間労働の抑制は喫緊の重点課題である。このことは報告の前文も認めるとおりである。

そして、長時間労働を真に抑制するためには、日本労働弁護団が2014年11月28日付で発表した「あるべき労働時間法制の骨格(第一次試案)にも示したように、労働時間の量的上限規制とインターバル規制を導入することが必要不可欠である。

ところが、報告は、量的上限規制とインターバル規制については「結論を得るに至らなかった」として導入を見送ってしまっており、全く実効性のない不十分な長時間労働抑制策と言わざるを得ない。

 

2 報告における長時間労働抑制策は実効性がなく不十分である

報告は、働き過ぎ防止のための法制度の整備等の施策として、(1)長時間労働抑制策①中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の見直し、②健康確保のための時間外労働に対する監督指導の強化、③所定外労働の削減に向けた労使の自主的取組の促進、(2)健康に配慮した休日の確保、(3)労働時間の客観的な把握、(4)年次有給休暇の取得促進、(5)労使の自主的取組の促進を挙げる。

しかし、「(1)①中小企業における月60時間超の時間外労働に対する割増賃金率の適用猶予の見直し」については、適用を受ける労働者の大部分である中小企業の労働者が適用除外となっている現状自体が問題であり、直ちに見直すべき内容にすぎない。また、「(1)②健康確保のための時間外労働に対する指導監督の強化」は、時間外労働の特別条項に関する労使協定の様式を定め、限度時間を超える労働者のみに対する健康確保措置を強制力・罰則のない通達で示して「助言・指導」するものにすぎず、長時間労働の抑制のためには全く実効性がない。さらに、「(1)③所定外労働の削減に向けた労使の自主的取組」においては、「適切な健康確保措置」を講じるのは過労死の労災認定基準を超える時間外・休日労働が発生するおそれのある場合に限定されている上、あくまで「自主的」な取組にすぎないため実効性を欠く。

(2)健康に配慮した休日の確保」は、月60時間超の時間外労働に対する割増賃金支払義務を潜脱する休日振替の運用は行ってはならないという当然のことを述べているにすぎない。

(3)労働時間の客観的な把握」については、すでに出されている通達(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準・平成13年4月6日基発第339号)を省令とするにすぎない上、労働時間を把握するだけでは長時間労働の抑制にはならない。

  「(4)年次有給休暇の取得促進」については、有給休暇の付与を使用者の義務とする点は評価できるものの、労働者による有給休暇の時季指定を阻害するおそれがある。よって、単に労働者の意見を「聴く」のみではなく、労働者による有給休暇の時季指定を使用者の時季指定義務に優先するものとして規定すべきである。

(5)労使の自主的取組の推進」は、あくまで「自主的」な取組を促進・支援する制度を整えるにすぎず、使用者に具体的に労働時間減縮の義務を負わせるものではないため、長時間労働が蔓延する現在において実効性は全く期待できない。

以上のとおり、報告書が示す長時間労働抑制策は、すべて使用者に具体的に労働減縮の義務を負わせるものではなく、長時間労働抑制策としては緩やかで実効性に欠けるものである。

 

第6 まとめ

このように、報告は、企画業務型裁量労働制の範囲拡大、新たな労働時間規制の適用除外制度(エグゼンプション)の創設、フレックスタイム制の規制緩和等によって、歯止めのない長時間労働・深夜労働を野放しにさせ、「残業代ゼロ」を合法化しようとするものに他ならず、絶対に導入を許してはならない。

長時間労働を抑制するためには、日本労働弁護団が2014年11月28日付で発表した「あるべき労働時間法制の骨格(第一次試案)のとおり、労働時間の量的上限規制とインターバル規制を、全労働者を対象として導入することが必要不可欠である。具体的には、量的上限規制は、1日の上限を10時間(労働協約により1日12時間まで延長可能)、1週の上限を48時間(労働協約により1週55時間まで延長可能)、各週の実労働時間のうち法定労働時間(週40時間)を超過する部分の時間の合計の上限を年間220時間とするのが適当である。また、インターバル規制については、使用者は、勤務開始時点から24時間以内に連続11時間以上の休息時間を付与しなければならないものとすべきである。

日本労働弁護団は、労働基準法の中核である労働時間規制を壊すことになる報告書報告に断固反対し、厚生労働省に対して法案の作成・国会への提出を行わないよう強く求めるとともに、長時間労働を真に抑制する法政策を行うよう求める。