長時間労働野放し法に断固反対する声明
2015/1/23
長時間労働野放し法に断固反対する声明
2015年1月23日
日本労働弁護団会長 鵜飼良昭
1 はじめに
本年1月16日に開催された厚生労働省労働政策審議会において、「今後の労働時間法制等の在り方について(報告書骨子案)」が公表された(以下「報告書骨子案」という。)。労働政策審議会は、この骨子案に基づき、1月中にも報告書をとりまとめ、本年通常国会へ法案の提出を行おうとしている。
この報告書骨子案では、「時間ではなく成果で評価される働き方を希望する労働者のニーズに応え、その意欲や能力を十分に発揮できるようにするため」として、「時間外・休日労働協定の締結や時間外・休日・深夜の割増賃金の支払義務等の適用を除外した新たな労働時間制度」として「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル労働制)」を設けるとしている。
2 成果型労働制と呼ぶことの欺瞞性
そもそも、現行労基法は、労働時間の長さと賃金がリンクした制度など定めていない(リンクするのは法外残業分のみである)。そのため、現行法のもとでも「時間ではなく成果で評価される」制度を導入することは可能であり、実際に多くの職場ですでに導入されている。よって、「時間ではなく成果で評価される働き方」の実現のために、労働時間の規制を外す必要性は皆無である。
また、報告書骨子案が示す新しい時間制度は、労働時間規制の適用除外を設けるのみであって、使用者に対して成果型の賃金を義務付ける制度は何ら含まれていない。
すなわち、報告書骨子案は、単なる労働時間規制の適用除外制度、すなわちホワイトカラー・エグゼンプションにすぎないにもかかわらず、「時間ではなく成果で評価される働き方」のためとの目的を示し、「特定高度専門業務・成果型労働制」とあたかも成果型賃金制度が義務化されたかのような名称を使用することによって、国民を欺くものであり、極めて欺瞞的である。
3 長時間労働・深夜労働の野放し
現行法上、使用者は労働者に対して原則として法定労働時間を超えて労働させてはならず、例外的に法定労働時間を超える労働をさせるには36協定を締結しなければならず、残業時間に応じた割増賃金を支払わなければならないとされている。この労働時間規制の趣旨は、長時間労働を抑止し、労働者の命と健康を守り、ワークライフバランスの確保を図ることにある。
しかし、報告書骨子案が示す新しい時間制度においては、対象となった労働者はこの労働時間規制の適用を「除外」されることになるのであるから、成果をだすために労働者がどれだけ長時間労働をしても、使用者は割増賃金の支払いを免れることができ、長時間労働に歯止めをかけることが不可能となる。
また、この新しい時間制度においては、我が国における労働時間制度として初めて深夜労働時間に関する規制も適用除外とされているため、歯止めのない深夜時間労働が野放しとなる危険性がある。
過労死等防止対策基本法が制定されるなど、長時間労働を原因とする過労死・過労自殺・過労うつが社会に蔓延し、その対策が国の責務として求められている中で、長時間労働の歯止めを失わせる制度を新たに設けることは時代に大きく逆行するものである。
4 対象業務・労働者拡大の危険性
報告書骨子案は、新たな労働時間制度の対象となる業務について、「高度の専門的知識等を要する」や「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」といった性質を法定し、具体的には省令で規定すると述べる。
しかし、「高度の専門的知識等を要する」とは、すでに専門業務型裁量労働制が設けられているため、重ねて労働時間規制の適用除外とすることは無意味である。また、「業務に従事した時間と成果との関連性が強くない」とは、上記のとおり、そもそも現行法で労働時間と賃金がリンクしているとの前提自体が誤りであり、既に多くの企業が導入している成果主義賃金制度さえあれば「関連性が強くない」として対象業務が徒に拡大する危険がある。
さらに、具体的対象業務を省令で定めることとすれば、法改正によらずに適用対象業務が拡大される危険性がある。
また、報告書骨子案は、新たな労働時間制度の対象となる労働者について、「1年間に支払われることが確実に見込まれる賃金の額が、平均給与額の●倍を相当程度上回る」とした上で、具体的な年収額は1075万円を参考に省令で規定すると述べる。
しかし、1075万円はあくまで「参考」額にすぎず、省令による規定では、法改正によらずに引き下げが可能である。日本経団連の2005年6月21日付「ホワイトカラー・エグゼンプションに関する提言」では、対象労働者の年収が400万円と想定されていること、安倍首相も2014年6月16日の衆院決算行政監視委員会で将来の引き下げの可能性について「将来の予測ですから、これはわかりません」と述べて将来の引き下げに含みをもたせた発言をしていることに鑑みれば、将来、この年収額が引き下げられて適用対象労働者が拡大する危険性は極めて高い。
5 健康破壊の危険性
報告書骨子案が提案する3つの長時間労働防止措置はどれか一つを選択すればよく、罰則もないので実効性がない。また、医師による面接指導の実施の義務付けも過労死の基準とされる月残業100時間を超えた場合に限られており、長時間労働の抑制策に全くなり得ていない。
新しい労働時間制度の導入にあたって、対象労働者の同意を要件とする点も、使用者と労働者の力関係に鑑みれば、労働者が同意を拒否することは現実的には難しく、採用時の労働条件に含める形や成果主義賃金制度適用の条件とされてしまえば、労働者は事実上拒否することはできず、制度適用の歯止めとはなり得ない。
6 まとめ
このように、報告書骨子案のいう新しい労働時間制度は、新たな労働時間規制の適用除外制度(エグゼンプション)を設けることにより、歯止めのない長時間労働・深夜労働を野放しにさせ、「残業代ゼロ」を合法化しようとするものに他ならず、絶対に導入を許してはならない。
長時間労働を抑制するためには、日本労働弁護団が2014年11月28日付で発表した「あるべき労働時間法制の骨格(第一次試案)のとおり、労働時間の量的上限規制とインターバル規制を、全労働者を対象として導入することが必要不可欠である。
日本労働弁護団は、労働基準法の中核である労働時間規制を壊すことになる報告書骨子案に断固反対し、長時間労働を真に抑制する法政策を行うよう求める。