中間的就労に関する意見書

2014/2/13

中間的就労に関する意見書

2014年2月12日

 

厚生労働大臣 田村 憲久殿

 

日本労働弁護団 会長 鵜飼良昭

 

   2013年12月6日、生活保護利用者への就労支援策などを盛り込んだ生活保護法改正と生活困窮者自立支援法(以下「法」という。)が第185回国会にて成立した。この生活困窮者自立支援法では、「中間的就労」という過渡期的就労形態が制度化された。

   法10条1項は、「雇用による就業を継続して行うことが困難な生活困窮者に対し、就労の機会を提供するとともに、就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する事業」として認定生活困窮者就労訓練事業の創設を規定している。いわゆる中間的就労を創設したのである。

   後述のように、2013年7月30日付文書「就労訓練事業(いわゆる中間的就労)及び就労準備支援事業のモデル事業実施に関するガイドラインについて」別添「中間的就労のモデル事業実施に関するガイドライン」(以下「ガイドライン」という。)によると、この中間的就労には労働関係諸法令が適用されない就労形態が用意されている。しかし、労働関係諸法令の適用されない就労形態が創出されることは、労働者の権利擁護の観点から、許されない。

   また、法10条1項にいう「生活困窮者」の選定基準が明らかではない上に、訓練等の内容や事業主体の選定基準についても明らかにされていない。そのため、労働関係諸法令が適用されない就労形態が無限定に広がるおそれもある。

   日本労働弁護団は、認定生活困窮者就労訓練事業(中間的就労)の運用にあたっては、労働者にあたらないことが明らかである場合を除き、労働関係法令の適用を認めることを強く求める。

 

1 労働関係諸法令の適用がされなければならないこと

前述の通り、「中間的就労」とは、「雇用による就業を継続して行うことが困難な生活困窮者に対し、就労の機会を提供するとともに、就労に必要な知識及び能力の向上のために必要な訓練その他の厚生労働省令で定める便宜を供与する事業(生活困窮者就労訓練事業)」(法10条1項)のことである。より具体的な中間的就労の内容は、この法10条1項の「厚生労働省令」の内容が明らかになっていないので、完全には把握できない。しかし、ガイドライン等の関係資料によって、相当程度「中間的就労」の内容が推測できる。

ガイドラインは、「中間的就労は、一般就労(一般労働市場における自律的な労働)と、いわゆる福祉的就労(障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律(以下「障害者総合支援法」という。)に基づく就労移行支援事業等)との間に位置する就労(雇用契約に基づく労働及び後述の一般就労に向けた就労体験等の訓練を総称するもの)の形態として位置づけられる。」としている(ガイドライン「1 趣旨」)。そして、「中間的就労としての就労形態は、雇用契約を締結せず、訓練として就労を体験する段階と、雇用契約を締結した上で、支援付きの就労を行う段階との2つが想定される。」(ガイドライン「1 趣旨」)として、2つの段階の「中間的就労」を用意している。

この「雇用型」と「非雇用型」とでは、就労条件がそれぞれ異なる。「雇用型」の場合は、「雇用型の対象者については、賃金支払い、安全衛生、労働保険の取扱い等についても、他の一般労働者と同様、労働基準関係法令の適用対象となる。賃金については、最低賃金額以上の賃金の支払いが必要である。」(ガイドライン「6-2-1 雇用型の場合」)とされている。これに対して、「非雇用型」の場合は、「非雇用型の対象者については、労働者性がないと認められる限りにおいて、労働基準関係法令の適用対象外となり、最低賃金法の適用もないこととなる。」(ガイドライン「6-2-2 非雇用型の場合」)とされている。「非雇用型」の場合は、「労働者性がないと認められる限り」という留保が付いているものの、原則的に労働関係諸法令の適用対象外だという記述になっている。

労働関係諸法令の適用される「労働者」(労働契約法2条、労働基準法9条、労働安全衛生法、最低賃金法、労働災害保険法)とは、使用者の指揮監督の下、労務を提供し、賃金を得る者をいう。これは、形式ではなく実態に即して判断がなされなければならない。

利益追求を目的とする一般企業を含む企業での就労があり得る(ガイドライン「3-1 中間的就労の事業形態」)以上、多くの場合に、労働者性が認められることになると想定される。ガイドラインは一般企業での就労の具体例として「一般企業において、対象者を受入れ、清掃や運搬の補助等の軽易な業務に従事させながら、仕事の雰囲気を体得させ、一般就労に向けた支援を行う」というケースを挙げている。このケースの就労者は使用者の指揮監督の下、労務を提供し、賃金を得ており、「労働者」に該当することは明らかである。現在でもこのケースのような労働者が存在する。それにもかかわらず、「非雇用型」の場合、ガイドラインに従い、原則的に労働関係諸法令の適用がないという運用がされてしまうと、多数の低賃金労働者を創出することになってしまう。

したがって、厚生労働省令において、認定生活困窮者就労訓練事業(中間的就労)を具体化するにあたっては、「労働者」にあたらないことが明らかである場合を除き、労働関係法令の適用を認めることを明確にすることが必要不可欠である。

 

2 安価な労働力を使うために悪用される危険性

中間的就労に労働関係諸法令が適用されないとすれば、立法者がどのような意図を持っていたとしても、現実には安価な労働力(チープ・レイバー)を使うために悪用される可能性が大きい。

労働法の適用除外が悪用された例として、外国人研修(技能実習)制度がある。同制度においても、制度目的は、建前としては、就労のために必要な知識や技術を身につけることとされていた(技能・技術の国際移転)。しかし、建前である「研修」はほとんど行われず、実態は実質的に低賃金労働者として不当・違法に搾取されていた事例が多数明らかになっている。国際貢献という美名に隠れて、実際には、低賃金の労働力を確保するという目的に使われている場合が多かったのである。たとえば、企業が同制度を利用して、研修生として受け入れた外国人を時給300円という低賃金で奴隷的に酷使するという極めて悪質な事例が多く報告されている。研修生であることを理由に、多くの外国人研修生が労働者としての権利保障が潜脱されてきたのである。こうした人権侵害・権利侵害の横行が国内外から強く批判され、ようやく2009年に入管法が改正され在留資格「技能実習」のもとでの技能実習制度に一本化され、技能実習生には来日1年目から労働関係諸法令が適用されることとなったという経緯がある。

「非雇用型」を含む中間的就労も、法1条の目的規定において「生活困窮者の自立の促進を図ること」が目的とされ、いわば技能・技術の国内における移転が目的であるといえ、目的において外国人研修(技能実習)制度と共通している。そして、「非雇用型」の中間的就労は、労働関係諸法令が適用されない点においても、外国人研修制度と共通している。そのため、制度の本来の目的に反して、企業に安価な労働力を使うために悪用される可能性が非常に高いといえる。

他にも、高年齢者雇用安定法に基づくシルバー人材センターの紹介による就労は、極めて形式的な労働者判断基準に基づく運用がされている。実質的には「労働者」に該当するにもかかわらず、「就労」の名目で、労働関係諸法令の適用排除とされる事例が裁判例等により多数明らかになっている。また、障害者自立支援法に基づく「就労継続支援」は、労働者性の争いが裁判での争い等により公になることは少ないようであるが、法律の構造はシルバー人材センターの紹介による就労の場合と類似しており、実態としては、「労働者」に該当するにもかかわらず、「訓練」という名目で、労働関係諸法令の適用排除とされている事例が相当数あるようである。障害者自立支援法においては、労働者性の判断基準を示した通達の規定が前記1において挙げたガイドラインとほぼ同様の規定になっており、中間的就労においても、「訓練」という名目で、労働関係諸法令の適用排除とされた低賃金労働力者として使用される現実的危険性があることを示している。このように、シルバー人材センターの紹介による就労や、障害者自立支援法に基づく「就労継続支援」との比較からも、前記研修生の場合と同様に、中間的就労は、制度の本来の目的に反して、企業に安価な労働力を使うために悪用される可能性が非常に高いといえる。

また、「中間的就労を雇用型として開始するか、非雇用型として開始するかについては、対象者の意向や、対象者に行わせる業務の内容、当該事業所の受入れに当たっての意向等を勘案して、相談支援機関が最終的に決定する。」(ガイドライン「6-1-1 雇用契約の有無に係る整理」)とされている。この「相談支援機関」には、法4条2項が、「都道府県等は、生活困窮者自立相談支援事業の事務の全部又は一部を当該都道府県等以外の厚生労働省令で定める者に委託することができる。」と規定していることからすると、民間団体も含まれることになる。本来、「労働者」としてとして労働関係諸法令の適用によって保護されるべき者を、「非雇用型」の「訓練」の名目で、労働に従事させるという労働関係諸法令の適用を潜脱するための恣意的な運用が可能である。すなわち、民間団体も含む「相談支援機関」の運用次第で、労働関係諸法令適用除外の範囲が無限定に広がるおそれもあるということである。したがって、厚生労働省令においては、民間事業者への委託を禁止し、労働基準監督署などの労働関係諸法令の適用についての専門的判断をする権能を有する専門機関への委託に限定するべきである。

さらに、一般就労ができない者にとって、条件が悪くても就労できるだけで魅力的に見えることがある。一般就労できない場合、就労のためには条件が悪くても我慢せざるを得ないという状況もある。そのため、一般就労ができない者は通常の労働者よりさらに弱い立場にあり、どのように悪い条件であっても、それに対して抗議することが非常に困難である。そうすると、中間的就労が、企業によって安価な労働力を使用するために悪用された場合に、中間的就労者が団体行動を通じてその労働条件を改善し、安価な労働力として利用されないようにすることはほぼ不可能に近い。よって、企業が中間的就労を悪用するのに、何らの妨げもないことになる。

したがって、中間的就労が、企業によって、安価な労働力を使用するために悪用される可能性は非常に高く、これを許さないためにも、「労働者」にあたらないことが明らかである場合を除き、労働関係法令の適用を認めることを明確にすべきである。

以上述べたように、中間的就労について労働関係諸法令の適用は絶対に排除されるべきではない。日本労働弁護団は、厚生労働省令において、認定生活困窮者就労訓練事業(中間的就労)を具体化するにあたり、「労働者」にあたらないことが明らかである場合を除き、労働関係法令の適用を認めることを明確にすることを強く求める。

以上