「国家戦略特区」による労働基準破壊に断固反対する声明 -許すな「ブラック企業特区」-

2013/10/8

「国家戦略特区」による労働基準破壊に断固反対する声明

-許すな「ブラック企業特区」-

201310月8日

日本労働弁護団 幹事長 水口洋介

 

1 2013年9月20日、政府の産業競争力会議において、国家戦略特区ワーキンググループ(座長:八田達夫大阪大学招聘教授)は、規制改革提案として、国家戦略特区(以下「特区」)の構想を発表し、雇用分野について特例措置を設けることを提言した。これによれば、「開業率と対内直接投資が低水準にとどまっていることは、我が国の経済再生に向けて克服すべき重大課題」であるとし、「新規開業事業者や海外からの進出企業などが、より優れた人材を確保できるよう、雇用制度上の特例措置を講ずるエリアを設ける」とする。

 具体的には、「開業後5年以内の企業の事業所」に対しては、次の(2)(3)の特例を認め、「外国人比率が30%以上の事業所」に対しては、次の(1)(2)(3)の特例措置を講ずるとしている。

(1)有期雇用

 労働契約締結時に「労働契約法第18条にかかわらず無期転換放棄条項を有効とする」旨を合意すれば、労働者が5年を超えた際にも無期転換申込権を放棄することを認める。これにより使用者は無期転換を回避することができる。

(2)解雇ルール

 労働契約法第16条を明確化する特例規定として、「特区内で定めるガイドラインに適合する契約条項に基づく解雇は有効となる」ことを定めて、契約締結時に、解雇の要件・手続きを契約条項で明確化すれば、裁判になっても契約条項が裁判規範となり、契約条項による解雇を有効とする。

(3)労働時間

 労働基準法第41条による適用除外を追加して、一定の要件(年収など)を満たす労働者が希望する場合、労働時間・休日・深夜労働の規制を外すことを認める。

 

2 しかしながら、有期雇用の無期転換ルール(労契法18)、解雇ルール(労契法16)や労働時間規制(労基法第4章)の労働ルール(労働基準)は、国民・労働者が「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ための全国共通の最低限のルールであり、シビルミニマムというべきものである。この労働基準は、国民が等しく有する生存権(憲法25)の内実となっている。これを確保するため、憲法27条2項は「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める」としているのである。「特区」の上記「特例措置」が実施されれば次のような重大な問題が生じることになる。

(1)有期雇用の無期転換申込権事前放棄

  労働契約法18条は、5年を超える有期契約を更新した有期契約労働者に無期転換申込権を認めるものであり、不安定な有期雇用を改善するために2012年改正法で定められたものである。事前に労働者が放棄することを約束(事前の無期転換放棄)させることは、使用者が無期転換を回避する手段になるため、公序良俗に違反するものと国会審議の場で明確にされた。無期転換権の事前放棄を容認する「特区」は、改正労働契約法の趣旨を否定するものにほかならない。

(2)解雇ルール

  「ガイドラインに適合する契約条項に基づく解雇は有効」と定めれば、解雇が大幅に緩和されることになる。例えば、「遅刻3回した場合には解雇する」とか、「担当職務が消滅した場合には解雇する」という解雇条項が合意されれば、その事実があるだけで解雇が有効とされることになる。しかし、労働契約法第16条が適用されれば、「遅刻3回」や「担当職務が消滅」という事実があっても、それだけで解雇が有効とされることはない。「遅刻」の場合には遅刻の理由や業務に支障が生じた程度などが考慮されるし、「担当職務が消滅」した場合でも人員整理の必要性や配転などの解雇回避努力が尽くされているかなどの諸要素を考慮されて、解雇が「客観的・合理的な理由」「社会通念上相当」であるか否かを裁判所が判断する。ガイドラインに適合する「契約条項が裁判規範となる」とする特例措置は、労働契約法第16条の適用除外を認めることにほかならない。

(3)労働時間

  労働基準法第41条に追加して、一定の年収以上労働者につき労働時間規制を適用除外することになれば、長時間労働を放置することになり、労働者のワークライフバランスを否定し、健康と安全を危うくする。過労死やメンタルヘルス障害を促進することになることは必至である。

 

3 しかも、「特区」によって特例措置を設けて、労働基準の適用除外を認めることは、憲法14条が保障する法の下の平等にも違反するといわなければならない。一部地域の開業率や外国資本の投資を促進するために、労働基準を緩和して、一部の労働者に犠牲を強いることは不合理な差別として、憲法14条に違反する疑いが極めて強い。

  また、開業率を高めたり、海外企業の投資を促進したりするために、労働基準の地域的な切り下げを許容すれば、地域による「労働条件切り下げ競争」を招くことは必至である。さらには、この「特区」の中はブラック企業が跋扈する「ブラック企業特区」となるであろう。

 

4 労働立法については、労働者、使用者、公益の三者が参加する労働政策審議会での審議を経ることを厚生労働省設置法が定めている。ところが、産業競争力会議は、企業経営者と研究者のみで構成されており、労働者を代表する者が欠如している。この産業競争力会議のみで「特区」での労働基準の緩和を決することは、わが国の労働立法ルールに反するだけでなく、政府・労働者・使用者の三者協議原則を定めたILO第144号条約にも違反するものである。

 

5 国家戦略特区を設けて労働基準を緩和する措置の狙いは、「国家戦略特区」での緩和を突破口として、最終的には全国的な労働基準の緩和・撤廃を狙うものにほかならない。政府は、直ちに、この「特区」による労働基準緩和構想を撤回すべきである。

  日本労働弁護団は、すべての労働者・労働組合、市民に「特区」構想に反対することを呼びかけ、労働者・労働組合、市民と力を合わせて、「特区」による労働基準の破壊を阻止するために全力を尽くすものである。

以上